──アイアコン──
──オートボット本部──
──10年後──
粉々の廃墟の中を1人歩いていた。
かつて、外の世界から持ち込まれた特殊な金属をふんだんに使用して建てた都市だった。クリスタルのように煌めく功績がしないの光を反射し、複雑な光沢をもって星のひとかどを照らしていた。
スラスターの下でシャリシャリと砕ける感触が、今や存在しないドームを思い起こさせた。それはかつて都市全体を覆う美しき天蓋で、その名にふさわしい美麗さを誇った。それも今は建物同様失われ、ただの瓦礫の山へと帰してしまった。静寂で耳が痛い。命の気配がない。
破壊の跡をあてどなくさまよい、今見える光景がオプティックの誤作動であると必死に信じ込む。すべてはただの幻覚だと。しかしいくら目を閉じても、どれだけ見開いても、景色は変わらない。
惨たらしい現実にうちのめされた体は膝から崩れ落ち、切り裂くような絶叫があがった。
クリスタルシティが壊滅した。
そこでようやく飛び起きた。
まだこの夢だ。
寝台から身を起こし、窓へと歩み寄る。この8日間、毎晩同じ夢を見ている。
アルティヘックス陥落の話を聞いてからずっとだ。
あの日、オートボット軍に衝撃が走った。アルティヘックスは戦争初期からずっと中立を貫き、メガトロンに誹謗中傷を浴びせることもなければ、オートボットに協力するという宣言すらもしなかった。シムファー陥落後は多くの中立都市が協力宣言をためらい、不用意なひと言でまるごと壊滅するおそれがある以上はどこも声明を出せずにいた。
アルティヘックスに到着したとき、見つけたのは瓦礫の山と、色を失った死体の山だった。それからずっと救助作業が行われている。現時点で50名余の生存者が見つかり、うち20名は搬送中に死亡した。会話のできる者の証言によると、事の顛末はこうだった:
反重力エンジンが急に停止した。
回収された生存者はみな、回復後にオートボットに帰順することを宣言した。また、この20年間で半数近くの市民がすでに星外脱出を果たしたおかげで、死者数は想像よりも少なかった。それでも犠牲はあまりに大きい。
考えれば考えるほど、気味が悪かった。反重力エンジンが「突然」機能停止するなんてありえない。それにスカイファイアから聞いた話では、エンジンには数名の技術者が常駐監視し、問題が発生したら即座に対処されるという。現時点でこれが事故なのか事件なのかの調査結果は出ていないが、単なる事故にしては状況が異常だと、さまざまな噂が飛び交っていた。そして証拠がないにもかかわらず、ほとんどがディセプティコンの仕業であるとした。
しかしそうであって場合、何故?メッセージの類か?あるいは、また別の……
首を振った。決めつけるには早計だ。それでも多くの憶測と同じく、スタースクリームはこれが人為的な事件と推測した。もしかしたら科学者の実験経験による直感かもしれない。ただ、事故であれ事件であれ、あれ以来クリスタルシティが廃墟と化す夢ばかりを見ている。
できれば「ただの悪夢」ですませてほしい。
悪寒がした。今宵はもう眠れる気がしなくて、部屋を出ることにした。ひと口、何かを飲めば気も落ち着くかもしれない。
──オートボット本部──
──5分後──
1人、エネルゴンを飲む。食堂内の照明は薄暗く、約4分前に自分以外の者が全員退室した。というか、スタースクリームが入ってきてからいなくなった。1人顔を顰める。
いつまでも変わらねえな。
悲しいかな、意外には思わなかった。本部に配属されてからの出来事はおおよそ予想通り、罵詈雑言、恐喝、暴力未遂、イタズラ等のオンパレードだった。特にイタズラについては、真っ赤なボディが特徴的なサイドスワイプが趣向を凝らしてくる、印象に残った件では、スタースクリームが自室に戻ると、すべての家具が天井に貼り付けられていたのだ。ラチェットとホイルジャックの協力を得て30分かけてようやく元に戻せた。それからサイドスワイプが甲高い声でサイバトロンのラブソングを2日間ずっと口ずさむことになった。さすがにそれからしばらくは大人しくなったが、それで止まるバカだったら苦労しない。
