─コルクラー市 ディセプティコン基地 サウンドウェーブの報告から3時間後─
─コントロールルーム─
「マイロード。」
サウンドウェーブから送られた防衛システムの概要を確認していたところで呼ばれた。声の主を確認すると、メガトロンは目を細めた。
「どうした、ストームレーザー。」
声は冷たかった。今熟考しているのは、オートボットどもを覆し、戦況をよりこちらに傾ける作戦のために重要なものだった。その思考を遮られて不機嫌だった。
コンソールの緑色の光と、データパッドの白い光のみで照らされた暗い部屋に、緑と灰色の航空参謀が入ってきた。ストームレーザーは主の握るデータパッドを見て、サウンドウェーブの送ってきた「重要機密情報」が含まれていると重々承知で、湧き上がる嫉妬と怒りに内心舌打ちした。
どれだけ命令に従い功績を立てても、メガトロンは信頼してくれない。あの情報参謀なんて自分からすればただのドローンだというのに、屈辱と不満に顔を顰めた。
自分こそがディセプティコンの航空参謀兼副官であり、ヴォスの首長とのコネを持つというのに、それでもメガトロンはストームレーザーを重要作戦に関わらせてくれず、秘密や計画の多くを共有してくれない。
あらゆる信頼はサウンドウェーブに寄せられていた。ストームレーザーがこの組織で最も信頼できないとする2人のうちの1人だ。あのサウンドウェーブは、あたかもすべての者の秘密を見通しているかのように振る舞う。それにストームレーザーはサウンドウェーブがラットバットを「処理」する現場に居合わせた。仕えていた主をああもあっさりと裏切るような者になぜ信頼を寄せられようか。
もう1人信頼できないのがショックウェーブだ。奴の不穏な噂はいやと言うほど聞いてきたし、その多くが単なる「噂」にとどまらないことは最近ようやく知った。
奴がシムファーの捕虜に行なっていることを知ったとき、全身に怖気が走った。個人的な意見として、あの科学者を名乗る男はいま実験体(そこには、メガトロンが与えていると思しきオートボット兵も含まれているのは間違いない)に施している所業を、必要とあらばディセプティコンの同胞に向けることも憚らない。そのことはメガトロンも重々承知のようだが、残念ながら利用価値が勝るらしく奴を処分する様子はない。
だが今ここにきたのはショックウェーブに関することではない。奴の対処はあとで構わない。今自分には非常に有用な情報があるのだ。これさえあれば、サウンドウェーブをも出し抜き、メガトロンの信頼を勝ち取ることもできるはずだ。
サウンドウェーブに命令するにあたり、メガトロンは1つ見落としていた──サウンドウェーブがあのシーカーについて「外」で調査する一方、ストームレーザーはヴォスの「中」で情報を得られるのだ。シーカーの情報を正しく得られる方法はそれしかない(それは裏切り者とて同じだ。他のシーカー達もそれを知っており、ゆえにメガトロンが奴の殺害命令を出さないことに不満を感じていた。首長ですら、話を聞いて激怒したほどだ)。
サウンドウェーブは好きなだけ苦労すればいい。奴は一般的な情報しか得られないが、自分ならもっと踏み込んだ部分を知ることができる。
「カッパーワイヤーがシムファーで目撃した敵シーカーのことで、興味深い情報を得ました。」
もっとも礼儀正しい口ぶりで言った。
「ワシの記憶が確かならば、貴様ではなくサウンドウェーブに情報収集を命じたはずだが。」
大帝の目は鋭くなった。
「よもやワシを出し抜こうとは思うまい、ストームレーザー。」
言いつつ、腕を少し動かした。ちょうどフューjンキャノンが視界に入るように。
ストームレーザーはわずかに緊張した。
「もちろんです、マイロード。」
仕草の意味を理解しないほどバカではない。持ち直し、続けた。
「しかし、敵を始末するためには、情報を徹底して集めるに越したことはございません。確かにサウンドウェーブならば奴の出自やオートボットになった経緯を調べることはできるでしょう。しかし私はそれに加え、ヴォスの民のみが得られる情報をご用意できました。」
メガトロンは目の前の航空参謀をじっと見据えた。確かにサウンドウェーブが集める情報には限りがあり、クリスタルシティとアイアコン市内での聴取が限界だった。もちろんその気になれば、ヴォスのデータベースをハッキングして情報収集もできる。
ストームレーザーの抱えるサウンドウェーブへの敵愾心は公然の秘密だった。ときどきそれを些細な娯楽として眺めることもあるが、この媚びへつらいぶりに対してイライラするのも事実だ。
一方でストームレーザーの言い分は間違っていない。情報が多いに越したことはない。考慮し、平坦な声で言った。
「奴の名がスタースクリームであり、監獄から釈放されてオートボット軍に入ったことまでは知っている。他に何がわかる?」
「奴の能力値、知識量、あらゆるデータ。ヴォスの首長じきじきの情報です。」
同じ冷静な声が返ってきた。その返答にメガトロンは片眉を上げた。
ヴォスの首長からだと?ウィンドブレーザーは奴を知っているというのか?
