『報復』

Last-modified: 2021-09-08 (水) 16:03:39
967 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2007/03/07(水) 21:09:20 [ fFpRHvik ]
タイトル 『報復』
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しくじった。たたが、しぃ族1匹だと思って侮っていた。
不覚にも罠にかけられて気を失い、目が醒めたらこのザマだ。
腕ごと胴体に幾重にも巻きつけられたロープの先は太い鉄の棒に繋がれている。
履いていた靴も取り上げらて裸足にされているのだが
この陽気で床面が熱されているのか足裏が熱い。

「イイザマネ。ギコクンノ、カタキヨ」
カッコカッコと妙な靴音を響かせながら、背後から女の声がした。
おそらく俺を陥れた、しぃだろう。

「ちっ。俺をどうするつもりだ」
「マターリヲ、オシエテアゲル」

毒を含んだような、ねっとりした甘さで囁きながら、
浮かれた足取りで俺の前へと回り込んできたのは、やはり、しぃだ。
蹴りが届きそうで届かない微妙な位置で立ち止まるところが憎たらしい。

何気なく足元を見ると、しぃは底の厚い木靴を履いていた。
変な足音は、この靴のせいらしい。

……なんだ? 下に視線を向けたことで床がおかしいことに気づいた。
なぜか床面の空気が揺れている。陽炎のように。気のせいか?
違う。気のせいじゃない。熱気が足裏を、じりじりと灼きはじめた。

「アハハッ。モララーノ、テッパンヤキ、ダヨ」
ステージ状の台は鉄板だ。
俺は巨大な鉄板の上に裸足で立たされていたんだ。
しぃは俺の真似のつもりなのかニヤニヤ笑いを浮かべた。

熱い。床は我慢が出来ないほど急速に温度を上げていく。
たまらず逃げ出そうとしたが、鉄の棒に繋がれているせいで
限られた範囲内でしか走れない。そして、その範囲全体は熱の床だ。

「熱いっ熱いぞっ。助けろ、助けてくれ!」
逃げ場所がない。なんとかして足裏を救おうとして、棒に向かって走る。
棒に足を絡めて床底から足裏を浮かそうと思ったからだ。
しかし、足を大きく開いて棒を挟み込むと、じゅっと太腿が焼けた。

「ぎゃあああっ!!」
慌てて棒から足を離す。この鉄の棒にも熱が通されていたのか。

「ダッコ、シテホシイ? ネエ、ダッコシテホシイデショ」
小馬鹿にした表情で、しぃが俺に誘いをかけてくる。

「誰が、そんなことを……熱いっ熱っ熱っ!!」
拒否の言葉は悲鳴に掻き消された。
肉球が焼け焦げる臭いと煙が目に沁みて、俺から正常な判断力を奪う。
足裏からは血混じりの脂と分泌液が。目からは透明な雫が流れ落ちた。

「ダッコデ、マターリ。ミンナ、ナカヨク、ハニャニャニャーン」
俺が熱さのあまり足踏みしているのを真似るようにして、しぃが踊り歌う。

厚底の木靴を履いているから、熱床の影響を受けていないようだ。
チラチラ俺の顔を盗み見ては面白そうに口端を緩ませているのが腹立たしい。

しぃ族に、この俺が忌むべき『抱っこ』をねだるなんて末代までの恥だが
ここで死んだら総てが終わってしまう。
とりあえず、抱かせてやれば熱床からは逃れることが出来る。

「畜生っ畜生め。分かったよ、分かった。抱っこ、してくれ」
葛藤の末、俺は情けない声を上げた。
こんな屈辱は生れて初めてだぞ。
畜生。畜生。憶えてやがれ。殺してやる。

絶対に殺してやるからな!

「ナァニィ? シィチャン、キコエナーイ」
この俺が、ここまで言ったというのに。どこまでも忌々しい女だ。
耳に手を当てる馬鹿げたポーズをとり、間延びした声で問いかけてくる。

「抱っこしてくれ!」
ヤケクソで怒鳴ると、たまりかねたようにケラケラと笑われた。

「バッカジャナイノ。アンタナンカ、ダッコスルカチ、ナイデショ」
ど畜生めが。
しぃ族なんか信用した俺が浅はかだった。

俺は、このままここで終わるのか? しぃ如きに殺られるのか?

