手錠ストーリーズ 異世界転生編 9話
陸が正式な騎士になったつぎの日の朝・・・
ファング、アクアとともに拠点へと向かっていた・・・
3人で談笑しながら歩いていると、誰かが走ってくる姿に気づく。
ファング「実は僕もその学校で学んでて・・・ん?」
走ってきたのは長い黒髪の人間族でノースリーブの服にミニスカート、膝上のブーツという、派手な格好をしていた。
後ろを確認しながら、何かから必死に逃げている様子であった。
相手方も陸たちの存在に気づき、近付いてくる。
人間族「た、助けてください! 乱暴な人たちに襲われてて!」
陸「え?」
ファング「そりゃ、大変だ! えーっと」
周囲を見渡す3人。
アクアが大きめな岩があるのを見つける。
アクア「ついてきてください!」
人間族「は、はい」
人間族の手を引いて岩の影へと走っていくアクア。
人間族が走ってきた方へと視線を向ける陸。
遠くに先ほど言われた乱暴者と思われる3人組を見かける。
蟻型の下半身と人型の上半身の姿をして、3人とも、かなり小柄な見た目をしている。
その内の1人は他2人より一回り大きいが、それでも陸たちと比べてかなり小さい。
先ほどまで走っていたのか、息を切らしている。
その姿を見て不思議に思う陸。
陸「ファング君。あの人たちは?」
ファング「んー・・・多分、虫人族ですね。虫から今の姿には制した種族で僕も直接見るのは初めてですけど・・・」
大き目の虫人族が陸たちに気づき、他の2人にそのことを伝えている。
ファング「あっ。こっちに気づいたみたいだ」
虫人族「もし! そこの御方々ー!」
ファングたちの元に虫人族が歩いてくる。
ファングの方も虫人族たちの方へ向かう。
ファング「どうしたんですか?」
虫人族「実は私たち、騎士団に用があって街へと向かっている途中でして」
ファング「ふむふむ」
虫人族たちから詳しい話を聞く陸とファング・・・
・・・
岩の影に隠れているアクアと人間族。
アクア「もう大丈夫ですよ、えっと」
名前を聞いていないことに気づき、言葉を詰まらせるアクア。
人間族「あ、あたし、スールって言います」
アクア「私はアクアマリン・シードラグーンです」
スール「あっ、ご丁寧にどうも・・・」
岩の影から乱暴者らしき3人組の様子をうかがうアクア。
スール「あの・・・乱暴者は・・・」
アクア「いえ、まだ・・・」
スール「はぁ・・・」
露骨に不機嫌な態度になるスール。
アクア「あの、スールさん」
スール「何か?」
アクア「あの虫人族たちが乱暴者なんですよね?」
スール「え? あっ。はい。そ、それが?」
アクア「本当に乱暴なんですか? あの人たち? なんだか普通に盛り上がっているように見えますが・・・」
スール「ギクッ」
アクア「ギクッ?」
スールの方に顔を向けるアクア。
少し考えこんだ後、何かを思いつくスール。
スール「あ! そうそう! あの真ん中のが道を尋ねてきてその間にあの取り巻き?のがお金が入った袋を無理やり盗むという凶悪な手口で!」
今思いついたが如くことを話す様を目を細めて見ているアクア。
アクア「・・・」
スール「な、なんですか! その目は! 私は被害者なんですよ!」
・・・
虫人族「で、その財布を盗んだ奴を追いかけてここまで来てしまったのです」
ファング「髪が黒くて長くて派手な格好・・・なんかすごい心当たりのあるような・・・しかもついさっき」
陸「うむ・・・確かに・・・」
虫人族「本当ですか!? どこで!?」
陸「少しお待ちを」
・・・
陸とファングがアクアとスールが隠れている岩の元まで歩いてくる。
まだ騒いでいるスール。
スール「だーかーらー! あいつら多分黒幕なんだってばー! さっさとやっつけてよ!」
アクア「落ち着いてください! 黒幕って何ですか!」
もみ合っている内にスールの足元に袋が落ちる。
地面に付いた瞬間、金属がこすれる音がして、袋の口から銀色の何かが飛び出す。
もみ合う動きを止め、袋を見る2人。
アクア「ん? なんですか、これは!?」
スール「あっ。ヤバ・・・」
スールの方に顔を向けるアクア。
陸とファングが2人の元にやってくる。
陸「あの、少しお尋ねしたいことが・・・」
スール「ちぃっ!」
アクアの手を乱暴に振り払った後、急いで身をひるがえし、走り出す。
ブーツが赤熱し、ものすごいスピードが出ている。
その様に驚く陸とファング。
ファング「うわっ!?」
陸「なんてスピードだ!」
スール「捕まらないわよ! 絶対に!」
真剣な表情で剣を抜き、その先を走っているスールに向けるアクア。
アクア「こちらも逃がすわけにはいきません!」
