真っ暗の真空を切り裂いていく。プロセッサは直近の出来事を解析すべく、めまぐるしく回転する。自分を取り巻く環境には目もくれず、ほんの50時間前から始まったこの地獄を必死にもがく。
鋭く、冷たく、激しい風に叩きつけられた。高度を維持することすら精一杯で、何度墜落しかけたかもわからない。たとえこの嵐を生き抜いたとして、どうやったか思い出すことはできないだろう。
なぜこのようなことになってしまったのだろう。エネルゴン資源の探索任務で、サイバトロンに帰る前の最終地点として、ここに訪れたばかりだった。プロトコルに従い、北極地点経由で着陸し、あとは拠点を建ててから別行動するつもりだった。拠点を用意する前に軽いスキャンをかけて問題ナシと出たので、今後について話し合っていたら突然の吹雪に襲われた。地平線にたたずむ黒い雲なんて、まったく検知できなかったはずなのに。
あの時、スキャナーが嵐を検知できなかった理由は今もわからない。本当なら接近する前から見つけられたはずだ。わかるのは、切り裂くような大嵐を脱出すべく錐揉みする中で、スカイファイアとはぐれてしまったという事実だけだ。
錐揉み状態から均衡を取り戻すまで2分とかからなかったが、そのたったの2分が致命的となった。かろうじて感覚を取り戻した時点で、スカイファイアの姿はどこにもなかった。長距離センサは無用の長物で、短距離センサですら同じだった。通信ユニットも不具合を起こし、必死にスカイファイアへ呼びかけても返ってくるのは砂嵐だけだった。
その瞬間、今までのどのような経験よりも重々しい恐怖と孤独がのしかかった。スカイファイアは長年の親友だった。いつでもそばにいて支えてくれたし、暴走しそうなときも止めてくれた。そんな彼がいなくなろうとしている。それでも、たとえ砂嵐が返ってこようとも諦めず、何度も、何度も呼びかけた。
永遠に呼びかけて、永遠に返事が来ないように思った。次の瞬間、声がした。ノイズまじりの弱々しい返答に、スパークが凍りつくように感じた。
「スター……嵐……強すぎる……出…きない……君は……何処……?」
それを最後に音は途絶した。
ほぼパニック状態だった。スカイファイアの反応は弱まく、座標の大まかな方向すらわからない。これでは2人どころか、1人で助かるかも怪しい。
どうやって吹雪を脱出したのかわからない。なるべく嵐の付近を回り、あの真っ白な巨体が同じように脱出してくるのを待ち続けた。ようやく嵐が去り、通信ユニットが復旧したとき、またスカイファイアに呼びかけた。危険と知りつつも、あらゆるチャネルを解放し、さらにPINGをしつこく送信した。いずれも反応は一切なかった。そうしてようやく、この任務が取り返しのつかないものになったと認識した。
嵐の吹き荒れていたエリアを何度も往復した。何日もソナー信号を送り、金属スキャンやエネルギースキャンを実施した。何度か反応を拾ったと思ったが、分厚い雪と氷のせいで判然としない。なによりも、度重なる信号の送信にもかかわらず、スカイファイアからの通信があれ以来静まり返っていることが、あまりにも怖かった。10と何度目の緻密なスキャンを走らせたあと、ようやく自身のエネルギー残量を確認し、己を呪った。
残量が限界に近い。サイバトロン星に戻るためには、捜索を中止するしかない。戻ればきっと捜索チームを派遣してもらい、スカイファイアを見つけられる。胸が痛んだが、もはや1人でどうこうできる事態ではない。たとえここで離れても、それが助けを呼ぶためだと知ったなら、きっと許してくれるだろう。誰かの助けを求めるなんていつもならプライドが許さないが、今ばかりはそうは言っていられない。機首を空に向け、スラスターを起動した。機体はサイバトロン星に進路を定めて飛び立った。
罪悪感と悪夢に苛まれる旅を続け、ついにセンサが何かを探知した。視覚センサを前方に向けると、500メカノマイルほどの距離に、耀き母星が見えた。
ああ、よかった。
ここまでくれば、科学評議会に緊急報告を出せる。自分が連中に嫌われていることは重々承知だが、スカイファイアは別だ。嫌われるどころか、多くの科学者に慕われた男だ。野蛮で短気で最低な機種とされるシーカーと友達だとは誰も信じられないくらい、温和で紳士的と知られる人柄だ。ただし、実験に失敗したときの彼を目の当たりにした身からすると、あまりに浅はかな偏見だが。
今はそんなことはどうでもいい。サイエンスアカデミーの専用回線へ、暗号化したデータを送信した。帰還を知らせ、顛末をまとめた報告書も送付した。
返信を待つ間、なぜだか嫌な予感がした。確かにアカデミーは自分を嫌悪している。だが、スカイファイアのことなら助けてくれるはずだ。その後のことは、その時考えればいい。
これがいかに甘い考えだったかなんて、その時は想像もしなかった。