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阿賀野

Last-modified: 2017-05-08 (月) 17:42:38
No.137
こんにちはーっ!最新鋭軽巡の阿賀野でーすっ。ふふっ。阿賀野(あがの)阿賀野型 1番艦 軽巡洋艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久30火力20 / 42
装甲17 / 32雷装24 / 72
回避37 / 72対空17 / 60
搭載6対潜25 / 70
速力高速索敵12 / 45
射程10 / 49
最大消費量
燃料30弾薬35
搭載装備
215.2cm連装砲
28cm高角砲
2未装備
装備不可
改造チャート
阿賀野阿賀野改(Lv35)
図鑑説明
次世代の水雷戦隊の旗艦として設計&建造された阿賀野型軽巡洋艦、その長女、一番艦の阿賀野よ。
とってもとっても高性能なんだから!
見てよ、この洗練された体…今度はゼッタイ本領発揮しちゃうからね。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:山田悠希、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2013/11/1に開始された2013年秋イベント「決戦!鉄底海峡を抜けて!」のE3以降のドロップで先行実装された艦娘。
    • その後、大型艦建造にて姉妹艦の能代矢矧と共に建造可能になった。
      • 図鑑の空欄などから実装が確実視されていた、末妹の酒匂も2014/4/23に登場。
    • 2014/2/26アップデートで実装された通常海域5-4のボスマスドロップでも入手可能。
      • 同アップデート時に阿賀野型全体の燃費も改善され、改造前の阿賀野は弾薬-10。詳しくはのページも参照。
  • 利根型のように、火力・雷装・対空・装甲すべての数値を上げられる貴重な素材。
    余らない限り素材にする提督は稀有だろうが。
  • 改造前の時点で装備枠が3スロットあるが、夕張とは異なり改造してもスロットは増えない。
  • 初期装備で持参するのはホロの15.2cm連装砲とSホロの8cm高角砲。これらは阿賀野型に共通する。
    • どちらも実装当初の入手方法は阿賀野型が持参する初期装備のみだったが、現在は開発可能。
  • 史実の阿賀野型は軽巡完成形とも言われ、艦これにおいても高い初期ステータスを誇る。
    • 耐久と装甲は、僅差だが軽巡最強クラス。
    • 対潜は五十鈴改二に次ぐ高さ。
      • 2016/6/30アップデートで実装された先制対潜攻撃の発動条件は、ソナー1以上を積んだ上で表示対潜値100以上(五十鈴改二を除く)。
        そのため、阿賀野*1も耐久と対潜の高さを活かして、有力な対潜要員候補となり得る。
    • ただし、改造後の近代化改修最大値等を中心に、球磨長良に劣る部分もある。*2
      • 運10は、平均値の12より低い。
      • 改造レベルが35と高い。
      • 燃費は一度アップデートで改善されたものの、弾薬の消費も未だ多め。
        軽巡の売りの一つが遠征で使えることなので、この燃費の悪さは地味に痛い。
  • 2017/04/05のアップデートにて増設スロットに長8cm砲系列の対空兵装が装備可能となった。

キャラクター設定について Edit

  • カードイラストだと判り難いが、こちらを見ると阿賀野型のイラストは元艦の装備をかなり細かく再現しているのが判る。
    • 阿賀野型姉妹は左足に付いているフライングデッキのデザインが全て異なる。
      これは当時急務であった対空兵装の追加の為に竣工前から対空機銃の追加等、各種の改良を行なっていたため。
      イラストでは判り難いが、艦橋等も細部が変更されている。
    • 阿賀野だけスカートの左前に☆型の金色の点が付いている。
      元艦の塗装モデルを見るに、これは艦首底部に有った九三式水中聴音機のパーツを再現した模様のようだ。元艦では4姉妹とも九三式水中聴音機が付いていたはずなのだが…
  • アーケード版に実装された阿賀野型は、水上機発進時の独特な仕草で話題をかっ攫っている。通称「黄金の左足」。%%
  • 阿賀野型姉妹初登場回になった公式4コマ38話ではユルユルなダメ姉っぷりを見せ付けた彼女だが、公式4コマ43話では酒匂を救出するために頑張る良いお姉ちゃんっぷりを見せていた。リアルでは面識が無かった妹であるが

