ひゅるりひゅるりら。風が吹く。
冷気を纏った風が吹く。
かちゃり。ぎらり。
掲げられた妖刀が、月に照らされ妖しく光る。
これは殺し合いではない。
バケモノによる、ニンゲンへの一方的な殺戮だ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
結論から言うと、その妖刀はスタンドであるッ!
名はアヌビス神。
手にした者の意識を奪い、意のままに操る恐るべき存在なのだッ!
しかしながら、悪意に満ちたこのスタンドに添えられたメモに、その能力の記載はない。
『物質を透過して相手を切断できる』としか記されていない。
全ては、エンリコ・プッチが殺し合いを円滑に進めるために仕組んだ罠ッ。
アヌビス神を支給された者がその身体を乗っ取られ、この殺し合いの潤滑油となるよう仕組まれた罠なのだッ!
しかし――結論から言うと、その目論見は失敗に終わる。
アヌビス神を支給された男の能力によってッ!
「間抜けめ、鞘を抜いたら乗っ取ってやる……と思ったろう……」
結論から言うと、妖刀を支給されたその男は、妖怪であるッ!
名はさとり。
人のみならず草木等万物の声を聞くことができる、恐るべき妖怪なのだッ!
無論その対象は、スタンドとて例外ではないッ!!
「なんで分かったんだ、この薄汚いクソオヤジ……と思ったろう……」
『なんで分かったんだ、この薄汚いクソオヤジ……ハッ!』
あまりにズバズバ言い当てられて、アヌビス神に動揺が走る。
ついうっかり言葉に出してしまったが、しかしそれは最後だけ。
相手がスタンド使いであることを考慮して、それまでは言葉になんて出していなかったはずだ。
それなのに、何故こうも言い当てられたのか。よもや――
「コイツ、さては心を読むスタンド使いだ……と思ったな……」
一陣の風がアヌビス神の刀身を撫でる。
寒気がしたのは、風のせいではないだろう。
「惜しいなァ……“すたんど”とやらは……知らねェ、なァ……」
小汚い男性という風貌だったさとりが、その姿を変形させる。
そして、にたりと口元を歪ませた。
「オレは……心を読む“妖(バケモノ)”だからなァ……」
まずい、とアヌビス神は思った。
しかしもう遅い。『まずい』の三文字も、とうに読まれてしまっただろう。
そして、ついつい頭をよぎってしまった己の弱点も、すでに――
「鞘を抜かれず埋められたり海に沈められたら不味い……と思ったな……」
OH MY GOD!!
アヌビス神の顔が焦りの色に染まる。
さとりは鞘を抜く様子もなく、ゆっくりとどこかに向かっているようだ。
こうなった以上、もうさとりを操ることはできないだろう。
策を弄そうにも、思いついた策は全て読まれてしまう。
どうにもならない。相性が悪すぎる。
このままでは海の底か土の中で、永劫の時を過ごすはめになる。
それだけは嫌だ、それだけは――――
『わーーーーッ! たんま! 捨てないで! 降参! 降参するから~~~~ッ!』
意外、それは命乞いッ!
生き残るために必要とあらばカニさんにだろうと媚びへつらえる、それがアヌビス神の強みの一つである。
騙し討ちが絶対に通じないと分かるからこそ、逆に割り切って心の底からペコペコすることが出来た。
『こんな危ないところ、素手でウロウロするわけにもいかないでしょ!? ねっ!?』
さとりが足を止めた。
そういえば、いつの間にか愛用の鎌が手元から消えている。
思い返すと、先程見知らぬ場所で目覚めた時点から、手元になかったような気がする。
正確なことは分からない。あの時は、それどころではないくらい、心が恐怖で埋め尽くされていたので。
『役に立つよ~~ッ! だから、ねっ、捨てるなんて言わないで、一緒にバッタバッタと斬りまくろうよぅ! ねぇっ!?』
さとりとて多くのニンゲンを殺害してきた妖怪。
ただ見知らぬニンゲンが命を落とした程度では、動揺などするはずもない。
プッチを名乗った男の心は読めなかったが、そのような輩も初めてではない。
鍛え抜かれた法力僧などは、心を閉ざすことができるという。
厄介だが、それ単体で常に持ち歩いてた武器を失ったことに気が付かない程の動揺はしない。
あの時、さとりの心を恐怖が支配したのは、さとりの脳裏に一匹の妖怪の名がよぎってしまったから。
日本に住む妖怪ならば、その名を聞くと震え上がるような大妖が、浮かび上がってしまったから。
――エンリコ・プッチは、白面の者である。
結論から言うと、勿論これはさとりの勘違いである。
最初に抱いた圧倒的恐怖も、さとりにとって未知の技術で命を握られていることからくる防衛本能によるものだ。
