ココ千夜

Last-modified: 2025-02-27 (木) 00:10:33

side 千夜

梅雨の雨というのは,あまり歓迎かんげいされないモノよね。

湿気で服も蒸むれるし,とつぜん雨に降られるとずぶ濡れになっちゃうし。
雨のせいでいろんなところにカビも生えちゃうし、気分もなんだか落ち込んで,心にもカビが生えちゃいそうだもの。

『はぁぁ…雨だと,くせ毛がさらにひどくなるのよね……』

なんて,シャロちゃんが愚痴ぐちをつぶやいてたのを聴いたこともあるわ。

だから,私も雨は好きになれないんだろうな……って,あのときまではそう思ってた

6月某日──

「やまないわね…」

窓の外を見れば,ざーざーと降り注ぐ雨。
1時限目からお昼休みまで,ずーっと降り続いている。

「これじゃ,洗濯モノも乾かわかなそう……」

ただでさえ,とつぜんの雨とかで洗濯モノが増える時期なのに,乾かわかしてもくれないなんて,お天道てんとさまもいじわるよね。

「千夜ちゃ~ん、お昼食べよ?」

「あら,ココアちゃん。ココアちゃんは雨でも元気ね」

「そうかなー?」

そう言って,フシギそうに首をかしげている。

きっと、ココアちゃんは太陽と同じなのよ。
こんな雨の中でも、みんなに元気をくれる存在なんだから。

「でも,今日もベンチは使えなさそうね」

「ね,昨日も雨だったし。でもさ,たまには教室で食べるのもありじゃない?」

「……そうね」

ほんとうは,ココアちゃんといっしょに,ベンチでお昼ごはんを食べる時間が大好きだったから,あんまり共感は出来ないわ。
でも,そんなことを言ったら,ココアちゃんに笑われちゃうかしら?

……雨なんて,すぐにやんじゃえばいいのに。

下校時間──

「なんとか,雨やんだね~」

「ええ、おかげでゆっくり帰れるわね」

この帰り道も、ココアちゃんとの大切な時間。
雨に降られると、帰りが駆かけ足になっちゃうから、すぐにおうちに着いちゃう。
そんなのは、おもしろくないもの。

「……千夜ちゃんってさ、雨ってキラい?」

「え? どうして?」

「だって、雨が降ってると、なんだか不満そうなんだもん」

「まあ,うっとうしいとは思っちゃうわ。気圧の変化で、頭が痛くなるときもあるしね」

なにより、みんなとの時間が奪うばわれるのがイヤなの。
いっしょにいるときに雨が降って、たまたま雨をしのげる方法があるのなら、いっしょにいれる時間は増えるかもしれないけれど……そんな偶然ぐうぜん、めったに起きないもの。