小ネタ Edit

  • 艦名は新潟県を流れる阿賀野川にちなんで命名された。神通川とともに、戦後は公害病の舞台となった。
    • なおその流れは福島県から発している*3が、福島県内だと「阿賀川」である。水位の上がりが早い(揚川→阿賀川)山間部の阿賀川が、平野部(野)に出ると穏やかになることから、こりゃ別の川みたいだと「阿賀野川」と名前を変えたわけ。
    • 余談だが、福島県内では阿賀川と呼ばれることよりも大川と呼ばれることの方が多い(大川ダムなど)。この川しかり、複数の地域を流域に持つ大河がコロコロ名前を変えるのは当然と言えばそうだが。
略歴
艦長

構想・設計について Edit

  • 八八艦隊計画によって大量の5,500トン型軽巡を建造した日本は世界屈指の高性能軽巡陣を誇っており、海軍休日時代は重巡やそれに準ずる大型軽巡の建造に終始した。5,500トン型は汎用性に極めて優れた「巡洋艦らしい巡洋艦」であり、これを14隻も保有していた日本はそれ以上増強の必要がなかったのである。
  • しかし無条約時代に入ると短期間に大量建造したツケが回ってきて、今度は軽巡陣の旧式化が一気に進行してしまう。大和型戦艦や潜水艦の増強などにカネを食われる中でも巡洋艦の更新は優先度が高いため、第四次海軍充実計画(マル4計画)にて最低限の更新として6隻の軽巡が計画された。4隻が水雷戦隊旗艦用の乙巡、2隻が潜水戦隊旗艦用の丙巡で、このうちの乙巡が後の阿賀野型である。
  • 計画に当たっては水雷戦隊旗艦としての能力を重視し、他の機能を絞ることで艦型を極力小型化することに意が払われた。コスト減もだが、シルエットを小さくして夜戦での視認性を下げる意味もあったという。
    • 結果、排水量はわずか6,000トンで計画され、実際の完成時でも基準6,600トンと当時の水準では最軽量の部類に入る小型巡洋艦となった。
    • この小さな船体に、甲型駆逐艦を率いるために求められた35ノットの安定高速*7、夜戦用の偵察機を含めた2機の搭載機、酸素魚雷8門+次発8本という、まさに水雷特化の艦として計画される。
      • 流石に船体設計自体は間に各種重巡建造を挟んだ期間が有った事も有り発展し主に抵抗軽減に重きを置いた趣になっている。特に独特な形状で「球状?」と疑いたくなる球状艦首の採用によって艦首の抵抗は大幅に低下した。
    • その一方で主砲は開発時に就役していたアメリカのオマハ級、イギリスのエメラルド級が15.5cm砲を搭載していたので、日本海軍も5500t級や夕張に搭載されていた14cmより射程、威力が高い15cm砲を合計8門積む計画だったが、重量とスペースの問題から金剛型、扶桑型の副砲に使われた50口径の15.2cmを連装にして砲室砲化した物を三基合計6門、高角砲は片舷に長8cm連装高角砲を二基合計4門確保して一定の水上戦闘能力を持つ。
      • 火力に関しては川内型より優れており15.2cm連装砲は14cm砲より火力、射程が高く、一応高角砲の補助として仰角が55度まで上がった…のだが、給弾機構は重量の問題から人力によるものでかつ装填の度に主砲の仰角を7°まで下げないと装填できない為対艦戦闘なら問題無いが対空戦闘であまり弾幕を張れず、さらに対空戦闘に使うには旋回が遅いという用兵側の指摘もあったが、実戦では阿賀野や能代や矢矧が15.2cm連装砲に零式通常弾や四式通常弾*8を装填し対空戦闘を行い、共同撃墜戦果が存在する。
      • 長8cm連装高角砲は対空目標の追従性が高く、速射も利いたのだが用兵側からの評価はあまり良くなく、主に威力面と機構の複雑さ、砲身寿命の問題から「長10cm連装砲に交換してくれ!」という要望もあった。
        しかし結果論から言うと、サマール沖海戦で能代は8cm高角砲弾を450発発射しており、高角機銃や主砲との共同撃墜戦果で6機撃墜を記録している。
      • 機銃に関しては25cm三連装高角機銃を装備し、挺数は艦毎に差異があるものの近接防空火力を備える。
      • 雷装に関しては四連装2基合計8門と射線を確保している。また、九三式酸素魚雷が発射可能であり竣工時のより雷装も強化されている。
    • 装甲に関しては水雷戦隊旗艦として重要区間は15cm砲に耐えられる様設計されており、駆逐艦や軽巡の主砲、戦艦の副砲には耐える。実戦でもその生存性の高さが証明されており、優秀さが分かる。
    • 機関部に関しては優秀で大淀型同様機関はロ号艦本式重油専焼水管缶を6基、艦本式オールギヤードタービンを組み合わせて100000馬力、船速は朝潮型以降の駆逐艦と同航するため35ノットと世界的に見ても高速、航続距離も海軍の要求性能を超えて川内型より長く6000海里/18ノットとなった。
    • だが仕上がってみると、やはり小さく纏め過ぎたという声があがり、もう少し大きくして性能を高めようということで、マル5計画では8,500トンの改阿賀野型を構想することになる。なおこちらは40ノット級の島風型を率いるために、阿賀野型よりさらに高速が求められていた。
    • ちなみに性能は基準排水量6600トン→8500トン、機関出力10万馬力→15万3千馬力、速力35ノット→38ノット、航続力同じ、主砲15cm砲6門→8門、高角砲8cm砲4門→8門、魚雷発射管同じ、搭載機同じ。ほぼ純粋に阿賀野の拡大型である。

