一匹のトカゲが、夜の街をするすると走っている。
いや、本当にそうだろうか? 星空の下を後ろ足のみで駆けるこの生物は、本当にトカゲなのだろうか?
答えは否である。信じがたいことに、この生物は〝恐竜〟と呼称されている種だ。
しつこいが、決してトカゲなどではない。恐るべきことに、この街には恐竜が生息しているのだ。
とはいえ、この街が急激なタイムスリップを行ったわけではない。この恐竜は、スタンドが生み出したものである。
スタンドの名はスケアリー・モンスターズ。傷つけた生物を〝本体〟の思うがままに恐竜へと変化させるというものだ。
色や種類は自由自在。加えて、本体から与えられた任務はしっかりと遂行するという高い知能を有している。
そんなスタンドによって小型の恐竜へと変えられた何かは、脇目も振らず一心不乱に闇夜を疾走する。
やがて辿り着いたのは、何の変哲もない一軒家だ。僅かに開かれた窓の隙間から室内に入り、階段を上っていく。
そうして恐竜だった何かは、開きっぱなしのドアをすり抜けると、部屋で座している本体の元へと無事に帰還した。
「割と時間かかってたケド、誰かいたー?」
すぐさま本体から質問を受けたので、恐竜だった何かは首を横に振る。
Yesならば縦に、Noならば横に首を振るように、と命じられていたことを覚えていたのだ。
「ふーん。それじゃあお疲れ様ー。休んでいいよー」
休息する許可を得たため、恐竜だった何かは本体の近くに座り込むとすぐさま瞼を閉じる。
かなりの時間、街を奔走していたためだろう。すぐに微睡みだすと、やがて寝息を立て始めた。
その様子を眺めた本体は「ふふー……」と笑みを浮かべると、綿飴のように柔らかい二房の髪を両手でいじる。
「こういうトコ、エンツォとモンドに似てる感じー……」
紫色に染め上げた髪から指を離した本体の名は、田中摩美々。
283プロダクションに籍を置き、クール系ユニット〝アンティーカ〟に所属するアイドルである。
アイドルというのは、即ちアイドルである。決して人知れず活躍、または暗躍する特殊部隊の通称などではない。
つまりそれは、彼女が他人の命を奪うような人間ではなく、そうした環境下に置かれた経験もないことを意味する。
そんな中、常人と比べて神経が図太かった彼女は、己に与えられた能力を即座に遺憾なく発揮したのである。
目的と理由は、283プロダクションに籍を置く人物が、自身と同じ目に遭っているか否かを確認するためだった。
そのために、彼女はキッチンから拝借した包丁を使い、部屋に鎮座する水槽の中で泳ぐ魚を恐竜に変化させたのだ。
また一匹、同じルートを辿って元魚の小型恐竜――先程と種類は違っている――が摩美々の元に走ってくる。
先程の恐竜に対して行った質問を繰り返すと、こちらの個体も首を横に振った。
ならばとこれもまた同じように休息を与えると、今度は摩美々の正面で寝転がって夢の世界に旅立った。
「収穫は、なし……ふーん……」
その様子を見届けた摩美々は、ゆっくりと視線をよそに向ける。
視界には、先程の二匹よりも先に誕生させていた恐竜――こちらも二匹だ――が、同じように眠っていた。
即ち摩美々は、四匹の小さな恐竜によって東西南北余すことなく周辺を探索させていたのである。
理由は当然、何者かが近くでうろついていないかどうかを確認するためだ。
と、言いたいところだが……本当のところは違う。いや、確かに何者かがうろついていないかと警戒してはいる。
だが実際には、摩美々は〝特定の人物達〟が周囲にいやしないかと思い、恐竜達へと偵察ミッションを与えたのだ。
「結構走らせたはずなのにー……やっぱり、いないってことでいいわけー?」
特定の人物達。
それは〝283プロダクションの関係者達〟を意味している。
摩美々をアイドルの世界へと導き、自分の態度や自分が考案したイタズラを本気で叱ってくれるプロデューサー。
マイペースで独特な感性を持つ摩美々を優しく受け入れ、真正面から受け止めてくれるアンティーカの仲間達。
アンティーカ以外のユニットに所属する、煌めくステージに立つために努力を続けているアイドル達。
事務仕事などをはじめとする様々な方法で、アイドル達やプロデューサーを支える七草はづき。
プロデューサーと出会うそもそものきっかけを作ってくれた天井努社長。
摩美々は、彼ら彼女らまでもがこの悪辣な催しに招かれてはいやしないかと、不安を覚えていたのである。
故に、自身に与えられた能力を正しく発動することで、彼女はいち早く行動を起こしたのだ。
「まぁ、いないなら、その方が全然いいんだケドー……」
とはいえ、一流のスタンド使いが彼女の動きを批評したならば〝下の下である〟と断じたであろう。
