─翌日 アイアコン本部─
─医務室 保管庫─
最後の箱を棚にしまって、ラチェットはひと息ついた。
それなりに部品は集められたか。
シムファーの惨憺たる情景が浮かんだ。これまでいくつもの戦傷者の治療をしてきた。奇襲、爆撃、暴動、乱闘。しかしシムファーと比べれば、すべて些細に思えてきた。
死傷者数はこれまでの戦いと比べても圧倒的だった。ディセプティコンがこれほどの暴挙に出るのは初めてだった。これまで事態を軽視していた議員らも今度ばかりはどうにもできなかった。死者数があまりにも多い。
5000人の兵士がシムファーへ向かった。
27000人の市民がかの年国家に住んでいた。
約3000人の重軽傷の兵士が帰還し、市民は1人も帰ってこなかった。
都市ひとつが粛清されたという事実の隠蔽は不可能だった。そのことにラチェットは冷笑した。
隠そうとしただろうな。辺境の暴動だった頃からだ。事態が手に負えなくなるまで、隠し通してきた。政治家どもめ、我が身可愛さで市民を苦しませることばかりする。
現在の政治形態に擁護の余地などない。この星の腐敗の道を生涯見てきたし、センチネルプライムも就任まもなくして既に傀儡だった。奴は議会の政治に介入することを嫌い、面倒ごとを避けるために好き勝手に遊ばせていた。それを好奇と見た議員がいたのはいうまでもない。メガトロンの軍勢がセンチネルを含め議会の大多数を抹殺してから、マトリクスはオプティマスを次なるプライムに選択し、生き残る議員らは彼の若さを利用して次なる傀儡に仕立て上げようとした。ラチェットも当初は彼をセンチネル以上のものにならないと思い込んでいた。
しかしオプティマスは驚くほど頑固だった。その後マーキュリオン議員は囚人らの件で彼を恐喝したが、案の定、例のシーカーを見つけて連れてきた。議会は誹ることに必死になるあまり、かえってしっぺ返しを受けることになったのだ、ましてや殺人犯など。
ラチェットはまた1人で笑った。マーキュリオンとあの細っこいやつが怒り狂いながら司令部を後にしたとき、彼らの話を盗み聞きできたらさぞかし楽しかったろうと直感した。
思い出に耽るのをやめ、まとめた部品を保管庫に運んだ。ちゃんとしまうのに改めて整理整頓しなくてはならないが、すぐに終わるし、あとで構わないだろう。今は患者の確認……というより、例の問題児の確認が必要だった。
彼の胸の風穴を修復したとき、翼を取り除かなくてはならなかった。何せ折れ曲がっただけでなく、射撃による貫通創もあった。今覚醒したらきっと怒るでは済まされない。その度合いは、ラチェットもよく知っている。
ある飛行型ミニボットが墜落によろう負傷をした。担当医は片翼を除去したが、ミニボットは覚醒するや否や医師の腕を引きちぎったのだ。のちにラチェットは例のミニボットを見かけ、行動の理由を尋ねたところ、「飛行型にとって、止めなくなることほど恐ろしいことはない」と答えた。
シーカーもきっと同じだろう。ホイルジャックには、なるべく急ぐように伝えた方がいいだろう。せめて覚醒する前に取り付けてやりたい。
「ラチェット。」
後ろから呼ばれて、思案から引き戻された。声の主を見て、ラチェットは微笑んだ。
「司令、どうかしましたか?」
聞かれたオプティマスは、どこか疲れた様子だった。
「ジャズから報告を聞いた。」
「……なるほど。」
ラチェットは目を閉じて言った。
オプティマスはスタースクリームに目をやった。お互い予想した通り、議会の計画は水泡に帰した。だが、ここまで無惨な結果になるとは。
囚人部隊がオプティマスの理無しで出撃したことには流石に激怒した。アイアンハイドも彼らはまだ訓練不十分で、出撃するにもまだまだかかる上、前線に立たせるより先輩兵と組ませて見張り番をさせた方が良いとしたほどだ。だからオプティマスはジャズの報告を聞いた後、アイアンハイドから事情を聞いた。
