GrB-39

Last-modified: 2025-10-20 (月) 09:43:09

概要

PzB-39を再利用した兵器。
IMG_5007.jpeg
↑GrB-39。1944年イタリアにて。

諸元

制式名称GranateBüchse-39
開発元グストロフ
口径-
重量10.44kg
装弾数1発
全長1230mm

解説

1941年の独ソ戦開始により、ドイツ軍はソ連のT-34やKV-1重戦車に対してPzB-39対戦車ライフルが完全に無力であることを痛感した。7.92×94mm弾による装甲貫通力では、これらの重装甲車両に対抗することは不可能であった。戦車の急速な進歩に威力が追いつかなかった各国の対戦車ライフルは、その大口径を活かして長距離狙撃や陣地攻撃に転用されるのが一般的であったが、PzB-39は弾頭直径が7.92mmと小さく、榴弾を用いた陣地攻撃にも適さなかった。このため前線から引き揚げられたPzB-39の活用方法として、小銃擲弾発射装置への改造が決定された。1943年から1944年にかけて、GrB-39への改造が実施され、28,023挺が製作された。この改造により、対戦車ライフルとしての役割を終えた大量のPzB-39が、歩兵支援火器として再利用されることとなった。
GrB-39はPzB-39の銃身部を切り詰め、照星と照門を廃して、機関部および銃身根元部分の側面に擲弾射撃用の照準器を新たに追加した改造型である。銃口部には「シースベッヒャー」と呼ばれる装弾部が装着され、ここに小銃擲弾を装着して発射する仕組みであった。発射には空砲を使用し、空砲の発射ガス圧によって擲弾を投射した。照星部分が擲弾用の照尺に変更され、照準器の位置が変更されたことで照準方法が従来と異なっていたが、空砲装填と擲弾装着以外の操作手順はPzB-39と同様であった。垂直落下式ボルトという独特な機構もそのまま保持されており、ボルトハンドルを右に回転させて解放するとボルト全体が下方に落下する方式は変わらなかった。小銃から発射する小銃擲弾と比較して、GrB-39は銃身が長く反動も大きいため、より長い射程距離を得ることができた。これにより歩兵分隊レベルで運用可能な間接火力支援兵器として機能することが期待された。
GrB-39は1943年から前線部隊への配備が開始されたが、多数が製造されたにもかかわらず、前線部隊での実際の使用数は多くなかった。これにはいくつかの理由があった。第一に、本銃は重量があり取り回しが悪く、通常の小銃擲弾発射器と比較して運用上の利点が限定的であった。第二に、射程延長という利点はあったものの、擲弾自体の威力は通常の小銃擲弾と変わらず、迫撃砲などの既存の支援火器と比較して決定的な優位性がなかった。1944年のイタリア戦線では、ドイツ軍兵士がGrB-39を装備している写真が撮影されており、一部の部隊では実戦使用されていたことが確認されている。東部戦線でも限定的ながら使用記録が残されている。しかしながら、部隊からの評価は芳しくなく、訓練用や後方警備部隊への配備に留まる傾向が強かった。1944年10月、ドイツ参謀本部は対戦車銃の前線運用を中止する決定を下し、同年11月15日をもって全てを予備兵器とすることを指令した。これによりドイツ国防軍における対戦車銃の運用は公式には終了し、GrB-39もまたこの決定に含まれた。戦争末期には、武器不足から一部が民兵組織に配備されたが、組織的な運用は行われなかった。

アタッチメント

なし。

ギャラリー

なし。

コメント