……興味深い。
メガトロンはフュージョンキャノンをゆっくりと下ろした。
「続けろ。」
粛清の心配がないと判断し、ストームレーザーは少し安堵すると同時に、サウンドウェーブを出し抜けたことにわずかな優越感を覚えた。おそらく奴も首長を直接訪ねてデータへのアクセスを要求するくらいはするだろう。しかしウィンドブレーザーがかつて信頼を寄せたあのシーカーが、このような形を恩を返すなどと夢にも思わなかったらしく、そんな彼から話を聞くのは容易かった。
「首長によると、この『スタースクリーム』という者は2100年前に飛行訓練学校に入学しました。それ自体は平凡ですが、しばらくすると学長から特定の訓練生に関する興味深い報告が上がったのです。この訓練生は2年目にして長年更新されなかった史上最速の記録を破ったのです。それどころか、戦術試験でも高得点を叩き出し、射撃、障害物飛行等の科目においても平均値を大幅に上回る成績でした。その訓練生こそが、スタースクリームです。」
「なるほど。」
メガトロンは情報を精査した。その声色からはまだ思惑が図れない。
「続けろ。」
少しして彼は命じた。ストームレーザーは会釈して続けた。
「これを聞いた首長は直接訓練学校を訪問し、奴の飛行の様子を見ていたく感心しました。在籍中、奴は武術のみならず、学術部門でも非常に優秀であると証明しました。解析能力に優れる他、特に科学的な分野を得意とすることが判明しました。これは、我々シーカーの中でも珍しい傾向です。ハッキリ言って神童でした。首長は持ちうる人脈を使い、スタースクリームをクリスタルシティのサイエンスアカデミーに入学させました。」
様子を見るために一拍おき、続けた。
「私も奴の成績表を確認しましたが、素晴らしいという他ありませんでしたよ。」
メガトロンは頷いた。もしこれが事実ならば、そこまで優秀な人材を容易く始末するのももったいない。ましてや、この航空参謀に飽きてきた今としては……
「そのお記録とやらを見せてもらおうか。」
それは単なる要求ではなく、命令だった。
ストームレーザーは情報を送信した。メガトロンはしばらくそれに目を通し、やがてくつくつと笑った。
「確かに素晴らしい。実に良い情報を用意してくれたぞ、ストームレーザー。他にウィンドブレーザーからの情報はあるか?」
大帝の褒め言葉で気を大きくしつつ、ストームレーザーは答えた。
「ございます、マイロード。」
「ならばよこせ、ストームレーザー。全てだ。」
小さな満足感を得ながら、集めた情報すべてを送った。奴の能力、個性、興味感心。ストームレーザーは賞賛の言葉に心の中で舞い上がるあまり、目の前の主の視線の意味することを読み取り損ねた。
メガトロンは、ストームレーザーの媚びへつらいに飽き飽きしていた。
このスタースクリームならば、入れ替えるにちょうど良い。
─アイアコン オートボット本部─
─集中治療室─
部屋の外からの声で、スタースクリームは目を覚ました。声の主を分析するために耳をそばだてるうち、それがラチェットと誰かの口論だと気づき、自分を話題にしていることがわかった。興味が湧いてもう少し聞いてみることにした。
「もう3時間も経ったろう、ラチェット。スタースクリームと面会できると言ったじゃないか。」
ひとつは落ち着いて平坦な声だった。スタースクリームは眉を寄せた。どこかで聞いたことがある気がする。
「ああそうだ、確かに言ったが、まさか時間ぴったりに来るとは思わなかったんだって。君に連絡する直前に彼は眠りについたし、まだ休息中だ。」
これはラチェットの声だ。少々苛立っているらしい。その様子に少しだけ顔が綻んだ。あれだけひどいことを言ったにも関わらず(初対面の時もだ)、あの医者ときたら諦めることを知らないらしい。そのうえ、どれだけ面倒な患者でも決して見捨てたりしないとまで誓ってくれた。
ここまで気にかけてもらえたのは久しぶりだった。それ以前はオプティマスプライムだったが、彼とはもう10年ほど会えていない。それ以前ともなると、もう何百年も孤独だった。そうしていくうち、ある顔がよぎり、スタースクリームの表情が暗く沈んだ。
スカイファイア……。