アイアンハイドは囚人部隊の出撃に反対したとハッキリと言った。彼らがシムファー包囲網打開に向かわせるには不適だとプロールに強く伝えたが、プライムの意向で誰かを向かわせるべきであり、囚人部隊以外を認めないと言い返されてしまったのだ。さらに彼らはいずれ経験を積まねばならず、その方がオートボットのためになるとも。もちろんそれでも反対をしたが、地位的にもプロールの方が上であり、従わなければアイアンハイドをと動くすると恐喝までされてはなすすべもなかった。
アイアンハイドも、気に食わなくとも囚人たちを死地に向かわせたのは不本意だった。何せ、これまでの苦労が無駄になってしまったのだ。
アイアンハイドを退席させた後、プロールを呼びつけた。事情を聞かれた彼は一切否定せず、それどころか囚人部隊がほぼ全滅したことに一切の後悔を見せずに言い切った。
「どうせ生き残れないなら、いない方がマシでしょう。」
こればかりは看過できなかった。オプティマスはプロールではなく自分がオートボットの司令官であることを、つとめて冷静に伝えた。どの部隊がどの任務に当たるかを決めるのは、副官や補佐官に確認したうえで司令官が決断することである。
プロールはアイアンハイドから囚人たちの話を聞いたうえで、それを無視した。果てには上官であるオプティマスの許可もなく、独断で部隊を派遣したのだ。
「プロール。ただでさえ仲間の数は少ないのに、それを無駄遣いするわけにはいかないことを、君もわかっているだろう。」
そう言ったとき、ふと考えがよぎり、かまをかけることにした。
「ましてやくだらない私怨のためになど。」
途端、プロールのドア翼が固くなるのを見た。やはり、思った通りか。
「失礼、おっしゃることがよくわかりません。」
腹の奥からふつふつと怒りが湧き上がった。プロールがスタースクリームを毛嫌いしていることは知っていたし、どんな手を使ってでも彼を苛むつもりだろうとはわかっていた。だがこのような形で殺戮を決行するだなんて。
「いや、君は明確にわかっているはずだ。」
言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「君はこれを好機と見て、彼らを死地へ送り込んだのだ。たった1人を殺すためだけに。そのために、他の者たちが諸共に死のうとも構わないと考えたな。」
プロールは首を振った。
「そのようなつもりはありません。」
声色こそ冷静だが、微かに苛立ちの色が滲んでいた。
10年前、スタースクリームの名を出したときの彼の反応を思い出す。今の言葉は嘘でしかない。こうも堂々と嘘を述べる態度に憤慨した。
オプティマスは身を乗り出し、目の前の男とまっすぐに視線を合わせ、無感動な声で言った。
「そうだ。そして、もう少しでその望みは叶うところだった。」
「司令?」
返答は自分と同じくらい無感動だったが、何か、はっきりとは言い表せない感情が含まれていた。
「ジャズを通して、ラチェットの報告を聞いた。報告によると、スタースクリームは生還したそうだ。致命傷を負ったが、手遅れになる前にハウンドが救助したという。当初、彼はスタースクリームをディセプティコン兵と誤認し、尋問のために回収したとの証言だ。」
言いながら、相手の反応をじっくりと観察した。プロールのドア翼と手が震え出し、やがて、持っていたデータパッドが真っ二つに折れた。
証拠は十分だろう、あとは結論だけ言えばいい。
「プロール。今後は全ての出撃報告を私に通すように。どの人員が適切で、どのように編成するかも議論したうえで決める。また、今後このような愚かな真似をしようものなら、君を一般兵に降格し、当分は牢獄で過ごしてもらう。適切な期間……私が十分だと思うまでだ。わかったか?」
目前の機体は、冷え切った声で返した。
「明瞭に。」
あとは言葉もなく、彼は出ていった。
思い出すだけで頭が痛くなる。ひとまずはプロールの最初の一手を制することはできたものの、これで終わらないことは明白だ。当分は彼の動向を見張り、また何かしでかさないか注意しなくてはならない。
