手錠ストーリーズ 異世界転生編 5話
キュアと子どもに声をかける陸。
陸「キュアさん。こんにちわ」
立ち上がり、陸の方を見るキュアと子ども。
キュア「あっ。陸さん、こんにちわ」
しゃがんでキュアの腕をつかんで不思議そうな顔をしている子どもに視線を合わせる陸。
陸「初めまして。私は陸といいます。この近くにある騎士団で働いています」
子どもの方に顔を向けて促すキュア。
キュア「お名前を教えてあげて」
子ども「リンカ・リザレクトです」
小さくお辞儀をするリンカと名乗った子ども。
聞き覚えのある苗字に反応する陸。
陸「おや? もしや」
キュア「はい。私の娘です」
立ち上がる陸。
陸「そうでしたか。ところでキュアさんとリンカさんは一体何を?」
キュア「リンカと一緒に草花のお勉強です。このあたりにも割と珍しい草花が生えているんですよ」
陸「ほう・・・では、私もご一緒させてもらえますか? まだ覚えなくてはいけないこともたくさんありますし」
キュア「ふふっ。いいですよ。ね、リンカ?」
母の返事に小さくうなづいて答えるリンカ・・・
・・・
一通りの草花の勉強が終わる。
キュアとリンカを見ていると時折、砕け散った記憶がわずかながら蘇るのを感じていた・・・
それと同時に辛い記憶も蘇るが、ぐっとこらえる。
キュア「リクさん?」
陸「あっ・・・いや。すみません。大丈夫です」
キュア「そうですか」
安心したように息をつくキュア。
キュア「今日出会えたのも何かのご縁。もしリクさんがよろしければだから今晩のお食事は一緒にしませんか?」
陸「よろしいのですか?」
キュア「はい。夫や上の子にもリクさんをご紹介したくて」
陸「はい。よろしくお願いします」
・・・
キュアとリンカの案内で2人が家族で暮らしている家までやってくる陸。
拠点から少し離れた位置にあるかなり大き目の木造家屋であった。
大きな玄関の鍵を開き、扉を開くキュア。
キュア「ただいま戻りましたー」
リンカ「戻りました」
陸の方を見るリンカ。
リンカ「では、陸さんも」
陸「はい。御馳走になります」
家の中へと入っていく3人。
玄関の先にはブレイドとセイバーが立っていた。
陸「あれ? ブレイドさんとセイバー君もごお食事のご招待を・・・?」
キュア「あっ。違いますわ」
キュアがブレイド、リンカがセイバーの横にそれぞれ立ち、腕を組む。
キュア「改めてご紹介します。夫のブレイドと上の子のセイバーです」
陸「あっ。そうだったんですね(御再婚同士かな?)」
2人とその子どもたちを見た瞬間、きわめて失礼な感想を抱いたことを振り払うべく、全力で顔を振る陸。
キュア「ど、どうかしましたか?」
陸「あっ! いえ、すみません! 大変申し訳ありませんでした!」
陸の唐突な謝罪にあっけにとられる4人・・・
キュア「え? え?」
・・・
ブレイドとキュアが食事の準備をしている間、一緒に絵本を読んでいるセイバーとリンカを見ている陸・・・
砕けた記憶の破片から自身の子どもたちの事がおぼろげながら思い浮かび、自然と目に涙が浮かぶ・・・
その様子に気づいたリンカとセイバーが知らぬ間に陸の前に立ち、心配そうに見ている。
陸「あっ」
2人に気づき、浮かんでいた涙をぬぐう陸。
陸「私は大丈夫です」
ほっとした様子をするセイバーとじーっと見ているリンカ・・・
そこに食事の乗った皿を持っているキュアとブレイドが現れる。
キュア「お待たせしましたー」
2人の方に反応する3人。
・・・
ブレイド一家と軽い会話をしながら食事を楽しむ陸。
生前でも見たことがない食材の数々に自然と気持ちが明るくなると同時に記憶が刺激されていく・・・
キュア「あの・・・お口に合いませんでしたか・・・?」
一家は陸の食事をする手と口が中々進まない事に気づいており、心配そうに見ていたのだった。
陸「あっ。いえ、すみません。とてもおいしくて・・・つい」
キュア「そうでしたか」
笑みを見せる陸の顔に安心する4人・・・
陸「(この方たちにはあまり心配をかけたくないな・・・)」
心の中で深く反省する陸・・・
・・・
洗い物を手伝った後、夜分遅くということで泊めて貰えることとなった陸・・・
