第一部.定理26
ある特定の方法でしか動けないように条件を決められてしまった(縛られた)ものごとというのは、実は神によって動き方の条件を決められている。逆に、神が条件を決めてくれなければ、どんなものごとも指一本自分一人では動かすこともできない。
理由
- 丸い玉を坂道に置いたら必ず転がり出すみたいに、条件を決められたものごとが、必ずその通りに動くってことはもう無条件でOKなはずだ(証明する必要もないね。でも具体的にどう動くのかを研究する必要は大いにある)。
- ところで、さっき第一部.定理25と第一部.定理16ではっきりさせたのは、「神は(その本性がそうさせるんだけど)、ものごとの本質の主要な原因でもあるし、ものごとが存在する主要な原因でもある」ってことだったよね。
原因になるってことは、条件を決めるのもその原因様なんだから、「原因」と「条件を決める」ってことは言葉が違うだけでおんなじことを言っているのはすぐわかるよね。まずこれで定理の前半ははっきりした。 - で後半なんだけど、これは今前半で証明したことからはっきりと推測できる。
あるものが、神によって動き方を決められていないとしたら、そいつは神に頼らないで自分一人で動き方を決められるほどご立派なしろものだってことになってしまうんだけど、これじゃあ今はっきりさせた前半がうそだってことになるから、矛盾しているってのはすぐわかるよね。