「囚人部隊に出撃命令を出したのはプロールだったようだ。」
言うと、ラチェットの目が光った。
「動機は……言うまでもないでしょうね。」
「彼は過去を手放さない性格だ。そして恨みを晴らすためならば、周囲への被害も顧みないつもりらしい。」
「そのせいで多くの者が無為に死んだわけですか。」
「ああ。この件については、私からわかりやすく釘を刺したところだ。」
死者の有様やスタースクリームの傷を直接目にしてきたラチェットは首を振った。
「その薬が効くことを願いますよ。あの惨状は……とても目に当てられない。」
オプティマスの眉が動くのを見て、続けた。
「顔の半分を吹き飛ばされた者もいました。ムンケアらスパークチャンバーを引き抜かれた者もいました。」
言いながら、例のシーカーの眠る部屋を一瞥した。
「スタースクリームは幸運な方です。胸を撃ち抜かれたぶん、とどめを刺されなかったんですから。」
「彼と話をしても?」
オプティマスとしては、入隊後の彼の様子を確かめたかった。だがすぐに止められた。
「今は麻酔で眠られています。何度か覚醒しましたが、すぐに意識を失うんです。それに彼の傷はおおよそ修理しましたがその過程で翼を取り外し、現在ホイルジャックに修理手配をかけているところです。それが戻ってくるまで、起こさない方がいいでしょう。狂乱するシーカーの世話なんてごめんですからね。」
ラチェットの説明は納得するに十分だった。
スタースクリームを説得したとき、飛行の自由を言及したときの顔はいまでも覚えている。空を飛べないということはそれだけ彼を苦しめてきたのだろう。加えて彼の癇癪癖からして、翼を取られたという状況を知れば怒りが爆発するでは済まされないだろう。
「わかった。状況が落ち着き、話ができるようになったら教えてくれ。」
ラチェットは頷きつつ、ふと思いついた。
スタースクリームの入隊報告の日、オプティマスは彼を保護下に置くことを明確にした。そのことがずっと気がかりだった。さらにスタースクリームは自身の身体データを共有することを固く拒みながら、オプティマスが介入した途端にあっさり引き渡したことも不思議だった。
噂での彼は極めて暴力的で、事実として癇癪持ちである。しかし今まで彼と接してきたところ、話しぶりや行動で判断する限り、プロールやレッドアラートが懸念するほどの危険人物とは到底思えないのだ。
それらを抜きにしても、スタースクリームとオプティマスが一対一で対談したとアイアンハイドが愚痴をこぼしてから、単純に興味が湧いた。
「司令、少々よろしいですか。」
「なんだ?」
「気になっていたことがあります。」
「どうぞ。」
オプティマスも予想はしていたらしいラチェットはこれまでも理性的に話をしてくれた。もしかしたら話をわかってくれるかもしれない。
「なぜスタースクリームはオートボットに入ったのでしょうか。ヴォス出身のシーカーなら、故郷と同調するのが自然です。それに殺人の罪を着せられたのなら、なおさらこちら側につく義理なんてないはずです。なぜ彼は監獄に残らず、戦うことを選んだのでしょう。」
口にだす前に、少し回答に迷った。どこまで伝えるべきだろうか。医者であるラチェットはこの件には中立的な立ち位置を示し、スタースクリームへの態度からもそれが表れている。一方で、真実を語ったところでどう思われるか──だが、きっと今となってはたいした問題ではない。腹をくくり、答えた。
「スタースクリームは当初、自身の理念を曲げたくないとして、監獄から出ることを拒んだ。だから私は、彼が監獄で受けている仕打ちが決して改善されないことを指摘した。」
続く言葉は、少し間を置いてから出した。
「そして、長い間空を飛べていないことも指摘してみた。」
この回答にラチェットはさして驚かなかった。それに横行する軍用機差別問題や議会のやり口に対し、オプティマスがちょっとした仕返しをしたがっていたことも察していた。
