21スレ/HOMURA AFTER

Last-modified: 2014-04-17 (木) 02:37:31
※1 目当ての星を望遠鏡で捉える事。早見盤だけでは星の場所を特定することは難しく、それなりの知識が必要になる。
   またスコープ操作にもコツがある為、素人ほど挫折しやすい。巷で人気の自動導入式は初心者こそ罠なので注意が必要。
1.fruits basket
この風景を見るのは何度目だろうか。
昨日までは肌に張り付くようだった風も、今では暖かさと、どこか花の香りを感じさせてくれる。
遠くの木々は青々と、あるいはそれぞれの花を咲かせている。
山はみずみずしさに溢れる色合いを芽吹かせた。
実家の縁側からは遠くの景色がいくつも折り重なって見える。
私のお気に入りの場所だ。
子供の頃はこうやって景色を眺め、本を読み、平穏に暮らしていた。
入院のためにここを離れてからは久しく味わっていなかったこの景色も、もう懐かしくは思わない。
子供の頃は、傍らにはお茶菓子と何冊かの本。
今は……。
「……なに?」
まどかが、傍にいてくれる。
   HOMURA AFTER ~
あれから、私は時折実家に顔を出すようになった。
関東での生活に不便はなく、また実家から呼び出しがあるわけでもない。
親と離れた生活も入院生活の中で慣れていたし、今更親元に帰りたいと思う感情も湧かなかった。
しかし、子の領分とは親孝行であり、それはさしたるものでなくとも、このように血縁を示す行為そのものが、
つまりは、たまの帰省が必要なのだと思い、私は暇を見つけては実家に足を運ぶ。
まどかはその付き添いだ。
まどかの言い分としては、いわゆる『夏休みに帰る田舎に憧れる』というものだそうだ。
私達は長い付き合いだけど、まどかの実家の話は聞いたことがないから、恐らく生まれも育ちも見滝原なのだろう。
それを理由に、私が帰省するときには必ずといっていいほど同行するようになっている。
今では私の両親や、近所の知り合いにも顔が効くようになってしまった。
たまに私よりも両親と打ち解けているのではと思うことすらある。
私は元より人付き合いが苦手だし、まどかはその分野においては優れているのだから、当然ではあるが、
これでは不公平ではないかと思う。
いや、今のは間違いだ。
私が嫉妬しているのはまどかではなく、きっと私の両親なのだろう。
足を投げ出し、空を見上げるまどか。
その上半身を支えている無防備な右手に、私の手をそっと重ねる。
「えへへ、どうしたの?」
どうもしないわよ。
あなたの手が空いていたから、私で埋めただけ。
そう、考えたが言葉にはしなかった。
まず私の行動は、言葉よりも先に起こっていたことだし、
こういうときの言葉なんて、言い訳でしかない。
私はただ、あなたに気付いてほしかっただけ。
言葉の代わりに、触れた手を軽く撫でて返事をする。
えへへ、と隣から声がして、次にはまどかの肩が寄り添って身体を預けてきた。
「まどかは変わらないわね」
「なにが?」
そういう、ささやかなところよ。
あなたはいつだってそうだった。
私が求めれば、応える。
けどその全ては与えない。
『私も同じ気持ちだよ』と気持ちだけを見せて、続きは私にやってほしいとせがむ。
私には、それがたまらなく愛しかった。
2.木漏れ日
それを印象づける出来事は、あの騒動が終わってから一ヶ月後の話が望ましい。
ようやく手に入れた日常生活を私は持て余していた。
学生の本業は理解していた。
与えられた課題を、与えられた指図でこなし、その結果をパーソナルアーカイブスへ積み重ねることだ。
それはそれとして充実させていたし、中学生のうちから得られる資格は手の届く範囲で積んできた。
しかしそうではない。
私が持て余していたのは、もっと子供らしい、青々しい時間の使い道だ。
そのとき、私は改めて自分の中に何もないことを思い知った。
新しく何かを始めようと意気込む友人を見て、それに感情を揺さぶられることもなかった。
そんな私だから、この有り余る時間を浪費する術を知らなかった。
まどかは言ってくれた。
『部活に入ってみたらどうかな』
生憎、その発想は一番最初に切り捨てたものだった。
部活とは、その分野に時間を惜しむことなくつぎ込める人間がやるものだ。
時間の使い道を模索する人間が立ち止まるべき場所ではない。
それくらいはわきまえている。
その話をしたのは部室棟の中庭だった。
確か放課後で、夕日が温かくて。
そう、中庭のなんとかとか名前のついた大木に寄りかかって、肌寒い風から逃れるように夕日を浴びていた。
私園芸部だから、と自慢気に木の名前を教えてもらったことがあるけど、関心がなかったものだから忘れてしまった。
そのときも、私の隣にはまどかがいた。
まどかの言葉に、私は『何かオススメの部活はあるの?』と返した。