もちろん、友好的な者もいる。オプティマスがはもちろん、パーセプター、ホイルジャック、ラチェットは味方でいてくれるし、それ以外にも数名ほど中立的な立場を保つ者がいる。しかし大多数はあからさまに敵対的だった。できる限り真正面から立ち向かおうとしたが、結局本当に平和でいられるのは研究室の中だけだった。
まあ、ホイルジャックと一緒にいて平和なわけがないんだけど。
思わず笑みがこぼれた。実を言うと、研究室で過ごす時間の大半は、自分のプロジェクトよりもホイルジャックの監視なのだ。一方で、彼と過ごす時間は飽きそうにない。クリスタルシティもあんな爆発魔を抱えて、よく無事でいられたものだ。
そこでまた悪夢の記憶がよぎった。スタースクリームは椅子に身を預けて顔をしかめた。なぜ、こうもぶり返すのだろう。
あまりに物思いに耽るあまり、室内に第三者がいることに気づかなかった。
「話を聞かせてくれるかい?」
突然声をかけられた。スタースクリームは飛び上がり、危うくグラスの残りをこぼしそうになった。
周囲を見渡すも、人影はない、かといって、幽霊などというオカルトを信じる性分でもないし、ましてや幻聴ではないことは確信していた。
「誰だ?どこにいる!」
どこかから、誰かがくつくつと笑うのが聞こえた。
「お望みとあらば。」
すると、空間がぱちぱちと光り、黄色いオプティックを光らせる、青白の機体が食堂内のソファに現れた。顔には小さな笑みを浮かべている。
その光景を見て、スタースクリームは眉を上げた。
なんだ、今のは?
もしかしたら声に出していたかもしれない。目前の男は肩に備えた三角錐形の部品を指差した。
「光子ディスラプターさ。これのおかげで、こうして姿を消したり現したりできる。状況次第じゃこの上なく有効な武器さ。」
答えを聞き、スタースクリームは頷いた。
「なるほど。」
口にしたあと、あることを思い出した。
透過装置。どこかで聞いたことがある。そのものではないが、遠い昔にそういう技術の話を耳にした。
アカデミー卒業まもなくして、イオニックという科学者が、光子を屈曲させることによる理論上の投下技術を提案した。
当時はその消費エネルギーに対する実現規模の小ささから、ほとんどの者が歯牙にもかけなかった。しかしこうして物品が存在しているということは、誰かが彼のアイデアを買ったようだ。あとでパーセプターにでも聞けばわかるかもしれない。
青い機体はおだやかな声で言った。
「正式に自己紹介していなかったね。僕はミラージュ。君は?」
スタースクリームは不安げな視線を向けた。オートボットに入隊してから20年、自分のことを知らぬ者はいない。名前だけじゃない、たとえスタースクリームがこのミラージュを知らなくても(透明になれるから当然か)、オートボット内のシーカーなんていやでも目立つ。付け加えるなら、ミラージュの名はホイルジャックとパーセプターから聞かされた。彼が工作部隊に所属し、幹部のジャズの部下であり、その右腕でもあると。
この10年で、ジャズという人物への予想が正しかったことも思い知った。絶対に敵に回してはならないタイプの男だ。そんなやつの右腕ともなれば……。
相手の訝しむ様子を見て、ミラージュは内心吹き出した。長年偵察兵として勤めてきた彼は、スタースクリームのこの10年間の出来事をつぶさに観察してきた。
予想した通り、あの食堂での騒動直後、ギアーズはクリフジャンパーに「本部内に居座るシーカー」のことを伝えた。帰投したクリフジャンパーはその「ディセプティコン」のシーカーへの嫌がらせとして毎日ちょっかいをかけたり、近くを通りがかった途端に大声で悪口を言うようになった。
彼のみならず、前線で戦う者達の多くが彼を邪険に扱った。サイドスワイプに至っては、パトロール中のスタースクリームにお得意の空中殺法を食らわせており、双子のサンストリーカーと2人で彼の部屋に侵入して脅迫を含むあらゆる罠をしかけていった。これに関してはスタースクリームも何度かイタズラをやり返して対処してきたが、今なお治まる様子がない。もちろんスタースクリームはできるだけ無視するように努めてきたが、それで済むなら苦労はしない。
