メガトロンは背中に腕を組みつつスタースクリームに向き直った。ズシン、ズシンと重々しい音を立てて近づき、目の前に立ち止まると、勝ち誇ったような笑みを見せた。
数秒の沈黙の後、メガトロンは言った。
「ようこそ、スタースクリーム。さっそく話をしようではないか。」
スタースクリームはメガトロンの言葉に困惑した。
「話……?」
動揺を隠すために、平易な声で返事をした。
まるで意味がわからない。
メガトロンがなぜ自分を生かしておいたのかはわからないが、まさか話し合いを要求されるとは思わなかった。想像していたのは拷問、尋問……何にせよ、最終的には処刑。なのにこうして面と向かって会話をする羽目になるなど誰が予想できようか。ましてや、これまでの出来後を考慮するなら、そんな穏便な展開はあり得ない。
こいつは誹謗中傷への報復として、都市ひとつを粛清した。センチネルプライムをはじめとした多数の議員を殺害した。アルティヘックスの惨劇もおそらく奴の仕業だ。
傲慢、非情、狡猾、残虐、危険。メガトロンという名を聞くとき、必ずついて回った表現だ。獄中でも、オートボット軍内でもずっと。強いて言うなら、オートボットたちはさらに蔑称を付け足した程度だ。
いずれにせよ、大帝が直々に現れたということは、脱出などほぼ不可能だろう。万全の状態でも勝てないのは見ただけでわかる。近接戦闘は苦手だし、背中の翼はわかりやすい弱点だ。それにメガトロンが勇猛な剣闘士であったことを知らぬ者はいない。シーカー1匹殺すことなど、赤子の手をひねるより容易いだろう。
いよいよ絶望的だ。しかしもともと、ただ諦めて終わることだけは絶対に嫌だ。その時は……
メガトロンの低く響くような笑い声が気を引いた。
「さて、貴様に提案がある。」
提案だと?
前にもこういう展開があった気がする。
……ああ、そうか。議会だ。あの日も議会の高尚なご提案でオートボットに加わったんだ。つまりこれも、そういうことだな。
口を開くとき、できるだけ落ち着いた声を出した。
「あー、そうかい……。ま、俺様もこうして、『囚われの聴衆』なわけだし、嫌でも聞かされるんだろ?なら是非ともお聞かせ願いますかねぇ。」
奥で緑のシーカーと黒のシーカーの翼がピシリと固まった。青く角ばったヤツのバイザーも反応した。一方で青いシーカーは興味深そうにこちらを見てきた。
メガトロンへの侮辱が何を意味するのか、全員理解しているわけだ。
しかし当のメガトロンは小さく笑うばかりだった。
「話が早いな。気に入った。さて……ディセプティコン結成の経緯は知っておろうな?」
疑問系だが、質問ではない。スタースクリームは黙って頷いた。
メガトロンは語り始めた。
──房の外にて──
牢獄のすぐ外で、もう1人、バイザーをつけた機体がいた。
ここまで辿り着くまでだいぶ苦労したが、カウンターパンチは本日の見張り当番をなんとか勝ち取れた。今は部屋の外からメガトロンの演説を聞いている。
ディセプティコン蜂起のきっかけ、議員の手によるシーカーの迫害など、どうにかしてスタースクリームを味方につけたいようだった。
自身の第二人格が嫌悪感をあらわにしたが、カウンターパンチは無視した。命令は明確だ──オートボットのシーカーの生存を確認、および、現在地を特定せよ。それ自体は簡単だ。何せ彼を捕獲し、適切な治療を施したのち、ケイオンに移送せよとメガトロンが命じたのだ。この情報をジャズに送信したのち、次の命令がおりてきた──確保の是非を確認せよ。内容はそれだけだが、その秘めたる意図はこうだ。
スタースクリームがまだ『オートボットか』を判断せよ。
ディセプティコンについた場合は、『事故』で処理せよ。
この手の任務は初めてではない。第二人格の『パンチ』はこの仕事をひどく嫌っていた。しかしどちらにせよ、裏切り者は適切に処理すべきだ。
だがこの場で1番の問題はサウンドウェーブがいることだ。予想できなかったわけではない。何せメガトロンはすっかりこの者にご執心なのだ。幸いカウンターパンチは2つのプロセッサを使い分けることでブレインスキャンを回避してきたが、それでも内部のファイアウォールは常に限界まで引き上げての対処だ。奴の注目はなるべく避けたい。
