3時間後、ディセプティコン拠点コルクラーにて
ディセプティコン基地内部
「報告は確かか?」
「はい、メガトロン様。カッパーワイヤーは確かに見たと報告しました。やつは裏切り者のことで嘘をつくほど愚かじゃありません。」
部屋の奥で誰かが失笑した。
「貴様は部下の首輪を締めている方だと思ったのだがな、ストームレーザー。」
緑色と灰色の2色で構成されたシーカーが、挑発したものを睥睨した。
「黙れ、ショックウェーブ。シーカーたちは俺の命令にしか従わない。そして主君たるメガトロン様に逆らおうものならどうなるか、全員頭に叩き込んである。断じて裏切り者など出たりしない。」
「だが事実として出ているではないか。」
ショックウェーブは冷たく返した。
するとストームレーザーは怒りに翼を大きく持ち上げた。
「こいつは俺の部下じゃない!どこの馬の骨かもわからんが、こいつは確実にヴォスの者じゃない!そうでなければ我々から離れて議会の犬になるものか!!」
「黙れ!!」
低く太い声が轟いた。2名が引き下がると、彼は再び喋った。
「……件のシーカーは生きているか?」
ストームレーザーはどうにか声を整え、つとめて平静に返答した。
「現状不明です、メガトロン様。目撃証言によれば、やつは撃ち落とされましたが即死せず、我々の1人を殺害しました。その場にいたトランクが報復としてやつを撃っています。報告ではスパークチャンバー付近を撃ち抜いたので、即死はしなかったとしても、適切な処置がなければ助からんでしょう。」
「では捕虜としては確保していないと。」
「ええ、メガトロン様。」
男は静かに頷き、赤く燃えるオプティックを静かに細めた。沈黙が続き、緊張が走る。やがて、近くに立つ赤いバイザーの機体へ言った。
「サウンドウェーブ……。」
「はい、メガトロン様。」
「貴様に任務を与えよう。」
ほぼ同時刻 シムファー市跡地の近隣拠点
臨時治療施設
また1人、患者の処置を終えたラチェットはため息をついた。ひとまずトリアージで割り振った患者はこれで9人目だ。3人目は四肢交換が必要だったので、助手に託した。
「エネルゴン管の修復は完了し、肩と腕のサルベージは完了した。アイアコンでフューザーが最終処置を施すまでには容態も安定するだろう。」
「了解です。」
助手が離れたところで、ラチェットは再び息をついた。
シムファーの知らせを聞いたオプティマスは、即座に市民と戦傷者の救助に治療部隊の派遣をラチェットに命じた。しかし今のところ届くのは負傷兵ばかりだ。シムファー市民の生存者の知らせは、良いものも悪いものも届かない。悲観的になるにはまだ早いが、おそらく生存者の報告が届くことはないだろうことを、ラチェットは感じていた。
早く休憩を挟んで補給したいところだが、まだ治療の必要な患者は山ほどいた。
「次!」
ラチェットは叫んだ。
そのとき運ばれた患者の姿はすぐにはわからなかったが、まずスキャンをかけた。第1に目に入ったのは胸部の大穴(これは搬送の前に周辺部位の修復も含めて緊急処置が必要だろう)で、次にエネルゴン管の損傷(幸いこれは現場の応急処置班が適切に対処してくれたようで、未処置ぶんは自分でやればいい)、ワイヤーや回路の焼損(運動神経回路もだいぶやられているようだから、アイアコンに戻ったら交換が必要だろう)、レーザーによる火傷、センサー破損(これもアイアコンで交換)、翼の折損──もはや生きている方が不思議だった。
その瞬間、ラチェットは気づいた。
『翼の損傷』だと?
改めて患者の顔を見て、目を見開いた。
スタースクリーム!?アイアンハイドの報告では、囚人部隊はまだ戦闘訓練を修了していないはず。心身も決して前線に立つには適さないと10年前の検査で伝えたし、その後もほぼ改善の兆しもない有様だったのに。それがなぜ、こんなところに?
