19スレ/84

Last-modified: 2014-04-15 (火) 08:45:51
1.あれから
初めは殺風景だった。
一面白で覆われた部屋はインテリアや彩色をしなければ、それは見慣れた病室と変わらない。
何もない部屋。
以前の戦いの為の資料を処分すれば、この部屋は何もない。
それは私の人生のようだった。
入院生活の末に手に残ったのは、何もない自分だ。
袋小路の中で、私は皮肉なほど自我を研ぎ澄ませていった。
両親からは箱入り娘と呼ばれた私の丸い内面が、ヤスリで削ぎ落とされていく。
そして私は、いつしか彼女への愛すら囁けないほど、醜く歪になってしまっていた。
今は、もうその呪縛はない。
彼女とも自然に、それこそ以前のような情けない私として付き合えるはずだった。
けれど一度尖った性格は、もう元には戻れなかった。
私の笑顔は、糸の切れた人形のように歪だった。
それでも彼女は私を友達と言ってくれる。
あのとき、あれほどまでに情けなかった私を友達としてくれたように、
あの世界も、この世界も、どの彼女も変わらず私の友達でいてくれる。
それを嬉しく思い、救われていると思い。
そして、それを知るたびに今まで犠牲にしてきた彼女を思い、私の意識は穢れていった。
私の過去を解き明かし、初めの頃の私達の話をした。
そうすれば昔の自分に戻れるかも知れないと、馬鹿馬鹿しい願いを持っていたからだ。
途方も無い懺悔を聞き終えた彼女は、長い沈黙のあとにいくつかの涙を流し、
気付いてあげられなくてごめんね、と言った。
そんなの、的外れだ。
謝るのは私、彼女はただ巻き込まれただけの被害者だ。
この話だって彼女が聞く必要などなかった。
全て私の独りよがりだ。
一人で頷き、彼女は決心に満ちた顔で言う。
ほむらちゃんが失った分を、これから取り戻そうよ。
その言葉は、過去ばかり見つめてきた私の胸に刺さった。
そして彼女の一言から、私の生活は音を立てて変えていく。
初めは殺風景だったこの部屋。
今では、私と彼女だけの部屋として彩られていた。
このまっさらな部屋を見た彼女は、これじゃ寂しいよ、と自分の部屋の小物を次々と持ってきては飾りつけた。
それがなくなると、今度は学校の帰りや、休日のデートの合間に、
私達でも買える額のインテリアの中から二人の趣味に合ったものを探して、それを飾りつけた。
『どうしよう、私の趣味ばっかりになっちゃった』
彼女は申し訳なさそうに笑った。
私は彼女の趣味に染まりきったこの部屋を、心から愛おしく思った。
どこを見ても彼女がいる。
あのカーテンも、そのぬいぐるみも、このコーヒーカップも。
どれも二人で選んだもの。
生活の中に彼女がいることが、こんなにも安らぎを得られるものとは思ってもいなかった。
私は彼女のことを人一倍理解して、考えてると思い込んでいた。
でもそれは、彼女を生かすというただ一点のみで、
私は結局、彼女のことを何一つわからずじまいだった。
そして思い出す。
彼女は、こんなにも誰かの為になれる、素敵な人なのだと。
2.それから
『ほむらちゃんは髪長くていいなぁ』
その言葉が現状の発端だ。
私は椅子に座らされている。
後ろではまどかが私の髪をこそこそと弄っている。
歯がゆいような、くすぐったいような。
向かいの椅子にグデンと鎮座するウサギのぬいぐるみをじっと見つめて、まどかが結わき終わるのを待つ。
「できたっ」
そう言って、まどかは私の前に回りこむ。
「あははっ、杏子ちゃんみたい」
おさげをピョンピョンと揺らして喜ぶまどか。
私の髪を眺めて、一人でうんうんと楽しそうに頷いていた。
杏子、佐倉杏子みたいというなら、今の私はポニーテールだろうか。
自分の髪を触ってみる。
確かにポニーテールらしい。
「ほむらちゃん、かがみかがみ」
まどかが忘れてたーと慌ててカバンからピンクの手鏡を取り出す。
猫の模様がかわいい手鏡で自分の髪を見ると、
なんだか、運動をしそうな自分が映っていた。
「えへへっ、ほむらちゃんかわいいっ」
ぴょん、と私の横に移動して肩を並べる。
まどかったら、はしゃいでばかりね。
「じゃあねー次はね」
折角結いだ髪をパサッと解いて、まどかはまた髪をこそこそ弄り始めた。
「ま、まだやるの……?」
恥ずかしくなって少し俯いてしまう。
「ほむらちゃん髪長いんだもん」
理由になってないわよ……。
口には出さない。
恥ずかしくも思うけど、このやりとりがとても『普通』に感じて、もう少しまどかに任せてみようと思ったのも否定しない。