だがしかし、さとりの中では、エンリコ・プッチが白面の者であることへの整合性が取れてしまった。
白面の者は、ニンゲンの脳に取り付く婢妖という妖怪を操ると聞く。
ニンゲンの頭部を破裂させることも、白面の者ならば容易いのだろう。
それに、相手が白面の者なのであれば、心を読み取れないことにも納得がいく。
ニンゲンですら鍛えれば心を閉ざせるのだ、白面の者にそれが出来ないはずがない。
それにヤツは恐怖を喰らう妖だと聞いているので、このような催し物をおこなう動機だってある。
兎に角、さとりにとってエンリコ・プッチは、恐怖の対象白面の者であった。
逆らう気になどなれぬ。
「……出来れば参加者を減らしたい、と思っているな」
『あ、ああ、そうだ! プッチ様には恩義があるッ! 出来ることならご命令通り、参加者減らしに一役買いたいッ!』
プッチ――つまり白面の者の手先ではあるが、どうやら白面の者とは独立した妖怪らしい。
心も問題なく読める。少なくとも現時点で、思考にも違和感はない。
であれば、目的のために利用してもいいかもしれない。
『も、勿論アンタが殺し合い反対とかいうなら協力はするッ! だからさ、ねっ! 捨てたりなんかしないでェ~~』
「いや……オレは……全員殺すつもりだァ……」
にたりと笑い、さとりが腰をおろした。
そして、アヌビス神を掴んだ右手と逆の手――左手で掴んでいた風呂敷へと頬ずりをする。
『そういやそれは一体……』
頬ずりにより布がずれ、はらり、と風呂敷がほどける。
武器とみなされず、没収されなかったそれは、ズバリ――――
『ゲェェーーーーーーッ! なんじゃこりゃァァァーーーーッ! め、め、め、目玉じゃないかァァァーーーーーッ!』
意外、それは眼球ッ!
風呂敷いっぱいに包まれた、薄汚れた数多の眼球。
アヌビス神がさとりの狂気を理解するには、十分すぎる内容だった。
「オレは……目ン玉を集めるんだ……そんで……ミノルの目をオレが治すんだァ……」
白面の者の言う“願いを叶える”なんて怪しいものには頼らない。
白面の者の言葉を信用なんて出来ないし、ミノルを引き合わせたくもない。
「オレが……ミノルを助けるンだ……オレはミノルの……父ちゃん、だからなァ……」
そのためには――目元をえぐり、切り取るための武器がいる。
ならば、命乞いに乗っかってもいいだろう。
幸い、アヌビス神は人外を乗っ取る際は少々時間がかかるようだ。
思考を挟まず咄嗟に乗っ取ろうとしてきても、対処は十分可能だろう。
「へっへっへ……見つけたァ……」
にちゃあ、とさとりが笑みを浮かべる。
そう大して時間もかからず、人を見つける事ができた。
「まずは殺る気かどうか見極める……と、思っているな……」
ひゅるりひゅるりら。風が吹く。
冷気を纏った風が吹く。
「悪ィが……ミノルのために、いーっぱい目ン玉集めなくちゃならねェんだ……」
かちゃり。ぎらり。
掲げられた妖刀が、月に照らされ妖しく光る。
「目ン玉ァ、置いてけェ!!」
飛びかかられる少年は、鋭いだけの枝のようなものを持っているだけである。
一方さとりは、乗っ取られないことを確認のうえ、アヌビス神を抜いている。
その威力、雲泥の差。
「あーん?」
これは殺し合いではない。
バケモノによる、ニンゲンへの一方的な殺戮だ。
そのはずだった。
「なるほど奸計じゃねーの」
振り下ろされた切っ先は、しかし少年の皮膚一枚すら切り裂かない。
アヌビス神は虚しく宙を切り、がきん、と地面に叩きつけられた。
「……早ぇなァ、お前」
「あーん、遅いだけだろ、お前が」
少年、跡部景吾は、ただのニンゲンなどではない。
時速180キロのサーブを平然と打ち返すコート上の戦士、テニスプレイヤーである。
ましてや彼のチームメイトには、大会最速である時速215キロを記録した鳳長太郎がいる。
彼と打ち合い鍛えていた跡部にとって、武術の心得もなく力任せに振り下ろされただけの剣など止まっているようなものだ。
ましてやサトリは慣れない獲物を使用している。
反撃を受けなかっただけ、僥倖だったと言えるだろう。
『なんだコイツ……この得体のしれない寒気……コイツもスタンド使いか!?』
跡部の得体のしれない気配に、アヌビス神はたじろぐが、サトリにはそれがない。
跡部の心が読めるからこそ、ためらいなくアヌビス神を振り下ろしてしまう。
「左に避ける……と思ったろう!」
「あーん?」
跡部はテニスプレイヤーであり、肉弾戦のプロフェッショナルではない。
ベテランの戦闘者であれば先手を打つべく動いてくれるため、先読みが有効である。