囚人部隊の中で、スタースクリームは最も精神的改善が見られた人員だった。彼が飛行型で、長期間幽閉されていたことを考慮するならば奇跡的なことだった。しかし体の話は別だった。彼は他の囚人よりも明らかに補給が少なく貧栄養状態だった(理由を追求したが、彼は決して語ってくれなかった)。それ以外にも古傷が多く、ラチェットはこれまでの医療データをよこすように口を酸っぱくして要求したが拒否され続けた。それどころか医者のことは看守や議会と同列に信用ならないと言ってくる始末だった。その後12週間かけて、決して彼の身体的情報を彼への不利益に使用せず、ちゃんと正常な状態に戻してやりたいのだと説得し、ようやく受け取ることができた。
あれは大変骨が折れた。彼の説得に比べれば、17日もかけてシーカーの構造データを解析する方がずっと楽だった。最初に尋ねたとき、スタースクリームは露骨に嫌な顔をして口をつぐんだ。あいにくラチェットも同じくらい頑固で、意地でも口を割らせようとし、何度話題を逸らされて弄ばれたかもわからない。それでも決して諦めずに説得を続けるうち、彼はオートボットになったからといって自分の弱みを晒して利用されることは断じて許さないと言い張った。その後オプティマスのメッセージ映像を見せて、自分があくまでも治療のためにデータを使い、それを利用して他者を傷つける真似を決してしないと約束した。ようやくデータを渡してくれた時の恨みがましげな顔はいまだに忘れられない。結局その後も訓練中の怪我(今思うと他と比べて明らかに頻繁だった)の修理を除いて彼を検査することは少なかったが、それでもあの囚人部隊の中では特に改善のきざしがあった。
記憶を振り払い、ラチェットはスタースクリームの修理に集中した。これまで診てきた中で、スタースクリームの容態は最悪だった。確かに何人かが貫通創や四肢欠損などの重傷を負っていたが、ここまで致命的なものはなかったし、ましてやこれほどの損傷規模のものはいなかった。これまで何時間も生存者の捜索が行われ、その中で特にひどい重傷患者を受け持つようにトリアージを分配したはずだ、なのになぜ、今頃になって彼がここに届いた?
考えるうち、想像したくもない答えに辿り着いた。もしそれが本当ならば、犯人に対してレンチの1本や2本を投げつけるのでは済まされない。
いずれにせよ、今は患者の処置が先だ。大馬鹿者の心配は後で構わない。
シムファー跡地 4時間半後
ハウンドはシムファーでの捜索にひと段落をつけ、ようやくひと息ついた。戦場跡での捜索がおおよそ終わり、あとは市内の生存者確認へ向かったが……結果は芳しくなかった。
街の中はひどい有様だった。焼けた建物のいくつかはいまだに火の手が上がり、四肢や頭部の欠けた灰色の死体が各所に散らばっていた……みな、胸に大穴が空いていた。引きちぎられた四肢と大量のエネルゴンが道路を覆い、建物があっただろう場所にはクレーターができていた。
探せば探すほど、絶望ばかりが積もっていった。シムファーは徹底的に破壊された。たとえ捜索前に生存者がいたとしても、今はもういないだろう。
「ハウンド。」
聞き慣れた声に顔をあげると、しかめ面を浮かべた知人が歩いてくるのを見て、ハウンドは笑った。
「ラチェット!こんなところまでどうしたんだい。」
「プライムの命令だ。生存者の救助が目的だったが、この様子じゃあ負傷兵以外に望めそうにないね。」
彼もまた惨状を見渡し、ひどく悲しそうな顔をした。首を振る彼が、メガトロンのフュージョンキャノンをひっぺがして尻にぶちこむとかどうとか呟くのが聞こえた。楽天家のハウンドも、気持ちを同じくした。
ラチェットの独り言に同意するように頷いた。
「そのようだね。今のところ、民間人の生き残りは出ていない。……まったくディセプティコンのやつら、余すことなく潰していったよ。」
「ああ、そうだな。」
そう言うラチェットは、今度はハウンドにこわい顔を向けてきた。
「ところで私は君に用事があってここへ来た。ある兵士について、話がしたくてね。」
急に嫌な声色を向けてくる友人に、ハウンドはなぜだか不安を覚えた。
「どれだ?確かに何人かを救助したけれども。」
「そうだな。その中に、3色のシーカーはいなかったか?」
ハウンドはラチェットの言葉の真意に気づかなかった。ただ頷いて、次のように答えた。
「ああ、たしかに1人、捕虜を連れていったよ。助かったかい?」
油断のあまり、ラチェットが何か言う前に、続けてしまった。
「そしたらきっとディセプティコンの計画の情報を引きずり出せるんだけど……」
次の瞬間、1本目のレンチとラチェットの罵倒が脳天に直撃した。ハウンドが自分のやらかしに気づいたのはそこからだった。
2時間後 臨時治療施設 ラチェットのオフィス
「ハウンドから聞いたよ。」
報告書をまとめている最中、急に声をかけられてラチェットは驚いた。顔を上げると、即席のテーブルに寄りかかったジャズが顔を顰めていた。