演説が終わりに近づいてきた。牢内を覗いてみたが、壁に拘束されたシーカーの表情は読めなかった。無表情なのだ。
メガトロンはようやく締め括った。
「──だからこそ、貴様の不名誉と汚名をすすぐ機会として我が傘下に入ってほしい。今度こそこの星に素晴らしい未来を築くために。今の上流階級からの暴政なき世を。さあ、答えを聞かせてもらおうか。」
カウンターパンチは耳を済ませた。あのシーカーの答えを、聞き逃してはならない。
──房内──
メガトロンの演説は終わった。スタースクリームはすぐには返答しなかった。
内容の大半は既知のものだ。そのくらいアイアコン監獄の看守らは口が軽かった。他の誰もいないとき、連中はひょんなことで雑談を始め、外ではとても言えないようなことを大声でしゃべっていた。情勢に無関心な者もいた。それでもスタースクリームはそういった話を盗み聞きして、外の世界の出来事をおおよそつかむことができた。
オートボット本部に所属してから、これまで見聞した情報をオプティマスが裏付けしてくれた。
表向きのディセプティコンは第一大戦から数万年続く政治の腐敗を打倒すべく立ち上がった革命運動だ。しかしその手段は最初から暴力一択だった。メガトロンは民衆の不満やエネルゴン騒動を利用して信奉者を集め、やがて大規模な軍勢を作り出した。ヴォスはすぐにケイオンに協力し、以前からディセプティコン派の多かったターンも加わった。
ディセプティコンは各地に暴動や爆破事件を引き起こし、議会は報復措置に出た。手始めに航空戦力を削るためにヴォスに空襲を仕掛けたが、反乱に同調する者により密告された。結果的にいくらかの航空戦力を削ることに成功したものの、かえって議会は多くのエンフォーサーや大型機を失うこととなった。なお、このときの密告者の正体は今もなお不明である。
この話を聞いた当初、スタースクリームは怒りをあらわにした。ミラージュにも明かしたように、今となってはヴォスとの縁など切れているが、それでも生まれ育った故郷だ。それが滅ぼされかけたと聞いてプライドが傷ついたと同時に、議会の企みが失敗したことをいい気味だと思った(もちろん、こればかりはオプティマスに明かしていない)。
はっきり言って魅力的な提案だ。メガトロンが言った通り、オートボットはスタースクリームを陥れ、冤罪を着せ、幽閉した者たちの味方だ。
ヴォスから1歩踏み出したあの日から排斥されてきた。毎日のように生き地獄を与えられた。議会の失敗への満足感や、事実を見ようともしない愚か者たちへの憎悪や、理不尽な仕打ちの数々を思えば……
オートボットのことなど忘れて、たとえ手段が暴力でも、議会を打倒してくれる側についた方がいい。そう思える自分がいた。
それに自分は軍用機だ。ここなら思う存分胸を張れる。ならそうしてやろうじゃないか?
メガトロンを見上げ、答えを出そうとしたその時、遠い記憶がよぎった。
「どういうつもりだ。」
機会学部門棟のとあるオフィスに飛び込んでの開口一番がそれだった。予想外の質問にスカイファイアも思わず顔を上げた青い目の向く先には、データパッドを握り締め、翼を怒りにわななかせ、赤い目をギラギラに光らせた生徒がいた。
あまり驚かない様子からして、おそらく察していたのだろうとスタースクリームは考えた。願書には、スカイファイアの署名さえ入ったらすぐにでもアカデミーを中退することをはっきりと書いた。スカイファイアは各生徒の性格を把握する方で、スタースクリームの癇癪のこともよく知っている。それを却下した時点でこうして現れることはわかっていたはずだ。
スカイファイアは採点中のエッセイをいったん下ろすと、まっすぐスタースクリームを見つめた。
「君の才能を捨てるには惜しいと思ったからだよ。」
その声は相変わらず穏やかだった。
「だから何だよ。みんな俺がいなくなればいいと思っている。他の教授たちがアンタを『素行の悪い軍用機の生徒を持った哀れなヤツ』っつってんのは知ってるんだぞ。」
そう言ってデスクにデータパッドを放り投げた。
「だったら今すぐそこに署名しちまえ!そうすりゃみんな幸せになれるだろうよ!」
しかしデータパッドが拾われることはなかった。スカイファイアはデスクに乗り出しつつ、しっかりと視線を合わせて言った。
