『世界』を統べる詞

Last-modified: 2020-06-21 (日) 00:10:12
 

世界詞のキアにとっての世界は、彼女に従うものだった。

 

草木に生えろと言えば、瞬時に生えた。
薪に燃えろと唱えれば、一息に燃えた。
風に動けと命じれば、たちどころに動いた。
石に砕けろと願えば、にわかに砕け散った。

 

彼女はありとあらゆる権能を、たった一言でやってのけた。

 

けれど。
如何に世界を統べようとも、彼女はただの少女であった。
世界の片隅の閉じられた村で、戦争も、本物の魔王の恐怖も知らないままに。
天賦の才をいたずらに弄びながら、友と遊び、師と戯れ、そうして生きてきただけの、ただの少女に過ぎなかった。
今度「黄都」という、とてもとても大きな街へ、エレアという師が連れて行ってくれることに少しの期待と不安を抱きながら。
そのエレアという師が、この世界において権力と闘争の坩堝の極点たる六合上覧の参加者へと、自分を擁立しようとしていることなど、知らぬままに。
未だ何も知らないままにただ寝ている、ただの少女に、過ぎなかったのだ。

 

だから。
世界詞のキアは、駆けていた。
一寸先も見えない暗闇の中を、生み出した炎で照らして。
足元に転がる、ひっかかって転ぶ為に存在しているような木の根の群れを、「どいて!」と一声叫ぶだけで蹴散らして。

 

それだけのことを、しながら。
生み出した樹木の蔓に運んでもらうようなことも、辺り一帯を平地に還して安全を探るようなこともせずに。
世界詞のキアは、ただ。
己が抱いた恐怖に忠実に従って、怯えて、走っていた。

 

──脳裏に浮かぶ、少女の死に顔。

 

夢の中で見た、少女にとって鮮烈が過ぎる、これ以上ない「人の死」の形。
たった一言で誰かを殺せようと、ただの少女に過ぎないキアにとって、それは恐怖と嘔吐感を覚えるに足るものだった。
本来なら、近い将来、彼女は形こそ違えど同じ「死」を見る筈だったけれど──その時に傍らに立ち、彼女を支え、持ち上げ、六合上覧の選手として選び取る筈だった赤い紙箋のエレアは、ここにはいない。
ただの少女以上に成りえない彼女が、ただありのままに死という結果だけをまざまざと見せつけられて、正気を保てるはずも無かった。

 
 

「あっ」

 

──だから。
不意に森が開けて目の前に崖が現れた時、彼女は踏みとどまりきることができなかった。
空に放逐された浮遊感。

 

──私、落ちてる。

 

やけに冷静な部分がそう告げるのを、他人の声のように聞いた。
そうして、それに遅れて。
落ちれば、殺し合いなど関係なく死ぬという当たり前の事実と。
先の夢の中で見た、死への具体的な恐怖がやってきて。

 
 

「ま──」

 
 

殆ど、反射だった。
勿論、その言葉で止まらなければ別の何かで代用していただろう。
あるいは、その前の段階で切羽言葉が詰まった彼女がそのまま墜落死していたかもしれない。
けれど、結局その二つの未来が来ることはなく。
かわりに。
キアは。
本当に、何の気なしに。
その言葉を、口にしていた。

 
 

「──『待って』!!」

 
 
 

──そして。
その言葉で、世界は凍った。

 
 
 

僅かに揺らめいていた木々が、一斉に光合成も呼吸も止めて、梢の先に至るまでぴたりと固まった。
空に浮いていた涙の水滴が、きっかりその温度も形も変えないままにその場に留まった。
そして、その中で。
キアと。
キアの目の前にいつの間にか浮遊していた、全身が黄色い人型だけが、自在に動いていた。

 

黄色い男が、足を滑らせたキアを抱きかかえる。
そしてそのまま、崖の上へと戻り、崖から僅かに距離を置いた場所に彼女を安置する。
動けはするものの突然のことに言葉を失っていた彼女が、よろめきつつも地面にまたしっかりと立って。