「なるほど。」
「彼の話を聞いてやったことも影響しただろう。」
この言葉には呆気に取られた。
「話を聞いてやった?」
オプティマスは頷き、背を向けた。彼は少し歩いてから答えた。
「彼が収監される経緯を聞いたのだ。尋ねたのは私が初めてだったらしい。どうやらそれが、彼の態度の緩和に影響したようだ。」
なるほど、と首を縦に振った。これを機に、追加で質問することにした。
これまでのスタースクリームとの接触で、おおよそ答えはわかっているが。
「司令。噂は本当だと思いますか?彼が、パートナーを殺害したという噂は……」
オプティマスは出口にたち、項垂れた。
自分は答えを知っているが、一方で他よりも多くの情報を持っている。だからスカイファイアという存在が確認できない以上は証明もできない。幸いラチェットはこれまでのスタースクリームとの関わりからして信じてくれるだろうが、果たして本人の許可なしに話して良いものか。
黙っていてほしいとまでは言われていないが、それでもこれは彼の個人的な話だし、いたずらに言いふらすものではない。
結局、専用回線越しに答えることにした。
『時が来たら、本人に直接聞くといい。』
それ以上はラチェットも何も言わず、オプティマスはそのまま医務室を去った。きっと彼ならば意図を汲んでくれるだろう。
これでスタースクリームは新たな味方を得たことになる。
そしてプロールの動向からして、味方は1人でも多い方がいい。
そこまで考えて、次にパーセプターの研究室へ向かうことにした。
─アイアコン本部 幹部棟─
─ジャズのオフィスにて─
ジャズは席にもたれながら考えた。シムファーから帰還して囚人部隊の末路を報告したとき、オプティマスは明らかに動揺した。ジャズ自身もラチェットから話を聞くまで、彼らがあの場にいたことすら知らなかった。アイアンハイドの訓練成果の報告が届いたのさえ、その後だった。ミラージュの報告では当分は出撃など無理という状態だったのだ。おまけにラチェットの診療報告からしても心身ともに劣悪で、戦力としては期待できない有様だった。
司令官への報告の後、アイアンハイドが呼び付けられるのを聞いた。そのあとは特に気に留めずに食堂へ補給に向かった。だが今から数分前、シムファーへ戻る前に仕事を片付けようとオフィスへ向かう道中、らしくもなく憤慨するプロールと遭遇した。
「よくもやってくれたな。」
振り返ると、プロールの怒り顔があった。何が副官殿の鉄面皮をここまで歪めるのかが気になって聞き返した。
「何をだい、プローラー?」
いつもなら指摘するあだ名も無視して、目前の男は言った。
「司令に囚人部隊の報告をしただろう。」
ジャズはかえって混乱し、バイザーの裏で片眉を上げた。アイアンハイドがオプティマスに報告したことが、プロールに不利益をもたらしたようだだがそれの何が不満というのか?手順に不備はなかった。司令官にシムファーの仔細を報告したのは今後の作成や現状把握のために必要なことで何らおかしなことではない。何よりも、今回は多大な戦力を失ったため、将来的な作戦を立てるときは犠牲を抑えることを優先することになる。
あるいは……
その瞬間、ジャズの脳裏に不愉快な想像がよぎった。確かめるべく、あえて無知の仮面を被ることで、平然と肩をすくめた。
「司令官にシムファーの状況を報告するのは必要なことだろう?計画を立てる前に事実をまとめないと、また今回みたいに多大な犠牲を払うことになる。それの何が問題なんだい?」
するとプロールは低く唸り出した。
「今後の報告は、司令官にではなく私を通せ。わかったか?」
答えを聞いた瞬間、ジャズの警戒心が跳ね上がった。これまでの経験から、いまのプロールはよからぬことを企んでいるか、都合の悪い事実の隠蔽を試みている。間違いなく囚人部隊のことだ。
何かが繋がった。
彼らを出撃されたのは誰か?