「君は逃げることで問題を解決する気かい?スタースクリーム。」
返された言葉に、思わずたじろいだ。何も言えない様子を見て、スカイファイアが小さく笑った。
「私からすれば、君がここから去ってヴォスに帰れば、それこそ立ち向かおうとした相手の望みに従うことになる。連中に勝ちを譲るのかい?」
言われたスタースクリームの表情は困惑から苦痛に変わった。
「……アンタにはわからない。」
スカイファイアは首を振り、苦笑した。
「いいや、よくわかるよ。私も飛行型だ。そんな私がここにいて苦労しなかったと思うかい?このアカデミーで、他に飛行型を見た覚えはあるかい?」
スタースクリームがぴくりと反応したのを見て、スカイファイアは続けた。
「私も多くの誹謗中傷を受けた。君のように、いっそ辞めたいと思ったときもあった。」
それにはスタースクリームも驚いた。
「……どうして、辞めなかったんだ?」
「私の才能を認めてくれる人がいたんだ。」
そう言って椅子に背を預け、息を吐いた。
「スタースクリーム。君はバイオメカニクスや技術において比類なき天才だ。教えたことをあっという間に吸収し、失敗することも滅多にない。たとえ失敗しても諦めず、何度も試行錯誤を繰り返し、エラーが出なくなるまでやり続ける根性がある。それも君の貴重な才能だ。誰が何と言おうと、興味や才能というのが機種に依存するものではないと、君という存在が証明しているんだ。」
スタースクリームは答えられなかった。今まで考えていたスカイファイアが、まったく別人に思えてきた。
そしてスカイファイアは再びスタースクリームの目を見た。
「さて、君はどうするスタースクリーム?君の持つ真の力を証明するか、それともすべてを投げ出して逃げるのか?」
体が跳ね上がった気がした。ずっと昔のことで忘れていた。
あの日、ヴォスを出て以来、初めて自分を真に気にかけてくれる人がいると知った。それまでは同期や教授から陰湿ないじめを受け、「軍用機はしかるべき場所へ帰れ」とさんざん言われた。スカイファイアの授業を受けた当初は、彼も他と同じだとばかり思っていたが、予想を裏切られた。
スカイファイアの励ましがあったから、最後までアカデミーにしがみついた。そして、無二の親友を得たのだ。
彼のことを思い出したことで他の記憶も蘇った。1000年以上も聞いてもらえなかった話に耳を傾けてくれたオプティマス。命を絶とうとする自分を真正面から叱りつけ、良き話し相手となってくれたラチェット。科学部門で明るく歓迎してくれて、愚痴も聞いてくれ、プロジェクトの手伝いもしてくれて、決して見捨てなかったホイルジャックとパーセプター。眠れない夜に同席してくれたミラージュ。たまたま訪れた医務室で、初対面なのに優しく接してくれたホイスト。
彼らは皆、各々の形でチャンスを与えてくれた。特にオプティマスが大きな危険を冒してくれたことをスタースクリームは知っている。監獄で出会ったとき、周りに止められても2人だけの会話の場を設けてくれた。それにスタースクリームの入隊に伴い、幹部や部下から多くの反発を受けたことだろう。囚人部隊がシムファーで壊滅したときも、オプティマスはわざわざ司令部への移転をしてくれて、科学部門に入れてくた。ラチェットが少し優しくなったのも、おそらくオプティマスの影響だ。居室の用意だってそうだ。
全てオプティマスがスタースクリームのために尽力してくれたおかげだ。もちろん、ホイルジャック、パーセプター、ラチェットも含め、みんな友人だ。しかしあらゆるリスクを負って、できる全てを果たしてくれたのはオプティマスに他ならない。意図がどうあれ、そこまで果たしてくれた事実がある。
スタースクリームは約束した。そして約束は何がなんでも破らない。そうスカイファイアが教えてくれたから。
もしも約束を破ったなら──不都合を言い訳にオートボットを裏切ったなら──それは、オプティマスがこれまで果たしてくれたことを、全て無下にすることになる。
だが戦いの栄誉はどうなる?ディセプティコンになれば、あらゆる栄光を取り戻せるぞ。
心の悪魔がささやく。
俺はシムファーを経験した。そこに栄光などありやしなかった。