しかしながら跡部はそうではない。
スプリットステップを用い、サトリの腕のふりを見てから回避する方向を決めている。
鎌ほど小回りがきかないアヌビス神では、思考を読み取れたとしても、軌道を変えるのが間に合わないのだ。
「なるほど、心を読む、か……」
「正解だァ……へ、へへ……驚いたろう……」
改めてアヌビス神を構えるサトリに、跡部が嘲笑で返す。
読心術者や精神干渉能力者なら、テニスプレイヤーにだっている。
そして彼らが、それ一本では天下を取れなかったことも知っている。
『おいおいおいおい、どうなってんだッ! 心読めたら素人剣術でも勝てるんじゃねえのかッ!? こいつ、どんなスタンドを――』
「……いやあ。すたんどじゃあない。てにすぷれいやあ、だかららしいなあ」
跡部景吾はナルシストである。
それ故に、自分の強みなどをアピールすることに躊躇いなどなく、口でベラベラか心でベラベラかの二択である。
また跡部のテニスは殺し合い向けではないため、さすがに不慣れな殺し合いで口でベラベラする余裕はなかったが、
心の中では静かに燃える青い炎を揺らめかせながらベラベラ格好いいモノローグを連発していた。
当然、サトリにはそれが読めている。
「見てから回避……技術だけじゃない……眼がいいんだなァ、オメェ……」
嬉しそうにサトリが笑う。
目の前の男は、ひょっとすると、自分がずっと探し求めていた存在かも知れない。
ミノルにふさわしい、優れた眼を持つ者なのかもしれない。
「へっへっへ……オメェの目ン玉、よこせェェ~~~~~!」
右手で大きく振りかぶる。
それを見て、スプリットステップで跡部が回避。
「やっぱり……そっちに避けようと思ったなァ……」
見てから避けられる。
ならば、避けられてから斬り直せばいい。
だが、途中で軌道を変えられるほどの技術はない。
それならどうする。
『お、おおおおおおおッ!』
右手を開く。アヌビス神が宙へと放たれる。
そのアヌビス神めがけ、勢いよくサトリが左手を振るう。
キャッチできなくてもいい、そのままの勢いで軌道を変えれば、跡部に当たる。
幸いキャッチにも上手くいき、完全に意表をつけた。
「スケスケだぜ――!」
――そのはずだった。
だが、跡部は文字通り”見ていたもの”が違った。
跡部は確かに、サトリの動きを見てから動いていた。
だがそれは動作の始動なんてチャチなものではない。
跡部王国の透視により、体のあらゆる動きを読んでいたのだ。
それにより、体に隠れていた左手が先程までと違う動作をしていたことにも気が付ける。
「そうら凍れ――――!」
そして、この勝負を決めに来たサトリの一撃は、跡部の反撃へと繋がる。
耐えて耐えて生まれた好機。テニスコートのときと、やることなど変わらない。
跡部王国で見抜いた“サトリの動ける範囲”から外れる、氷の世界に突き立てられた脇腹の氷柱。
それを、手にした鋭い枝で貫く。
動けなくさえすればいい。どうせ枝では即死はないだろう。
これで、跡部景吾の勝利となる。
殺し合いにもスタンドとやらにも乗らず、己の持つ才能のみで、目の前の妖に打ち勝てる。
「なに――――!?」
はずであった。
枝が体を貫く直前、刺さっていたはずの氷が、溶けて消えた。
それ即ち、そこが隙ではなくなったことを意味していた。
『覚えたぜェ……その動きはァ!』
すぱん、と音がする。
それが勢いよく振られたアヌビス神により、跡部の首が切断された音であることに、跡部は気がつけなかっただろう。
勢いのままボンボンと跡部の首が転がって、崖の下へと落下する。
それを見送り、うげ、と呟くと慌てて体の乗っ取りを解除する。
「……終わったか」
『へへ、本音でちゃんと思った通り、すぐ体は返したでしょ? これでこれからも俺を使ってくれるよな?』
サトリでは跡部景吾に敵わない。
故に、アヌビス神は、己がサトリの体を使うことを提案していた。
本当ならばそのまま体を乗っ取ってしまいたかったが、それをチラつかせては絶対に体を貸してはくれなかっただろう。
とりあえず一時的にでも手を組んでもらい、この殺し合いが終わってからも存分に奮ってもらえるよう友好関係を築こうと心の底から思うことで、なんとか実現できた策だ。
「……オメェ、眼ン玉落っことしたな?」
『ヒイ~~! わざとじゃないんだよォォ~~!! 逃げようとしなかったことを評価してくれ~~~~~!!』
返事もせず、しかしアヌビス神を握りしめたまま、サトリは崖の下に向かうため走り出した。
それは、目玉集めは絶対であるということと、アヌビス神を今後も利用していくという意思表明でもあった。