今度はジャズがプロールをまっすぐに見据えた。頭の中ではしばらく前にあった会議の光景が浮かんでいた。次に出た声は、至って落ち着いていたが、微かな侮蔑を滲ませた。
「それは無理だね、ぷローラーくん。俺は司令官に直接報告し、司令官から直接命令を受ける。」
バイザーの裏で目を細め、一言を付け加えた。
「誰かにちょっかいをかけたいなら、君1人でやれよ。俺は手伝わないから。」
プロールの表情が怒りに歪むのをよそに、ジャズはまた歩き出した。
プロールがあんな下手な行動に出るとは、ジャズも追わなかった。あれは冷酷で無感動な男だ。だからこそ過去の恨みにあそこまで固執するとは思わなかった。本来なら、彼の鋼鉄の思考回路がブレーキをかけるからだ。
同時に彼は狡猾だ。目的のためならばいつまでも好機を待つ。あの会議以来、スタースクリームの名前は1度も上がらなかったが、だからと言って忘れられたわけではない。そしてあの男の怒りを買うことが過去にあって、それを2000年以上も引きずっているとすれば……
吐き気を催すような話だ。今後プロールを見る目は変わるだろう。秘密裏に計画を実行することは過去に何度かあったが、それが彼の仕事で役割なのだから当然だった。
だが先ほど忠告したように、ジャズはあくまでも司令官の命令に従うまでだ。そして司令官は例のシーカーを保護下に置くと明言した。彼が言葉を撤回しない限り、ジャズは何もしない。ましてやプロールの反逆行為に加担するつもりはない。
椅子にもたれ、また考えた。正直、例のシーカーについては特段気にしたことがない。ただスタースクリームの名前が出たときの面々の反応は興味深かった。
プロールは事情を聞くなり怒りをあらわにした。
レッドアラートは激しく動揺したが、彼の性格からしていつも通りだ。
一方でジャズは、シーカーという機種にまつわる話を知っていたので、通常なら一般論に従ったことだろう、だがこのときばかりは観察に徹した。
プライムがレッドアラートに囚人へ取り付ける機器について説明し、プロールの言い分に対して飛行型の必要性を提示したあと、ラチェットも意見を出した。
彼の意見には同意した。機種がシーカーであろうと、飛行型の戦力は必要だった。何せメガトロンが飛行型を実質掌握しており、従わないものは徹底的に粛清されたのだ。
ラチェットの話のあと、プライムの視線がこちらに向いたことにも気づいたが、様子見を続けるべく黙秘した。
それからパーセプターとホイルジャックだスタースクリームの名を聞いたときの反応、パーセプターの意見、その後ろで見せたホイルジャックの様子からして、2人はスタースクリームを知っていた。それも、これまでの話とは食い違う形で、だ。
そして最後にプライムは自身の意見を表明し、スタースクリームに関する方針を厳格化した。たった1人の兵士のためにしては異例の対応に、ジャズも驚いた。彼も何かを知っているようだった。会議の終わりに自分は司令官にひと言だけ伝えた。その後、囚人部隊の訓練の様子を見つつ、件のシーカーを見張るようミラージュに命じた。それから受けた報告は驚きの連続だった。
まずアイアンハイドが囚人たちに鬼教官らしく振る舞うのは当然として、例のシーカーに対しては特に厳しい態度を見せた。明らかに不当な使いだったが、そこから出た反応は意外に穏便だった。
そのシーカーはどんなに不当で理不尽な命令にも一切反抗せず、粛々と従った。嘲笑を受けてもほとんど反応を示さなかった。確かに相手を睨んだり毒づいたりはしたが、噂に聞くような過激さからは程遠い。
振り返ってみて、プロールやアイアンハイドの意見がどこまで主観的な情報に基づいたかが気になってきた。おおよそ彼の表面上の部分ばかりをみて、その理由をほとんど考えなかったのだろう。とはいえジャズもその真意は理解できないが、少なくとも答えを出すまでに時間をかけた結果、精査に値する情報が集まった。
