2500年後 アイアコンにて
オプティマスプライムは、窓をじっと見つめていた。数分前に去ったマーキュリオン議員の言葉が、プロセッサの中でぐるぐると回っていた。
「議員殿、あなたはご自身の提案の意味を、本当に理解されているのか?」
オプティマスは、目の前の男の言葉の意味を理解しあぐねていた。
かの男はハイカースト民らしく、ふてぶてしくたたずみ、不満げな視線を返して言った。
「もちろんだとも、プライムよ。議会はこれがオートボット兵を集める唯一の手段だと判断した。確かにアイアコン民の多くがオートボット側についた。しかし都市外からの参入は実に乏しい。多くは中立を保つか、オートボット有利を見定められるまで声明を控えているような状況だ。」
「しかし議員殿、この提案は……囚人から徴兵を行うという手段では、ディセプティコンと変わりない。あなたのおっしゃることはすなわち、戦闘経験が僅か、もしくは皆無である市民を戦争に送り込むということです。それ以上に、彼らの心身は兵士としても不適であり、戦力として望めません。私が副官から聞いた情報によれば、特別警戒収容棟の囚人の大半は特に危険で、既存の兵士たちにも危害を及ぼす恐れだってあります。」
オプティマスの意見に、マーキュリオンは不機嫌をあらわにした。
「ご心配なく、安全措置は考えてあるとも。奴らのスパークチャンバー付近に、遠隔操作のできる特別な機器を取り付ければいい。万が一、『愚かな真似』をしようものなら、すぐにでも起動できる優れものだ。」
その声には、明らかに棘があった。
「理解をしていないのはお前の方だぞ、プライム。これは依頼ではなく命令だ。仮釈放だろうとなんだろうと与えてやればいい。いずれにせよ、議会はお前に次のサイクルが終わるまでに軍勢を用意することを求めている。」
「さもないと?」
「さもないと、お前からマトリクスを剥奪し、別の……もっと、『融通のきく』者をプライムに指名する。」
オプティマスの返答も待たず、マーキュリオンは満足げに踵を返して出ていった。
肩を落として首を振る。どう考えても、この無謀な提案で議会が得るものはなにもない。あまつさえ、囚人たちを釈放するとうそぶいて、少しでも意に反すると判断させることをすれば致命的、そうでなくても深刻な障害を与えるような装置を体内に仕込むなど。
そんなものは自由ではない。ましてや、彼らに免罪の幻想を見せておきながら死地へ送り込むなど、オプティマス信条に反する。これでは自分達の相対する敵と同じではないか。
だが残念ながらこの腐敗仕切った議会は、人の操り方をよく知っている。しばらくは彼らの言いなりになるしかないだろう。ゆくゆくは、自分のやり方で通す術を見つけ出してみせる。
ブザーがオプティマスを現実に引き戻した。どうやら知らせを聞きつけてくれたようだ。今頃は幹部たちに送信したメッセージが、各々に行き届いている頃だろう。
オプティマスも議会のことは否定的だ。何せこれから幹部たちとの喧々囂々のやり取りの世話をしなくてはならない。連中はこれがいかに大変かを知らないのだ。
いずれにせよ、今考えるべきはそこじゃない。
「入ってくれ。」
「お呼びですか、司令。」
近衛隊長のアイアンハイドの声がして、眺めていた窓から視線を離した。
オプティマスはようやく窓から目を離した。今回の話のことは、幹部らの中でおそらくアイアンハイドが最も嫌がるだろう。彼はいわゆる「下賤な者ども」をディセプティコンの次に嫌っていた。唯一の違いが、すでに獄中の彼らが危害を加えてくることはないという点だ。
オプティマスは深く息を吸った。
「今回、君を呼びつけたのは、特別任務に同行してもらいたいからだ。他の幹部たちにも共有はしてある。」
「了解です。どんな任務です?コンのクズどもへの奇襲ですか?」
アイアンハイドの声は弾んでいた。
内心吹き出しそうになった。彼のディセプティコンへの姿勢は決して好ましくはないが、この猪突猛進な性格にはいつも感心する。
オプティマスは逆に声のトーンを落とした。
「残念ながら違う。本日、マーキュリオン議員の訪問を受けた。現存する数少ない議員の1人だ。」
「あのクズからは、何と?」
アイアンハイドは生粋のオートボットだが、マーキュリオン議員のことは嫌いだった。
議員は守るべき民衆を見下し、恐喝や賄賂に頼ってばかりいるような者だった。オプティマスがマトリクスを受け取る以前、アイアンハイドがセンチネルプライムの護衛を務めた時だった。マーキュリオンが自分の護衛になれと言って、賄賂を差し出してきたのだ。最初は丁寧に断ったが、マーキュリオンは引き下がるどころか価格を釣り上げてまた迫ってきた。結局、自慢の武器を胸元に突きつけてやってようやく追い払えたが、今思えばマーキュリオンじゃなくても、そんなことをされれば逃げ出すだろう。