即答した。首長の軽率な発言のせいで、数えきれない犠牲者が出た。人の心を変える気があるならば、虐殺に至るはずがない。自分もあそこで死にかけた。多くが死んでゆくのを見た。……初めて誰かを殺した。
その恐怖は今でも色濃くある。命を奪うという行為で得たのは激しい苦痛と悪夢ばかりで、軍用機が忌避される所以を殊更自覚する結果に終わった。
シムファーの惨劇は戦いではない。一方的な虐殺だ。ましてや捕虜として連れ去られた者たちの末路など知りたくもない。どうせ自己嫌悪が悪化するだけだ。
そしてメガトロンはそのことを意にも介していないだろう。そして、先ほどの話で後ろのシーカー達に触れたときの言葉はスタースクリームに引っかかっていた。
スタースクリームはあの3機が真のトラインであると確信した。ずっと孤独であったスタースクリームはトラインを得ることはなかったが、ヴォスにいた頃に何組も見てきた。自分の親もそうだった。だからトラインの在り方がどんなものかは知っている。
トラインとは鉄壁の三位一体だ。確かにあの黒い奴に1撃当てることはできたが、それ以上のダメージを与えられなかった。おまけに2人はシグマ持ちとくれば、「単なる」トラインではない。あれが「単なる」で片付く連携力なら、スタースクリームなぞミニボット以下だ。
でもあちらでも科学に従事はできるはずだろう?
また悪魔が囁いた。
何のために?アルティヘックスの惨劇を繰り返すためにか?
またしても即答した。科学は救いの手段だ、破壊ではない。戦争下ではその倫理観も天秤にかけられるが、できるからと言って大量殺戮を目的とした力の行使は認めない。そんなことをすれば2度と後戻りのできない道を進むこととなる。アルティヘックスの破壊はスタースクリームからすればなんの目的もなく、あったとしても決して理解できないだろう。したくもない。
悪魔は沈黙した。あの監獄での面会と同じように。
スタースクリームは意を決した。
ああ。死ぬな、俺。
絶望した。
だが、不思議と後悔はない。ひとつ後悔があるとすれば、友人たちへ感謝の気持ちを伝えてやれないことだった。
メガトロンはなおも答えを待っていた。さすがにここまでかかるとは思わなかったようで、苛立ちを顔に滲ませていた。
「返答は?」
スタースクリームは目の前の大帝を見据えた。皮肉なことだ、もしオプティマスより先に会っていたなら、きっと未来は大きく変わったことだろう。
遅かったなメガトロン。あと20年早ければ、アンタに従う未来もあっただろうに。
そうして、ようやく声を上げた。
「魅力的な提案どうも、メガトロン。あいにく願い下げだ。」
棘をびっしり込めて言った。
続く沈黙は耳に痛いほどだった。メガトロンの背後に立つ幹部らがしんと固まった。唯一ストームレーザーはかすかに笑い、部下の2機に通信した。
ヤツめ、墓穴を掘りやがった。
当然、心配などしない。むしろ積極的に死にに来てくれるのを待っていた。願わくば自分たちの手で始末したかったが、死に様を見られるならば十分だ。スカイワープは怒りを込めて返事をした。
了解。
サンダークラッカーは相変わらず平坦に返した。
了解。
その視線はずっと目の前の3色のシーカーへ向き、かすかに敬意を込めていた。
サウンドウェーブは何も言わなかったが、バイザーをまばゆく光らせた。スタースクリームの心を読み、心変わりに誘うべく罠を仕掛けたつもりだが、失敗したようだ。残念だがそれが奴の選択ならば、それ以上の意味はない。
メガトロンは驚愕すると同時に内心怒りに狂っていた。要求を断られることはたびたびあるが、ここまで無礼にやってのけたのはこのシーカーが初めてだ。だが、奴のペースに合わせるわけにはいかない。
「名誉を取り戻したくないと?多くは喜んで受け入れるものだがな。」
「バカ呼ばわりしてきた奴を都市ごと虐殺することが名誉?俺からすりゃあ、ガキの癇癪と同じだな。」
今度は怒りに目が光だし、血を這うような低く重い声で言った。
「口の利き方をわきまえろ。」
牢屋の外で、カウンターパンチは様子をじっと見ていた。2つの心を隔てる壁が下り、そのまま最高機密回線を用いて信号を送った。
『パンチチームよりジャズ隊長へ。』
