ひなノア

Last-modified: 2024-04-27 (土) 00:02:08

終業のベルが鳴る。お待ちかねの放課後だ。

乃愛はいつも,ひなたや花と一緒に帰宅する。学校から直接ひなたの家に行くことが多い。
ひなたの家で,みやこが作ったコスプレを着て,お菓子を食べて…。
花はコスプレへの抵抗は消えてはいない。代わりにお菓子を食べさせてもらえるから,その抵抗も途中で忘れるようだが。
乃愛は,そこまでコスプレに抵抗があるわけではない。世界で一番可愛い自分が,可愛い衣装を着せてもらえる。それは,乃愛にとって嬉しいことだった。

ただ,今日の放課後は,いつもと違う。
花は家の用事があるらしい。みやこは大学の補講でいないのだとか。
だから,今日は乃愛はひなたと二人きりだ。こんなことも珍しい。

二人きりの星野家で、ひなたが言い出す。
「なあノア,今日は何して遊ぶか?」
うーん,と乃愛が悩む。
「いつもコスプレしてお菓子食べてばかりだったから、なんか落ち着かないねえ」
「みゃー姉が家にいたらなあ」
と,ひなたが残念そうにいう。ひなたにとっての一番は姉のみやこだ。花や乃愛がいても、「みゃー姉、みゃー姉」とよんで、みやこに甘えにいく。
その光景は、いつものことだ。乃愛にとって、安心感さえ感じるものだ。だけど、同時に心の中が少しズキズキする。自分はひなたの1番にはなれないのだと…。

そんなことを一瞬考えていた。そんな思考を遮るように、ひなたが提案する。
「勝手にみゃー姉の部屋からコスプレ持ってきちゃおうぜ!それで,お菓子も食べちゃお」
「ええ!?勝手にやってミャーさんに怒られない?それ」
「みゃー姉ならきっと許してくれる!いつもやってることだし」
「うーん,ヒナタちゃんがそういうなら、まあいっかー」
そんなことを言って,いつものようにコスプレを始める。
みやこの部屋から好きに衣装を持ってきて、自由に着る。そして、お互いに写真を撮りあう。制服、ポリス、ナース…
「ヒナタちゃん,可愛いよお」
「おう!嬉しいな。でも,ノアの方が可愛いと思うぞ!」
「んんんんもう、ヒナタちゃん!」

最後に、お互いに一番似合いそうな衣装を選ぶことにした。
乃愛はひなたにメイド服を着せることにした。
「はぁはぁ、ヒナタちゃん、ヒナタちゃん…」
乃愛は息を荒くして、メイド姿のひなたの周りを跳び回り連写。
「おお!ノア、なんかプロみたいだな!」
「はっ!」
乃愛はハッとして、ふと冷静になり、手を止める。
(そういえば前、ハナちゃんに、気持ち悪いときのお姉さんみたいって言われたんだった。今のアタシ、気持ち悪かったかも…)
「どうしたんだ?ノア、急に止まって。具合悪いのか?」
ひなたが乃愛の顔を覗いて尋ねてきた。ひなたの存在に気づいて、瞬間沸騰したかのように顔を真っ赤にし、心拍数を跳ね上げた。
「ヒ、ヒナタちゃん!アタシは大丈夫だから!ヒナタちゃんが選んだの着ようかな。何選んだの?」
「ふっふっふ。これを着たら最強になれるぞ!」
そう言って差し出したのは、みやこがいつも着ているようなジャージだ。
「あ、そう…」
(そういえば前もそんなことあったな…)
そのときは、ひなたが乃愛を物理的に持ち上げてくれたのだが。
一瞬落ち込んだ乃愛だが、ふと気づく。
(前にミャーさんの格好した時、ヒナタちゃんがすっごくべたべたしてきたな… ぐへへへ)
「着るよ!すぐ着る!ヒナタちゃん」
「おお!やったー!」
ジャージだけでなく髪までつけた乃愛。それを見てひなたは
「うおおおお!これで最強だなノア」
「ひなたちゃん,今はアタシをミャーさんだと思って、甘えていいよ」
「みゃー姉!」
叫んでひなたか乃愛に抱きつく。
「うっへっへっへ…」
乃愛は気味の悪い笑顔を浮かべていた。

コスプレ大会が終わり、ひなたは普段着に、乃愛は着てきた制服に着替えていた。
「楽しかったなーノア」
「そ、そうだねヒナタちゃん」
散々興奮したあとの乃愛は、妙に落ち着いていた。
ひなたの部屋に冷蔵庫からケーキを持ってきて、お茶を用意した。
「いっただきまーす!うん、美味しいなあ!」
花も美味しそうに食べるが、乃愛から見れば、ひなたが美味しそうに食べる姿は眼福だ。
「たまには2人で遊ぶのもいいな、ノア」
「え、えへへ、そうだねー」
ひなたは、いつもストレートな言葉をくれる。そんなところに、乃愛は惹かれた。