あの最悪の遠征の日から、恩師のことが頭から離れたことはない。戦争中の出来事で過去を忘れようとしたことは何度もあった。特に直近の戦いの最中は、否が応でも目の前の現実しか考えられなくなった。
彼は、戦うくらいなら話し合いを望む人だった(ただし必要をあらば暴力も辞さない性格だったが)。そんな彼が、スタースクリームの戦場での所業を見たならば、どう思ったことだろう。軍門に下った判断をどう言ったことだろう。わかってくれるだろうか。それとも見損なうだろうか。彼が裏切りや嘘をひどく嫌っていたことは自分がよく知っている。
すると、あの落ち着いた声がまた聞こえて、暗い思考から引き戻してくれた。
「司令官より先に話がしたくてきたんだよ。あの人が来るより先に私たちと話をさせてくれるという約束だっただろう?」
どうも少しだけ苛立っているようだ。また好奇心が湧き上がった。
何の話をしているんだ?
「頼むよラチェット!パーセプターも言ってただろ?何も騒ぎを起こしたりしないって!」
そわそわして、少し悲しそうな声だった。直前に約束を破られたような切実な声だ。
さっきの声がパーセプターか。
ようやく声のことを思い出した。
パーセプターは冶金学や宇宙生物学など、さまざまな分野で活躍した科学者だ。記憶によれば、高い分析力や洞察力で知られ、フィールド研究や実験を好み、その成果により数多くの高度な科学論文を出している。非常に優秀な人物だ。スタースクリーム自身、彼の講義に出席したり、論文を読んだことがある。尊敬に値する人物だと思うし、いつか直接話がしたいと願ってきたが、諸事情で叶わずにいた。
そしてラチェットの話していたことを照らし合わせ、消去法でいくならば、2人目はホイルジャックだ。彼もまた有名な人物だが、パーセプターとは意味がちがう。彼の携わる実験は失敗の連続であり、事故が頻発することで知られる。それも彼が無能だからではない。彼の頭脳は発想の宝庫であり、なるべく全部を形にしたいと急ぐあまりに問題を見落とす悪癖があるのだ。その結果、さまざまな愉快な噂が飛び交う。そして目覚ましい成果を残すこともたびたびある……が、頻度は推して知るべしである。
例の任務のために出発する直前に聞いた話を思い出し、少し笑顔が浮かんだ。当時、ホイルジャックはエネルゴン生成機のプロトタイプの計画中だった。そのプロトタイプは対象となる惑星の生態系への影響を最小限に抑えつつ、エネルゴンを生成することを目的としおり、設計のために同じ機械学に精通したスタースクリームに協力申請を出していたのだ。もちろん興味はあったし、もしもエネルギー発掘に適した惑星を見つけられたならば必要になると考えた。あいにく遠征準備に忙しい頃でとても手伝えず、断腸の思いで却下の返事を出した。そのメッセージ中に、「帰還したら必ず完成品を見にいく」と追記したことを思い出し、また笑顔が消えた。
そして帰還してすぐ、逮捕されて収監された。
それに加え、外では戦争が勃発した。さらに獄中で正気を保ち生き残るのに必死なあまり、約束は忘却の彼方となった。それどころか、ラチェットに言われるまで、2人のことなどすっかり忘れていたのだ。きっと2人の方も戦争中はスタースクリームのことを思い出しはしなかっただろう。
しかし2人はちゃんと覚えていてくれたし、会いにきてくれた。何故だろうか?それに、なぜ、オプティマスより先に会いたがっているのだろう。
興味が湧き、声を出した。
「いいよ、ラチェット。起きてる。」
気が乗るあまり、余計なひと言まで加えたくなった。
「あんまりうるさいからろくに眠れやしねえよ。」
ラチェットがため息をつくのが聞こえ、思わず吹き出した。
「わかったよ、まったくもう。」
返事があった。
「5分だけだぞ。まだ安静にしないといけないからね。」
通り過ぎる彼が、何やら「生意気きまぐれシーカーめ」だのなんだのとブツブツ呟くのが聞こえた。
2人が近づいてくるのを見て、自然と笑顔が溢れた。シムファー以来……それどころか、あの星での嵐以来、初めて前向きな気持ちになれたと思う。
しばらく話をして、パーセプターとホイルジャックがオプティマスの要望を聞くと、その前向きな気持ちも薄らいだ。