また、積極的に行動しない者たちも、基地内にいるシーカーを極力避けていた。翼をぶつけたりしないだけなら良いのだが、多くは冷たい視線を投げかける。その中にハウンドが含まれるのは意外だった。
事情を知るミラージュは、彼に恥をかかせたのはあくまでもラチェットとプロールだからスタースクリームには非がないと何度も説得したが、聞き耳を持ってくれなかった。トレイルブレーカーも説得に協力してくれる様子はなかった──2人は親友であり、あまりハウンドを否定する真似をしたくないらしい。ミラージュとしては、このハウンドの態度に失望した。
しかし上司のジャズは、かのシーカーがれっきとした仲間であるとし、部隊の誰かが彼を不適切に扱おうものなら個人的に処罰し、司令官にも報告すると全員に明言した。
それを考慮したうえで、ミラージュは片手を伸ばして笑顔を向けた。
「心配するなよ、別にとって食ったりしないって。さ、改めて。僕はミラージュ、君は?」
スタースクリームは躊躇しつつも、伸べられた手を取った。まだ信用しないが、こうして親切に接してくれる相手は久しぶりだし、本心だとしたら無下にしたくなかった。
「……スタースクリームだ。」
「ようやく会えて光栄だよ、スタースクリーム。いろいろ話は聞いている。」
言われた顔はさらに険しくなった。
「だろうな。」
ミラージュは言葉選びが悪かったと反省しつつ、手を広げて見せた。
「そういうつもりで言ったんじゃないよ。」
「ならなんだっていうんだ。」
スタースクリームの声は冷たかった。その中にかすかな怒りが含まれていることを聞き逃さなかった。今度は、慎重に言葉を選びながら答えることにした。
「みんなからいろいろな話を聞いた。そのうえで、真偽を確かめようとこの目で君を見てきたんだ。」
「で、何かわかったかい。」
「ああ、話とだいぶ違うなって。僕が見たのは、忍耐強くて、周囲に振り回されないよう努力を絶やさない真面目なやつだ。」
すると、それまで険しかった顔が困ったように緩んだ。
「……そうか。」
2人の間に沈黙がおりた。スタースクリームはグラスを傾け、ミラージュは黙って見つめた。ようやく喋り出したのは後者からだった。
「こんな時間に用事もないのに食堂に来るなんて珍しいね。何があったか聞いても?」
スタースクリームは返答に迷った。この男にあまり多くを漏らしたくない。工作部隊というのは、あらゆる情報を掻き集めて相手の弱みを探るプロフェッショナルだ。一方で、たとえ建前でも、友好的に近づいてくれる者はそうそういなかった。
考えた末、内心肩を落とした。
もうどうにでもなれ。
「アルティヘックスのことが気になって。……クリスタルシティのことも。」
「ふうん?」
その件なら、ミラージュも調査チームに所属していた。ハウンドの語ったシムファーの惨状も知っているし、その上でアルティヘックスの出来事は予見できなかったぶん、より悲惨に思えた。
そういえば、彼はヴォス出身だったな。
ふと思い出して、尋ねていた。
「アルティヘックス出身の知り合いがいるのかい?」
スタースクリームはためらった。別に言いたくないわけではないが、このことはホイルジャックとパーセプターと先に相談したかった。何せ本当に友人と呼べるのは、ここではあの2人だけなのだ。他人のミラージュに先に明かすのは、どうにも不安があった、
そのことに気づいてか、ミラージュも笑いかけた。
「2人だけの秘密。約束するよ。」
スタースクリームは迷って、ようやく頷いた。
「……そこ出身の友人がいたんだ。ずっと昔にクリスタルシティに引っ越したが、やっぱり郷愁もあったんだろう、アルティヘックスのことをたくさん教えてくれた。ただ、長らく故郷へ戻らなければ、時間とともに心も変わるものだ。やがては自分の居場所でなくなる。アイツも何度か後帰りをするにつれてそう感じていたみたいで、最終的には帰らなくなった。」
そこで言葉を止めた。
残りの部分も話していいんだろうか。これだけ喋ってしまったわけだし……
「俺のヴォスへの気持ちも、同じような感じだった。」
ミラージュはすぐに返事をしなかった。これには、本当にどう返せばいいやら。