『こちらジャズ。どうしたパンチ?』
『こちらへ向かっていますか?』
『ああ……何があった?』
『あとどのくらいかかりますか?』
『3時間ほどだ、パンチ。』
『なら急いでください。』
そうカウンターパンチが送信する間も、メガトロンの右腕のキャノンが動き出していた。
少し遅れて、再びジャズから信号が届いた。
『パンチ、もう1度だけ聞く。何があった?』
『スタースクリームがメガトロンの提案を蹴りました。状況からして、早く来てくださらないと何も回収できなくなります。骸だけでも持ち帰るならば、急いでください。』
再び間があった。
『了解。パンチ、お前もすぐにそこから離れろ。』
『了解。』
カウンターパンチは通信を切り、最後に牢内を一瞥してからその場を後にした。あとはプライマスの手に委ねるしかない。
ジャズは通信を切りながら小さく毒づいた。
「ジャズ隊長?」
シャトルの先頭で、ミラージュが心配そうにこちらを見た。
「到着まであとどのくらいかかる?」
「……悪い知らせですか?」
ミラージュが不安そうに尋ねると、ジャズはシャトルの向かう先を見つめた。
「パンチからの報告があった。」
言いながら、表情が重々しく沈んだ。
「時間がないとだけ言っておく。」
ミラージュも悪態をつき、急ぎ航路を確認した。
「やれることはやってみます……が、電波妨害シールドも張っていることですし、エンジンを爆発させずに進むには限界があります。」
「なんでもいい、頼むぞミラージュ。」
ジャズは座席に戻った。
まずい状況だ。スタースクリームが裏切らないということを確信したのは良かったが、パンチの言うように急がなければ、司令官には悲報を伝えることになる。それだけはどうしても避けたい。
再び回線を開いた。
『ホイスト。』
『こちらホイスト。』
『ラチェットに頼んだ医療キットは持ってきたな?』
『ええ、それと自衛用のブラスターも。』
帰ってくる声は緊張していた。無理も無い。彼はあくまでも救護および開発担当で、特殊工作任務に参加することがないのだ。ラチェットも部下を連れて行かれることに感心しなかったが、スタースクリームの状況次第では現場での処置が必要になる。そのためには、なるべく目立たず生存確率の高い担当が必要だと、彼も理解してくれた。
そして最悪乱戦に至った場合に備え、武器を持たせた。なにせ今回は敵地のど真ん中に飛び込むのだ。それがいかに危険かは、本人もわかっていた。
そう考えた後、ジャズは返答した。
『よし、しっかり準備しておいてくれ。きっと必要になる。』
『了解。』
まったく緊張しちゃってな。
ほんの少しだけ笑顔を浮かべ、あとは多少言葉を交わして通信を切った。
状況を振り返りながら、自分の膝を指で叩く。
2日前、司令官のオフィスを出たその瞬間から準備を進めてきた。ラチェットが部下を貸してくれる件についてミラージュから聞いたあと、メガトロンの新兵器のことをいくつか聞いて回った。情報が真だと判明すると同時に、妨害工作の準備をした。命令を受けたバンブルビーは内容に疑問を持ったようだが特に何も聞いてこなかった。第1段階をクリアしてからは、パンチの情報を待つばかりだった。
5時間前、スタースクリームの居場所を突き止めたパンチから連絡を受けてすぐ出発した。だがもしパンチの話が事実なら、手遅れの可能性もある。
そのとき、シャトルが揺れた。
「どうした、ミラージュ?」
「エンジンにパワーを分配することができました。約2時間でケイオンに到着します。」
「よし。」
それで間に合うことを心から願った。
スタースクリームはまたしても鼻で笑い、毒を込めて言った。
「さもないと?殺すか?どうぞご自由に、そしたら俺の言葉の証明になるからな。シムファー市長の言葉の証明にもな。」
メガトロンの目が細まった。くだらない罵詈雑言ならばものともしない。だがこのように戦士としての矜持を侮辱されることは断じて許せない。
「軍用機のくせに戦士がなんたるかを知らんようだな。臆病者と呼ばれて見逃す戦士はいない。」
変わらず低い声で返す。しかし今度ばかりは怒りを隠しきれなかった。
だがスタースクリームは嗤った。
「名誉を傷つけられて張本人をぶちのめすのと、そいつをひっ捕えるために目につくもの全てを虐殺するのとはわけが違うだろ。」