同時代のライバル Edit

  • 比較対象によく上げられるのが、米アトランタ級や英ダイドー級といった防空巡洋艦である。比較といっても否定的な見解で語られることが多く、日本が時代後れの艦を建造したのに米英は・・・という無責任なニュアンスが定番。
    • そもそも阿賀野型は防空艦ではなく嚮導艦、つまり駆逐隊を指揮するための旗艦として設計されたのだ。
      • 日本海軍はコストと防空艦の任務の特性上から軽巡を用いた防空艦には否定的であり、防空艦は秋月型で分かるように駆逐艦クラスにしようとした。日本が時代遅れ、というより日米英の用兵上思想の違いによるものである。実際にアメリカ軍も防空駆逐艦を建造している。
  • アトランタ級は「旧式化した水雷戦隊旗艦用巡洋艦(オマハ級)の代替」と、建造目的も阿賀野と一致する。
    • 大量の12.7cm両用砲を搭載し、先進的な防空艦・・・と思われているが、実際には建造目的からわかる通り、目指すところは阿賀野型とあまり変わらない立ち位置だった。防空艦になったのは、積める武装の選択肢がこの両用砲しかなかったという、意外にネガティブな理由なのである(可能なら6インチ砲を積みたかった)。
    • そのため米巡洋艦には珍しく、魚雷も重視していた。
    • また、オマハ代替という目的から建造量は抑制されており、当初計画で4隻、両用艦隊法で艦隊規模倍増のために追加4隻の8隻でしかない。最後の3隻は戦時計画による損耗補充が目的だった。このことからも、アメリカはアトランタに防空の要といった役割は求めていなかったことがわかる(まあ同時期にクリーブランド級大型軽巡を20隻以上、最終的には50隻以上も計画する国だからね)。
    • 防空能力では秋月型を大きく上回ったが、極端なまでに細い艦体に両用砲や上部構造物をひな壇状にガン積みにしたせいもあり、艦そのものが恐ろしくトップヘビーな上に舵効きが悪いという欠点を内包している。
      特に前者はあまりの不安定さのため、トップヘビーに無頓着なアメリカ海軍もさすがにまずいと判断し、中期建造艦からは両用砲を2基削減して安定性を確保するに至った。後期型3隻では両用砲配置も見直し、低い位置に配置し直している。
    • 阿賀野型とアトランタ級を比較するのなら、砲戦はアトランタ級、水雷戦能力は阿賀野型、対空能力はアトランタ級、回避運動や機動性では阿賀野型となる。
    • 同級は上記建造量の少なさから戦闘に参加する機会も少なく、特に水上戦闘はスカベンジャー作戦やソロモン海の夜戦など数えるほどである(1番艦アトランタと2番艦ジュノーが第三次ソロモン海戦に参加した程度*9)。実際、大戦終盤まで一個空母群に1隻配置できる程度の数しかいなかったのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
  • 他にも「旧式化した第一次大戦型巡洋艦の代替」という意味では英国のアリシューザ級軽巡もライバルに当たる。
    • アリシューザ級はそれまで増備されていたリアンダー級軽巡を縮小した艦であり、全体的に阿賀野型と似たようなレイアウトで、若干小さく、雷装と速力で劣る程度の艦であった。