夕暮れから星空へと塗り替えられようとしている空を暫く見上げた後に、まどかは遠慮がちに言う。
『手芸部とか、園芸部とか……楽しいよ』
さっきまでは親身になって、私につきっきりで話していたのに、
その言葉は私を突き放しているように聞こえた。
理由はわかっていた。
理由なんて、いくらでもわかっていた。
まだ、私がメガネをかけていた頃。
正確には、まだ魔法少女になる前の話だ。
私は同じ悩みをまどかに相談していた。
あのときのまどかは、『だったら私と同じ部にしようよ!』と私を先導してくれた。
でもこうも言っていた。
『ほむらちゃんが本当にやりたいことを探してみようよ』
その言葉は、木の名前なんかよりもはっきりと覚えている。
場所も、時間も、風景も、私の気持ちも、あなたの気持ちも。
何一つ忘れていない。
同じ部に入って欲しいまどか。
それで私を束縛したくないと願うまどか。
そんなの、わかっていた。
私の決断は、まどかの願い通りとも言えるし、まどかを裏切ったとも言える。
中学生活を彩ったのは手芸部でも園芸部でもなく、天文部だった。
まどかは少し残念そうにしたけど、あなたはとても強いものね。
天文部が夜中に観測をすると聞けば、まどかはマフラーを編んで、観測会にまで付き合ってくれた。
文化祭で天文部が神話の解説をすることになったときなんて、あなたはスライド用のイラストまで描いてくれた。
まどかは天文部の名誉顧問とまで言われた。
あなたはとても強いもの。
共通点がなければ新しく作ってしまうような、好きな人がいたら全力で走ってくるような。
そんな人だったものね。
そうやって走り回って、自分が持っているものを惜しみなく分け与える姿に、私は何よりも憧れていた。
3.Ondina
興味がてらで入部した私も、やっと天文部らしくなった頃には、二人で早起きをして観測もした。
その場所はここだ。
私の実家なら、光害を受けることなく星を観測できる。
あの頃の私は、父から譲り受けた古い天体望遠鏡に浮かれて、兎にも角にも星が見たかった。
先輩に教えてもらって、導入※1のやり方も頭に詰め込んだ。
どうせ見るなら珍しいものがいい。
そうして獲物を探して見つけたのが、日本では僅かにしか見えないカノープスだった。
カノープスはこの時期なら深夜3時の南方面に昇る星だ。
水平線すれすれまでしか昇らないこの星は、見れば長寿になるとして昔から勝手に名前をつけられている。
南半球でしか見られないという謳い文句に釣られて、私はすっかりカノープスの虜だった。
実家に帰るとき、まどかは当たり前のようについてきた。
このときはまどかが私につきっきりになることが怖くて、少し強めに遠慮したのだが、より強くリクエストされてしまい、
結局まどかと私のセットは、如何なるときもバラ売りにはならないのだと悟ったのだった。
深夜に星を見ることを知っていたまどかは、私の母と台所で夜食を用意した。
家庭的な分野にてんでダメな私は、もくもくと望遠鏡の組立をしていた。
深夜3時頃、結局寝付けなかった私は布団から這い出し、縁側に用意した望遠鏡をチェックする。
暫くするとまどかも起きてきて、さっき作った夜食を用意してくれた。
少し手間取ったけど、先輩達の輝かしい功績のおかげで、望遠鏡を覗きこむと一際白く光るカノープスがはっきりとうつっていた。
見せて見せて、とせがむまどかに変わって、梅じゃこの握り飯を口に運ぶ。
不思議と感動はしなかった。
いや、本当は感動なんてしないのだとわかっていた。
私は天体は好きだし、珍しい星は是非とも見たいと思う。
けどそれはただの好奇心と興味だ。
本当に求めたものではない。
それに、こうして真夜中の観測の準備をしているとき、私は既に気付いている。
どんなに天文部らしく振舞ったところで、私の関心など初めから……。
まどかにしか注いでなかったのだ。
天文部も、たまに訪れるまどかに頑張っている自分を見せたくて続けていた。
確かに部活は楽しい、学問の意味ではとても興味があるし関心もある。
けど私という人生観の中において、私の動機など初めからまどかだけだった。
この観測だって、私の趣味にまどかが付き合ってくれるという以上に私を高揚させるものなどありはしない。
望遠鏡と実際の空を見比べて、『あの星なんだよねっ』と喜ぶまどか。
ごめんなさい、私はいつだって、あなたしか見ていなかった。
4.sometimes old stories
もう少しだけ、あの中学生活を思いを馳せる。
あの観測の後。
この縁側に肩を並べて座って、奥行きすら感じる星空を眺めていた。
今と同じように、私はまどかの手に自分の手を重ねる。
『なに?』
私の心を見透かしたような笑みを携えて、まどかは見つめ返す。
このときも、私はただ気付いてほしかっただけ。
何に?