回想するアイアンハイドを他所に、オプティマスは言った。
「どうやら議会はオートボット軍の戦力不足の解決手段として、アイアコン監獄の特別警戒収容棟から兵を『募る』つもりらしい。それも次のサイクルの終わりまでにな。」
「なんですって!」
アイアンハイドは声を荒げた。
「議会のバカは、とうとう気が狂ったんですか?あの棟に収容されているのは、この星でも最低最悪の連中ですよ!殺人鬼に狂人、何でもありだ!戦力どころか問題しか起こさないに決まっているし、第一、戦闘のことなんてろくに知りもしない雑魚どもですよ!?こんな馬鹿げた話に乗れるもんですか!」
「同意見だ。」
オプティマスは答えた。
「残念ながら、我々に選択の余地はない。今はただ、従うのみだ。」
アイアンハイドはまだ何か言いたそうに口を開いたが、オプティマスがそっと手で制した。
「私も指摘したが、従わなければマトリクスを剥奪すると言われた。本気でそのような真似をするかはわからないが、従わなかったところで、別の者に鉢が回るだけだ。嘆かわしいことに、議会に乗るものはこのオートボット軍にごまんといる。私が、従うしかないんだ。」
そこまで伝えると、アイアンハイドは口を閉じて首を振った。
「それでも気に入りませんよ。こんなこと。」
「私だって同じだ、アイアンハイド。しかし議会を出し抜く手を見つけるその時までは従うしかない。いずれにせよ、君には私の護衛として同行してもらいたい。これから招集する彼らを見定める目が欲しいのだ。君は優秀な戦士だし、その慧眼こそ、今の私には必要だ。」
アイアンハイドはため息をつきながら首を振った。マーキュリオン議員のことを嫌う理由が、またひとつ増えた。一方で、議会の恐喝がハッタリかを確かめるのもしたくない。少なくともマーキュリオンは本気だ。プライムは立場上、奴の支援が必要だしいかに手段が気に食わないとはいえ、兵力が必要なのは事実だ。たとえオプティマスが拒んだとして、議会は独断で囚人たちを解放してしまうだろう。
「わかりましたよ、司令。」
恨みがましげに答えた。
「行きますよ、本当に不本意ですがね。」
「不本意と聞いてむしろ安心したよ。」
「レッドアラートのやつ、発狂しますよ。プロールも、出どころを知ればショックのあまり閉じこもっちまうかもしれませんね。」
オプティマスが黙り込んだところで、ラチェットからの通信を受信した。
「ラチェット曰く、『済み』だ。」
報告内容に2人して吹き出した。重々しい話題でありながら、容易に想像できてしまった様子が、あまりにもおかしかった。
「なら、さっさと済ませてしまいましょうよ。」
「そうだな。さあ、行こう。」
それ以上言葉はなく、2人は基地を出発した。
アイアコン監獄 特別警戒収容棟 1時間半後
狭苦しい牢の中、ある囚人が寝台に腰掛けて地面を見つめていた。就寝時間だが、どうしても眠れないのだ。さっきもまたいつもの悪夢で目が冷めてしまった。どうあがいても、あの嵐の出来事を忘れることができない。その後のことも。
「被告人を、一級殺人の罪で有罪とする。」
「なんだと!?そんなの……!」
「静粛に!」
横暴だった。奴らの顔面に叫び倒したかった。この判決も、裁判も、すべてがでっち上げの茶番であると。しかしそう声に出す前に、裁判長(奴も、陪審員も、原告も、全員地獄に堕ちろ)は、言葉を続けた。
「物的証拠や目撃者が存在しない(当然だろ、あいつが死んでないってことすら考慮してねえくせに。最初から決めつけていたくせに!)ことから、被告人は死刑ではなく終身刑とする。」
判決を読み上げる裁判長は、この内容に対して納得がいかないような苦い顔をしていた。
「即座にアイアコン監獄に収監されるべし。」
内容を聞き終えて、ただただ床を見下ろした。腹部が煮え繰り返りそうだった。
「最後に言いたいことは?」
言われて、ゆっくりと顔を上げた。いったい何を家というのか。一体ことは、逮捕されたその瞬間からずっと叫び続けてきた。自分は殺していないと。
もはや繰り返すつもりもない。裁判官を一番冷たく鋭い視線で睨みつけ、吐き捨てた。
「てめえの聞きてえことは、何一つねえよ。」
「では以上とする。警備員、連れ出せ。」
警備員に『丁寧に』引き摺り出される間も、何も感じなかった。しかし傍聴席でふんぞりかえる議会の連中が勝ち誇ったように笑うのに気づいた。たとえ本当に殺せなくても、社会的に抹殺することには成功したのだ。そのことに激しい怒りを覚えたが、どうにもならなかった。ただスカイファイアを助けたかっただけなのに。お互い、別々の形で閉じ込められてしまった。