その日の夜も亡くなった家族の事が頭の中に浮かんでくる・・・
執拗に切り刻まれていた息子、死してなおも体を辱められている妻、悲しみと恐怖を抑えきれず、泣き叫ぼうとするもその都度、何度も何度も家族を殺した男に殴られ、黙らされる娘・・・
そして、その光景に対して興奮による熱気と家族を殺した男への無数の称賛が陸の脳内を覆いつくす。
頭、体、心。全てが限界を迎え、思わず起き上がる陸。
声すらまともに出せず、ただ生物として本能的に粗い息をするのみであった・・・
この苦しみからの解放だけを望み、心臓へと手のひらを向ける。
何者か「(駄目だ!)」
何者かの声が脳内へと響き渡り、あれだけ覆いつくしていた熱気の称賛の声があっという間にかき消えていく。
少しずつ、正気を取り戻していくと、自分の腕を掴んで、心臓の寸前で止めていた大きく、硬い手が目に映る。
手の主はブレイドであった・・・
陸「ブレイド・・・さん・・・?」
ブレイド「(なんとか間に合ったようだ・・・)」
ブレイドの心の声、否、本来なら口で語られるであろう言葉が陸の頭の中に自然と響きわたっていた・・・
・・・
お互いに正座して向き合う2人・・・
陸の事を家族ぐるみで心配しており、念のためにと様子を見に来ており、偶然、自ら命を絶ちかねない行為をしていたので止めに入ったのが事の顛末であった・・・
陸「大変ご迷惑をおかけしました・・・」
深くお詫びをする陸。
ブレイド「(いや。こちらも陸さんの苦しみに気づけず、大変、申し訳ありませんでした)」
陸「あっ。いえいえ・・・元はといえば私の弱さが招いたこと・・・」
・・・
ブレイドにかつて家族が殺されたこと、自身も一度殺された身であることを告げる陸。
自身でも到底信じられず、他人に言うことでもないが、であったが、何故かブレイドには伝えておきたくなったのだった。
陸の身に起きた悲劇を聞き、ただ黙って悲しみをこらえているブレイド。
そしてあることをブレイドへと頼む・・・
陸「ブレイドさん。誠に勝手ながら・・・もし、もしもです・・・」
・・・
翌朝・・・
朝食もごちそうになり、家を後にする陸とブレイド・・・
陸「お世話になりました。ありがとうございます」
昨日の午後とは打って変わって晴れやかな姿の陸を見て安心するキュア達。
キュア「いえいえ」
ブレイド「それでは先に行ってくる」
キュア「はいお気をつけて。行ってらっしゃい」
リンカ「行ってらっしゃい」
陸「では」
見送られながら今日の仕事場へと向かう準備のため、拠点へと向かう陸とブレイド・・・
・・・
拠点で準備を整えた後、仕事場へとたどり着く2人。
拠点から少し離れた場所にある山の中・・・。
珍しい魔力を帯びた石や草が大量にとれる知る人ぞ知る秘蔵の地であった。
早速、ブレイドと手分けして昨日キュアに教えてもらった薬草を採取していく陸。
・・・
薬草を持ってきた箱いっぱいに入れた陸。
それでもなお取り切れない量の薬草に少々の戦慄を感じていた。
少し休憩しようと、手ごろな岩に腰を掛けた直後、ふと、何者かの声を聞き取る。
陸「む・・・?」
小動物の鳴き声のような声のする方へと向かっていくと、2頭の犬のような動物の姿があった。
まるで親と子のような大きさで、小さい方が大きい方を心配そうに見ながら必死に声を上げている。
そこに現れた陸の足音に反応する2頭の動物。
小さい方が親を守るがごとく、陸に向けて臨戦態勢を取る。
小動物「グルル・・・」
陸がかわいらしい声と姿に思わずなごんでいると、大きい方が前足を小さい方の頭の上に乗せる。
臨戦態勢をやめておとなしくなる。
小動物「キャン・・・」
ふと、大きい方の後ろ足にぼんやりと何かが噛みついているの気づく陸。
陸「おや?」
近付いて視線を近づけると、確かに半透明な何かが噛みついている。
空気のゆがみの形から、トラバサミのようにも見える。
陸「罠か。いったい誰がこんなものを・・・」
そこにブレイドが現れ、陸たちもそちらの方を見る。
再び臨戦態勢を取ろうとする小さい方の頭の上に大きい方の前足が乗せられる。
ブレイド「(これは珍しい!)」
陸「あっ。ブレイドさん。実はですね」