現状の感想は以下の通りだ。
あのシーカーは謎が多い。だが彼と対談した結果、オプティマスがあそこまで露骨に擁護するだけの理由がある。そしてオプティマスは愚かではない以上、信頼を勝ち取るに足る事情を、あのシーカーは示したのだろう。
そこまで考え、シムファーの任務を終えたらちょっとした冒険をしようと、ジャズは決めた。
─20日後 アイアコン本部─
─医務室 集中治療室─
患者のスキャンを完了。モニターを確認。
スタースクリームの回復は順調だった。新たに取り付けた配線や回路は機体に馴染み、溶接部位の癒合も良好だった。この調子なら明日にでも通常病室に移動できるだろう。完治には程遠いが、命に別状はない。
ひとまず、今は。
ラチェットはオプティマスと話した内容を思い返し、首を振った。
プロールとの付き合いは長い。彼が規律を重んじ、目的を果たすためならばどんな手もつかうことは熟知している。冷酷無比な性格も有名で、ラチェット自身も何度か口論になったことがある。「生存確率が8割以上の患者のみ救え、他は何かしらの利用価値がない限りは救うな」という人命軽視発言に文句を言った回数も数知れない。
そんなプロールが、まさかここまで過去に固執するとは夢にも思わなかった。ましてやそのためにこんな手を使うなど。さすがに今回ばかりは司令官にもバレたようだが、囚人部隊の件についてはさしものラチェットも背筋が凍った。どうやらあの副官殿は、思った以上に闇が深いらしい。
思考を振り払い、患者に集中した。少なくともしばらくはスタースクリームを守ってやれる。
胸の貫通創の治療中、あることに気づいた。どうやら例の議会の命令で取り付けた機器がレーザーの射線上にあったようで、無惨に破壊されていた。このことに気づいたとき、ラチェットはわずかに安堵した。報告書に記載するときは機密設定にしたうえで、自身の認証キーもかけた。今のところは司令官にも報告していない。議会はスタースクリームの入隊に非常に否定的だったし、万が一オプティマスが知った状態でこのことが知れたら立場が危ぶまれる。ラットバットの蒸発後に議会が3、4人程度となった以上、奴らは権力を維持するためならどんな手も使うだろう。もちろん、情報秘匿に関して個人情報や倫理的問題なども含めて何度も考え込んだが、今は司令官に伝えるべきでないと結論づけた。あとはスタースクリームが覚醒して、彼が許可したら伝えるべきだ。
「ラチェット。」
呼ばれて顔をあげると、入り口にパーセプターが立っていた。その冷静沈着ぶりはプロールに比肩する。
「やあパーセプター、どうしたんだ?」
「それがだね、」
彼はいつも通りの落ち着いた声で言った。
「ホイルジャックからの伝言だ。スタースクリームの翼の修理がもう直ぐ完了すると。」
それを聞き、ラチェットはうなずいた
「ありがとう、パーセプター。」
そのまま背を向けようとしたところ、呼び止められた。
「もうひとつ。」
「なんだい?」
「スタースクリームの容態が落ち着いたら、私とホイルジャックで会いたい。彼と話したいことがあるんだ。」
プロールの件もあり、ラチェットは警戒した。パーセプターとホイルジャックはこれまでスタースクリームについて意見を述べていないが、それでもこの要望は唐突だった。
「なぜだ?私の知る限り、彼は監獄を出てから直ぐに訓練所に向かったから、君たちと面識がないはずだが。」
「詳細は黙秘する。」
この返答には少し腹が立った。患者の世話をして見守ることはラチェットの役目だ。そしてこの治療室にいる限り、何があっても守るのが仕事だ。