通路に出た瞬間の観衆らの罵詈雑言はほとんど聞こえなかった。見向きもしなかった。反応するだけ無駄だし、無意味な言い訳をした奴らを満足させるのも癪だった。聴衆の何人かがものを投げつけてきたが、それすらも感じられなかった。
ただただ冷たい。あの最果ての星の凍てつく風が、今も体を切り刻んできた。
記憶に拳を握りしめた。サイバトロン星に帰るんじゃなかった。帰ってきた結果、何を得た?何もだ。得たのは永劫に続く地獄だ。もう2000年もここで腐り果ててきた。その間も、自分を陥れた糞どもはゲラゲラと笑いながら、のうのうと生きている。
俺もあの星で死ぬべきだった。あと少しで死ねたはずなのに、なぜ俺は生きている?なぜスカイファイアではなく、俺が……
通路から足音がした。ちょうど正面で止まり、空間をヘアテル電気格子が音を立てて消えた。
「囚人861-B-524。」
呼ばれて顔を上げた。大柄な期待が2人、入り口で待ち構えていた。片方がステイシス手錠を持っていた以外、どちらもニヤニヤと笑っていた。
「何かお望みかい、アホ2人。」
吐き捨ててやった。おとなしくいうことを聞くなんてもってのほかあ。自分から全てを奪った連中だ。名前さえも奪いやがった。
片方がライフルをむけてきた。
「口を慎め。大事なお客様が、貴様ら重罪囚人全員に用事があるとしてここにいらした。全員おとなしく従い、出席すべきとの獄長の命令だ。てめえも含めてだぜ、ゴミが。」
睨みつけるのはやめなかったが、それ以上何も言わず手錠をかけられた。この特別収容棟に来客とは、前代未聞の話だ。少なくとも自分の経験では、今まで一度もなかった。なぜそういう事態になっているかも、気にならないと言えばウソになる。
気分がどうだろうと、否が応でも近く知ることになる。ならば獄長の望み通り、『おとなしく』従ってやろうではないか。
ひとまず、今だけは。
アイアコン監獄 講堂 1/2時間後
オプティマスは薄暗い広間の正面にある席に腰掛けた。囚人たちが看守に導かれてぞろぞろと入ってきては各々の席についていく様を、黙って眺めて考え込んだ。
監獄についたのは、ほんの1時間半前。獄長はグレートベージュの大型機で、プライムとその護衛の訪問に大変驚いた様子だったが、すぐに持ち直して2人をもてなした。彼は監獄を案内しながら、希望の囚人と話がしたければすぐにでも呼びつけることを仄めかしてきた。オプティマスは丁重に断りつつ、議会の命令の話を切り出した。それにはさすがに動揺したようで、オプティマスがマーキュリオン議員に伝えたのと同じ懸念を上げたが、議会がこの特別収容棟の囚人の徴兵以外を認めないことを示すと頭を垂れて受け入れた。獄長は看守たちに囚人を集めるように無線で伝えると、2人を広間に案内してくれた。
部屋に案内されて、オプティマスは絶句した。灰色の鉄壁には汚れが堆積し、いくつかの座席は壊れたまま放置されていた。比較的まともと呼べたのは正面の演説台とその上に鎮座する椅子だけだった。獄長曰く、ここで周回が行われることはめったにないので、ほぼ放置していたのだという。アイアンハイドが聞き取れない声で何か呟くのを聞いたが、その内容はおおよそ想像がつく。
アイアンハイドと言えば……。
──君の第一印象を聞かせてほしい。
個人用無線ごしに話しかけた。
──なんとも言えませんね。
通信上のアイアンハイドの声は、重々しかった。彼の目は、次々と入ってくる囚人たちの1人1人を丁寧に観察していた。
全員、手枷や鎖に繋がれ、飢えや外傷(きっと喧嘩と体罰によるものだろう)の様子が見てとれた。ほとんどが何百年も洗浄を受けていないように汚れていた。1人でもまともな精神状態を保てたとして、戦場に放り込まれれば生存率は皆無に等しく、たとえ訓練を施したとしても意味はほとんどなさないだろう。
──どいつも、戦力に数えられそうにないですね。
──本当か?
──健康状態からして全員劣悪ですし、衰弱しています。初戦を生き抜くことすらできんでしょう。
ふと、アイアンハイドの視線が1点にとまった。
──いや、1人。軍事機がいます。
その機体を見つけて、驚愕を隠せなかった。軍事機はアイアコンでは非常にまれで、ましてやこんな監獄の中で見つけられるとは思わなかった。たとえ旅行者だとしても、苛烈な差別と偏見に晒されるような機種だ。その結果、この年国家に彼らが訪れなくなって久しい。
アイアンハイドは議会によってもたらされた歴史を呪ってきた。なにせその結果、多くの軍事機がディセプティコンにつくことになり、オートボット軍を構成するのは戦争、戦略、武術に疎い民間兵ばかりとなったのだ。むろん例外は数名いるが、戦況に影響を与えるには至らない。
──軍事機が?