火傷の足で走る苛烈な痛みより、目も眩む怒りが全身を震わせる。
俺は鉄棒にロープを巻きつけるように動いて、グイッと体重をかけた。
熱で焼かれたロープから煙が立ち昇り始める。

「ハニャッ? ナニ、ヤッテルノヨ」
唇に指を当てる、ぶりっこポーズでしぃが俺の顔とロープを交互に見つめた。

「チョッチョット。ロープサン、マチナサイ」
ロープが少しずつプチプチと焼き切れてきたのを見たしぃが
両手を意味もなく上下に振り回しながら、なぜかロープに話しかけている。

やっぱり馬鹿だ、こいつ。
こんな馬鹿に、俺が捕まったのかと思うと自分自身にも腹が立った。
怒りってのは優れたパワーを生み出す。足裏の痛みも忘れるほどに。

968 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2007/03/07(水) 21:20:41 [ fFpRHvik ]
ロープを焼ききることに成功したのと同時に、しぃの顔面に蹴りを放った。
しぃが悲鳴を上げて転ぶ。と、その顔が鉄板に押し付けられてギャッと叫び

「シィィィィィィ、アタシノ、オカオ。カワイイ、オカオガアァァ」
慌てて立ち上がる。頬の赤みが火傷で広がっていた。
もう一度蹴り転がして、起き上がる前に背中を踏みつけにしてやると
腹が焼ける香ばしい匂いがした。しぃの泣き喚く声が極上のBGMだ。

「このまま焼き殺すだけじゃ俺の怒りは治まらんな」
しぃの耳を掴んで走り、鉄板台から飛び降りる。

「シィィィィィィィィィィィ」
落下の衝撃に耐え切れず、耳が根元から引き千切れた。血飛沫が跳ねる。

「イダッイダッイダイヨ、イタイィィィィィィィ」
血が溢れている箇所を両手で押さえて、しぃが転げまわった。
白かった腹の毛が焼け焦げ縮んで、膿んだような状態になっているのが見える。

おもむろにその腹に自分の掌をめりこませ、火傷の痕をグリグリと抉ると
「ピキャアアァァ、シギィ、シイィィィィィィィィ」
バンバンと地面を叩いて苦しむ姿が、俺を少しだけ落ち着かせてくれた。

怒りのピークが過ぎてしまったせいか足裏の痛みが蘇ってくる。
こいつは、しばらく歩けそうにないな。
俺は、渋々モナーを携帯で呼び出すことにした。

「モナー? すまんが家まで
足を負傷して動けないんだ。俺をこんな目に遭わせた、しぃには
た~っぷりと報復させてもらう予定だが、とりあえずは場所を移動したい」

「しぃを責めるところを見物させてくれるなら、お安い御用モナ。
モララーは、いつも面白いもの見せてくれるから好きモナ」

頼みごとをすると、すかさず条件を出されてしまった。
こいつは、いつもそうだ。
自分から積極的に狩りをすることはないし、
虐殺について熱く語ることもしないから、非虐殺者だと思われがちだが
本当は、他の奴が虐殺している様子を眺めるのが大好きな性分なんだ。

むっつり虐殺者ってやつだな。

でも嫌な奴ではないから俺を含めて友達が多い。
交友範囲が広いだけあって、何かと助かることもあるから便利な奴でもある。

「構わないぜ。ただ俺は、この足だからな。お前が代わりに動いてくれるか?
俺が指示を出すから、言うとおりにやってくれればいい」


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快く引き受けてくれたモナーは、すぐに俺を迎えに来てくれて
簡単な手当てまでしてくれた。よく気のつく奴だ。
自宅まで車で運んでもらい、車庫で虐待、いや報復を再開することにした。
床面は冷たいコンクリートだし汚しても清掃が容易だからな。

俺は歩けないから、荷物運び用の台車の上に寝そべった状態で、
腕を動かすことで移動することにした。

「さて。始めようか。まず、そこに酒瓶が並んでいるのが見えるだろう?
あぁ、それだ。そいつを持ってきて、床に叩きつけてくれ」

「新品モナ。もったいないモナ」
不満そうなモナーを、俺は軽く睨む。

「モナーは酒と虐待、どっちが好きだ?」
「……分かったモナ。優先順位は鑑賞のほうが上モナ」

ちょっと唇を尖らせるようにしてモナーは酒瓶を床に叩きつけた。
瓶が粉々に割れて酒が床面をビショビショに濡らしていく。
大きな破壊音に怯えたしぃは、恐怖で竦みあがっていた。