「理由を教えてくれないなら承諾しかねるね。」
すると、知る限りで初めて、パーセプターがかすかな狼狽の色を見せた。手を握り込み、目をきっと引き締めたのだ。
「ラチェット、あなたには関係ない。」
その声がひときわ冷たかった。
「関係があるから言っている。シーカーはシムファーの壊滅に寄与した。ゆくゆくはそれも知れ渡り、たとえスタースクリームがそれに関わらなかったとしても彼に報復行為を試みる者が現れるだろう。私は患者を守りたいんだよ、パーセプター。」
パーセプターの視線は至って冷徹だったが、ラチェットは譲らなかった。
「もし彼に何かしようものなら、司令官だって黙っていないぞ。」
すると、鋭い視線と表情がふっと消えた。ラチェットはしばらく様子をみたが、返事が来ないのでさっさと切り上げることにした。
「翼のことを報告してくれてありがとう。でもこちらも死後tがあるから、あと用事がなければ……」
「わかったよ。」
「わかった?」
驚きに目を見開いた。
「あなたが彼の安全を気にかけてくれて安心したよ。ならこちらも事情を話すのが礼儀という者だ。ただ、事情を説明する前に、少し昔話をしていいだろうか?」
「……聞かせてくれ。」
「遠い昔、逮捕騒動や裁判がある前、スタースクリームとスカイファイアは我々の同僚だった。スタースクリームは機械学や機械工学専門で、スカイファイアは機械学専門に加え化学も研究していた。やがて2人は外星探査任務につくようになり、宇宙生物学や宇宙学を研究するようになった。科学探査議会によると風聞はともかくとして、2人はとても優秀な科学者で、親しい間柄だった。我々は彼らと個人的に接することはなく、私個人としてはたびたび名前や功績を耳にする程度だった。ホイルジャックは同じ機械学専攻だったこともあり、スタースクリームの研究についてよく知っていたがね。それでも私の知る限り、彼は聡明な頭脳を持ち、周囲から過小評価されていると感じた。彼とスカイファイアが探査任務に出るようになってからは、彼らの出発と帰還以上のことは聞かなくなった。」
パーセプターは少し間を置いてから続けた。
「ある日、スカイファイアが任務中に消息を絶ったという知らせがあった。ある意味で驚いた。何せ2人はパートナーとして高い任務の成功率を誇っていたからね、失敗の事実はそれなりに衝撃的だった。だがもともと外星探査任務というのは死亡率731.391%と高いものだった。多くのチームが命を落としたり、仲間を失うことがあったから、彼らの片割れが失われたという事実は大して驚きではなかった。問題はその後、スタースクリームがパートナー殺害の罪で逮捕されたということだ。そんな事例は今までなかったのに。」
ラチェットは顔をしかめた。点と点がつながりつつある。
「なるほど。しかし裁判はアイアコンで行われたんだろう?君とホイルジャックはクリスタルシティにいたんじゃないのか。」
パーセプターは首を振った。
「私も詳しいことは言えない。ただ、2人と少しでも関わりのある者は、弁護に立たせてもらえなかった。任務の生存確率の低さについて言及できる者すら出席を許されなかった。」
彼は一拍置いた。
「判決の後、スカイファイアとスタースクリームの記録はすべて差し押さえられ、彼らの関わってきた実験やプロジェクトも抹消された。すべてのデータは最高機密扱いにされ、クリスタルシティ科学評議会の許可なしでは一切見られなくなってしまったんだ。」
そこでパーセプターはらしくもなく笑った。
「実を言うとね、裁判が終わる前に、彼らのデータをこっそりダウンロードしていたんだ、差し押さえられる前にね。」
ラチェットは内容を噛み砕くために少し黙った。
「……どうやら、ちょっとした奇跡を起こすつもりらしいね。しかし、なぜそこまで?」
