20スレ/彼女の神話

Last-modified: 2014-04-16 (水) 07:35:29
■彼女の神話
陽はすっかり落ちて、街は街灯の白い明かりに照らされていた。
私達が帰り道を歩くたびに浮かび上がった影が伸び縮みしていた。
影でも、手をつないで寄り添ってる私達。
少し隙間があったから、手をつなぐだけじゃなくて、その腕に抱きついた。
「ねえほむらちゃん……」
「どうしたの?」
帰りたくない……。
ほむらちゃんの腕時計は午後8時を示している。
もう中学生が歩いていい時間じゃない。
「ほむらちゃん……」
「うん……」
私の声に、ほむらちゃんは立ち止まって向い合ってくれる。
だめだ。
今日は我慢して、このまま別れるつもりだったのに……。
喉から出る声は未練がましい色を帯びていて、かまってかまって、と甘いトーンを響かせている。
「よかったら、そこに座って話しましょ」
ほむらちゃんの視線の方には、近所の公園があった。
まだ駅からそんなに歩いてないと思ってたのに、もう家の近くまで来てたんだ……。
帰りたくない、別れたくない気持ちが強くなってくる。
私、こんなに弱い子だったのかな……。
誘われるまま公園のベンチに座る。
私が座る前に、ほむらちゃんが手でホコリをはらってくれる。
さり気ない気遣いがカッコ良かった。
「まどか、どうしたの?」
「……えっと」
言えないよ。
帰りたくないなんて……。
「なんでも聞くわ、まどかのためなら」
そんなこと言わないでよ……。
行き場を失った私の手を、ほむらちゃんが撫でてくれる。
そんなに優しくしたって、私からは独りよがりしか出ないのに……。
「……帰りたくないって、思っちゃうんだ」
「もう……またそれね」
私が観念して吐き出すと、ほむらちゃんは子供をあやすように笑って、頭を撫でてくれた。
ほむらちゃんだって、つらいくせに。
「まどかはいつまでもまどかのままね」
変なほむらちゃん……。
変だけど、私の長い髪を撫でてくれるその手が愛しくて、私にはとても意味のある言葉に聞こえた。
「この前も聞いたわ、それ」
ほむらちゃんの言うこの前なんて昨日のことにすら感じるのに、そのたった一瞬でさえ私には耐え難い別れ。
ほむらちゃんだって……つらいくせにさ。
「ほむらちゃん、こうやって会うの、もう何度目だっけ」
「……ごめんなさい、たくさんすぎて覚えられないわ」
えへへ。 そうだよね。
私だってそれぞれの記憶はあるけど、それがいつのことなのかはよくよく考えてみないとはっきりしない。
「でもこれだけは覚えてるわ、まどかは会うたびに帰りたくないって言うのよ、ふふ」
「い、いってないよ」
少し怒ってみせるけど、本当は怒ってないよ。
すごく嬉しいんだから……。
いじわるされるのだって、ほむらちゃんなら私は嬉しい。
さやかちゃんとはまた違った嬉しさ。
少し沈黙があって、ほむらちゃんは黙って髪を撫でてくれる。
「ねえ……ほむらちゃんは、今の関係をどう思ってるの?」
空を見上げたまま、言った。
目に映る満月は、くぼみすらわかりそうなくらい綺麗に照らされていた。
「親友、かしら」
「そうじゃないよ」
違うよ。
あなたと私の関係。
「今更、恋人って言ってほしいなんて言うの?」
「うぇっ!?」
突拍子もないことを言うからむせてしまった。
ごめんごめん、と背中を叩いてくれるけど、ちょっと今のは反則だなぁ。
「ごめんなさい、そういう意味かと思って」
そ、そういう意味って……。
「ほむらちゃんは、私達って、その……恋愛関係のほうがいいの?」
改めて言葉にすると恥ずかしい……。
意識しちゃってほむらちゃんの顔が見れないよ。
「……そうね、私は友情よりはその方が正しいと思うわ」
は、はっきり言うなぁ……。
昔はあんなにウブで可愛かったのに。
クールで王子様になっちゃうんだもん。
ほむらちゃんは王子様って言うと、これでも女らしいつもりよ、って怒るけどさ。
これじゃ私はリードされてばっかり、ちょっと悔しい。
「まどかは? 私は言ったから、次はまどかよ」
「う……」
よくよく考えてみれば、私はほむらちゃんが大好きだけど、この気持ちが恋愛なのかどうかを考えたことはなかった。
私はほむらちゃんが大好きで、大切で、どんなときでも信じられる。
でもこれは友達でも言えることだ。
「よくわかんないよ……」
私が申し訳なさそうに俯くと、ほむらちゃんはまた髪を撫でて。
「だーめ、教えてくれるまで私帰らないわ」
なんて、いじわるを言う。
ひどい……。
ほむらちゃんが帰らなきゃ、私だって帰れないのに。
私はほむらちゃんと仲良くして、どうしてほしいと思っていただろうか。
さやかちゃんみたいに親友として付き合いたかった?