「ケチケチしないで全部バラ撒いてくれ。俺のところまで道を作るようにな」
俺が大事に温存していた酒は、総て床にぶちまけられた。
車庫は酒の芳香に満たされていて、その匂いだけで酔えそうだ。

「ちょっと散らばりすぎたから、ちゃんと集めるモナ」
気の利くモナーは、車庫の片隅に設置している掃除道具ロッカーから
竹箒を取り出してきて、横に散らばりすぎた破片を掃き集めてくれた。
俺の前に、茶色いビール瓶の欠片と透明な日本酒瓶の欠片の立派な道ができる。

「もう分かってるとは思うが、しぃにはその道の上を進んでもらう。
俺の前まで進んで来るんだ。俺の虐待を受けるために、な」

「ヒッヒィッユルシテ、タスケテ。コワイヨ、コワイヨォ」
しぃが泣きじゃくって逃げようとしているが、そんなことはモナーが許さない。

「ほら、とっとと立つモナ」
恐怖のあまり足腰に力が入らない様子のしぃを、モナーが脇下に手を差し入れて
無理やり立たせようとするが、うまく立てないようだった。

969 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2007/03/07(水) 21:22:57 [ fFpRHvik ]
「いいじゃないか。立てないなら無理に立たせる必要はない。
掃除道具入れにゴムチューブがあっただろう? 自転車のパンク修理用の。
そう、それ。それを、ふくらはぎに括りつけてやれ」

「それで何をするつもりモナ?」

「しぃの足をモナーの下履き代わりに使うのさ。スキー板に乗る要領で。
足の上からゴムの隙間にモナーの靴を差し込んで歩くんだ。
倒れないように、竹箒でバランスを整えながら進むといい」

モナーは嬉しそうに口端を歪めて笑った。しぃの顔は蒼白になっている。
ふくらはぎに括りつけたゴムチューブの間にモナーが靴を差し込む。
ギュッとゴムが、ふくらはぎを圧迫する感触にしぃが眉根を寄せた。

「イタッ、オモ、オモイヨ」
モナーがそのまま体重をかけると、しぃの脛が床に押し付けられる。

「さあ、こっちにこい」
俺が声をかけるとモナーは嬉々として右足を上げた。
モナーの足と一緒にしぃの右足も宙に浮く。左足に重心がかかって
「シィィィィィィィ、アシ、アシガ、ツブレチャウヨ、オリテ、ドイテヨ」
しぃは首を左右に振って泣き咽んだ。

モナーは浮かせた右足を前に進め、粉々の瓶の上に下ろしてから
ぎゅむぎゅむと踏みしだく。脛に瓶の欠片が無数に突き刺さって
「イタッイタイッイタイィィ」
しぃがバランスを崩して上体を前床に打ち付けそうになったが
顔から瓶につっこむのを嫌がって両手でドンッとつっぱる。

「シィィィィィィ、イタイ、オテテ、オテテガァッ」
両方の手の平が瓶欠片の中に埋もれ、血が噴出した。
「シヒィィィ、シミル、シミルゥ、イタァイ、シミルヨォ」
ざっくり裂けた手の傷に酒のアルコールが沁みて、絶え間なく悲鳴があがる。

モナーがそれを見て大笑いしていたが俺は笑わなかった。
まだまだ、こんなもんじゃ済まさない。

「いい格好モナ。そのまま割れた瓶の上を這えモナ」
起き上がろうとしたしぃの背中を、モナーが竹箒で殴りつけると
肉が裂けて白い背中に血の華が咲く。
反動で再び両手を瓶欠片の中に突っ込んだしぃが、再び濁った絶叫をあげた。

「とっとと歩けモナ。右、左、次は右」
モナーが足を振り上げて無理やりしぃを歩かせる。

しぃの足が上がるたびに、脛から血と、紅く染まった瓶欠片が
パラパラと微かな音を立てて落ちた。
しぃが歩いた跡は赤々と濡れた瓶欠片が輝き、欠片の底に沈む酒は
ワインのように紅く色づいて綺麗だった。