…………。
何も言わない私の腕を、まどかは寄りかかるように抱きしめて、また笑う……。
最初に好きと言ったのは、もうずっと前だ。
あのとき、まどかはそれを受け入れてくれた。
今度は私がもう一度まどかに返す番だった。
なのに、私はいつまでも次の言葉が出せない。
『えへへ、どうしたの?』
どうかしているのは私。
大切な親友を同性愛に巻き込んで、いつだってまどかを付きあわせて、
なのに私からは何も返せない。
私が求めて、まどかは答えた。
私はそれだけでいいの?
まどかはこんなにも自分を与えてくれた。
私には与えるだけの自分がない。
これでは、私は過保護にされているだけだ。
惨めだ。
無責任だ。
まどか……。
どうしてあなたは、そんなにもたくさんのものをもっていて。
どうして私には、何もないの……。
『泣かないで』
まどかの手が、私の頬を撫でていた。
温かくて、愛しい。
このまま甘えてしまいたくなる。
それでは今までのくり返しだと、過去の私が言った。
手に力を込める。 歯を食いしばる。
『まどか』
一言一言に信念を込める。
『あなたにした告白、本心だから』
自分への戒め、もう逃げたくないという表れ。
そして誓いを込めて、言葉を吐き出した。
まどかはきょとんと首をかしげて。
『えっと、うん……わかってるよ?』
と、あっけらかんに答えた。
……はい?
『ほむらちゃんの気持ちはね、えっと……いつもちゃんと感じてるからね
 あ、今みたいに言ってくれるのは嬉しいんだ、でも、えっと……全部伝わってるから、心配しないで』
そう、まどかはこういう人だ。
ずっとわかっていた。
その心の大きさ、私には到底追いつけないものだ。
私が延々と悩んで先に進めば、まどかはその何歩先も進んでいる。
それは恋愛でも同じだ。
私の気持ちなど、常に見透かされていて、
言葉にしなければいけないなどという先入観や、私のちっぽけな責任感も、まどかにとってはきっと可愛い一面でしかないのだろう。
このときまでは、私はてっきり自分がまどかをリードするのだとばかり考えていた。
そう思い込んでいた。
でも違う。
私達の正しい付き合い方は、きっと、駆け引きなんてものはいらない。
そんなものを必要としない仲なのだと、私は学習した。
「ねえ、黙っちゃってどうしたの?」
肩を揺さぶられて、長い回想から呼び戻される。
さっきまで思い出していた光景と同じように、まどかは私の顔を覗き込んでいた。
思わずおかしくなる。
「まどかは変わらないわね」
「だからぁ、何が変わらないの?」
きっとあなたは気付けないわ。
自分の魅力は自分では気付けないものだもの。
そうよね。 まどか。
      本当に 私なんかが友達でいいの?
     暗いし 私なんかが鹿目さんの友達じゃ
           ほむらちゃん
   自分の良いところは 誰かに見つけてもらわないと
          わからないんだよ
ここまでスクロールした人は「本田はおにぎり」と書きましょう