するとパーセプターの目が鋭くなった。
「個人的な知人でなくとも、彼らのことは仲間内で知れ渡っていたんだ、スカイファイアは温厚な平和主義者として知られたが、実は彼も1度爆発すると手に負えなくなるタイプだったんだ。大切なものに危機が迫ろうものなら、彼自身が喧嘩に加わるくらいだ。それに、2人のことは何度か目にしたことがある。スカイファイアの存在はスタースクリームを落ち着かせる傾向があるようあった。何よりも2人の関係は疑いようもなく良好だった。そんなスタースクリームがスカイファイアを裏切るだなんて、到底考えにくい。
だから私はここへ来た。少し前、司令官が君に会った後に私とホイルジャックを訪ねてきた。囚人部隊が壊滅した以上、スタースクリームを本部に移したいとね。どうやら司令官も彼の過去を聞いていたようで、私たちの部署に所属させて良いか確認に来たんだ。ホイルジャックは以前からスタースクリームと一緒に働きたがっていたから、喜んで承諾した。私としては、実験で爆発を起こさない人材ならば仲間を加えることもやぶさかではないし、彼ならむしろ爆発を止める協力者になってくれると思ったから、承諾したよ。
ただ、先に司令官から報告するよりも、私たちから直接話して、同僚が増えることに前向きであることを伝えたくてね。何せ収監の経緯やこれまでの扱いからして、そう簡単にはしんようしてくれないだろうから。」
そう言って、パーセプターは話を締め括った。
ラチェットは話を整理した。情報は揃っていないが、スタースクリームのあの振る舞いにようやく合点がいった。
「先ほど、司令官がスタースクリームを君たちの部署へ配置したいと言ってきたという話だったね。おそらく任務中以外は、ということだろう、どうやら司令官はスタースクリームの意思関係なく決めたようだね。もしそれが事実なら、拒否権なてないし、そのことを不満に思うだろう。」
「否定しない。だが君が言ったように、シムファーの件が知れ渡ればまた彼に敵が増えることになる。司令官としては、ひと目見て拒絶するような者たちに囲まれるよりは他hそうなりとも事情を知る者のそばに配置した方がいいとお考えなのだろう。」
「それもそうだな。」
ラチェットは少し考え込んでから、決めた。
「よし。パーセプター、彼が起きたら会いたがっている人がいると伝えておこう。ついでに司令官からは、君たちが彼と話をするまで配置については伝えないよう言っておく。ただ確約はできないとは了承してほしい。」
「十分だよ。……ありがとうラチェット。それと、翼のことで君からの礼もホイルジャックに伝えておく。」
そう言って、パーセプターは医務室を後にした。
ラチェットは部品保管庫にしまう箱の整理に戻った。間も無くホイルジャックが翼の修理を完了するなら、今のうちに片付けておくにこしたことはない。その後、スタースクリームの手術があるまで仮眠のひとつは取れるだろう。先ほど聞いた話については、あとで考えればいい。
そのとき、2人の会話を聞いている者がいた。通気口からじっと聞き耳を立てていたのだ。
主人に伝えるに値する情報を確認し、ソレはゆっくりと場を後にした。
さぞかしお喜びになるだろう。
─4分後 アイアコン外─
『サウンドウェーブよりメガトロン様へ。』
『報告せよ。』
『オートボットのシーカーを確認。名はスタースクリーム。』
沈黙があった。サウンドウェーブは返答を待った。
『そうか。』
無線越しでも、そのひと言から滲み出る怒りが伝わった。
『他にご命令は、メガトロン様。』
『サウンドウェーブ。そのシーカーについて、少しでも情報を集めろ。そいつを無力化させるに使えそうな情報を徹底的に集めろ。』
『了解。サウンドウェーブ、アウト。』