京結

Last-modified: 2024-04-20 (土) 00:55:15

冬の朝の部屋は寒い。
ヒンヤリとした空気を感じて,私はこの前新しく買った厚い毛布を被り直す。
今日は学校のある日だが、どうにも起きる気がしなかった。部屋の空気でなんとなく外の温度がどれぐらいか、わかった気がしたから。
だが,今起きなきゃいけない理由がある。
隣で寝てるあいつのために,朝ご飯を作らなくちゃいけないからな。
一人暮らしをしている身として朝ごはんというのは、起きて最初にやる家事であり、毎日作るのは大変だ。特に寒い冬はね。
それに、朝ごはんを作り始めれば、その音と私が作るご飯の匂いに誘われ,いつもあいつはのそのそと起きてきては私に寝ぼけて抱きつくのだ。全く困ったやつだよ。

そんなモノローグを心の中で繰り広げていると、だんだんぼんやりしていた意識が覚醒してきた。まだ眠いから目は開けてないけど。
だが、覚醒してきたと同時に,ふと違和感を覚える。

…あれ?なんだろう。お味噌の匂いがする。

まだ私は朝ごはんを作ってないのだが…?まさか隣の部屋の人からじゃ…いや,隣には誰も住んでないし…

「んぅ…この匂い,どこから…?」

その匂いを探るために、私は重たい瞼を上げた。
すると、目の前にはクシャッと雑に放置してある布団があり、そこで寝ているはずのあいつがどこにもいなかった。

「あれ…京子…?」
「~♪」
「?」

あいつの名前をポツリと呟くと、ふとどこからが楽しげな鼻歌が聞こえた。
その歌声は、明らかにあいつだと分かる。
やがて、足音が聞こえ、どうやらこちらに近づいているようだった。

「あれ?結衣起きた?」

声が聞こえた方に顔を向けば,そこには私のエプロンを着ているあいつ…京子がいた。

「おはよう~結衣っ」
「…おはよう」

京子は,私の幼なじみであり,一応親友だと思っている。
で、この京子と言う奴は、私が一人暮らしをしていることをいい事に、かなりの頻度で泊まりに来るのだ。
その度に、先程言ったように京子のために朝ごはんを作っていたのである。
そういえば、京子の手に持っているものからさっき感じたお味噌の匂いがするような…

「もう朝ごはんできてるよ?」
「…そう」

あ、なるほど。
その手に持ってるお椀には恐らく朝ごはんのお味噌汁が入っていると。
なるほどなるほど朝ごは…ん?

「…えっ!?朝ごはん!?」

たぶん、今日一番であろうでかい声が出てしまった。

♦♢♦♢♦
「うぉっ!?びっくりした…」と京子は私のでかい声に驚いたのか、一歩飛ぶように後ずさった。

「お、お前が…朝ごはんを…作ったってこと…!?」
「お、いい感じに驚いてるね…その通り…」

京子はお味噌汁を机に置き、くるっと回転しながら両手を広げてポーズを取った。

「今日は私が朝ごはんを作りましたーーー!!!」

京子はドヤっとした顔で自慢げに言った。
じゃじゃーん!!と効果音が聞こえてきそう。

「いやぁ~…なんだか早起きしちゃってな~…結衣はまだ起きなさそうだったし、暇だったからたまには~と思って」
「へ、へぇ…」

京子は頭の後ろを掻きながら、ちょっと照れくさそうに言った。私が驚いたことが嬉しかったみたい。

にしても…そうか…
起きなかった私の代わりに…早起きした京子が…って事なのかな。
そう思うと、少しチクリと罪悪感が生まれた。
京子は友達とはいえ、一応泊まりに来たお客さんでもあって。
なんというか…そんなお客さんに…手間を取らせてしまった気がした。

「あー…その…なんかごめん」
「えっ…!?なんで結衣が謝るの?」
「だ、だってさ…一応京子はこの家に泊まりに来たお客さんなわけだし…」

そう言うと、京子はムッとした顔になって言った。

「なーに言ってんの!!私はお客さんじゃなくて結衣の友達だよ!!泊まりに来た親友!!」
「あ…」
「それに、私もうここに住んでるようなもんだしさ☆」

そう言って京子はバチッとウィンクした。
た、確かにこの部屋には実は京子の私物が沢山あるのだ。
洋服に、パジャマに、なんなら下着まで…
それに本やゲーム、小物とかも。京子が自分の家から持ってきてくれた物がこの部屋にはある(というか、自分の部屋に入りきれないから持ってきたってのもあるが)