「できたっ」
またしばらく椅子に鎮座して退屈そうにこちらを見るぬいぐるみと視線を交わして、それが終わるのを待っていた。
手鏡で見ようとすると、待って!最初に私が見たい、とまどかに止められる。
きっと失敗してたら見られたくないと思っているのだろう。
見栄の張り方が可愛くて、顔が緩む。
トコトコと私の前に移動する。
あっちこっちと覚悟を変えて私を見る。
とても恥ずかしい視線の当てられ方だった。
「見ていいよっ」
美容師の許可が出たので手鏡で確認する。
「わ……」
思わず声を出す。
ツインテールの私はまどかよりも幼く見えた。
「ほむらちゃん綺麗だから、なんでも似合っちゃうね」
「おだてないで……照れる」
もじもじと照れてみせる私をかわいいかわいいとはしゃいだまどかは、まだまだ髪を弄り足りないらしく、再び私の後ろに回る。
「うさぎさん」
「遊ばないの」
ツインテールを持ってヒョコヒョコと遊ぶまどかを叱る。
その仕草が可愛らしくて、今度のデートはツインテールでもいいかなと思ってしまった。
3.これから
今度は今までよりもぬいぐるみと睨み合う時間が長かった。
後ろではまどかが私の髪を細かく弄っている。
もう、頭を引っ張られる感覚で、これが何かわかってしまっていた。
「うん、できた」
手鏡を見るまでもない。
くるっとまどかが回りこんで、ぬいぐるみが見えなくなる。
「ほむらちゃん……前はこうしてたんだよね」
もう、随分と三つ編みなんてしていなかった。
自分でやるよりも結い方が優しくて違和感がない。
手鏡を見る。
顔は今のままなのに、髪だけが昔に戻っていた。
もう……あの頃には戻れない。
「ほむらちゃん……もしかして、嫌だった?」
俯いた顔をあげると、まどかが心配そうにのぞき込んでいた。
ダメよ。 まどかまで、そんな顔しないで……。
「そうだよね……ごめんね、ほむらちゃんの気持ち考えてなかった……」
嫌、謝らないで……。
悲しそうにするまどかが。
そうさせてしまっている自分に耐えられなくて、
私は椅子から崩れるようにまどかに抱きついていた。
膝をついて、まどかのスカートを掴んですがりつく。
「ごめんなさい……私のせいで……」
「ほむらちゃんまで、そんな顔しないで……」
互いに同じことを考えていた。
なのに、私の気持ちとまどかの気持ちには大きな溝があった。
まどかは、本当に私を想ってくれる。
なら、私は本当にまどかを想っているの……?
歪に尖った私は言う。
見え透いた虚栄心がそうさせているだけだ。
もう……あの頃には戻れない。
無垢な私には、戻れない。
「泣かないで……」
同じように膝をついたまどかが、いつの間にか流れていた私の涙を指ですくっていた。
「まどか……」
どうして、そんなに優しいの。
あなたに優しくされるたびに、どうして私は傷ついてしまうの。
乱暴に抱きついた。
全身でまどかを感じたかった。
そうすれば、あの頃に戻れると……未だに考えていたから。
「ほむらちゃん、昔みたいにできなくても、いいんだよ」
頬を撫でられる。
わが子を諭すように、頭を抱かれる。
どうして、私が求める言葉を安易とくれるの……?
あなたは、どこまで私を見透かしているの……?
しばらくそうして、まどかは私の目を見つめて言う。
「ほむらちゃんはね、これからまた変わっていけばいいんだよ。
 今度は一人にしないから……二人で、歩いていこうよ」
その言葉は、私を捕えていた迷路を破るには、十分だった。
4.Bon Voyage
今日も、私はまどかと待ち合わせていた。
休日に二人で選んだ服を着て、髪はまどかのリボンでツインテールにしていた。
またまどかに可愛いって言ってもらいたくて、今日は子供らしい印象を心がけていた。
まどかは私にたくさんの日常をくれた。
勉強も、遊びも、オシャレも、恋も。
あの頃の私が憧れていた全てを、そして私が失った日常を、
これからの長い人生のなかで、まどかは私と歩いて行きたいと言ってくれた。
それは告白のようにも聞こえたし、友情の表しにも聞こえた。
どちらでもよかった。
私とまどかは、あの世界でも、この世界でも、いつの私達でも、変わらない絆で結ばれていて、
それが容易く失われないことを私は知っている。
まどかは、そういう子だ。
意識を手放せば、今でもあのときを思い出せる。
『本当に、私なんかでいいの……?』
『もう私達は友達だよ』
これからも、いつまでも、ずっと。
これから始まる二人の物語。
ハッピーエンドの続き。