2人が去って数分後、スタースクリームは壁をじっと見つめた。例の「要望」のことを考えるうち、ふつふつと怒りが湧き上がった。
言ってくれるぜ。
もはや小言のひとつでは済ませられない。
─医務室─
─ラチェットのオフィスにて─
「ラチェット。」
カルテへの書き込みをしていたラチェットは顔をあげた。デスクの前に立っていた顔を見て笑顔が浮かんだ。
「司令官、来てくれると思いました。」
オプティマスは静かに会釈した。しかし、続く声は真剣そのものだった。
「食堂での騒ぎもあるから、ゆっくりしていられないと思ってな。」
それを聞いて、ラチェットの表情が沈んだ。
「……プロールに1発あびせてやりたいです。あなたもわかるでしょう?」
言いつつ、首を振った。
「スタースクリームの苦労が思いやられます。こうも噂が広まってしまっては……。」
オプティマスに座るよう促したが、すぐには座らなかった。
「今はいい。それに、スタースクリームに今後の配属のことと、プロールの企みについて伝える必要がある。私自身で伝えにいきたいのだ。」
それを聞いて、ラチェットの顔が引き攣った。おそらく今頃、あの2人が伝えてしまっていることだろう。そうなると、今オプティマスに会うのはまずいかもしれない。
「司令官、そのことですが……」
「どうした、ラチェット?」
ラチェットは席に座り直し、深く排気した。どうせ黙っていてもスタースクリーム本人の口から言うだろう。何より、彼の機嫌は相当悪くなることだろう。
「さっきあなたが出て行った直後、パーセプターが来たんです。スタースクリームの翼の修繕が終わったことの報告でした。その時、彼に頼まれて、あなたより先にホイルジャックと2人でスタースクリームを訪問したいと言われまして……。スタースクリームを歓迎することを伝えたいとのことで。そうすると、おそらくあなたの考えももう……」
話を聞いたオプティマスはしばらく無言で、ようやく腰を下ろした。彼の視線が厳しくなったのをラチェットは見逃さなかった。
せめてパーセプターの要望を事前にオプティマスに共有すべきだったのに、すっかり失念していた。しかし、それも言い訳にしかならない。こうなった以上は、今言えることを伝えるしかない。
「すみません、司令官。先にあなたに報告すべきでした。実を言うと最初パーセプターに頼まれたとき、プロールのこともあったので断ったんです。シムファー戦以降はシーカーのイメージが悪くなりましたし、患者に危機が迫ることは避けたかったので。パーセプターも食い下がりましたが、私の意思を伝えたら納得してくれて、彼の事情を話してくれました。この時、彼らがスタースクリームを知った経緯も知りました。」
すると、不機嫌だったオプティマスの表情が変わった。
正直、パーセプターがオプティマスに報告せずにラチェットにそのような依頼をしたことも、ラチェットまでもが報告を怠ったことには腹を据えかねた。一方で、パーセプターとホイルジャックには以前にスタースクリームのことを尋ねたことがあるが、そのときに詳しい話は聞けなかった。どうやらパーセプターも少し口が緩くなったらしい。自分も気になっていたことだし、聞きたくなってきた。
あとでパーセプターに小言を聞かせることは言うまでもない。意図がどうあれ、命令不遵守はプロールで十分だ。
「聞かせてくれ。」
「基本的に彼らは科学者仲間として知っている程度でした。プライベートな付き合いではなく、同業者としてです。その上で、パーセプターによると当時のスタースクリームとスカイファイアはそろって機械学専攻で、スカイファイアはさらに化学にも精通していたとか。曰くあの2人はそれぞれの分野において『極めて優秀』であり、傍目で見るだけでも良き親友同士であるのがうかがえたそうです。」
そこからラチェットの表情に影が差した。
「それともうひとつ聞きました。例の裁判のことです。」
オプティマスは、スタースクリームから聞いた話を思い出しながら頷いた。
「続けてくれ。」
「スタースクリームの帰還の知らせは衝撃的なニュースだったそうですが、それは高い任務達成率を誇るチームがついに敗れたためで、死者が出ること自体は意外でもなかったそうです。もともと宇宙探索任務自体が高い死亡率で知られる分野だったそうなので。」