オプティマスに話しかけられ、現実に引き戻された。アイアンハイドは件の機体を改めて凝視し、確信した。
──間違いない、シーカーです。最後列の右端、ドアに近い位置のやつです。
オプティマスもそちらに視線を向けた。確かにそこにはシーカーがいた。彼も分厚い汚れに覆われているが、機体色はオプティマスと同じ3色だった。さらに特徴的なのが深いしかめっ面と鋭い眼光だ。そのシーカーは神経質そうに視線をめぐらし、誰かと目が合おうものなら鋭く睨みつけた。一瞬ドアを剥いたりもしたが、そのたびに看守が彼に武器を突きつけて黙らせた。
その時、アイアンハイドから信号が送られた。振り向くのとほぼ同時に、後ろから獄長が近づいてきていた。どうやら囚人を集め終えたらしい。獄長はすぐ隣にたつと、おもねるような声で言った。
「準備が整いましたぞ、プライム。」
オプティマスは頷いた。
早急に済ませよう。
席に着いた囚人たちの前にたち、ゆっくりと話した。
「諸君、君たちが本日、私が特別措置を説明するためにここにきたと知らされただろうと思う。」
何名かが頷いたり、肯定の声を上げるのが聞こえた。ここからが重要だ。胸を張り、語り出した。
「サイバトロン星を取り巻く戦争の噂を耳にしたものもいるだろう。悲しいことに、噂は真実だ。星は2つの派閥に分かれ、ディセプティコンと名乗る勢力が戦争を宣言した。」
一度言葉を止め、彼らの反応を確かめる。何人かは興味を示したようだが、大半はつまらなさそうにたたずむばかりだった。
予想はついていた、と内心ため息をついた。それでもどうにかして、たとえこの卑劣なやり口を嫌悪していても、彼らの関心を惹く必要があった。
「たしかに、君たちにとってはほぼ関係のない話だろう。だが議会は来るべき脅威に備えねばならないと必死だ。その結果、議会は星が滅ぶ未来を回避すべく、私にある権限を与えた。オートボット軍に入ってもらう対価として、君たちの釈放を認めよう。全ての罪を赦し、自由を与えよう。」
途端、多くの囚人らの反応が変わった。ほとんどがこの話に耳を傾け、無関心そうなのはごく少数となった。オプティマスと幹部たちの気持ちなど関係なく、議会の思惑通りに進むように思えた。
しかし、オプティマスは説得に集中するあまり、気が付かなかった。
角にたたずむシーカーが、激しい憎悪に燃える視線を投げかけていることに。
彼は、オプティマスの一言一句ごとに怒りが湧き上がるのを感じた。両手は拳をにぎっても抑えきれない憤怒に震えていた。
結局、俺は議会の手のひらで踊らされ続けるってわけか?挙げ句の果てに、お気に入りの犬まで送り込みやがって。
長年蓄積されてきた記憶や感情が一気に押し寄せてきた。とうとう我慢がきかなくなり、椅子を蹴るように立ち上がった。
「本当のことを言ったらどうだ!」
プライムの言葉を遮るように叫んだ。溜まりに溜まった怒りのタガが外れ、周囲から向けられる苛立たしげな視線にも目もくれず、自分の置かれた状況を把握することすらできなくなった、
「欲しいのは使い捨ての肉盾だろ!俺たちの命なんて、カケラも気にしてないくせに!」
空間全体に衝撃が走った。次の瞬間、囚人たちは説明を求めて騒ぎ出し、放たれた言葉がいつもの問題児の戯言かそうでないのかとどよめき出した。
オプティマスは呆然とした。どうにかして囚人たちを落ち着かせなければ。しかしシーカーの問いに返す前に、獄長の怒号があがった。
「そのバカをつまみ出せ!」
看守たちがいまだに騒ぎ立てるシーカーを引きずり出すころ、オプティマスはこの屈辱に対して静かな怒りが湧くのを感じた。獄長のウプッセラで冗長な謝罪などは耳に入らず、囚人たちを宥めるのが先だと厳しく伝えた。獄長が看守らに命令する横で、オプティマスはいったん席につき、囚人の中に今回の『申し出』に応じる者が果たして現れるか、ゆっくりと考えた。
あのシーカーとは後で話をつけなければならない。
アイアコン監獄 獄長室 1/2時間後
結果として、あの騒動を経たことを考慮するならば上々だった。特別収容棟の囚人の約2/3が、今回の提案に応じてくれた。しかしいずれも議会への恩義や忠誠などは無いだろう。アイアンハイドも同じ考えで、釈放という言葉に反応した者の数からして、大義を気にするものは皆無だろうとこぼしていた。
囚人たちの訓練所への派遣手続きを済ませ、最初に獄長の持ち掛けてくれたように特定の囚人を呼びつけるようリクエストした。どうしてもあのシーカーとは話をつける必要があったのだ。
最初、獄長は拒否した。曰くあのシーカーは、彼が就任する以前から筋金入りの問題児だったそうだ。個人的に対応したことも何度かあるらしい。アイアンハイドも獄長と意見があったようだが、オプティマスは2人がそれ以上文句を言う前にすっぱりと言い切った。
「私は人々を導くべく、マトリクスに選ばれしプライムだ。たった1人の囚人の対処すらできないと思うか?」
そこまで言われてようやく獄長は折れ、しぶしぶと看守達に囚人番号861-B-524を連れてくるように指示した。オプティマスとアイアンハイドは面会室に通され、待つ間にあのシーカーの経歴表に目を通した。やがて噂のシーカーを手枷と足枷を嵌めた状態で連れてきた看守と獄長は、「念の為に」と言って面会室に残ろうとした。
