本当の夜の闇とは、こんなものなのだろう。
星の光以外にはただ闇だけが支配する世界。
今のアイビスには手の温かさだけが頼りだった。
「フェルナンド、いるよね?」
「当たり前だ。誰の手を握っている?」
「そりゃもちろんフェルナンドのだけど……でも、こんなに暗いと、不安になるよ」
行くぞ。とフェルナンドが言い出した時、アイビスはお店がどこかだと思っていた。
時刻は夕刻を過ぎた頃。
夜の帳が訪れ始めた時刻だった。
おいしいケーキ屋さんか、お菓子屋さん。ファミレスやカフェ、ともかく二人の間に共通する『甘くて美味しいもの』がある場所へ連れてってくれるのかと。
だがフェルナンドがアイビスを導いた先には、何故かビレフォール。
自身はビレフォールの中へ、そしてアイビスはビレフォールの手の中へ。
そして彼女は空を飛んだ。
連れてこられたのは、東京から遠く離れたどこかの山間部。
辺りはすっかり暗くなっていた。星明かり以外頼ることの出来ない、漆黒の闇。
フェルナンドはビレフォールの手の中で少しぐったりとしているアイビスの元にやってくると、彼女の手をしっかり握った。
こうしないと、互いがどこにいるのか解らなくなるだろ?
どこか照れくさそうに言いながら。
二人はビレフォールの手の中に座り込んでいた。
空には満天の星空が。
そして、
「あ、天の川だ」
思わずアイビスが呟く。
確かにそこには無数の星星が、まるで流れ出でる川のように夜の空を横切っている。
「……綺麗」
「ああ」
「これを見せるために?」
「この間の七夕に、残念がっていたから。……お前と一緒に、見たかった」
「天の川を?」
「そうだ」
胸がくすぐったくなる。
彼の言葉に何かしらの意図があるわけじゃないことは知っている。彼は本当に自分とこの天の川を見たいがために自分をここに連れ出してくれたのだ。
でもそれだけで充分だった。
一緒に見たいと願った相手が自分である。ただ、それだけの事実だけでも。
「でも、こんな場所、よく知ってたね」
「ツグミが教えてくれた。こういった人工の明かりの無い、そして高い場所ではよく星が見えると」
「そうだったんだ」
そこで二人の言葉が途切れた。
ただ、目の前に広がる世界に圧倒された。
本当に綺麗だ。
砂粒のような星たち。
あの壮大な銀河を。
いつか、飛んでいけるだろうか?
自分と、ツグミと、そして、スレイと共に。
それが夢。
いつか星の海を飛ぶ。
でも。
でもね。
この強く握る大きな手の温かさも、欲しいと思った。
出来ることなら、いつまでも。
……って、欲張りだよね。
「?どうした、何がおかしい?」
クスクス、と笑う声が聞こえたフェルナンドが怪訝そうに訊ねてきた。
「ううん、何でもない。ただね、ありがとう、って」
「?」
「ありがとうフェルナンド。こんな素敵な場所に連れてきてくれて。……すごく、嬉しかった」
「……お前が喜んでくれたなら、俺も嬉しい」
暗闇の中。
隣にいるだろう彼は。
たぶん、笑った。
アイビスがもしその笑顔を見たら。
きっと、顔を真っ赤にしていただろう。
でもそれも、この深い夜の闇の中に覆い隠されてしまった。
唯一の証人は、空の銀河の光だけ。
それらは何も言わずただ、瞬いていた。