「どの程度だ?」
「死亡率7割以上と。チームの全滅、メンバー損失は常であると言っていました。むしろスタースクリームとスカイファイアの2人が組み続けた方が幸運だと。それどころかスタースクリームが殺人容疑で逮捕されたことは異例の事態であり、誰もが驚きを隠せなかったと言っていました。生還者がパートナーの殺人罪を問われるのは前代未聞だと。」
「なるほど。他には?」
「スカイファイアとスタースクリームのどちらかでも知る者は一切参加を許されなかったと。任務の生存率の低さを証言できる宇宙探索の専門家らすら、傍聴も許可されなかったそうです。……これを聞いて、あなたがスタースクリームから聞いたことをおおよそ想像できました。彼の他者不信な性格の正体も、今ならわかります。」
ラチェットは小さく笑った。
「それと、パーセプターは裁判後にスタースクリームの研究記録の全てが最高機密指定されたことも言っていました。ただ、これらの情報は隠蔽される前に彼がこっそりコピーして保存しているそうです。何もかもが失われた中、彼の功績だけは生き残ったのですよ。」
新たに得た情報を噛み砕いた。
パーセプターに自覚はなくとも、これらの話はスタースクリームの証言の裏付けになる。それと、彼の先見の明と地獄耳にはいたく感心した。
そういえば、スタースクリーム本人も、彼の研究成果の行末を知らないと言っていた。パーセプターがすべて安全に保管していたと伝えたならば、きっと喜ぶだろう。
それでもパーセプターへ文句のひとつは必要だろう。確かに感心するところはあるし助かるが、やはりひと言報告してほしい。緘口令を敷いたわけでなくとも、司令官のあずかり知らぬところでそう大事な話を進められてはたまったものではない。プロールの件がいい例で、その結果、ひどくこじれた事態を引き起こした。
もっとはっきりとルールを定めるべきだろう。たとえパーセプターがプロールと違って理解があると言ってもだ。ラチェットの報告内容がまさしくその証拠だ。
そういえば……
「ラチェット、次回誰かが君に何かを要請し、それが私の案件と干渉するときは、必ず報告するように。この戦争は次の段階に進みつつあり、兵士たちが断り無しに好き勝手に行動をするのはまずい。そういった環境がどのような結果を招くか、君もわかっているだろう。」
ラチェットは眉を寄せた。オプティマスの示唆するものは明白だ。プロールの独断のせいで、多くの仲間が失われた。さらにシムファーの惨劇が、今後の徴兵に影響することはいうまでもない。ディセプティコンの強行を目の当たりにして、それが今後自分に降りかかるとなればすくみ上がる者も多い。それでも連中のやり口を嫌悪してこちら側に加わるものもいるだろうが、ごく少数だろう。
何よりもプロールの愚行があった以上、オプティマスは今後、幹部らの動向をより厳しく、慎重に監視すべきだろう。
「わかりました。以後、気をつけます。」
その時、オフィスの通信機に連絡が入った。
『ラチェット、パーセプターだ。話は終えたよ。』
『おうとも!同僚になることを喜んでくれたよ!』
ホイルジャックの明るい声がした。しかし少し間があって、今度はしないそうな声で言った。
『ただ話し終わったあと、なんだか不機嫌になったみたいで……』
オプティマスとラチェットは顔を見合わせた。ホイルジャックに応えたのはオプティマスの方だった。
「気にしないでくれ、ホイルジャック。彼の不機嫌の理由は、なんとなく察している。ところでパーセプター。」
今度は厳しい声で言った。
『はい、なんでしょうか。』
いつもの平坦な声だが、不安が滲み出ているのをオプティマスは感じ取った。どうやら自分がラチェットのオフィスにいるとは思わなかったようだ。
「あとで私のオフィスに来るように。少し話がしたい。」
間を置いて、パーセプターは応えた。
『わかりました。すぐに。』
「付け加えておくと、私もちょっと叱られた。」
ラチェットが横槍をさすと、通信機越しの声が珍しく笑った。
『なるほど、ほんの少し安心した。』
ラチェットも小さく笑った。あのパーセプターが軽いジョークをきかせるのはなかなかレアなことだ。
「スタースクリームのことはあと1、2日ほど経過を見る。その後のことは、君たちに任せるよ。」
