種子島恵時(たねがしましげとき)は、戦国時代の武将。島津家家臣で種子島家13代目当主。
生まれ
文亀3年(1503年)に生まれる。
どんな人?
鉄砲伝来の時(天文13年・西暦1543年)には、家督は時尭に譲られていたが、時尭は当時16歳であった為、鉄砲導入に関しては恵時の影響が少なからずあったものと思われる。恵時も時尭に負けず劣らずの好奇心を持っていたと考えるのが妥当。
おいたち年表
1503年 | 1歳 | 誕生! |
1538年 | 36歳 | 加世田城攻め。 |
1539年 | 37歳 | 市来城攻め。 |
1542年 | 40歳 | 嫡男・時尭と対立。島津義久の仲裁により和睦。 |
1543年 | 41歳 | 弟・時述?と対立し時述が反乱を起こし、禰寝氏が。これを受けて種子島を脱出し屋久島に逃れる。同年、禰寝氏を攻め、種子島と屋久島から駆逐し、時述を自害させる。また、鉄砲伝来 |
1567年 | 65歳 | 死去。 |
逸話
●遊興に耽る事が多く、次々と屋敷を造営するなど領民は苦しみ、訴えも頻繁であった。
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関連のある人々
●種子島忠時・・・父
●種子島時述・・・弟
●種子島時尭・・・嫡男
祐筆の人物批評
祐筆
●一番手・・・鱒