「そっかー」

「そういうココアちゃんはどうなの?」

「わたし? わたしはね──」

ポツポツ……

「「え?」」

肝心かんじんなときに、また降り出そうとする雨。

「これ,強くなりそう…。ここから走ったら,確実に濡れちゃうよね……」

「……じゃあ,公園で雨宿りしましょう。あそこには屋根つきの休憩所もあるし,ここからなら近いわ」

「ないすアイデア!さっそく行こう!」

「ええ」

ほら、ジャマされた。
……雨って、ほんとうにキラいだわ。

「ふぅ,危なかった…」

「ぜえ、ぜえ……」

なんとか、休憩所についたわたしたち。
急ぐココアちゃんについていくだけで精いっぱいよ…。

「千夜ちゃん,大丈夫?」

「ええ…なんとか……」

走ることになったのも、もともとは雨のせい。
やっぱり、雨はキラい。

ザーザー

わたしたちが休憩所に着いてしばらくすると、本降りになってきた。

「すぐには帰れなさそう…。 チノちゃんに連絡しなきゃ」

「わ、わたしも」

おばあちゃん、心配してるかしら?
とりあえず、家の固定電話にかけておこう。

2人とも連絡を済ませることが出来た。
そのあいだに、雨はまた少し強くなっている。

「雨、やまないね…」

「ええ…ほんとう……」

休憩所の屋根にも、容赦ようしゃなく雨は打たれていく。
わたしたちを濡らそうとしているのか、なんて思えてくる。

「なんだか、こういうのもたまにはいいね」

「どうして? 外はスゴい雨なのに…」

「だってさ、千夜ちゃんともっといっしょにいれるじゃん。 走って帰ってたら、こんなことにはならなかったよ?」

「そ、そうだけど……」

いっしょにいれるのはうれしいけれど…雨が降っていると、なんだか楽しくない。
やっぱり、朗ほがらかな太陽に照らされた中で、いっしょに過ごすほうがいいと思う。

「そういえば、さっきは応えられなかったけど…。 わたしね、雨は好きだよ」

「そうなんだ」

「うん。 雨が奏でる音が好きなんだ。 それに雨が降り始めたときの匂いも…"ペトリコール"って言うんだっけ? その匂いも独特どくとくでおもしろくって」

「……」

「みんなね、雨はキラいって言うけど、わたしは好き。 雨の音も雨の香りも,わたしを落ち着かせてくれて…それに心地いいの。みんなから雨はキラわれてるからさ、わたしくらいは好きでいてあげたいの」

「……ココアちゃんらしいわ」

雨ですら、あなたは愛してくれている。
まるで太陽のように、みんなを平等に照らしてくれている。
……ううん、雨のときには隠れちゃう太陽よりも、ココアちゃんは優しいのかもしれないわね。

「そうかな? えへへ、うれしいなぁ」

そう言うと、ココアちゃんは雨の中に駆かけていって……、

「ほら、千夜ちゃんもおいで! 雨に打たれてると、ちょっぴり気持ちいいよ! 明日は土曜日だから、制服が濡れても大丈夫!」

さっきよりも弱まった雨の中で、わたしにそう告げる。

「……ええ!」

わたしも思い切って、雨の中に飛び込んだ。
ココアちゃんのおはなしを聴いて、わたしも雨に寄り添ってあげたいと思ったの。

「ふふ、ちょっぴり気持ちいいでしょ?」

「……ふふ、ほんとうにちょっぴりだけね」

「あはは、そうだね♪」

雨の中はフシギな感じ。
冷たい雨に打たれてるのに、なぜだか少しあたたかい。

これはココアちゃんのおかげかしら?
それとも、雨のおかげかしら?
……きっと、どっちのおかげでもあるのよね。

「わたしね、いろんなヒトをもっと明るい性格にしてあげられるのが、わたしの才能だと思ってるの。 だったら、雨だって明るい天気に変えられるかも、って思ってさ……!」

ココアちゃんは、やっぱりスゴいわ…。

「それでふと、雨の中に飛び込んでみたら、こんなに楽しかったの! ふふ、雨でも明るい天気に変えられるわたし、スゴいでしょ!?」

「ええ♪ ほんと、ココアちゃんはスゴいわ♪ みんなに誇ほこってもいいくらいに♪」

どんなモノでも明るく出来るなんて、すばらしい才能だわ♪
わたしだって、雨はキラいだったのに、今ではもう大好きになっちゃったんだもの♪

「えっへへ、もっとほめて~!」

「ココアちゃん、天才!!」

「もっともっと~♪♪」

「ココアちゃん、最高!!」

降り続ける雨の中、わたしたちはそんなことを言い合って、笑い合っていた。
雨の中で笑うココアちゃんは、ホンモノの太陽みたいだった。

30分後──

「はあ~、はしゃぎすぎちゃったね♪」

「ええ。 おかげでびしょびしょだわ♪」

髪の毛も制服も、濡れに濡れている。
雨に濡れていないのは、わたしたちのカバンだけ。

それでも、イヤじゃなかった。
雨にたくさん打たれて、気持ちも晴れやかになった気がする。

「どう、千夜ちゃん? 雨、好きになった?」

「ふふ、雨っていいモノってわかっちゃったもの。 今ではもう、大好きな天気よ♪」

「そっか! ふふ、梅雨もいいモノだよね!」

「ええ♪」

いっしょに雨に打たれて、もっと仲よくなれた気もするし。
今日の雨は、最高の時間だったわ!

「たとえ雨でも、その楽しさを知っていれば、心の中は晴れのままだからね。 それなら、もっと雨が好きになるヒトが増えたらいいなって思うんだ」

「ふふ、その雨や梅雨に対するココアちゃんの誇ほこり……まさに"ジューンプライド"ね♪」

「なにそれカッコいい!」

「ふふ、そうかしら?」

「うんうん、最高の名前だよ! わたしは雨の楽しさを知り尽くした者……言うなれば、"ジューンプライド"マスターだね!」

「それじゃあ、わたしは"ジューンプライド"見習いね♪」

「いいね、それ! 千夜ちゃんもマスターになれるようにがんばろう!!」

「ええ♪」

そんなことを言っていれば、次第に雨はやんでいく。
……雨に名残なごり惜しさを感じるなんて、初めての経験だわ。

「雨、やんじゃったね」

「ええ。 ちょっとさびしいかも…」

「……でも、大丈夫みたいだよ! ほら!」

「え? ……!!」

ココアちゃんが指を差すほうを見れば、雲と雲のあいだにキレイな虹がかかっている。
そして、虹のフィルターに通された陽光ひかりが雲のあいだから流れ落ち、石だたみを明るく照らしていた。