「よぉ。よく来たな」
俺の前まで歩かされてきた、しぃの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

「イタス、ケテ。タスケテ。オナガイ、オナガイデス。モウ、ユルシテ」
掠れきった声を
無理やり押し出すようにして、しぃが哀願してくる。

「アンタヲコロシタラ、ギコクン、ケッコンシテクレルッテ…ケッコン、アキラメルカラ、タスケテ、タスケ…」

哀願の途中で俺は、しぃの頭を思いっきり上から拳を固めて殴りつけた。
しぃが顔面から瓶欠片の山に突っ込む。
「グギャシィイィィィィィィィィィィ」
慌てて顔をあげて、両手で顔に突き刺さった瓶欠片を必死に払い落とす姿が滑稽だ。

「グピィィィィシイィィィィィィィィ」
「うはっ。化け物」
切り傷に沁みるアルコール、それを乱暴に払い落とそうとすることで
さらに顔面に破片を埋めるような形になって狂乱している、その姿。
俺は指をさして笑ってやった。

「こっちからは見えないモナ。見たいモナ」
モナーが焦れたように不満を口にする。

「そいつの足から降りて見にこいよ。笑えるぜ」
俺はモナーにはそう声をかけ、しぃに問いかけた。

「さっきからギコの名を口にしてるが、どういうことだ」
「ギコクン、アナタガキライナノヨ。ダカラ、コロシテクレタラ、ケッコンシテヤルッテ、イッタノ」

素直にしていれば助かると思ったのか、しぃが目を輝かせて答える。
しかし、その希望はモナーが打ち砕いた。

「お前、ギコと結婚したくてギコの前妻を殺したモナ?
ギコはそれを調べていたモナ。お前は騙されたんだモナ」
しぃの目が大きく見開かれる。

「ウソ、ウソヨッ。ソンナハズ、ナイ」
「嘘じゃないモナ。ギコ、もう出てきてもいいモナ」
モナーの言葉を受けて、車庫にギコが入ってくる。
これには俺も驚いた。

「よぉ。モララーには悪いことしちまったな」
皮袋を俺に向かって投げてくる。受取った袋は、ずしり、と重たかった。
中を開けて見ると紙幣や小銭がたくさん詰まっている。

「妻の遺産だが、足の治療費として受け取ってくれ」
「いいのかよギコ。お前の当面の生活費だろ?」

970 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2007/03/07(水) 21:24:05 [ fFpRHvik ]
女に貢がせて酒に溺れるダメ親父。
家にも寄り付かず、酒場を転々とする日々を生きていた男。
それが俺のギコに対する評価だった。
数ヶ月前に妻を何者かに虐殺されたせいで、子供も餓死したと聞いている。

「あぁ。俺にはもう必要ない。この、最後の酒だけあれば充分だ」
ギコの手には一升瓶と、なぜか花火の袋が握られていた。

「俺はダメな男だ。妻に働かせて酒を浴びて。
あいつが死んだときも遺産が入ると思って喜んだくらいさ」

乾いた声音で呟くようにギコは言う。
「でもガキの死体を見たときはキツかったな。
どうやら、こんな俺にも父性本能って奴は残ってたみたいでよ」

鬱屈した苦い笑みを口端に刻んで、落ち窪んだ疲れた目をして
手はアルコールの摂取過多による副作用で小刻みに震えていた。

「生れて初めてだぞゴルァ。怒りと悲しみで復讐に燃えたのは」
ギコの目に狂気にも似た怒りがよぎる。

「長男は餓えに耐えかね長女を食い殺し、汚物に塗れて餓死した。
次男は……便器の水溜りの中に落ちていた。
気づいて掬い出したとき、まだ柔らかかった。
まるで、ついさっきまで生きていたみたいに……
この手に残る、小さな重みと濡れた毛皮の感触は忘れられない」

怒りの中に、僅かな憔悴と自責を滲ませて、ギコは深く息をつく。
気持ちを切り替えるように頭を左右に振ってから
もう一度、深く深く息をついた。

「酒に溺れて自堕落な生活を続けていた俺には体力も腕力も無い。
復讐したくても、その女を確実に殺す自信が無かったんでな。
悪いとは思ったがモナーとモララーを利用させてもらった」

ふん。モナーもグルだったってわけか。
おかしいと思った。しぃごときの知能で俺を追い詰められるはずが無い。
どうせ匿名でモナーが入れ知恵でもしたんだろう。
そして万一のときに備えてモナーは、近くで俺たちを観察していたに違いない。
俺が携帯でモナーを呼び出さなければ、自分から先に出てきたんだろう。