『了解。』
2人との通信を終えると、オプティマスが片眉を上げた。
「面会を許せる状態なら、普段なら12時間後には退院させるんじゃないか?」
余計なことを言った。ラチェットは苛立たしげにため息をついた。少し悩み、答えた。
「手術後、少し問題があったんです。今は落ち着きましたが、もう少し様子見してから退院させようと思った次第です。」
「問題とは?」
「言えません。」
「ラチェット。」
「司令官。医者である以上、患者の病状に関わるプライバシーを守ることも私のつとめです。そうして信頼を保つものなんです。むろん例外はありますが、それは患者の自傷行為や他者に危害を加えるようなケースにあたります。」
「これが命令だとしてもか?」
言われてラチェットは少し考えた。実を言うと、スタースクリームは覚醒後、自傷的な反応を見せた。しかしラチェットの説得を聞き、さらにパーセプターとホイルジャックを見た反応からして、 また自殺未遂を起こすようには見えなかった。何よりも。まだ本当の危機を彼は知らない。注意すべきは退院後のことで、おそらくどれかのバカが危害を加えようとするだろう(プロールのやつめ)。そうするとラチェットも守り切れないが、加害者川も相応の応報を覚悟すべきだろう。であれば、先ほどあげた例外の対象外だ。
おそらく司令官は気に入らないだろうが、やはり言葉を曲げる気にはなれなかった。
「それでも、本人の許可無しではお伝えできません。」
「……そうか。」
オプティマスの反応はいたって冷静だった。
「司令官、」
ラチェットは深く息を吐いた。
「できるものならそうしたいのは私も同じです。しかしダメなものはダメなんです。ただしこれは私の医者としての誓約なので、どうしてもというなら、本人に聞いてください。」
オプティマスは黙り込んだ。いくらラチェットの拒否が気に食わなくても、筋は通っている。彼は医者として高い矜持を持ち、たとえそれが障壁になることがあっても断じて曲げることがない。それこそが彼の誇りである。だからこそ軍医主任に指名したのだ。
ラチェットは決して口を割らない。だが、特別に抜け道はちゃんと示してくれた。
「パーセプターとホイルジャックの用が済んだようだし、私もスタースクリームと話に行くとしよう。今後の配属の話のほかにも、居室の案内も必要だからな。」
そう言ってオプティマスは立ち上がった。
「ありがとう、ラチェット。それと、先ほど伝えたことはゆめゆめ忘れないように。」
ラチェットは会釈し、オプティマスは退室した。少なくともプロールよりは軽い音が目で済んだようだが、2度目はないだろう。
ドアが閉じるのを見届けて、どっと疲れが押し寄せた。ここまで頑張ったご褒美に、高濃度エネルゴンの大瓶ひとつを味わいたいところだ。
─集中治療室─
「ずいぶんと遅かったじゃねえか。」
入室早々言われたのがそれだった。声色は冷静だが、赤いオプティックは燃え盛るように光り、全身は異様にこわばっていた。やがて顔を合わせるのも億劫というように、視線だけがゆっくりとこちらを向いた。
「何を長話していた?俺の聞こえないところで、どっかの誰かと俺の今後のついてコソコソ相談かい?ああ第三者から話を聞くのは実に礼儀正しいことだなあ?」
言葉にはたっぷりの皮肉に、声にはむき出しの棘がこもっていた。
オプティマスはため息をついた。これは一筋縄ではいかないだろう。
「スタースクリーム、そういうつもりは……」
「関係あると思うか?そんなの俺が気にするとでも?」
急に声を荒げたことに、オプティマスもびくりと跳ねた。前にも彼は声を荒げたことがあった。だが、今回はそれよりも悲痛に聞けた。
スタースクリームはお構い無しに続けた。
「ああどうせ関係ねえんだろうな!俺の耳の届かないところで、気持ちの整理もつかねえうちに配置換えされてどう思うとか、そういう話じゃねえんだ!!」
今度は、全身をこちらにむけてきた。
その時、スタースクリームの体が大きく跳ねた。痛みのためか、補足吸気したのをオプティマスは見逃さなかった。スパークの拍数をとる計器の数値に乱れが庄司、機体が震え始めた。そのとき、彼の体に繋がるエネルゴン管や栄養点滴の管に気づいた。