「生まれ故郷には2度と帰らないつもり?」
スタースクリームは鼻で笑った。
「俺がオートボットだってことは、シーカーに知れ渡っている。国境に近づいた瞬間に撃ち落とされるだろうよ。」
その推測は、シムファーの惨劇後にパンチが報告した内容からしても正しいだろう。もしや、敵軍の内情を知ってはいないか?ミラージュは訝しんだ。
「ちなみに、そのご友人のお名前は?」
少しだけ話を逸らすつもりで聞いてみた。
「……今となっては意味もない。だいぶ昔に別れちまったから。」
ふと思いついた。
「スカイファイアとか?」
すると、スタースクリームの表情に驚愕が表れた。それが徐々に疑心暗鬼にかわると、ミラージュは弁明した。
「深い意味はないよ。僕クリスタルシティ出身でね、君たちの関係は有名だったから。」
「……そうか。」
返答を受け取り、ゆっくりと頷いた。そこでグラスに残ったエネルゴンを飲み干し、こう言った。
「その通りだ。あいつはアルティヘックス出身だった。そしてさっき言ったように、あいつはもう故郷に執着していなかったが……それでも、この出来事をあいつにどう知らせるべきか、考えている。これまでのことも全部……何もかも。」
ミラージュは片眉をあげた。今の発言は妙だ。しかし、ジャズも気になることを言っていた。スタースクリームの裁判記録の一部を入手したと。詳しくは教えてくれなかったが、実に興味深いと言っていた。特に裁判長の最後の発言も含め、記載「されていたこと」ではなく、「されていなかったこと」がだ。
「君は、彼が生きていると?」
「わからない……状況からして、ほぼ不可能だと思う。ましてやこれだけの時が過ぎたなら……」
そう語る声は低く、やがて悲しげに首を振った。
「もう、希望は残っていないだろう。」
また沈黙が流れた。今度はスタースクリームが口を開いた。
「それで、アルティヘックスの陥落から、ずっと悪夢を見るんだ。クリスタルシティの夢を。」
ミラージュはスパークが冷たくなるように感じた。
「……どういう悪夢?」
「崩壊している。何もかもが壊滅している夢を。」
室内の空気が一気に冷たくなった。今度はどちらも喋ることなく、スタースクリームが部屋に戻っていくと、ミラージュはしばらくそこにとどまった。
ようやく立ち上がって部屋に戻るときも、スタースクリームの夢がただの悪い夢であると、ミラージュは自分に言い聞かせた。しかしアルティヘックスの崩落に、シムファーの惨劇が続いた以上、これが単なる悪夢で片付けられる気がしなかった。
その夜、ミラージュは決して眠らなかった。
──コルクラー市 ディセプティコン拠点──
──制御室──
「実験は成功ということか?」
「はい、メガトロン様。バズソーが防衛システムの穴を見つけ出し、忍び込ませることに成功しました。アルティヘックスが崩落するまで数秒とかかりませんでした。」
「よくやった、ショックウェーブ。」
紫色の期待が静かに会釈した。
メガトロンは、今度はその隣の青い機体に目を向けた。
「貴様のカセットロンも役に立つではないか。褒めてやる。」
サウンドウェーブは何も言わずにバイザーをかすかに瞬かせた。
「さて、オートボットがウィルスの痕跡を見つける可能性は?」
「ありません。ウィルスは反重力エンジン内でのみ増殖するように設計しました。エンジンが停止したと同時に自壊しています。」
「良いだろう。だがほんのわずかでも痕跡が残る可能性がある。ショックウェーブ、いつでも抗体プログラムを用意しておけ。兵士に感染しては困るからな。」
「了解しました、メガトロン様。」
2人の部下が退室しようと扉へ向かったとき、メガトロンは言った。
「サウンドウェーブ。」
呼ばれた方がぴたりと止まり、振り返った。
「機会があれば、スクラッパーと接触しろ。」
暴君が邪悪な笑みを浮かべた。
「奴にはひとつ、頼み事があるのでな。」
そう言って、命令を送信した。
サウンドウェーブは内容を把握すると、バイザーをまばゆく光らせた。
「了解。」
1人となった司令室に笑い声がこだました。
待っているが良い、スタースクリーム。