だから、なんか否定はできない…傍から見ればもう同居してるようにしか見えなさそうで…

「それにさ、いつも泊まらせてもらってるからこそ、たまには私が作らなきゃ…」

「いつも美味しいご飯を作ってくれる結衣へのお礼なのだよ!!」
「っ!!」

ニコッと笑う京子の笑顔と、その言葉に。
なんだか胸がほんわかと、暖かくなって。
この部屋の寒い空気を緩和するような、そんな力があるような。
とにかく、京子の感謝の気持ちがわかって。すごく、嬉しかった。
自然と、自分の頬が緩む感覚がする。

「京子…ありがと…」
「にひひっ…!さぁ、遅刻しちゃあれだし、早く食べて食べて!!」
「う、うん…ってちょ、引っ張るなっ!!」

京子にグイッと腕を掴まれ、そのまま布団の外へと引っ張られた。
せめて自分のペースで行きたいから!!寒いんだよ!!と怒鳴っても、京子は無邪気に笑っていた。

♦♢♦♢♦
「ま、まさかの和食…!?」

本日二度目のびっくり。
テーブルの上に置いてある京子の作った朝ごはん。
白米に鮭、卵焼きにそしてさっきのお味噌汁…
完全なる和食という、意外なラインナップだった。

「どうよ!名付けて京子ちゃんの愛の和定食!!」
「お、おう…」

なんというか、普通にトーストでも焼いているのかなと思っていたから…
ちょっと本格的で…びっくりした。
しかも、朝に炊けるよう予約しといた白米はともかく。
昨日の残り物とかでもない。全部京子が手作りしたものだった。
唖然とした私を見て、京子はニヤニヤと笑っている。

「さてはびっくりしてるな?」
「ま、まぁ…」
「ま~結衣がいつもやっていることを見よう見まねで真似してみただけだから、味の保証は出来ないんだけどね~」

京子は意外と頭がいいし、覚えるのは早い方で。さらに手先は器用だ。もはや天才児。
見よう見まねで作ったとはいえ、見た目はもう完璧。

「さ!食べよ食べよ!」
「そ、そうだな」
「「いただきます!」」

いざ、実食。ということで。
京子はまだ食べすに、私の反応をじっと待っているようだった。そう見られると少し食べるのが恥ずかしいんだけどね…
白米の上に鮭を乗せ食べ、次に卵焼き、そしてお味噌と順番に味わう。
うん…うん…

「…美味しい…美味しいよ京子っ」
「…!!ほ、ほんと!!」
「あぁ。頑張って作ったのが伝わるよ」
「やったーー!!」

京子は上に手を挙げ喜びを表した。そのまま椅子ごと後ろに倒れそうになったが、何とか持ちこたえ、その照れ隠しなのかバクバクとご飯に食らいついた。
その光景が微笑ましくて、クスッと笑ってしまう。

味噌はちょっと入れすぎだけど、お味噌の具材も綺麗に切れてて、卵焼きは形も味も悪くない。いつも私が作るだし醤油の味だった。

「今回は星満点だな」
「えへへっ!前のうどんの時は惜しかったからなぁ…」
「ま、私への感謝が見れたからねぇ…これは満点付けるしかないでしょ」
「うっ…満点の理由そこかよ!!」

でも美味しいのは事実なわけで。
私たちはしばらく、この食卓を楽しんだのであった。

「あれ?結衣、変な寝癖ついてる?」
「えっ、嘘」
「ほら、ここビョンビョンしてる」

ふと京子の手が伸び、寝癖であろう髪に触れる。耳の後ろ辺りだろうか。ビョンビョンってなに。
少しくすぐったくて、ビクッと肩が上がってしまった。

「しょうがない…私が治してやろう!」
「ふふ、じゃあ…お願いしようかな」
「任せて!この寝癖治しのプロに任せなさい!!」
「え、お前いつも寝癖なおさないで外出るじゃん」
「…てへっ☆」

おいおい大丈夫かよ…と私は呆れて見せた。
京子のこと、一瞬お母さんみたいだなぁ…なんて思ってたけど、こういうとこはまだまだかもなぁ…なんて。
でも、いつもは私が京子の保護者みたいな感じになっちゃってるけど。
たまには京子が私の保護者になってもいいんじゃないだろうか。

「ねぇ京子」
「ん?」
「今日は私のお世話、よろしくね?」
「え、えぇ!?丸一日!?で、でも…この京子ちゃんに任せろ!!」
「ふふっ」

京子がやってるみたいにちょっと悪戯っぽくお願いすると、京子は変な汗をかきながらも力持ちポーズをした。

最後に味噌汁を飲み干して、私はホッと息を吐いた。

2

♦♢♦♢♦
朝起きた時に、最初に目に飛び込んできたのは、あなたの寝顔だった。
まだ寝てるってことは…今何時だ?
そう思い近くにあったスマホを起動させると、もう六時半。
いつもならあなたは起きている時間だ。なのに、まだ寝ている。
今日は寝坊助さんかな~?まぁ今日は寒いし、仕方ないか…
と、声には出さず心に思って。