ハウンドを一方的に怒鳴りつければトラブルを招くとはわかっていた。彼を含む偵察部隊は工作部隊の正式なメンバーではないが、ジャズは過去に彼らが重要なスパイチームとして認識すると名言した。確かに彼らの持ってくる地形データを含む知札報告は、重要任務を多く請け負うジャズたちには不可欠で、大事にするのもわかる。
それに加え、ハウンドはジャズの部下の1人と特に親しく、いずれあの騒動が彼の耳に届くことは覚悟の上だった。想定外なのは、その伝達の速さだった。
ジャズの脅迫的な態度を無視し、報告書をいったん下ろした。デスクに両肘をつき、組んだ手に顎を乗せて敢えて余裕そうに見せる。
「やあジャズ。こんなに早く来てくれるとは思わなかったよ。」
「どうやら俺の仲間の1人に、絵とデータを頭にぶち込んでも敵と味方の区別もつかないクソバカ野郎だとかなんとか言ったそうだな。」
ジャズはまっすぐラチェットを見据えた。
「そのうえ、レンチの雨を浴びせかけて、またしくじったら今度は自分を女だと思い込むミニボットに改造してやると脅したとか?」
室内の空気が急に冷え切った。ジャズは威圧的な態度を一切緩めず、ゆったりとした姿勢をまっすぐ直し、腕を組んだ。
「さて、説明してもらおうじゃないか。どういう要件があって、うちの優秀な斥候にそこまでひどい真似をしたのか。」
今日1番冷え切った声でジャズはいった。おそらく、生半可な理由を告げれば、ラチェットもただでは済まないだろう。
しかし、ラチェットは自身の椅子に背を預けつつ言った。
「私が答える前に、ひとつ確認したい。ハウンドが君に知らせた際、その騒ぎにまつわる救助任務と彼自身の発言はちゃんと聞いたか?」
ジャズが口を開きかけたところで、手で制した。
「折檻中のことじゃないぞ。」
毅然とした態度で言われたことに対し、ジャズは困惑したようだった。
「シーカーを拾ってきたと聞いたよ。だから君がなぜ捕虜のことでそこまでカッカするのかわからないというわけだ。」
それを聞いて、ラチェットはほくそ笑んだ。
「それだよ、ジャズ。そのシーカーは、ディセプティコンじゃなかった。」
返事まで少し間があり、ようやくジャズも合点がいったらしい。
「待てよ、まさかあそこに囚人部隊がいたのか?」
「ああ、『いた』し、『いる』。少なくとも、その生き残りが1人。」
さすがの彼も絶句した。威圧的な態度を解き、少し離れると、そばにあった手頃な箱に腰をかけた。
「続けてくれ。」
ラチェットは騒動の詳細を話した。大急ぎで医療キャンプを建て、トリアージチーム総動員で負傷者を配分して重傷者を優先的に知リュ氏、そすいて何人の患者を救うことができたかも含めて全て。
「10人目の患者が届いたとき、私はすぐにはそれがシーカーだったと気づかなかった。傷の具合を確認し、必要な機材や部品の計算しかしていなかった。何より目に入ったのは、スパークチャンバー近くに開いた大穴だった。それから翼の傷を確認して、ようやく彼の顔を見たんだ。」
「それがあいつだったと。」
「ああ、そうだ。」
ラチェットは肯定し、首を振った。
「ジャズ、胴体部の傷というだけで深刻なんだ。彼はチャンバーすれすれの傷を負っていたんだ。ほんの少し左にズレていたなら彼は死んでいた。それだけじゃない。エネルゴン管の損傷、ワイヤーやカイロの焼損、機首の圧壊、全身センサーの故障に折れ曲がった翼だ。レーザーのかすり傷が彼の負っていた中で1番マシな傷だったんだ。」
ジャズが口笛を鳴らし、ラチェットは話を続けた。
「彼が生き延びたのは、全てのエネルゴンが流れ切る前にハウンドが見つけられた体。きっと灰色の残骸の中で彼の派手な配色はよく目立ったんだろう。それから救護班を呼んで処置をさせたことに文句はない。だがその次の出来事には大いに問題がある。」
説明するラチェットの目が鋭くなった。
「今から話す内容は、処置を行なった隊員から聞いたものだ。なあジャズ、私がいかなる空いてであっても、重傷患者を放置されることに対してどう感じるかはよく知っているだろう。ハウンドはシーカーを見つけて救護班を呼びつけたあと、『そのディセプティコンを尋問のために処置しておけ』と言ったんだ。これを聞いた救護隊員は、最低限の体液流出を止める処置だけ行なったあと、彼を放置したんだ。患者の翼にオートボットのインシグニアがはっきりと刻まれているにもかかわらず、だ。3時間だぞ、ジャズ。彼は胸に大穴を開け、全身に致命的なダメージを負ったまま、3時間もただただ担架のうえで待ち続け、一方で私はその辺の隊員たちの誰もが手に負えるような患者の処置をさせられ続けたんだ。ああその程度の処置をずっとしていたんだ、なぜなら私が彼らに教えたんだからな!!」
抑えきれない興奮を鎮めるように、ラチェットはいったん言葉を止めた。ようやく息が整うと、話を続けた。