まずスタンドには相性というものがあり、通常ならば相手を確実に倒せる状況を作ってから使用するものだ。
特に攻撃能力に優れていたり、そもそも攻撃にしか使用出来ないというのならば尚更である。
そも、いわゆる〝初見殺し〟こそがスタンドの真骨頂なのだから、己が能力は秘中の秘とすべきなのだ。
だというのに、摩美々は何者かが目撃すれば確実に警戒する生物を、既に四方に放ってしまっていた。
そんな様子を性根の腐ったスタンド使いに目撃されれば、無様に敗北することは必至と言っても過言ではない。
大体、この催しに招待されてしまった人物の名を確認したいというなら、支給された名簿を見ればいいだけの話だ。
故に下の下。いくら神経が図太かろうと、やはり彼女は命の奪い合いには向いていない性分なのである。
「でも……」
とはいえ、摩美々の軽率な行動にもそれなりの理由があった。
何なら、恐竜を放つリスクは摩美々自身も理解しているし、言われずとも下の下な策であったとも自覚している。
それでも名簿に手を伸ばさなかったのは……それを前にすると、銀世界に投げ出されたかのように寒気が走るからだ。
摩美々は恐怖に囚われていた。
実際に名簿を開いた瞬間、もしもプロデューサーや仲間達の名が目に入ってしまったら……。
そう思うと、とてもじゃあないがそんな支給品へと手を伸ばすことが出来なかったのである。
一見クレバーに見えながらも下策であった〝恐竜を放つ〟行為は、答えを確定させたくなかったが故の逃げ。
しっかりとした四字熟語で表現するならば……現実逃避だったのだ。
「…………」
しかし、恐竜の帰還を待ち続け、いざ報告を聞いた摩美々は……少しずつだが、恐怖に向き合う決心を固めていた。
彼女は愚かな人間ではない。面倒くさがりな性格ではあれども、いつまでも問題を先送りにするような少女ではないのだ。
最初からきちんと理解している。いくら恐竜に偵察をさせたところで、その範囲はたかがしれていると。
偵察班の目が届かない、どこか遠くの場所に仲間達がいる可能性は……己が思う以上に高いのだと、解っている。
ちゃんと、ちゃんと、心底理解しているのだ。考えることが、嫌になるほどに。
「いるとしたら、どうしてるんだろ……」
どうするつもりなんだろう? と、心中で続ける。
仮に283プロダクションの関係者がいたとして、果たして皆はどのような行動に移るのか。
摩美々はまず、最も自分と近い距離を歩いている人物、即ちプロデューサーと、アンティーカの仲間達の動きを想像する。
プロデューサーならば、即座に名簿とスタンドを確認し、アイドル達の為に奔走するだろう。これは間違いない。
何せこんなにも天邪鬼で悪い子の摩美々に、本気かつ全力でぶつかってくれる人物なのだから、当然の話だろう。
月岡恋鐘ならば、底抜けの明るさとポジティヴ思考が良い方向に働き、いきなり街を脱出する方法を考えるに違いない。
むしろ既にどこかで暴走中で、誰かと交流し、何者かのために全力を出しているかもしれない。彼女は、そういう人間だ。
幽谷霧子ならばどうか。彼女はあまりにも優しいから、誰かを害するような行動など決して起こさないだろう。
むしろ彼女であれば、とてつもなく平和的な能力を与えられていてもおかしくない。それこそ、誰かを優しく癒やすような。
白瀬咲耶は、人と人との繋がりをとてつもなく慈しんでいるから、恋鐘と同じく既に誰かと接触している可能性が高い。
そうして相手の想いを尊重しながら、裏ではアンティーカや283プロのためにと水面下で必死にあがく……といったところか。
三峰結華は……少し雲行きが怪しい。アンティーカの中では咲耶と並んで責任感が強すぎるためだ。
咲耶にも当てはまる話だが、他人とは上手くやりながらも……心の奥底では自重で潰れそうになっているかもしれない。
そんな彼女達が、仮に同じ街へと招待されてしまっているとしよう。
ならば……この田中摩美々が成すべき事はただ一つだ。
こんなにも健気な少女達を死なせたくないというのであれば、今すぐにでも動き出さねばならない。
「……私が、誰かを」
名も知らぬ誰かを手にかけて、彼女達にかかる火の粉を少しでも多く払うためにだ。
恐竜を率いるだけではなく、己の姿すらも恐竜へと変化させ、生い立ちも不明な〝参加者〟達を喰らうためにだ。
アイドルとして磨いてきた美しさや、元々の奇抜でオンリーワンなファッションを捨ててでも、他人を殺める。
もしも283プロダクションの仲間がいるならば……〝悪い子〟の摩美々が、汚れ仕事を請け負うべきだろう。
アンティーカの皆は不器用だから。プロデューサーは真っ直ぐすぎるから。だから、自分が動かなくては。