…そういえば、昨日は私の終わってない課題、夜遅くまで手伝ってくれたんだよね。
しょうがないなぁ…って協力してくれたけど…もしかして、無理させてたのかな…

可愛い寝顔を浮かべるあなたの頭をそっと撫でる。
よくよく思えば、あなたはいつも早い時間に起きては、私のために朝ごはんを作ってくれる。
私なら、アニメのイベントとかがない限りはこんな早起きできない。
いつもダラダラと二度寝をかましてしまう。

そう考えると…この子はすごいんだなぁ…って。
このあと学校もあるっていうのに、よく居眠りもしないで授業を受けられるなぁ…私だったらこのあと多分寝るかもしれないし。
頭から肩、背中へと、あなたを撫でる手を止めない。

私は、いつもあなたにあれこれ甘えてばっかで…そういう所は何も、成長してないような気がする。

なにか…私にも出来ることはあるのだろうか。
ふと、そんな考えが浮かんだ瞬間。
私は撫でるのを止め、寒い空気に怖気ながらも布団から出て、ん~!と伸びをした。

「よしっ!!」

今、私に出来ること。
それは、これから起きる彼女に、少しでもありがとうのおもてなしをすることだと。
私は、そう悟ったのだ。

そのおもてなしの方法は…

「…えっ!?朝ごはん!?」

そう!京子ちゃん特製の、朝ごはんです!!
真心込めて作ったそれを、あなたは驚いた顔でじーっと見ていた。その黄色い瞳は、少しキラキラしている気がして。なんだか恥ずかしくも、嬉しかった。

正直、見た目はともかく味には自信がなかったから不安だったけど、その朝ごはんをあなたは美味しいと言いながらもぐもぐと舌鼓を鳴らしていた。
その姿を見て、私はさらに嬉しくなった。もうさっきから頬が緩みっぱなしだ。あなたがいつも作っている姿を思い出しながら、頑張って作った甲斐があった。

ふいに、あなたの耳の後ろあたりの髪の毛が少しビョンビョンと跳ねていることに気づいて。
寝癖なんてかわゆいなぁ…♪と思いながら、その事を教えてあげた。ついでに、私がその寝癖を治してあげる!と言うと、あなたは「じゃあお願いしようかな」とクスッと笑った。

もうすぐご飯が食べ終わるというところで、あなたは私にこんなことを言ってきた。

「今日は私のお世話、よろしくね?」
「っ!!」

そう言ったあなた…結衣の表情は。
今まで見た事なくて。
両手で頬杖をついて、小悪魔な上目遣いで。
いたずらっぽく、でもふんわりと笑っていて。
私を頼りにしてくれて、こんな顔を見せてくれたことが、嬉しくて。

任せて。って、私は笑った。
結衣から私が求められている事実を、歓喜のピンクに染る心に噛み締めて。

なんだかこうしてると、夫婦みたいだなって思った。
朝ごはんを作って、一緒に食べて。
あーでも、いつも泊まっている時はこんな感じだった。
結衣が朝ごはんを作って、一緒に食べる。
うん。夫婦みたい。

約束したとおり、結衣の寝癖を治してあげて。
ついでに、いつもやらないようなヘアアレンジをした。
寝癖があった部分に編み込みをして可愛い水色のリボンのピンで止めた。
結衣は恥ずかしがってたけど、いつもよりも女の子らしくてとても可愛くて。

「えへへ、結衣~♪」
「もう、なんだよ」

そんな結衣をこの腕に抱きとめたくて。座っている結衣に後ろから抱きついて。結衣の体温を感じて。

もしほんとに同居したら、こんな幸せな朝を毎日迎えることが出来るんだ。なんて思って。
いつかそんな日が来たら、私も、今日みたいに結衣を支えていきたい。
でも、結衣にもやっぱり甘えたいな。だって、結衣が私のためにあれこれしてくれるのが、その気持ちが大好きなんだもん。だから、ずっと、ずーっと。甘えたい時は甘えていたい。

「夜ご飯も私が作ろうか?」
「じゃあ京子のオムライスが食べてみたい」
「ふふ、結衣よりも美味しいの作ってやるよ!!」
「お?言ったな?楽しみにしてるよ」

今日は私が、結衣が今まで私にしてきたことを結衣にしてあげる番だ。
なにをしようかなぁ、なんて考えて、今日この後の未来を私は想像したのであった。

結衣、たまには私が結衣へ恩返しをするから。
甘えて,頼ってよね?