ブレイドに事情を説明し、トラバサミを取ってもらう。
力づくで開いてあっという間に解放される大きな動物。
小さい方も喜びながら周囲を回るも、前足で頭を優しくなでられ、動きを止める。
今まで噛みつかれていた箇所の傷を先ほど採取した薬草で応急処置する陸。
軽い処置にもかかわらず、瞬く間に傷が治るのを目のあたりにして感心したように驚く。
陸「おお」
ブレイド「(これも聖獣様の生命力が成せる技だ。ところで陸さん)」
陸「はい」
何者かの気配察知していた陸とブレイド。
早速、その何者かが陸たちの前に姿を現す。
ゴーグルで目元がよく見えない人間族のようであった。
外された罠と解放された聖獣と呼ばれた動物を見て叫ぶ。
罠師「あー!!! あんたら、何してくれてんのよ!」
陸「それはこちらの台詞だ。この森にあんな罠を仕掛けて何のつもりだ?」
罠師「何のつもりって、あれを見てわからないの? インテリな面してて頭悪いのねぇっ・・・って」
小さい方の動物に襲われる罠師。
罠師「きゃあ! 何!? 何?」
前足パンチでタジタジにされる罠師。
その様子をほほえましく見ている陸。
陸「さて。ブレイドさん。もう片方も」
ブレイド「(うむ)」
その隣でブレイドが石を拾い上げ、それを近くの木の上に向けて弾き飛ばす。
何者か「やあん!」
ライフルのようなものを持った人間族が木から落ちてくる。
罠師と同じく、ゴーグルで目を隠している。
必死に降参を口にする罠師。
大きな聖獣も小さな聖獣の首元を口で掴んで止める。
罠師「あ、ありがとー・・・ふぐ」
力尽きて倒れる罠師。
・・・
聖獣密猟の現行犯で捕縛された2人組・・・
陸によってかけられた手錠で繋がれた両手の拳を握り、ゴーグルを外された目から涙を流す・・・
罠師「うう・・・お世話になります・・・」
陸「さて」
小さな聖獣を背中に乗せた大きな聖獣を見送る陸とブレイド。
大きな聖獣の体毛の中に隠れていた立派な翼が現れる。
その神々しい姿を目に焼き付ける陸・・・
羽ばたきながら、助けてくれた陸とブレイドの方に軽く会釈するようなしぐさをする大きな聖獣。
小さな聖獣の方も背中にしがみつきながら前足を振っている。
陸も手を振って返し、飛びさって行く2頭を見送っていた・・・
・・・
その頃、かつて陸が生きていた某国・・・
陸達一家が殺されてから一月が経ったある日の夜の駐車場・・・
その日の仕事を終え、自身の車の元までやってくる天音。
弟一家の死の悲しみを少しでも紛らわすため、ただひたらすらに仕事に打ち込んでいたのだった。
車の鍵を開けようとした瞬間、ふと何者かの気配を感じ、その方向を見る。
すると天音にとって見覚えのある1人の子どもが目に映る。
見た瞬間、感涙のあまり、声を詰まらせる天音。
子どもの正体、それは陸一家が殺された日からただ1人行方知れずになっていた娘の葵その人であった。
大粒の涙をこぼしながらただ黙って立っていた葵を抱きしめようと近付く天音。
抱きしめられる距離まで近づいた瞬間、詰まっていた声がようやく出る。
天音「葵ちゃん・・・良かった・・・本当に・・・」
葵「・・・くせに・・・」
天音「え・・・? どう・・・したの・・・?」
自身の心臓に強烈な痛みを感じる天音。
心臓の位置にはナイフが深く突き刺さっていた。
葵「父様も・・・母様も・・・紫苑も・・・」
天音「葵・・・ちゃん・・・」
刺さっていたナイフが抜かれる。
葵「葵も・・・守ってくれなかったくせに・・・!」
目に憎しみ涙を浮かべた表情している葵。
その顔を見て、最後の力を振り絞って葵を抱きしめる天音。
天音「葵ちゃん・・・これから・・・一緒に・・・暮らそう・・・あなたは・・・家族の分まで・・・生き・・・る・・・の・・・」
優しく葵を抱きしめたまま力尽きる天音。
動かなくなった天音を見て葵の表情は哀し気なものに変わっていた。
すぐそこに隠れて一部始終をカメラに収めていた世直しテラシが姿を現す。
不快な声があたりに響き渡る。
テラシ「皆さん。やりました。美少女暗殺者第一号、初任務成功です」
動かない2人に近づくテラシ・・・
テラシ「これから上級国民の丸焼きを作りたいと思います・・・」