この時、無礼なシーカーと図々しい獄長のどちらに腹を立てるべきか、オプティマスは考えた。いずれにせよ邪魔にしかならないと考え、獄長たちに退室を命じた。彼らが反論が出る前にアイアンハイドが全責任を取ると言いながら武器を取り出した。後口調は不満げな様子だったが、「何かあったら自己責任ですからな」と吐き捨て、ようやく出ていった。
部屋は3人きりとなり、オプティマスはようやく、目の前に座るシーカーに鋭い目を向けた。
「さて、先ほどの騒ぎについての説明をしてくれるかな。」
シーカーは冷笑した。
議会の犬は大嫌いだ。全員地獄に堕ちればいい。このオプティマスプライムとやらも、様子からしてどうせ他と同じだし、なおのこと手を抜いてやる義理もない。
「理由はねえよ。議会の腰巾着と話すことなんてないんでね。」
冷たく言い放った。
オプティマスは目を細めて何かを言いかけたが、先に隣のアイアンハイドが怒りを爆発させた。
「このド底辺のクズ野郎!誰に口きいてるかわかってるのか!』
「ああもちろんだとも。オプティマスプライム、今は亡きセンチネルプライムの後継者。看守の話じゃあ、センチネルの死を悼む者はごくわずかだったってな?それとお前がセンチネルと同じくらいに議会の犬だって話も聞いているとも。」
つらつらと語った後、彼は背もたれに深く寄りかかった。
「ここの看守は、見てないところでよくしゃべるんだぜ。」
アイアンハイドは鋭く目を細めた。
「ずいぶんと口が達者だな。」
するとシーカーはいっそう笑顔を深めた。
「俺様のチャームポイントだぜ。」
再び爆発が起こる前に、オプティマスが口を挟んだ。
「アイアンハイド、下がれ。」
そのまま流れるようにシーカーに目を向けた。
「君のセンチネルや議会への憎悪はともかく、いま問題とすべきは、君の行動のために一部の囚人が今回の提案に乗らなくなった可能性がある点だ。」
オプティマスは獄長から貰ったデータバッドを拾い上げ、情報を読み上げた。
「スタースクリーム、というんだな?記録によれば、君は惑星探査任務の同僚を殺害した罪で終身刑を言い渡された。服役中、乱闘のため厳罰処分を200回、他の囚人に重傷を負わせたことで独房監禁措置を97回、1900年前に看守室にあるエネルゴンディスペンサーの配線を操作して強酸を噴射させたことをきっかけに特別収容棟へ送られた。」
そこまで読み上げ、スタースクリームを見ると、鋭い視線を向けてきていた。
「正直に言おう。君のようなものが今回の特例措置の対象となるのは、幸運に他ならない。」
途端、スタースクリームの目つきがさらに険しくなった。
幸運?幸運だと?肉盾になることの何が幸運か。
拳をきつく握りしめた。2500年間、犯してもいない罪のために閉じ込められ、虐げられ、飢えに苦しめられてきた。今まで正気を保ってきたのだって、スカイファイアと一緒に集めてきたさまざまな惑星の地形や生態系の分析や、本来ならできたはずの実験やプロジェクトの計画など未来永劫訪れないと知りながらも練って過ごしてきた体。それ以外の唯一の娯楽といえば、看守たちの交わすおもしろくもない噂話に耳を傾けることだけだった。
とんだ『幸運』だ。あの『徴兵』ごっこのために広間に呼び出された瞬間ですら、そう呼べるかどうかも怪しい。
「何も知らねえくせにデケエ口を叩くなよ。」
呟くように言った。
「俺は自分から喧嘩を売ったりしなかった。あのディスペンサー事件についても説明してやるよ。あの看守ども、俺を痛めつけるためだけに何度も部屋に来ていたんだ。ひどい時は他の囚人たちと一緒になって俺を痛ぶりやがった。……当然、監視カメラは『不思議とたまたま壊れて』いたもんで、俺は何も証言できなかったってわけだ。」
苦笑した後、真っ赤なオプティックがいっそうまばゆく光った。
「因果応報ってやつだ。俺から言わせてみればな。」
思い返すと、今でも腹が立つ。なにせその件で割を喰ったのは自分だけで、その看守たちは一切のお咎めなしで済んだのだ。今まで、報復してきたぶんは全て、さらなる苦痛となって跳ね返ってきた。
オプティマスはしばらく沈黙した。どうやらこのシーカーは、権力者に対して並々ならぬ憎悪を抱いているようだ。厳しい態度は有効ではない。
ならば別の手段を取るべきだ。
「アイアンハイド。」
アイアンハイドの反応は速かった。
「なんですか?このバカに目にものってやつを見せてやりましょうか?」
その言葉に反応してか、スタースクリームがわずかに立ちあがろうとしたことにオプティマスは気づいた。もしアイアンハイドが攻撃を仕掛けたならば、彼もそれに応えるだろう。それは望ましくない。
「退室してくれ。彼と個人的に話がしたい。」
「は!?しかし司令!こいつは人殺しなんですよ!?そんなやつと2人きりなんて……!」
「従え、アイアンハイド。」
アイアンハイドはオプティマスを凝視した後、シーカーを強く睨みつけた。
「……わかりました。でももしコイツが変な真似をしたなら、俺は問答無用で引き金を引きますからね。」