「やっぱみゃー姉の作るお菓子は最高だな!」
でも、やはりひなたにとっての一番はみやこなのだ。
「ねえヒナタちゃん、ミャーさんがハナちゃんにデレデレしてるの見てて、嫌だなって、思ったりしないの?」
「そりゃ、わたしが一番大好きなのはみゃー姉だけど、同じくらい好きな花だからな。それに、人見知りなみゃー姉があんなに他人に興味を持つなんて、珍しいからな。あと、もちろん、ノアのことも同じくらい好きだぞ!」
「そ、そうなんだ」
乃愛は、好きと言われたことについつい照れてしまう。
「みゃー姉はわたしのお姉ちゃんだけど、みゃー姉のすごさを知ってもらえるのが、わたしは嬉しい!」
「そっか。そう思えるなんて、すごいなあ」
「え、そうか?」
「うん。そうだよ、本当に」
「あくまでみゃー姉の妹はわたしだけだぞ!でも、わたしはノアも同じくらい大好きだからな。だから、ノアにはみゃー姉を少しくらい貸してあげてもいいぞ」
乃愛としては、別にみやこを借りる必要はないと感じるのだが、それ以上に、大好きと言われたのが嬉しかった。ついついにやけてしまう。

でも、ひなたにとって、みやこも花も乃愛も、同じくらいの好き、ということなのだ。
そこで、乃愛は意地悪な質問を思いついた。
(ヒナタちゃんにとってミャーさんが一番として、アタシとハナちゃん、どっちが大事なの?」
そんなことを聞いたら、いつも真っ直ぐなひなたが、困る姿が見れるのだろう。乃愛の中で、ひなたを困らせたくない気持ちと、困った顔が見てみたい気持ちが入り混じる。

乃愛の転校初日に、隣の家だと分かり、遊びに誘ってくれたひなた。ストレートに可愛いと言ってくれたひなた。崩れてしまったサンドイッチを食べて美味しいと言ってくれるひなた。欲しかったカチューシャをサプライズでプレゼントしてくれるひなた…。
そんな一つ一つで、乃愛はひなたに惚れていった。

ひなたの顔を見ると、乃愛はずるい気持ちは消えていた。今は、真っ直ぐに気持ちを伝えよう。
「あのね、ヒナタちゃん。アタシにとっての一番は、ヒナタちゃんだよ。もちろん、ハナちゃんやミャーさん、コヨリちゃんやカノンちゃんも好きだけど、やっぱりアタシはヒナタちゃんが好き」
「ノア…」
「アタシは、ミャーさんにはなれないけれど、ヒナタちゃんにとって特別な存在でありたいの」
思いの丈を伝えてから、みるみるうちに赤くなっていく乃愛。ひなたの顔を今は真っ直ぐには見れない。
「ごめんね、ヒナタちゃん。急にこんなこと言われても困るよね、忘れて」
そう乃愛は慌てて言う。しかし、ひなたは
「うーん、なんか難しいけど、わたしはノアのこと好きだぞ。特別な存在かあ。じゃあこういうのはどうだ?」
そう言って、ひなたは乃愛のことを、そっと抱きしめる。乃愛の心拍数が上がる。
「なあノア、今わたしがドキドキしてるの、聴こえるか?」
乃愛が耳を澄ませると、聞こえてくる。ひなたの鼓動。
「ヒナタちゃん,アタシもドキドキだよ」
「そうか,ノア。お互いドキドキだな!これでわたしたち、特別だ!」
「もう!ヒナタちゃん、そういうとこだよ!」
「ん?どういうとこだ?」
「んもう!」
とかなんとか言いながらも、乃愛は嬉しかった。ひなたにとって自分が特別な存在になったこと。
「ヒナタちゃん、このことは、アタシたちだけの内緒だよ」
「おう、もちろんだ!」
そう言って、いつも通りのひなたに戻る。

そのとき、玄関で物音がした。
「みゃー姉が帰ってきた!みゃー姉!!!!」
そう叫んでひなたは玄関へ駆けて行った」
「あ、行っちゃった」
そんなひなたを見て、乃愛の中に、妙な安心感が生まれていた。
(ミャーさんはミャーさんで、アタシはアタシ。アタシも、ヒナタちゃんにとって、ミャーさんとは違う特別なんだ)
そう思いながら、乃愛も玄関の方へ向かって行った。
「ミャーさん、おかえり!」