FF6
エンディングでシャドウが『最期』に言うセリフ。
皆が崩壊するケフカの瓦礫の塔から脱出するなか、
愛犬インターセプターに別れを告げ、一人残ってそう呟く彼の姿は多くのプレイヤーの涙を誘った。
物語の最後に1人死ぬことへの覚悟が感じられる。
その時のBGMもイイ味を出しておりこれはFF6屈指の感動シーンだろう。
- エンディングにプレイアブルキャラクターの一人が「自害」するなんて思いもよらなかったよ…。
- 劇中で命を落とす仲間キャラは沢山いるが「自殺」した仲間キャラは今のところシャドウのみである。
- 場合によってはセリスも自害しようとする。未遂で終わるが。
ちなみに場所は第3パーティのスタート地点。脱出しようと思えば簡単にできる場所である。
- ここからの脱出は飛空艇が回収してくれる前提なので、あの場面あの状況では実質的に無理。
もちろん気付けば回収には来てくれるだろうが、せっかく逃げた仲間たちを危険へ晒すことになる。
……でも実はひょっとして気付いて欲しかったのか?- 仲間に自分を探させないためかと。(作劇上の都合で時間無関係に発生するが)魔大陸で自分を待ったがために全員を危険な目にあわせたわけだし。
彼のこの心境の変化は何によって生まれたのだろう。
- コロシアムで仲間にする際の「俺に残されたのは戦いだけの修羅の道…。」にヒントがあると思われ。
ケフカを倒したことで世界はこれから復興の道を辿るだろう。もう戦う事もなくなる。
なれば戦う事でしか己の存在理由を見つけられなかった自分はもはやこの世界にいる必要はない。
娘も元気に育っているし、もう思い残す事もない、と。 - シャドウが殺し屋として最後に殺したのはケフカ。殺し屋としての最後の大仕事を成し遂げ、思い残すことがなくなったのでは?
- 少なくとも魔大陸脱出時には「ほうしゅうをもらわないうちは死んでも死にきれないからな」
と言う台詞から生きる意志がある事がうかがえる。崩壊後の世界を見て何か思う所があったのだろうか。
シャドウの夢とかを見ずに真っ直ぐストーリーを進めたプレーヤーだと、「ビリーって誰だよ?!」みたいなことになる。俺もその一人。
- 私もシャドウの夢を見ずに進めたクチだが、ストラゴス&リルムのあの村で強制一泊のとき、シャドウの強制夢イベントなかったか?なので私は、あ、奴のことか。と普通に思ったんだが。
まあ私の記憶違いでなければ特に印象に残る感じではなかったので、忘れ去られていても仕方がないが- あの時に流れるのは、シャドウ(というかクライド)がサマサの村を出て行くシーンで、
ビリーは姿も名前も出てないはず。
- あの時に流れるのは、シャドウ(というかクライド)がサマサの村を出て行くシーンで、
ビリーが本当にあたたかく出迎えてくれるかは正直微妙。
- ビリーの「殺してくれ」ってお願いを聞いてやらなかったわけだしな。
- ビリーの怨嗟を受ける覚悟を遠回しな表現で表しているのでは、というのは深読みか。
- ビリーの最期の台詞は悲しみ>>憎しみともとれるんじゃないか?悪夢中の怖い彼はあくまでシャドウの深層心理が作ったもので…だったら友らしく迎えてくれるかもしれない。
- ビリーの怨嗟を受ける覚悟を遠回しな表現で表しているのでは、というのは深読みか。
- 例の件のことを全く覚えておらずにあたたかく出迎えて~ならそりゃ何言ってんだふざけんなだろうけど、
シャドウは今でも悪夢に見るほどビリーのことを悔やんでいながらも、生き続ける道を選んで世界を救うという大成まで果たした。
今更恨み言がどうこうといいながら迎える親友はいないだろうと思う。
死ぬ道を選んではいるものの、死ぬ描写までは描かれていない。
シャドウがその後どうなったかはプレイヤー次第とも取れるだろう。
ビリーが虫の息のシャドウを夢の中で呵責して「まだ来るのは早い」と出迎えず生き残るという想像もできる。
脱出するファルコン号の甲板には、もちろんシャドウの姿はない。
仲間たちは誰もそのことに言及しないが、慌てていて気付かなかったのか、それともインターセプターだけが戻ってきたのを見てシャドウの心情を察したのか、定かではない。
- しかし、インターセプターもファルコン号には乗っていない。
些細な事だが、「でむかえて」ではなく「むかえて」と言っている。
そしてiosのエンディングでは「暖かく」と言ってしまっている。
寒いと風邪ひくから部屋暖めといてね、みたいな話ではない。・・・ないよね?