前にラチェットの医療訓練の様子を見たことがある。彼が点滴を使うときは、大まかに2つのケースだ。ひとつは、患者が昏睡状態で栄養を補給できないとき。もうひとつは……
「俺はてめえの要求に応えてやった!入りたくもねえ軍に入り、クソやろうどもの地獄みてえな嫌がらせにも必死に耐えて、戦って、殺人まで犯した!てめえのためにだ!!」
悲痛な叫びに思考を遮られた。最後の言葉が凝り鼻ついた。それに、先ほどラチェットの言っていた『問題』というのは……
嫌な答えに辿り着いた。
「そんな俺への見返りがこれか!?別の奴からの情報共有ってか!てめえが直接俺に話すべき内容を又聞きさせるってのかよ!!!」
怒号をさんざんあげた影響か、スタースクリームは痛みにまた体を引き攣らせた。痛々しい呼吸を繰り返すさまを見ながらオプティマスは彼の話を思い返した。
悲しい疑問がよぎった。彼の怒りの正体がわかった気がする。
「本当は何に対して怒っているんだ、スタースクリーム?」
ようやく痛みがおさまったのか、スタースクリームはオプティマスを睨みつけた。
「まだわかんねえのかよ。」
刺々しく冷たい声で言い放った。
それでもオプティマスはまっすぐ視線を向けた。
「教えてほしい。」
余計な議論を許さず、厳格に、ハッキリとした声で言った。ただでさえ幹部らの不遵守だけでも十分なところで、癇癪を起こした子供のように振る舞う兵士の相手はごめんだった。ましてや、彼のために多くを危険に晒してきたのだ。
スタースクリームも、彼の声の厳しさに気づいたらしい。むき出しだった感情を少し落ち着かせると、聞いた。
「……『本当は』ってのはどういうつもりだ。」
「ラチェットが意識ある患者に輸液処理することはめったにない。あるとすれば、患者が物理的に栄養摂取できない。もしくは……摂取を拒むときだ。」
そう聞くと、スタースクリームの体が明らかにこわばった。
「今の君の発言からして、君は戦場で誰かの命を奪ったのだろう。そして、過去に君が着せられた罪を考慮するならば、君はそれをうまく乗り越えられずにいるんじゃないか?」
すぐに返事はなかった。スタースクリームはオプティマスを凝視したあと、首を振った。
「クソが。」
ひとまず爆発は免れたと判断し、オプティマスはマスクの下で微笑んだ。
「どうか話してくれるか?何に対して怒っている?確かに、本当ならば私が真っ先に君へ状況を伝えるべきだったし、そのつもりだった。しかしパーセプターが君と面識があるから私より先に会いたいとのことで、報告も忘れて先に君に伝えてしまったようだ。」
スタースクリームはしばらくうつろな表情で自身の手を見つめていた。少なくとも怒りはおさまったようだ。それからようやく、小さな声でつぶやいた。
「……少し、昔を思い出しただけだ。」
「スタースクリーム。」
そうなだめるオプティマスの声は、スタースクリームの頑固さに苛立ったときのスカイファイアに似ていた。そのことに思わず身体が跳ねたが、この感じだと、きっとだんまりを決め込んだところで解放してはくれないだろう。
腹を括り、語ることにした。
「俺がこの人生でまともに選択できたのは、あんたがあの監獄に来る前だと、ウィンドブレーザー首長が訓練学校を訪問した日以来だと思う。ヴォスの首長だ。あの人が俺をクリスタルシティのアカデミー入学の提案をしてくれて、俺は喜んで飛びついた。」
言いつつ、苦笑した。
「それ以降、教授も同僚も、みんなして俺をいじめた。頼れる奴なんていなかった。それから科学評議会は俺とスカイファイアに最悪の任務を与えた挙句、俺に殺人の罪を着せて、本当ならそのまま死刑にされるはずだった。」
収監中、唯一勝ち誇れたことだ。いかに殺人の罪を着せようとも、死体の証拠がない以上、死刑にはできないのだ。空虚な勝利だが、それでも勝ち取れた。
今度は目を険しく歪めてオプティマスを見た。
「評議会は俺の帰還を知るや否や、即刻エンフォーサーに逮捕命令を出した。俺の言い分も、スカイファイアのことも一切聞く気がなかったんだ。」
今度は壁を剥き、刺々しい声で続けた。
「議会が俺の弁護にも介入したことは疑いようもねえ。結局、あの偽装まみれの判決文が読み上げられたときが、奴らの顔を見た唯一の日だ。」