水流が集束した剣先から龍の形をした水が勢いよく飛び出し、高速でスールへと向かっていく。
ふと、後ろを向いて水龍が視界に入った瞬間、驚愕でわずかながらにスピードが落ちる。
スール「え」
高度を下げ、赤熱したブーツに直撃する水龍。
スール「きゃあーーー!」
その一連の光景を見て、驚くしかなかった陸とファング・・・
ファング「すっげぇ・・・」
表情をやわらげ、剣をしまうアクア・・・
アクア「ファングさん、陸さん。お願いします」
アクアの呼びかけに我を戻すファングと陸。
ファング「え? あっ! はい!」
スールの元へと走り出す。
スール「まだ、まだぁ!」
地面に倒されるも、直撃を寸前で避けられたことで再び走り出すスール。
しかし、ブーツはすっかり元の色に戻り、先ほどよりはるかに遅いスピードしかない。
スール「あ、あれ? あれれれ?」
あっさりファングと陸に追い詰められてしまった。
スール「しまっ」
後ろからもアクアが駆け寄ってきて完全に囲まれている。
駄目もとで華麗な上段蹴りを陸に向けて繰り出すも、片腕であっさりと止められてしまった・・・
・・・
案の定、虫人族から財布を盗んだのはスールその人であった・・・
陸に腕を掴まれ、手錠で両手を繋がれるスール。
拘束された悔しさから唇をかみ、こぶしに力を籠める。
スール「う・・・うう・・・」
虫人族から先ほど見つけた袋を見せ、中身を確認してもらうアクア。
虫人族「ま、間違いありません! 確かに私たちのお金です! ありがとうございます!」
ほっとするアクアたち。
虫人族「これで傭兵を雇えます! ありがとう、本当にありがとうございます! では!」
その場から急いで立ち去ろうとする虫人族たち。
その直後、何かを思いつく陸。
陸「あっ。少しお待ちを」
歩みを止め、陸の方を見る虫人族たち。
虫人族「はい?」
陸「もしよろしければ、私たちを雇っていただけませんか?」
ファング「おっ。そりゃいいですね!」
虫人族「あっ。それもそうですね!」
・・・
手錠をかけられたまま、拠点の地下牢に閉じ込められるスール。
牢屋の柱を掴み、懇願する。
スール「あ、あの・・・もう逃げたりしないのでせめてこの手枷? だけでも・・・」
スールの目元に浮かべた涙を見て良からぬ感情を抱くアクア。
アクア「んー・・・外してあげたいのはやまやまなのですが、鍵を持った人がいなくて・・・」
スール「え!? そんな!? 嫌です! 両手を鎖で繋がれたままなんて!」
・・・
その頃・・・
虫人たちをブレイドとマグの元に送り届ける。
改めて事情を説明する虫人たち。
リーダー格の人物はアイジス・シェリーと名乗った。
元々、別の国の出身なのだったのだが、迫害の末に住んでいた村を焼き討ちにされ、つい最近、この国に流れ着いてきたのだった。
そして、拠点から見て山の向こう側のふもとに虫人たちの新たな居住区を作っていたのだが、その周囲で元いた国の追撃部隊の姿を見かけてしまい、助けを求めに来たのだった・・・
アイジス「お恥ずかしながら・・・私たちは力は強くともまともに戦えるものがほとんどおりません。決して大きな額とは言えませんが・・・どうかお助けください!」
他の2人とともに頭を下げるアイジス。
マグ「ブレイド殿。答えはもう決まっておりますな」
ブレイド「(うむ。我々の全力をもってお守りしよう)」
ファング「よしっ」
ガッツポーズをとるファングと嬉しそうにうなづく陸。
マグ「お顔をお上げくだされ。あなた方の以来、我らブレイド騎士団がしかと引き受けましたぞ!」
顔を上げる虫人たち。
アイジス「本当ですか! ありがとうございます!」
ファング「良かったですね!」
マグ「さて。他にも色々やることがあるのでもう少しお話でも・・・」
扉が開き、申し訳なさそうなアクアが顔をのぞかせる。
陸「あれ、アクアさん? 何か?」
アクア「あ、あの・・・」
扉の向こう側では涙目のスールがいた・・・
アクア「せめて牢屋にいる間はスールさんの手錠を外してもらいたくて」
陸「え?」
マグ「?」
・・・
その頃・・・アイジスたち、虫人たちの新たな居住区の周辺・・・
建物の残骸の影に大量の武器が置かれていた。
そこで蜂合わせる2人の人間族・・・
片方は金の装飾の豪華な鎧を、もう片方は全身を覆う不気味なローブを着て、武器の入ったカバンを担いでいる。
鎧の人間族「よう。協力者さん」
声をかけられたもう片方はだんまりを決め込み、黙って担いでいた武器を置いていく・・・
鎧の人間族「たくっ・・・相も変わらず不愛想な連中だぜ。まぁ、どうでもいいが・・・」