「だから私はハウンドを叱責した。彼がたったひとつの要素を見落とし、くだらない発言をした結果、仲間を1人殺しかけたからだ。偵察兵は慎重で確実な観察眼が重要なのに、彼はそれを怠った。実際にあのシーカーがスタースクリームでなく本当に敵兵だったとしても、死んでは元も子もないんだぞ。」
話を聞いて、ジャズは何も言わずにラチェットをじっと見つめ、話を整理していた。やがて彼の発した言葉は、ラチェットの予想から外れたものだった。
「その例の救護班の隊員も相応の処罰は受けたのかい?」
いつもの工作兵らしい、そこの知れない笑みを浮かべていた。
だがその軽口がラチェットに溜まっていた怒りや緊迫感を緩めてくれた。おそらくジャズも、ハウンドに説明不足のことを指摘しに行くつもりだろう。
「もちろんだとも。死体から流用のきく部位をサルベージするよう命じてきたところだ。」
そう答える声には覇気がなかった。彼自身、今回の出来事には疲れていた。
「部品が足りない。このシムファーの件で、メガトロンが自分に賛同しない者たちに対してどう反応するか、世界に伝わったことだろう。この戦いは、これまでで最も多くの死者をもたらした。シムファーに動員した5000人のうち、生き残ったのは6割程度。今後は悪化の一途を辿るだろう。物資もいずれ底をつく。だから今のうちに、少しでも多くかき集めるしかないんだ。」
ジャズもそればかりは文句を言えず、首を振った。
「俺も口には出したくないけどな、今回の戦いで仲間たちの見てきたことや、禰󠄀豆子のシムファー首長の軽口への対応を鑑みれば、残念ながら同意するしかないな。」
そう呟いた後、箱の上で姿勢を直した。
「もうひとつ。シムファーの話の前に聞いて、まだ司令官に伝えていない情報がある。」
どうやら朗報ではないようだ。ジャズの表情が暗い。
「なんだ?」
「5年前、議員がまた1人失踪した。」
「5年も経って、今更知ったのか?」
明らかに悪い知らせだった。そうなると、メガトロンがそういった情報をジャズの目からも隠す方法を見つけたということだ。
「誰が消えた?」
「まあ、消えたと言っても、いなくなってせいせいした、と言えるやつかもな。問題はそいつのそばにいた存在だ。そう考えると、非常にまずい。」
そう語る表情はいまいち読めなかった。
「ジャズ、教えてくれ。誰が消えた?」
「ラットバット議員。あとはわかるだろう?」
聞いた瞬間、ラチェットの表情が歪んだ。言われずともわかった。
ラットバットの側近、サウンドウェーブは、主人に従順に見えたかもしれない。だがあの男の存在の示唆が不穏でしかなかった。そもそもラットバット本人の二面性はあまりに有名で、側近の力も借りてあらゆる問題をかわして首を繋いできた、最も腐敗した議員としても知られる。しかしその優秀な側近が何者なのか、果たしてラットバットは知っていただのだろうか。なにせあの仮面の男がどこからきたのか、議員自身も知らないというのだ。
「サウンドウェーブが関わっているとでも言いたそうだな。」
「あくまでも可能性だ。事実証明もない。ただ、今後も目を光らせておくつもりさ。」
「……ラットバットを憂うつもりもない。君も、メガトロンがああも早く武装や兵力を確保できたのも、彼が裏で糸を引いているだろうと言っていたしね。」
「まあな。もう少し様子を見たかったけど、どうやら先を越されてしまったようだ。」
そこまで話し、ジャズは箱から降りた。
「司令官に君の予想死者数について報告してくるよ。修理に使った部品の出どころのことは伏せておく。だがプロールのやつは具体的な数値を知りたがるだろうな。あいつがそういう時に面倒臭いことは、君もよく知っているだろう?」
そう言って、ふと先ほどラチェットの呟いた言葉を思い出し、ジャズは眉を顰めた。
「ラチェット。さっき囚人部隊が『いた』し『いる』と言ったな。あれってどういう意味だい?」
「死亡者の身元はほぼ判明している。その中に、オプティマスの招集した囚人部隊の者も確認した。」
「何人が死んだ?」
「1人を除き全員だ。」
それを聞き、ジャズは絶句した。
「それってつまり、」
ラチェットは肯定した。
「言葉通りだ。予想通り、マーキュリオン議員の計画はが瓦解した。スタースクリームは、囚人部隊最後の生き残りだ。」
1/2時間後 シムファー跡地付近 オートボット臨時治療施設にて
爆発音。
誰かの叫び声。
紫色の印めがけて煙の中で錐揉みし、何も考えないように照準を合わせた。
燃え盛るオレンジ色のシーカーが『裏切り者』と叫ぶ。
レーザーの熱が翼がスラスターを焼き付けていく。
地面に衝突し、痛みが走る。
たくさんのレーザーが翼を焼いて痛い。
振り返って引き金をひいた。
目の前で色を失くしていく機体。自分のしでかしたことを認識する。殺した。ころした。ダレカコロシタ。
ちがう。
こんなはずじゃなかったのに。
おれはひとごろしなんかじゃ。
おれは!