2人は何も言わなかった。スタースクリームも自身の発言の信憑性がいかに高いかを自覚していないだろう。
事実、議会は介入していた。あのトランジットという男の発言から察するに、賄賂でも使ったのだろう。
「なるほど。」
そして、知れば知るほど、スタースクリームの気持ちも理解できた彼は長い間、あらゆる理不尽や横暴の犠牲となってきたのだ。結果、少しでも信頼を寄せている相手からそうと捉えられる行為を向けられることに敏感なのだ。おそらくオプティマスが想像する以上に傷ついたのだろう。
今度は穏やかな声で言った。
「先ほど伝えたように、私もこのような事態を望んでいなかったんだ、スタースクリーム。このような形で君の知るところになってしまい、本当にすまない。」
スタースクリームはしばらく黙り込んだ。
「……そういうことみたいだな。」
彼はそう呟くと、小さく微笑んでくれた。
「ただ、もう2度としないと誓ってくれ。」
「努力するよ。」
オプティマスも少し笑ってみせた。
それから、プロールの件を伝えた。それに伴い、逮捕の日のことを覚えているかを尋ねてみた。
話を聞いたスタースクリームの回路は悪かった。
その瞬間をハッキリと思い出した。衝撃、混乱、怒り……逮捕状を読み上げられたとき、そういった感情が爆発し、逃げるために必死に暴れた。結局エネルギーも底をついた状態では抵抗もむなしく取り押さえられた。
エンフォーサーたちがそのことで自分を恨んでいることは知っていたが、まさか今になってこうして影響することになるとは予想もしなかった。
「エンフォーサーたちが逮捕状を読み上げたとき、俺は混乱していた。それから状況がわかって怒りが湧き上がった。逃げることしか考えられなかった……結局、ムダだったけどな。」
苦い思い出を振り返りながら苦笑した。
「そういや、前にも副官のことを言っていくれたな。本当に行動を起こしたわけか。」
あわよくば、殺そうとまで……。
それは口に出さなかったが、お互い察していた。
重々しい沈黙に包まれた。しばらくしてオプティマスは立ち上がり、部屋を出る準備をした。その時、スタースクリームに居室の情報と当番表を記載したデータパッドを手渡した。
今後の予定として、ラチェットが退院許可を出したら、案内役を送ってくれることになった。スタースクリームはそれを軽く聞きながら、データパッドに目を通した。ついでにパーセプターが彼の研究データをすべて確保していることを伝えると、パッドを見ていた顔が一瞬こわばり、やがて明るい笑顔に変わっていった。
数少ない朗報を伝えられてよかった。これからも、少しでもいい知らせを彼に伝えてやりたいとオプティマスも願った。
一方で、また不穏な予感を覚えずにはいられず、オプティマスの胸中は不安でいっぱいだった。
予感が的中したのは、わずか2時間後のことだった。
─アイアコン 詳細不明 3時間後─
『確かか?』
『ええ、マーキュリオンの使用人が1時間前に発見しました。まだ公的な報道はされていません。』
『クソッ……司令官は知っているのか?』
『1時間前に報告済みです。でも悪い知らせはそれだけじゃありません、ジャズ隊長。』
間があった。
『どのくらい悪い?』
『議員はバラバラの状態で死んでいました。スパークチャンバーは噛み砕かれたように潰れていました。』
ミラージュの報告の後、無線越しにポリヘックス語で毒づくのが聞こえた。
『サウンドウェーブか。』
ようやくまともな言葉が出た。
『奴に違いない。議員とのコネもある。その死に様はどう考えてもラヴェッジの仕業だ。あのクソが、俺たちの鼻先まで近づいておいて、まんまと逃げおおせたんだ。』
この口ぶりは知っている。ジャズは『キレている』。サウンドウェーブ本人が近くにいたらただでは済まされないだろう。
『そしておそらく、スタースクリームが市内にいることもバレました。』
『つまり、メガトロンにもバレたってことだ。』
その後無線はしばらく静まり返った。切れたかとミラージュが考えていると、ジャズの返事があった。
『すぐに帰還する。その前にパンチの奴にはしっかり地獄耳を立てておくよう伝えておく。俺が戻ってくること、司令官にも伝えてくれ。』
『了解。』