13スレ/St. Valentine's day

Last-modified: 2014-04-09 (水) 06:45:08

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「何をしているの、鹿目まどか」
……やってしまった。
馴れ合えばそれだけ失った時の痛みも酷いと、この身に染みて分かっているはずなのに。
ここはスーパーのお菓子売り場。
バレンタインデーを前にして、どこよりも女の子が集まってくる場所。
そこでは一人のよく知る少女がどうしようもなく狼狽していて。
結果、私は放っておく事も出来ず声を掛けてしまう。
「あ、え、ほむら……ちゃん?」
「何をしているの、と私は聞いたの」
「えっと、その、バレンタインだし、マミさんやさやかちゃんに何か作ってあげたいって、思ったんだけど」
そこで言葉は切られ、彼女の視線は後ろに回る。
そこには空っぽの棚、棚、棚。
物で溢れかえっているはずのその場所は、ただただ白色の骨組みを晒すばかり。
「どこ行っても、こうなの。今年はすぐ在庫がなくなっちゃうって」
「それで固まっていたのね」
「うん、どうしよう……うち普段そういうの作らないから、全然材料とかなくて」
よほどバレンタインデーを大切にしているらしい、目元にうっすらと涙まで滲ませて。
そういう普通の女の子みたいな感覚は、もう自分にないのかな、と少し自嘲してみて。
そしてやっぱり私は、そんな彼女を放っておけなくて。
「どうしても、必要?」
「……うん、みんないつもお世話になってるもん、たまにはお返ししてあげたいよ……」
「なら、来なさい」
手は掴めない。
自分自身に呆れ返りながら、ほんの少しだけ胸を弾ませて、そんな自分を嫌悪して、歩みを進める。
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「うわあ、すっごい……」
「好きに使っていいわ。私はあっちの部屋にいるから、終わったら呼んで」
彼女を招いたのは私の家。
一人で暮らすには大きすぎるそこには、自分で言うのも何だけど十分すぎるくらいのものが揃っている。
チョコレート自体を始め、諸々の砂糖や生クリーム、スポンジ用の薄力粉や卵、そのための調理器具。
かつてはそれらを使おうと奮闘していた頃もあった。
とてもとても遠い昔の話で、もう思い出すこともかなわないけれど。
そしてこれからもないだろう、と思いながら背を向ける。
そんな私に、彼女は彼女にとって至極当然の問いを投げ掛ける。
「ほむらちゃん、作らないの?」
「……私は、いいわ」
「こんなにすごくたくさんの材料が揃ってるのに、どうして」
「きっと、受け取って貰えないもの」
「そんなことない、絶対に受け取ってもらえるよ!」
私がそれを渡すような相手は、遥か昔にこの手で。
今、私の目の前にいるあなたは確かにあなただけど。
きっと渡したって、変な目で見られるだけだから。
でも、それは口に出せない。
もっと変な目で見られるだけだから。
そんな私の沈黙をどう捉えたのか、彼女は私の手を掴んでキッチンへと引き戻す。
「私、あんまりお菓子作り自信ないんだ。教えてね、ほむらちゃん」
無邪気に笑いながら語りかける彼女を、私は突き放せない。
結局なし崩し的に、どれほど久し振りか、私はそれらの調理器具を握る事となる。
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「板チョコは刻んで……ってそのままお湯に溶かさないで!?」
「ほむらちゃん、お湯、お湯! 沸騰してる! チョコ分離しちゃう!!」
「待ってほむらちゃん、生クリームは泡立てないと生クリームにならないよ!」
「卵は潰すんじゃなくて割るんだよ!?」
「オーブンの解凍機能は今絶対にいらないから!」
「冷蔵庫と冷凍庫間違えないでえええ!」
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「はあ、はあ……よかった、無事に…………出来たね」
「……ごめんなさい、私、ろくに家事したことなくて……」
「ふふ、ほむらちゃんって完璧に見えるけど、意外とそうでもないんだね」
悪戦苦闘の末、どうにかこうにかバレンタインチョコの様相を呈した何かは出来上がった。
失敗を繰り返すうちに、いつの間にか私も熱中してしまっていて。
こうして完成したそれを見て、ほんの少しだけ、満足感に浸ってしまう。
「ありがとう、まどか。こんなの作れたの、初めて」
「えへへ、わたしもほむらちゃんのおかげでなんとか作れたから、おあいこだよ」
そう笑う彼女はとても嬉しそうで。
ずっと彼女の恐怖に怯えた顔しか見てこなかった私にとって、それは何にも代え難いものだった。
「もうそろそろ日が暮れるわね、遅くならない内に早く帰りなさい」
「片付け手伝うよ」
「いいえ、ほとんど私が散らかしたようなものだし。ほら、携帯鳴ってるわよ」
「わ、パパ……どうしよう、すっごい心配してる」
「私のことはいいから、早く顔を見せて安心させてあげなさい」
「うう、ごめんね、今度ちゃんとお礼するから」
でも、この楽しかった時間ももう終わりだろう。
明日からはまたいつもの私に戻らなきゃ。
やらないといけないことをやり終えもせずに、こんな時間を過ごしていい訳がない。
「だから今は、はい、ほむらちゃん」
そして、不意を打たれる。
三角頭巾を外したまどかの差し出す両手には、可愛くラッピングされた袋が乗せられていた。
「こっそり作ってたんだ。驚かせたくって」
「ほむらちゃんにもお世話になったから、その感謝のしるしだよ」
「自信作だから、味わって食べてね!」
何も言えず固まる私を横目に、まどかはぱたぱたと慌しく駆けていく。
ほむらちゃんも頑張って渡してねと言い残し、帰っていく。
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私の手元に残るのは、まどかのチョコケーキと、私が作ったチョコレートもどき。
いつかこれを渡せる日が来るのかな。
私があの夜を越える事が出来たなら、またまどかと笑いながら、こんな風にお菓子を作ったり出来るのかな。
それまでは、これを渡すのはやめておこう。
全て終わったその後にこれを渡して、それからまどかに作り方を一から教えてもらって、ちゃんとしたのを作ろう。
胸を張って渡せるくらい立派なものを。
そう胸に決めて、チョコレートもどきを盾の中に仕舞い込む。
爆弾やライフルと同じ場所に入れておくのはちょっとだけ気が引けるけれど、ここより他に思い付きもしない。
ハッピーバレンタイン。
未来の私、あなたは確かにこれを渡せていますか。
恥ずかしがって渡せないなんて、そんなこと許さないからね?
まどかのくれたチョコケーキはとても甘い。
甘い甘いそのお菓子は、私の心を体を癒して、穏やかな眠りへと誘う。
今日はきっと、幸せな夢を見られるだろう。
夢から覚めても。
私はそれを頼りに、歩き続けられるだろう。
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