「スゴい…」

「……ね? 大丈夫だったでしょ? 雨はね、終わったあとでも楽しみをくれるんだ。 あそこの水たまりだって、日光を反射して、あんなにも輝いてるでしょ?」

「ほんとだ……」

太陽に照らされて、水たまりはキラキラと光っている。
雨が用意したステージを、太陽はこんなにも活かしている。
水たまりの輝きは、今までは太陽だけのおかげだと思っていたけれど……ほんとうは雨が大切なんだって、わたしは気づけていなかった。

「まさに"恵みの雨"だよね。 だけど、雨はすぐ終わっちゃうし、雨が残したモノもいつか消えていっちゃう。 だからこそ、雨の忘れ形見がたみは、最後まで大切にしてあげないとね」

「ええ…」

あの水たまりも上にかかる虹も、いつかは消えてなくなってしまう。
雨が最期に残した、世にも美しく儚はかない景色。
朗ほがらかな太陽だけじゃ、決して見えなかったモノ。

「……さて、帰ろっか!」

「そうね♪」

雨が残していった雲と、少しかたむき始めた太陽を背にして、わたしたちは虹のアーチをくぐっていく。
雨が用意したステージを、わたしたちは歩いていく。
それを出来ることが……どれほど大切ですばらしいことなのかを知れて、ほんとうによかった。

きっと、雨が好きなヒトは少ない。
雨をうっとうしいと思うヒトがほとんどだろう。
だけど、雨の中だって、晴れに負けないくらい美しい。
いつだって、どこにだって降るワケではないからこそ、大切にしていきたいと思う。

それこそが、儚はかなく散る雨に対する、最大の敬意だと思うから──

7月某日──

「梅雨、終わっちゃったわね」

「ええ。 これでうっとうしい雨ともおさらばね」

そうして、梅雨に対してイヤ味を言うシャロちゃん。

ほんとの雨を知っちゃった今だと、少し悲しく感じる。
まあでも、これがふつうの反応なのよね。

「でも、これからは暑い夏よ?」

「そうよね…。 はぁ、エアコンがほしい……」

「ふふ、シャロちゃんってば、梅雨だけじゃなく、夏も冬もニガテよね♪」

「夏は暑いし、冬は寒いし…とうぜんよ」

シャロちゃんってば、わがままね~。

「おーい! 千夜ちゃん、シャロちゃん!!」

「あっ、ココアちゃん!」

梅雨が終わっても、ココアちゃんは元気ね♪

「あんたはいいわね。 1年中、元気そうで」

「そういうシャロちゃんはたいへんそうだね?」

「まあね。 で、なにしに来たの?」

「ふふ、じゃじゃーん!」

そう言って、ココアちゃんが見せてきたのは、なにかのチケット。

「これ、なにかしら?」

「ふふん、新しいかき氷屋さんが出来たらしいんだけど、そこの無料チケットなの! 開店セールらしくて、3枚もらったからさ、いっしょに行かない?」

「へえ…タダでかき氷……」

「シャロちゃん、"タダ"に弱いわよね~♪」

「う、うるさいわね…」

ふふ、おもしろ~い♪

「梅雨が終わって、ちょっぴり落ち込んでたんだけど、これもらったから、少し元気出たんだ!」

「梅雨が終わったら、うれしくなるモノじゃない?」

「シャロちゃんはまだまだね♪」

「え、あんたもなの? ……2人とも、ほんとうにへんな娘こよね」

「それってほめ言葉?」

ほほえんでるし、きっとほめ言葉ね♪

「違うわよっ! ……まあでも、チケットはありがたくもらっておくわ。 あとでいっしょに行きましょうか♪」

「うん!」

「楽しみね~♪」

梅雨は終わってしまったけれど、落ち込んでばかりじゃいられない。
ココアちゃんみたいに、わたしも切り替えていかなくちゃ!

そうすれば、夏が来て、秋が訪れて、冬が過ぎて、春を迎むかえて……そして、また梅雨と会えるから。

「ねえ、ココアちゃん」

「ん、なあに?」

「来年の梅雨も、いっぱいはしゃぎましょ?」

「……!! うん、もちろんっ!!」

-おわり-