緊迫した空気にも関わらず、オプティマスは小さく笑った。
「心配はいらないさ、友よ。さあ、外で待っていてくれ。」
アイアンハイドは最後にスタースクリームを一瞥し、ズカズカと退室した。
その間、スタースクリームは2人のやりとりをまじまじと観察していた。その最中、看守どもの噂話にはなかったことに気づいた。
このプライムは、少なくとも1名からはは明確な敬意を受けている。前任者のセンチネルが、死ぬまでの数千年間は得られなかったものだ。そもそも先代プライムは存在そのものが冗談と言って良いものだが、このプライムは違う。護衛に対する態度や口振、さらには悪名高い問題児で殺人鬼とされる者と2人きりになろうという音声は、彼なりの思慮と強固な意思を感じさせた。
若いと言っても、バカではないということか。つまり、成長の余地がある。
このプライムは周りから未熟と評価されてるが、簡単に流されるような人柄ではないと判断した。
だからと言って信用するわけではない。そうやすやすと他人を信じることができない程度の経験はしてきた。特に、権力者に対しては。
やがてオプティマスが向き直ると、スタースクリームは冷笑してみせた。
「おやおや、2人きりだなんて大胆だな?おっしゃる通り、俺は犯罪者だ。なんたって他人をためらいもなく……」
「もういい。」
オプティマスはぴしゃりと言った。これ以上、彼のペースに巻き込まれるわけにはいかない。
「君が議会や先代プライムを憎悪していることはよくわかった。しかし私は彼らの一部ではない。ましてや、守るべき人々を虐げる真似も許すわけにはいかない。」
一拍置いて続けた。
「それと、オートボット軍の兵を集めるためとはいえ、囚人を引き入れる手段には私も同意できない。私からすれば、それはディセプティコンのやり口だ。これでは何が彼らと我らを分つのか?私がアイアンハイドと共に見てきたことからして、ここにいる者たちのほとんどが戦い方を知らない。それどころか、大半は戦いなど最初から望んでおらず、ただただ自由を求めているだけだろう。」
スタースクリームは鼻で笑った。
「議会がそう簡単に自由を与えてくれるとも思えねえしな。どうせ何かしらの保険はかけるつもりだろ?たとえば、少しでも意に反した行動を取ったら即刻作動するような、そういうフェイルセーフとか。」
言いつつ、オプティマスを睥睨した。
「自由が聞いて呆れる。だったら俺は居残ることを選ぶ。」
その勘の鋭さにはオプティマスも感嘆した。少なくとも彼は、議会の一員が本当にその方針を出したことを知らないはずだ。
オプティマスもそれには賛同できないながら、無法な囚人たちを戒める他の手段がないのも事実だった。だからひそかにラチェットに相談する際には、従順な囚人がいたら装置を無効化する手段を探そうと思っていたところだ。
「さらに言い当ててやろうか。そのことを公表されるのは、装置が取り付けられた後だろ?」
掠れた声がオプティマスの思考を遮った。
「そう驚くことはねえよ、オプティマスプライム。俺がシーカーだからって、バカと決めつけるなよ。」
その言葉は信じるに十分だった。第一印象こそは最悪だったが、これまでのやり取りからして、彼は断じて愚鈍ではない。次第に抱えていた怒りは興味に変わり、もっと彼の話を聞きたくなってきた。
「君がなぜこの提案に対してそこまで反発するのか、聞かせてほしい。君が議会をそこまで憎む理由も。」
「聞いてどうする?」
スタースクリームはそっけなく言い放った。
しかしオプティマスは穏やかな声で答えた。
「私なりに噛み砕きたいのだ。」
少しの間、スタースクリームは閉口し、自身の手を見下ろした。
確かにこのプライムは思っていたのと違う。自分のどこかで、彼を信じてみたいという気持ちさえ湧いてきた。しかし……
長年、憎悪を培って生きてきた。その憎悪に身を焦がして過ごしてきた。もしこのプライムが、自分が今思うように、先代と違うのであれば、あるいは……
意を決し、顔を上げた。あとで大いに後悔するだろうが、それも覚悟の上だ。
「いいだろう。知りたけりゃ、教えてやる。」
オプティマスは静かに頷いた。ようやく、進展があった。
「俺は元々ヴォスからクリスタルシティに移住した者だ。軍用機として軍事訓練を受けてきた中で、自分が他とは違うことがやりたいのだと感じていた。知能指数が平均を大きく上回り、科学的知識への関心が強かったことで、同族とは馴染めずにいた。やがて、ヴォスの首長は俺の才能に気づくと、クリスタルシティのサイエンスアカデミーに入学するためのスポンサーになってくれた。」
スタースクリームは語る中で苦笑した。
「歓迎されていないことはすぐに思い知ったよ。何かと不正行為や問題行動をしたと責められ、少し目を離した隙に作業中の道具がなくなることもあった。いじめなんてしょっちゅうだった。機種に対する侮辱のほかに、ヴォスに帰れとさんざん言われた。」
苦い記憶を思い返しながら、首を振った。
「どこにいても忌避が付き纏った。キレてやり返したときもあったが、事態を好転させるどころか報復とさらなる理不尽が増えるばかりだった。何度か諦めて帰ろうと思ったときもあった。そんな中、たった1人の教授が、俺をまともないち個人として扱ってくれたんだ。」