【名前】さとり
【出典】うしおととら
【性別】男?(化物なので性別はない可能性有り)
【能力・技能】
・心を読む
相手の考えを読み取ることができる妖。
他に特筆すべき長所はないが、心を読む力を使いこなしており、
鎌で多くの命を殺害し、目玉を奪った実績がある。
【スタンド】アヌビス神
【破壊力:B スピード:B 射程距離:E 持続力:A 精密動作性:E 成長性:C】
【能力詳細】
本体はとうに死んだ刀鍛冶だったが、妖刀として現在も生き長らえているスタンド。
刀を鞘から抜いたものや刀身に触れた者の精神を乗っ取り、新たな本体とすることが可能。
魚や牛であっても乗っ取れるが、牛の乗っ取りに時間がかかっていたことを見るに、人外の乗っ取りは少々時間を要するらしい。
また、物体をすり抜け斬りつけることも、すり抜けず物体そのものを斬ることも可能。
敗北時に「うっかり使ってしまった」と口走っていることから、デフォルト設定は物体透過オフであると思われる。
【備考】
1:アヌビス神がさとりの身体を使ってる時は心を読む能力を使えず、対象を乗っ取ってい無い時のアヌビス神は物質透過を使えません。
2:アヌビス神はジョジョ本編登場時と同じ完璧な刀身での参戦です。
原作登場前の時間軸でプッチに博物館から連れ出されて恩義を感じているのか、
本編後海底から引き上げ刀身も治してくれたことに恩義を感じているのかは後続の書き手におまかせします。
【方針】
ミノルのために、目玉を集める。
アヌビス神も、その方針に協力し、参加者を減らしてもらうつもり。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ちっ……」
サトリが去ってから小一時間後、跡部景吾はすっ飛ばされた首をようやく体へと繋ぎ直せた。
スタンド能力により、体の一部が切断されても大丈夫な状態にはしておいた。
それでも、そんな与えられた力に頼らずとも何とかできる気でいたが――甘かった。
運良く飛ばされた首が崖の途中で木に引っかかっていなければ、とうに詰んでいただろう。
首が離れていても跡部王国や眼力が健在であり、崖のうえで手探りで立ち上がる体を誘導できたのも大きい。
「……気に入らねえが、まあいい。血筋も、美貌も、与えられたものではあるからな」
考えを修正する。王には矜持が必要だ。
しかしながら、凝り固まった頭で滅びゆくのは愚の骨頂である。
「この与えられたスタンドも、使いこなしてやる。俺はキングだからな」
心を読む相手が存在することも分かっていたのに、心を無にすることはできなかった。
自分にも、できないことはある。
それでも出来ることを突き詰めて、王になったのが自分だ。
今回も、己の強みと、新しい手札を使いこなし、勝利してみせる。
その執念も、己の強みだ。
このスタンドなら、テニスラケットのようなものも作れるだろう。
「ノットだかナットだか知らないが、今日からお前の名は――」
アトベ・キング・コール。
己の隣に立つダブルスパートナーにそう呼びかけると、跡部はゆっくりと歩き始めた。
【名前】跡部景吾
【出典】新テニスの王子様
【性別】男
【能力・技能】
・テニス
その異常なほどの眼力により、
対象をレントゲンのように透過したり(技名・跡部王国)、
イメージビジョンの中で氷柱を突き立てたり(技名・氷の世界)することで、
相手の弱点や死角を的確につくことができる。
一方でテニス自体は物理法則をやや捻じ曲げる程度で、
相手の肉体に直接危害を加える技は有さない、スタミナ値が異常なだけのオールラウンダー。
(氷帝コールという幻聴を広域に響かせることはできるし、
他のテニス技を見てからコピーできるが、作中では怪我レベルの技までしかトレースを披露していない)
・フェンシング
圧倒的な財力により何でもこなす完璧超人キャラだが、
特にフェンシングと社交ダンスはテニス以外の特技として挙げられている。
多分レイピアとかそういうの作れたら強いんじゃないかな……
【スタンド】ナット・キング・コール
【破壊力 - C / スピード - D / 射程距離 - C / 持続力 - A / 精密動作性 - E / 成長性 - A】
【能力詳細】
攻撃した部分にナットやネジを出現させ、それらを外すことで対象を分解したり、逆に違う物体同士を接続したりすることができる。
跡部様は事前に自分の首や関節をボトルにしておき、回避不能と見るやボルトを回して首チョンパを避けたのである。
【方針】
王として勝利し、氷帝コールを響かせる