じろり、と睨むとモナーは肩を竦めて軽く手を合わせた。
こんな奴でも憎めないのは、人徳というものだろうか。

「なぁ、その女はもうボロボロだ。俺でも負担なく責めることができる。
モララーも気が済んだろう? 俺にも遊ばせてくれよ」
ギコが待ちきれなさそうに言う。

「……いいぜ。報酬はもらったから好きにさせてやるよ」
受け取った金を遠慮なく頂いて、俺は場所を譲ってやることにした。

「タスケテ、タスケテ、ギコクンッ! シィハ、タダ、ギコクンガ、スキダッタダケダヨ」
しぃが涙を振り散らかしながらギコに嘆願した。

「この花火。ガキどもと遊ぼうと思って買ってあったんだ。
すっかり季節外れになっちまったけどな」

しぃの悲鳴にも似た哀願を、まるで聞こえないかのように

「なあ、お前。俺が好きなんだろ? だったら」
ギコは淡々と告げて、袋から1本の線香花火を取り出した。

「俺のガキのために、一緒に花火を楽しんでくれるよな?」
しゅっとマッチを擦ると微かな火薬の匂いが漂い、花火が点火する。

花火の儚い光が、しぃの恐怖に歪んだ顔を明るく照らす。
顔に残る破片が反射して輝くのが、とても綺麗だった。
線香花火はすぐに燃え尽き、藁の先端に赤い球が残る。

しぃは、息を止めてその球を凝視していた。当然だろう。
彼女の顔面の上に、その球はあるのだから。
球が落さないように遊ぶのが線香花火の醍醐味だが、それは難しい。

ぽとっ

その赤い球も、しぃの願い及ばず落ちた。
「ヒガャアッシィガアァァァァ!!」
鼻先に赤い球が落ちて、じゅうっと白煙を立てると同時に絶叫が響き渡り、
アルコールで濡れていたこともあり鼻表面から小さく炎が熾った。

「惜しいな。目玉を狙って落そうと思ったのに」
ぽつりとギコか呟く。

しぃは泣き喚きながら手を炎を払い落そうとした。
忘れていたのだろう。その手も、アルコールに塗れていたということを。
もちろん手にも炎は燃え移った。
オレンジ色の炎が、しぃの白い顔を赤々と照らす。

「アツイッアツイィィィィィッ、モエチャウ、シンジャウ、ケシテエェェ」
ギコは薄く嘲って、熱さのあまり腕を振り回すしぃに冷酷な声で告げる。

「床に打ちつけて炎を消そうなんて考えるなよ?
アルコールを含んだ酒に浸されてるってことを忘れるな。
そんなことをしたら酒の上に寝そべっている貴様は火達磨だぞゴルァ。
・・・その身体じゃ逃げられねえな」

971 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2007/03/07(水) 21:26:58 [ fFpRHvik ]
「ソ、ソンナァ。タスケテェッ、モナーサン、モララーサンッ、シィヲ、タスケテッ」
しぃは哀願と悲鳴を撒き散らしながらも、
必死に燃え盛る腕を頭上に掲げて、風圧で掻き消そうとしている。

肉の焼ける匂いより毛皮の焼ける悪臭が吐き気を誘発する。
たまらず、俺とモナーは逃げ出して車庫の外から中の様子を窺った。
ギコだけが瞬きもせずに間近で、しぃの腕振りダンスを凝視している。
黒煙が息苦しくないんだろうか。

やがて毛皮が燃え落ち、べろりと皮膚が爛れ落ち、血管すらも焼き焦がして、ようやく鎮火した。
しぃは、とうとう炭化して火が消えるまで腕を床に下ろさなかった。

「どこまでも命根性の汚い女モナ」
呆れたようにモナーが言うと、ギコは首を横に振った。
「そうでなくては困る。まだまだ足りない。
もっと、もっと苦しんでもらわないと、あいつらは成仏できない」

「ヒドイヨ、ギコクン。シィ、シニタク、ナイ。シニタクナイヨ」
「殺さないぞゴルァ。そんなに泣くな。ほら、涙を拭いてやろう」
ギコが優しく言いながら、靴底でしぃの目を踏みにじった。