それは、違う気がする。
私はほむらちゃんを友達というよりは、家族とか……そういう近い関係でいてほしいと思う。
「や、やっぱりわかんない……」
「ヒント。 まどかは私に何をしたいと思う?」
な、何をって……。
ほむらちゃんには……。
いつまでも、いつまでも生きて、いつかは幸せになってほしい……。
それが例え私とじゃなくてもいい、別の人と結ばれたとしても、ほむらちゃんの人生に彩りがあるなら、それでいい。
それで、もし、よかったら。
私のことを思い出にして、私の行いを許してほしい……。
「私ね……ほむらちゃんに幸せになってほしいよ」
「もう、ばかね」
むかっ。
私が真剣に考えて言ったのに、馬鹿ねって言われた。
さすがに不満だから、そっぽ向いちゃうんだよ?
「願いじゃなくて、まどかが直接私にしたいこと……」
直接?
……なんだろうなぁ。
私は、ほむらちゃんに……。
…………。
「もっと……傍にいてほしい」
「ほら……答えが出たじゃない」
ぎゅっと抱き寄せられて、頭を抱きかかえられる。
「まどかが望むかぎり、私はいつでもあなたを待つわ……」
わ……。
だめだよ、そんなの……。
私のせいで、ほむらちゃんがまた自分を消費しようとしている。
そんなのだめ、またあのときの繰り返しになっちゃう。
なのに、だめなのに、涙が出そうになる……。
「まどかが好きだから、私は私の意思でここにいる」
やめてよ……。
私が欲しい言葉を、言わないで……。
折角、ほむらちゃんも私を思い出にできて、自分の時間を取り戻したのに……。
あれ……。
じゃあ、なんで。
私はこうしてほむらちゃんのところに戻ってきてるの……?
「これが私の気持ちよ……」
ほむらちゃんが言い終わると、我慢していた涙が溢れて、ほむらちゃんの服を濡らす。
嬉しさも、悔しさも、たくさんの気持ちと記憶が私の中を渦巻く。
ほむらちゃんの胸に顔を押し付けて、気持ちを落ち着かせようとする。
でも、ほむらちゃんが私の頭を一撫でするたびに、またたくさんの気持ちが湧き出てきた。
「いじわる……」
それしか、言葉が出なかった。
泣きじゃくる私を、ほむらちゃんはあやしつける。
「そうね、私はいじわるを言ったわ。
 恋はいじわるなものよ……まどか」
「いじわるいじわるっ」
私のきもち、どっちの気持ちも、全部知ってるくせに……。
「まどかは、どうして私に会いに来てくれるの?」
そんなの……。
「傍に……いたいから」
この気持ちはなんなの……。
ほむらちゃんは、私がいると絶対に自分を犠牲にするから。
そうならないように、私をちゃんと思い出にできるように、前に進めるようにしたのに。
そうした私なのに、今度はほむらちゃんに会いたくて、忘れられたくなくて、こうして会いに行ってる。
「それが、恋よ」
「ちがうよぉ……っ
 こんなの、私のわがままだもん……!」
本当に愛してるなら、その人を不幸にするような願いなんて持たないもん……!
「ばかね……言ったでしょ、恋はいじわるなのよ」
「違うよ! ほむらちゃんを好きって言ってる裏で、本当は自分のことしか考えてない!」
「それを愛って言うのよ」
より、強く抱きしめられる。
押し付けられてうまく喋れない……。
「人はエゴでしか愛せないの、だから互いのエゴを認め合って、それを愛とすることで、人は恋をするのよ。
 あなたの愛は、こんなにも優しいじゃない」
そっか……。
私の中の矛盾は、ほむらちゃんを愛してたからなんだね……。
「次はいつ会える?」
別れ際になって、ほむらちゃんはやっと寂しそうな顔を見せた。
私は両手でその手を包み込んで、笑いかける。
「すぐだよ」
うん、そんなに待たせないよ。
「だめよ、まどかには一年だって”すぐ”だもの」
あはは、そっか。
「じゃあ、来週かな」
「あら、すぐね」
うん……私だって、会いたいから。
「たつやのこと……」
「ええ、ちゃんと見てるわ」
「あ、あと……ママも」
「大丈夫よ、たまに愚痴に付き合わされるもの」
「パパのことも……」
「ふふ、詢子さんがいれば、まどかのパパは平気よ」
「そっか……」
時計が夜10時を差す。
人通りも少なくなって、周りの家々の明かりも弱くなっていく。
「ごめんね……全部、ほむらちゃんに任せちゃって」
「言ったはずよ? 私の人生はいつだってまどかと共にある」
「私はほむらちゃんを救うために」
「私はまどかを救うために」
長いツインテールを翻して、ほむらちゃんは歩き出す。
その姿はもう振り返らない。
私はあの頃の私服姿を捨てて、見飽きた白い衣装を纏い、空へと昇る……。
見滝原が一度に見渡せる。
もっと、もっと高みへ。
大丈夫、いつだって……私はあなたを見守ってる。
どんなときだって、私はあなたの味方。
また朝日が昇る。
Don't forget. always, somewhere, someone is fighting for you.
        As long as you remember her.
          you are not alone.
「まろか! まろか!」
「うん……そうだね」