背中から焼けるような痛みが走って、そのまま胸を通り抜けるのを感じた。
瞬間、真っ赤なオプティックが点灯した。ズタボロの体で、目の前で天井をただじっと見つめた。
戦いの記憶が頭の中で繰り返される。
プライムの要望に応えたあの日、相応の代償を払うことになるとは覚悟していた。しかしいざ現実を思い知ると、心は大いに揺るがされた、戦いの最中、多くの不快感や恐怖を抑え込むことはできた空の上では自分の撃った光線が誰に命中し、仕留めたかも確認できなかった。しかし地上では違った。
誰かが死ぬのを目の当たりにしてしまった。
殺人犯の囚人たちの話を聞いたことがある。全員、命を奪うことの容易さを嬉々として語っていた。
しかし目を閉ざして、それらの記憶と自身の所業を重ね、込み上がる吐き気を必死に抑え込んだ。
殺すことが簡単?よくもそんなことを言えたな。
何万回め、この星に帰ってこなければよかったと思った。おまけに今回は、新たな烙印も伴う願いだ。
皆が言ってきたように、本当の人殺しになってしまった。
訓練は辛かった。アイアンハイドが意地悪く難易度を上げてきたこともある。射撃訓練も、シミュレーションも、いつも他より厳しく指導された。他の囚人らから嫌がらせを受けたり、何かと問題をなすりつけられてはいちいち厳しい罰を課せられた。おそらく奴もそれを楽しんでいたのだろう。よく便所掃除をさせられた。
それでも、耐えてこられた。2500年も生き地獄で過ごしてくれば、そういった生き方でやり過ごす術も身についた。
だが他人を殺したという事実が、何よりも辛く、ひどく気持ち悪かった。
スカイファイアは信じてくれた。ただの兵器にとどまらない可能性を。
それを裏切ってしまったのだ。
「目が覚めたか。」
絶望だらけの思考から引き戻され、声の主に顔を向けた。その瞬間に体を突き抜ける激痛のことは無視した。
赤と白の特徴的な医者が、スキャナーを持って立っていた。表示された内容を見て顔を顰める様子から、検査結果は良くないようだ。
「覚めるはずじゃないんだがな。想定なら、君はアイアコンでに着くまで眠り通すはずだった。」
「アイアコン……?」
ひび割れた声が出た。なぜそんなところへ向かっているのだろう。」
そこは声に出していないはずだが、どうやらラチェットは察したらしい。
「君を治すのに、十分な機材がなかった。」
彼は医療スキャナーをしまい込むと、注射器を取り出した。その先端をスタースクリームに繋いだ点滴に接続すると、続けて言った。
「運がいい。とうぶんは戦わずに済むぞ。」
その言葉に怒りがふつふつと込み上がった。できるものなら怒鳴り散らしたかった。なぜ助けたのだと。なぜ死なせてくれなかったのかと。発見されたその時は生き存えるのだと安堵したが、殺人の現実を思い知った今は違う。
いっそ助からなければよかった。しかし、言葉を発する前に、薬を注入された。
鎮静剤が体をめぐり、意識は再びまどろみに沈んだ。これ以上どのような地獄が待っているのだろうかと、不安を抱えながら。
今後、あとどれだけの代償を払うことになるのだろう。