名護町(なごちょう)
データ
| 開拓ページ | https://any.chi-zu.net/17804.html |
| 所有者 | 417 |
| 地方 | 九州地方 |
| 都道府県 | 沖縄県 |
| 郡 | 国頭郡 |
| 人口 | 沖縄開拓R 人口を参照 |
| 面積 | |
| 人口密度 |
概要
地理
歴史
・もともとは名護間切で、1673年に太平洋側の東海岸を久志間切(のちの久志村、現在の名護市と東村)として分離。1896年の郡区制で国頭郡に編入、1908年4月1日の島嶼町村制施行で名護村となった後、1924年2月1日に町に昇格した。
・明治以降は沖縄本島北部、いわゆる山原(やんばる)地域の政治・経済の中心地として発展し、県都である那覇市と名護港との間に海上交通が結ばれていたことで山原各地との移動の中継地ともなった。20世紀には那覇との間に県道(現在の国道58号)が開通し、陸上交通の拠点にもなった。主な産業は農業や林業だが、山原の中核であったことから商業や運輸業も盛んだった。また日本本土や海外への出稼ぎや移住も多かったという。
・沖縄戦では中南部ほど大きな被害を受けなかったものの、住民は山奥での避難を余儀なくされた。戦後は復興を早く進めるため、町北西部の屋部・宇茂佐・山入端・安和・旭川・中山・勝山の集落を屋部村として分離した。
観光地
・ひんぷんガジュマル
自然
・名護湾
・名護岳
・久志岳
・多野岳