「それが……?」
「スカイファイアだ。あいつは俺の持つ可能性を信じれくれて、それを支えてくれた。正直、最初は驚いたよ。俺がいじめられるとあいつはアドバイスをくれ、すけだちに出てくることだってあった。俺が謂れのない不正を疑われたときも、真っ先に立ち上がって擁護してくれた。」
この瞬間、固い表情が少しやわらいだことをオプティマスは見逃さなかった。
「思えば、いかにあいつが周りから慕われていると言っても、俺を庇うことで敵を作っていたとしてもおかしくなかった。特にその後のことを考えればなおさらだ。いずれにせよ、あいつのおかげで俺は無事卒業できた。さらに俺に助手にならないかとまで持ちかけてくれた。……あの地獄のような環境でのあの優しさは、忘れがたいものだった。俺は少しでも助けになれるならと、喜んで承諾した。次第に俺たちの関係はただの師弟から、友人へと変わっていった。俺に取っては、最初で最後の、心から信じられる相手だった。」
次の言葉に続くまで、少し間が空いた。
「それからどうやってあんな話になったかは覚えていないが、異星調査をしてみようという離しになった。サイバトロン星のエネルギー枯渇問題を解決するために、外の世界を探検し、どこかの星と同盟を組むか、そうでなくとも情報を集めて助力になればということだった。」
そこでスタースクリームは少し笑った。
「正直、俺は乗り気だったよ。なにせそれまでの経験のせいで、しばらくは星を離れたいと思っていたから。」
オプティマスは口を挟まなかった。しかし、話を聞いているうち、ある疑念がよぎった。
記録上のスタースクリームとスカイファイアの関係と、彼の語る内容が矛盾する。裁判記録によると2人の関係は険悪で、時には暴力的であったとの記述があったが、スタースクリームの話す内容は真逆を示した。
何かがおかしい。マスクの下で、ひそかに顔を顰めた。
そのとき、スタースクリームは苦々しく笑い声を上げた。
「そう単純な話じゃないって、気づくべきだった。アカデミーは俺たちに危険な任務を与え続けた。次第に俺は悪い予感がして、そのことをスカイファイアに打ち明けた。あいつらが俺たちを使い捨てと見て、命を軽視しているんじゃないかと。……スカイファイアはそうは思わず、俺が疑心暗鬼になっているだけだと言った。おそらくだが、あいつも内心は同じことを考えていたようだが、否定したかったんだろう。」
そうであったならよかったのにな。スタースクリームは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「それで、どうなった?」
オプティマスが尋ねると、苦い表情は怒りに歪んだ。
「あのクソ任務があったんだよ!星のエネルギー問題を解決する資源を見つけるという名目の、あの無駄足任務が!!」
「詳しく話してくれ。」
そう言うオプティマスの声は、命じるように重かった。スタースクリームもそれに気づいた。
もう、後戻りはできない。
「俺たちは、サイバトロンの資源問題に使えるような資源を蓄えた惑星を探索し、記録する任務を与えられた。任務中、少なくとも7つは潤沢な資源を持つ星を見つけられたはずなんだ……」
「それから?」
「最終地点は、未発見銀河系にある有機的な岩石惑星だった。俺が知る限り、その星には識別名の記録がなかった。スカイファイアと俺は北極地点に接近した。探索中、嵐が襲って、俺たちははぐれてしまった。あいつからの救難信号は受け取れたが、ほとんど途切れ途切れで、天候の影響であいつの座標を割り出すことができなかった。やがて俺は嵐を脱出し、近くであいつが無事出てくるのをずっと待っていた……。」
スタースクリームは首を振った。
「奇跡は起こらなかった。スカイファイアは脱出できなかった。そう気づいた俺は必死に探し回った。何十回もそのエリアをくまなく探した。でもエネルギー残量が底をついて、それ以上探すわことも叶わず、俺はやむを得ず、捜索を中断して帰路についた。」
そこで、彼の表情に憎悪が浮かび始めた。
「サイバトロン声の通信領域に入ってすぐに、事故の報告書を提出した。俺はアイアコンの治療施設に着陸し、そこで待機するよう命じられた。妙だとは思ったが、俺は命令に従った。」
再び、首を振った。
「これまでで1番愚かな行動だったよ。待っていたのは警察部隊(エンフォーサー)だった。施設に到着した瞬間、スカイファイア殺害の罪で逮捕された。裁判中も弁明のひとつも許されなかった。何もかもが奴らの思惑通りで、俺もスカイファイアも会ったことのないような『証人』をたてられ、俺があいつに攻撃的に振る舞ったとかなんとか言いやがり、果てには議会が軍用機事態の本能的な暴力声を指摘した。判決は伝聞証拠で固められた出来レースだった。唯一の『お慈悲』として、死刑の代わりに終身刑を言い渡された。何せ物的証拠がなかったからな。」
スタースクリームは深く息を吐いた。あの出来事、あの不法……いまだに怒りが湧き上がる。しかしどうにか自身を整え、話を締めに入った。