ついでに肩をすくめてみせた。
「ましてや軍のリーダーとあっちゃな。俺が知る限り、真のリーダーというのは、自分に向けられた侮辱には、部下の後ろにコソコソかくれず、真正面から立ち向かうもんだ。」
「ならばオプティマスプライムは何だ?奴こそ、戦士の名を騙る議会の傀儡だ。奴らは戦いのことなど何も知らん。あのプライムとて、議会の命令を受けるだけの人形だ。」
それは否定しきれなかった。自分も同意見だった。というより、アイアコン外の多くのサイバトロニアンがそう考えることだろう。それもそのはず、センチネルやその前任者の誰もがずっと傀儡に過ぎず、その末端であるオプティマスも同等と考えるのが妥当だ。しかしそう評する者のほとんどが、本当のオプティマスを知らない。
「で?アンタはどこまで知ってる?本人に聞いたのかい?」
そういうと、メガトロンは大笑した。
「議会の駒と交わす言葉などないわ!奴は全ての知性ある生命に自由をなどと嘯くが、実際何をした?奴の支配下のサイバトロンなど、センチネルの時代と何一つ変わりはしない。今もなお飢えに苦しむ数多の民草が、ほんのわずかなエネルゴンのために己を売るに頼っている。些細な罪のために投獄され朽ちるに任される者が数多くいる。そのことは貴様自身が最もよく知っているだろう。それともワシが思う以上に、貴様は愚かとでも言うのか?」
今度はスタースクリームが目を細めた。
「少なくともあいつは変えようと意思をみせた。俺がみる限り、アンタはただ気に食わないものを壊すだけだ。試しに聞かせてくれよ、何故アルティヘックスが崩壊しなくちゃならなかった?『存在するから』以外で理由を言えよ。」
言葉の代わりに唸り声があがった。牢内は張り詰めた空気に満ちていた。誰もが次に何が来るかを待っていた。
スタースクリームはしばらくメガトロンを睨みつけて待ち、やがて失笑した。
「従うなら、星を良くしようと努力するヤツがいい。侮辱されたからとか、できるからってだけであちこちを壊し回るヤツなんて願い下げだ。オプティマスプライムはこの星で生きる者のことを誰よりも考えている。そう考えりゃ、アンタよりもずっといいリーダーだと思うぜ。アンタは自分のことしか考えてないもんな。」
「もう十分だ。」
メガトロンは言い放ち、右腕をあげるとキャノンの砲口をスタースクリームに向けた。
クリスタルシティにいた頃、探検仲間から臨死体験の話を聞いたことがある。探検家フリオンはある事故に遭ったとき、全てがスローモーションで動くように見えたそうだ。結果が迫っているとわかるのに、避けられないのだと。当時は信じなかったし、あの吹雪を経てなおさら信じなくなった。なぜならあのときは逆にすべてが一瞬だったのだ。胸を撃たれたときも何もかもがあっという間だった。
だがこうして真っ黒い砲口を向けられて、ようやくフリオンの言う意味が理解できた。砲身の底からうずまく光が膨らんで、こちらに向かってくるのが見えたのだ。壁に貼り付けられ、避ける術もない状態で、光が迫るさまはとてもゆっくりに見えた。まぶしさのあまりに目を細める余裕があるほどだった。
光線が体を貫いたとき、痛みはなかった。衝撃のあまりにすべてのセンサーが機能を止めたようだった。しかし痛覚がプロセッサに届いたとき、その膨大さにあらゆる感覚がショートしてしまった。
形容しがたい激痛だった。シムファーで受けた傷の万倍痛い。光線が通り抜けるとき、体が焼け、歪み、焦げていくのを感じた。内部のプロトフォームそのものが燃え溶けるようだった。どこか遠くで、自分の装甲の一部が雫となって落ちるのが聞こえた気がした。
抑えようがなかった。耐えきれず絶叫した。
数秒間、5機は静かに立ち尽くした。うち1人だけが、目前で繰り広げられる光景に悲しみを覚えた。
しかし、スタースクリーム本人はもはや気づかなかった。痛覚情報が膨大すぎる。焼ける痛みしか感じられず、自分の声すら聞こえなかった。ただただ、この焦熱地獄を止めてほしかった。
やがて体が徐々にシャットダウンしていくのがわかった。闇に包まれていくにつれ、たった一言だけ浮かんだ。
ああ、嫌な最期だなあ。
そうして意識は途絶えた。