 

──そうして、そこまできっかり五秒。
その時間を境に、世界はまた、元通りに動き始めた。

 

風も木々も水滴も、まるで何もなかったかのように流動している。
当然の摂理に基づいて、世界は時を刻んでいる。
されど、キアの記憶には、その時の狭間、世界が停止した瞬間が確かに焼き付いていた。

 

きっかり五秒。
キアの体感時間で、たったそれだけ。
それだけの秒数だけれど、それでも、それは有り得る筈のないモノだった。

 

生術──ありとあらゆる命が数秒だけその行動を止めた?
力術──周囲のエネルギーを数秒間その場に留め続けた?
熱術──エネルギーの発生を完全に停止させた?
工術──何も変化させないように力を与え続けた?

 

否。
その何れもが、的外れにも程がある。
例えキアがこと詞術に関しては規格外の存在であろうとも、世界そのもの、森羅万象を一息のうちに操作し得る為には、あの一言は余りにも不足が過ぎる。
いや、そもそも──黄都の如何なる詞術士を尋ね、世界詞のキアという可能性を仮定の存在として組み込もうとも、それでも馬鹿らしいと一蹴されるものだ。
だが、ならば一体、何が起こったのか。
詞術で説明できない、彼女が今起こした現実は、一体何であったのか。

 

──簡単なことだ。
彼女は、『世界』の時間を止めた。
本当に、ただそれだけだ。
世界が、彼女の止まれというその願いに、従属させられただけだ。
『世界詞』に、『世界』そのものが、軍門に下っただけなのだ。
そんな、先に挙げた仮説の方が余程真実味のある荒唐無稽な事実が。
しかしたった今、キアの目の前で起こった真実である。

 

たったそれだけの、しかし世界を根本から覆すような才を、もうひとつの権能としてその身に宿しながら。
少女は、たった一言。

 
 

「なんだ。私、そんなこともできたのね」

 
 

それだけを呟いて。
それから、ぶり返した恐怖に駆られて、けれど今度はまたいきなり危険へと陥ることのないよう、おっかなびっくりと森の側へと歩き始めていった。
歩きづらい地面の枝や根に、やはり『どいて』と言葉を投げかけながら。

 

──世界詞のキア。
彼女にとって、世界を統べているのは今に始まったことではない。
だからこれも、ただ、それが出来るという、それだけの話。
彼女からすれば、筆が折れるように、ただ、『できるからできる』という、それだけの話でしかなかった。
かくして、彼女は尚も歩く。
おっかなびっくり進む彼女のその言葉一つで、『世界』を統べながら。

 
 

【名前】世界詞のキア
【出典】異修羅
【性別】女
【能力・技能】
『世界詞』
詞術と呼ばれる、言葉の力によって世界を変化させる術、その中でも異常と呼べる能力。
端的に言えば、彼女が言葉として命じたことであるならばそれはありとあらゆる理論を無視して成立させる能力である。
彼女がそう願いながら言葉を紡ぐことで、大地の隆起、植物の成長・退化、果ては人の死までも招くことができる。

 
 

【スタンド】ザ・ワールド
【破壊力 - A / スピード - A / 持続力 - A / 射程 - C / 精密動作性 - B / 成長性 - B】
【能力詳細】
逞しい体つきをした金色かつ人間型のスタンド。近接パワー型の中でも指折りのパワーに咥え非常に長い射程距離を持つなど、基礎スタンド性能が非常に高い。
スタンドの固有の能力としては時間停止があり、スタンド使い本人の主観で五秒間の間時を止めることができる。この静止した時間に割り込めるのは、同じタイプ/能力のスタンド、または相対性理論に及ぶ程の超高速での移動が可能なスタンドのみである。

 

【備考】
『世界詞』の能力の制限についてはお任せします。