「イダイッイダアィィィ、シイィィ、シィィィィィィ」
手足をばたつかせて、しぃが身をくねらせる。
「涙は止まったか? 
まだ止まらないようなら靴先を眼孔に捻じ込んで強制的に止めてやる方法もあるが」

「ヤ、ヤメテ。トマッタ。トマッタカラッ」
「ふん。冗談だ。無様な姿を目に焼き付けて死んで欲しいからな。
目は最後まで残しておいてやる」
どっかりと、しぃの眼前に腰を下ろしてギコは唾を吐きかけた。
ギコの唾がしぃの目に入り込み、涙と一緒に流されていく。

972 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2007/03/07(水) 21:27:26 [ fFpRHvik ]
「……コロサナイッテ、イッタ、ヨネ?」
しばらくの沈黙の後、おずおずと、しぃが口を開いた。
「ああ、俺は殺さない。そりゃ、まぁ。たまには、こんなふうに」
立ち上がり、言いながらズボンのベルトを抜くて振り回す。
「シイィィィィィ」
したたかにベルトが打ち据えられた顔に赤く毒々しい蚯蚓腫れが浮かび上がった。

「イヤアッヤメテ、ヤメテエェェ」
顔を庇って背を丸め、必死で這い逃げようとするが、ギコは容赦しなかった。
2撃目は肩に、3撃目は背中、4撃目は尻へと、続けざまにベルトが風を切り、
鋭い打撃音と悲鳴が沸き起こった。
火傷の部分に当たったところは肉が裂けて毛皮の残骸が飛び散る。

「こんなふうに、暇つぶしにストレス解消はするかもしれないが」
虐待を散々、実演して見せてから、ギコは再びベルトをズボンに戻してから腰を下ろした。

しぃは身体を丸めて、恐怖と苦痛に震えている。
引き裂かれて鮮血が溢れ出している肌を守るように、自分で自分の身体を抱しめながら、
得体の知れないものを見るような目でギコを見つめていた。

「餌は自分で何とかしろよ? 咽喉が渇いたら自分の血を啜り
腹が減ったら自分の肉を食いちぎるんだ。自分の意思で、な。
喰うところが無くなったら、ゆっくり、ゆっくりと。
飢えと乾きで咽喉を掻き毟りながら死ぬのを待つだけだ。
この俺が見届けてやる。最期まで、じっくりと」

ギコの言葉を聞くごとに、その瞳の色は絶望に染まって行く。
「コロシテ。シィヲ、コロシテ。ソンナノ、タエラレナイ」

「自分で死ぬ勇気も無いのが、お前らしい。
傷口や火傷の痕が膿んで蛆が涌き、己の汚物に塗れるがいい。
腐臭を嗅ぎながら息絶えるまで苦しみ続けろ。
もし精神が壊れかけたら、この俺が痛みで現実に呼び戻してやる」

怨念が籠もった、押し殺すようなギコの声が
耳から沁みてきて心臓を鷲掴みにされたような恐怖に襲われ、俺は硬直した。
ぞわぞわと肌が総毛立つのを感じる。

狂って、やがる。
こいつはもう、俺の知るギコではない。
息子の死骸を手にしたときに、この男の脆い精神は砕け散り、壊れてしまったのだろう。

「タス、ケテ……モララー、サン。オネガイヨ。シィヲ、コロシテ、コロシテヨォ」
しぃが咽び泣きながら懸命に俺のほうを見ている。
涙を垂れ流し、嗚咽に声を震わせ、死を望む姿は無様なものだ。
普段の俺なら狂喜するような姿なのに、
今回は苦々しい気持ちが湧き上がっただけだった。
俺らしくもなく、この馬鹿しぃに同情してるんだろうか。

「悪いが、そいつはギコに頼んでみるんだな。無駄だろうが、な」
俺は背を向けて車庫を出て行くことにした。
報酬を受取ったことだし、しばらくは場所を貸してやってもいいさ。
無言で俺についてくるモナーも珍しく辟易したような表情を浮かべていた。

「シイィィィィ、イカナイデ、イガナイデエェェ、モナーサンッ、モララーサンッ、シィヲ、コロシテ、コロシテエェェェ!!」
纏わりつくような悲痛な絶叫は、シャッターを閉める轟音に掻き消されて途絶えた。

ー終ー

関連作品→夏の日々:ギコの妻と子供たちの末路。あちらでギコの妻を殺した虐殺厨と、こちらのしぃは同一人物。