「何度も何度も上告した、議会が聞かなければ、今度はセンチネルプライムに。しかしそれらもすべて無視されるか、ご丁寧にも俺を嘘つきだと決めつけた返事をよこすだけだった。『おあいにく様、清浄なるクリスタルシティサイエンス議会がそんな過ちを犯すわけがないのだ。だからさっさと黙ってその因果応報の罰に身を委ねたまえ、シーカー風情が』とな。」
最後のひと言には、皮肉がたっぷりと込められていた。
「俺の研究成果がどうなったか、知る由もない。結局全てはどうでもよかったんだ。果たして消去したか、それとも差し押さえたか……結果は同じだ。気に入らねえやつの排除には大成功したってわけだ。」
そうしてようやくスタースクリームは話を締め括った。そして、オプティマスの顔を真っ直ぐ見た。
「終わりだ。満足かい?」
満足であるものか。オプティマスは、内心怒りに震えていた。
このような不当行為はきいたことがない。最悪なのは、公表された話は多くのサイバトロニアンの記憶深く刻み込まれ、今後スタースクリームの汚名が濯がれる可能性はほぼ無いだろうことだ。唯一それを解決するのがスカイファイアの帰還であるが、彼の話からして、それが近い未来に起こる可能性は皆無だろう。
一方で、オプティマスの中で1つの案が浮かんだ。それもちょうど、議会にひと泡を吹かせてやれそうなものだ。
「ひとつ、質問していいか。」
「どうぞ。」
「ここから出るためならなんでもするか?」
途端、スタースクリームは不安な表情を見せた。
「どういう意味だ?」
オプティマスは深く息を吸った。おそらく、彼は大いに機嫌を損ねるだろう。
「オートボット軍に入れ。」
予想通り、スタースクリームの怒りは爆発し、椅子を蹴った立ち上がった。
「てめえ、話を聞いてなかったのか!?俺が議会を信じないのも、誰も信じないのも……っ奴らの思惑も全部知ってなおも、そんな話に乗れっていうのか!?よくもそんな口をきけたな!」
オプティマスは静かに立ち上がり、まっすぐスタースクリームを見据えた。
「君が最後に平穏な眠りにつけたのはいつだ?満足に補給できたのは?好きなときに好きなところへ行く自由を少しでも味わった瞬間は?」
スタースクリームはひと言も発さなかったが、表情の変化で十分だった。オプティマスは最後にひとつ問いかけた。
「最後に空を飛んだのはいつだ?」
返事はなく、ただこちらを凝視する視線だけがあった。確実に彼の意識を捉えた今こそ、話を続けるべきだ。
「君は看守たちの話に聞き耳身を立てていたと言ったね。ならばディセプティコンのこれまでの行いなども知っているだろう?」
目の前の顔が告りと頷いた。オプティマスは責め立てないように、ただじっと見つめ返した。
「さらに君は、軍用機が破壊や暴力だけが取り柄の存在でないことを証明したいのだろう?」
再び頷いた。今度はかおだけでなく、目線をしっかりと合わせた。
「君がオートボット軍に参入するならば、自由と、再び空を舞う権利を与えるだけでなく、その古びた偏見を打倒する機会を与えられる。」
言いつつ、オプティマスは小さく嘆息した。
「正直に言おう、国に戸は建てられない。私の副官が元エンフォーサーであることを鑑みれば、噂が広まるのは避けられない。部下たが凶行に出ないように私もつとめるが、プロールは過去を簡単に捨てられる男ではないし、私を出し抜いてまで行動を起こす恐れもある。だがもし君が周囲の偏見に逆らい、その真の力を証明する意思があるならば、偏見から覚める者も現れるだろう。先ほど、私の目を覚させてくれたようにね。その代わり、もし誰かが君を攻撃しようものなら、命に関わる事態を除き、報復行為は控えてほしい。そのときは私に知らせてくれれば、こちらで適切な対処をすると約束しよう。それでどうだろうか?」
スタースクリームは、すとんと座り込んだ。怒りはすっかりしぼんだ。頭の中には事実だけが残った。
議会の意気がかかるのは、どんな形でもいやだ。それは今後も変わらない。しかし最後に外を出たのが、見張り付きでさえいつだったかを思い出せない。ほぼずっと檻の中だった。空を見たのは小さな窓からだけだった。何よりもずっと上に苦しんできた。自分が他の囚人よりもさらに少なく補給を受けていることは、このプライムにも伝えていない。ほんの少しでも、多くの補給を受けたい。何よりも、空を舞う機会があるならば……たとえそれが戦いのためであっても、この上なく望ましかった。
ただ、最後の話だけは悩ましい。プライムの話に乗るということは、問題が起こったとしても自分には抵抗の選択がないということだ。特に副官の話が本当ならば、逃れる術はない。何よりもスタースクリームとしては、自分にわずかに残った矜持を保ちたかった。
しかし、今更矜持を保って何になるのか。無実を訴えても誰も信じてくれなかった。たとえほんのわずかなせんたくのよちがあったとして、ディセプティコンに参加したとしても、あの軍団が彼の本当に求めるわずかな望みさえも与えてくれるとは思えない。
ほんの数舜の思考の末、決断した。顔を上げ、まっすぐオプティマスを見上げて告げた。
「承諾しよう。」
吉と出るか、凶と出るか。しかし答えならば出た。
あとは後悔しないことを祈るばかりである。