心配ない。平気だ。いつもよりタチの悪いイタズラをするようなものだから。
心配ない。平気だ。だって田中摩美々は、叱られてばかりの悪い子だから。
「……っ」
ならば、もう〝可能性〟に背を向けつづけるわけにはいかない。
恐竜達には悪いが、自身の目でしっかりと名簿を注視し、連なる名前を確認せねば。
手が震えてしまうのを受け入れながら、摩美々はとてもゆっくりとデイパックから名簿を取り出した。
閉じられたそれを両手でしっかりと掴み、何度も何度も深呼吸を繰り返す。
そうしていると、不意に名簿の表面が滲んだ。雨漏りでもしたのだろうか……と、摩美々は天井へと視線を向ける。
しかしシミ一つ見当たらない。そもそも雨が降っている様子もなかった。それは窓越しに外を眺めれば明らかなことだ。
であれば、何故なのか? 自身に与えられたスタンドとやらは、あくまでも恐竜に関することのみであるというのに。
摩美々は不思議な現象を前に、一寸の間を置く。そして「あっ」と呟くと、片手をそっと頬に当てた。
「……あっ」
そして彼女は、不思議な現象を起こしたのが〝他でもない自分であった〟のだと即座に理解した。
この摩美々という少女は、名簿を前にした途端……不安に押し潰されたことで無意識に涙を流していたのだ。
気付けば滲んだ箇所が増えている。このままでは名前を確認するときに支障が出てしまう。
これ以上水滴が落ちないようにと、摩美々は服の袖で両眼を拭った。
自慢の化粧が崩れぬ程度に。お気に入りの服にシミが付かない程度に。
何度も何度も、手と吐息の震えを止められぬまま、涙に抗い続ける。
「なんちゃら、プッチ……」
うろ覚えではあるが、恨みを込めて諸悪の根源の名を呟く。
そうして覚悟を決めた摩美々は、長い時間を経て遂に名簿を開き……多くの名を目にしたのであった。
【名前】田中摩美々
【出典】アイドルマスター シャイニーカラーズ
【性別】女性
【人物背景】
283プロダクションに籍を置くアイドルの一人。18歳の高校3年生。
ダウナーな雰囲気をまとい、とにかく面倒ごとを嫌うが、いわゆる〝陰キャ〟ではない。
自分の好きなことや得意なことには割とすぐ乗り気になり、特に趣味のイタズラではそれが顕著。
しかしながら洒落にならないことだけは決してしない。問題児ではあっても、問題外ではない。
奇抜で思い切ったファッションを好み、それらを着こなせる程に顔とスタイルが抜群。
自身が所属する〝アンティーカ〟というユニットのメンバー達が、その独特の感性に膝を打つことも。
上記のイタズラの被害者は主にプロデューサーだが、それは〝叱ってほしい〟がため。
両親に甘やかされて育った田中摩美々にとって、プロデューサーは貴重な〝本気で叱ってくれる〟人物である。
故に構ってほしいという想いから、コミュニケーション手段として常々イタズラを敢行するのだった。
その裏では、多くの人に知られないよう注意しながら真面目に頑張る面も。
【能力・技能】
人間。アイドル。異能は持ってないんだよオオォォ! 日常系のキャラかオメーはよォォォォ。
幼少の頃に習い事に通わされていたからか、音感が鋭い。またトレーナー曰く、ダンスなどの覚えも早いという。
最初期には仕事時間ギリギリに現れながらも、仕事はしっかりこなすという神経の図太さを見せるエピソードも。
カメレオン(名前はエンツォ)と、ヒョウモントカゲモドキ(名前はモンド)をペットとして飼っている。
前者は飼育が難しい生物らしいので、これもまた誰も知らぬところで真面目にしている証左なのかもしれない。
【スタンド】スケアリー・モンスターズ
【破壊力:B/スピード:B/射程距離:D/持続力:A/精密動作性:C/成長性:B】
【能力詳細】
生物の身体を傷つけることで、対象を恐竜に変化させて使役するスタンド。
恐竜には偵察任務を与えられるし、増やすことで戦力増強や物量作戦を展開出来る。
また、自身を恐竜へと変化させることも可能で、それにより身体能力を著しく向上させられる。
加えて恐竜と化した状態では、スタンドに対する直接攻撃も可能となるため恐ろしい。
本来の〝本体〟は向上した動体視力や嗅覚や俊敏さなどを活かすことで、有利な立場を崩さずに戦っていた。
だが恐竜化した際には〝停止した物体や、そのように見える物体の動きを視認出来ない〟という弱点が現れる。
【備考】
小型恐竜を四匹作成しています。
劇中にて種類は決めていません。こだわりたい方がいればおまかせします。
【方針】
コンペ終了後の結果によって以下の二つから選択。
シャニマスのキャラがいる:彼女達を生きて帰らせるために、他人を殺害する。
シャニマスのキャラがいない:元の世界に帰る方法を探る。人を殺すかどうかは一旦保留。