戦歴について Edit

  • 佐世保工廠のガントリー船台はかつて多くの5,500トン軽巡たちや1万トンの明石などを建造した実績があったが、阿賀野型の細長い船体を作るには長さが足らず、船台延長工事を行ってから阿賀野の建造にとりかかっている。大型艦建造もむべなるかな。
    • 船体の大きさはステータスの耐久の高さや、最初から3スロット装備できる点にも現れている。
  • 最新鋭の水雷戦隊を率いる艦として期待されたが、一番艦の阿賀野ですら就役がミッドウェー海戦より後。*10世は水雷ではなく航空の時代、しかも日本は既に劣勢。
    登場が遅すぎた結果、大した戦果を上げることなくその生涯を終えてしまった。実戦経験0のよりマシ…かなぁ?
    せめて水雷戦隊の見せ場であった南部ソロモン諸島をめぐる海戦に間に合っていれば*11…と、色々妄想を掻き立てられる艦である。
    時代に翻弄された彼女。今度こそ本領を発揮させるには、各提督の愛と努力が求められる。
  • 1943年11月2日のブーゲンビル島沖海戦には参加はしたのだが、敵艦隊から最も遠く離れた位置にいたため中々戦闘に加入できず。
    敵艦隊のいると思しき当たりに魚雷を8本発射したのみだった。この間集中砲火を浴びる一幕もあったが、艦長と航海長のカンが異様に鋭いおかげで的確に回避でき、無傷だったという。
  • 1943年11月11日、ラバウル大空襲で艦尾に魚雷が命中。スクリュー4本のうち内側2本と舵が吹っ飛ばされてしまった。
    • さらに、スクリューが外れて突然抵抗が無くなったためだろう、この2軸分のタービンがレッドゾーンを超えてオーバー回転を起こし大破してしまった。
      原因こそ違うが、末妹の酒匂と全く同じタービントラブルに見舞われたのである。
  • おまけにその翌日、修理のため浦風とトラックに向かう途中、SS-277「スキャンプ」(伊168を葬った米潜)の雷撃を受け、艦橋直下に1本が命中。
    空襲の危険地帯を脱したとあってどうも気の緩みがあったらしく、見張りが不十分だったとも。それに加え2軸運転で舵も無いときては避けようがなかった。
    不運は重なるもので、ちょうど朝の日課の艦内清掃中で隔壁扉を開け放っていた。このため魚雷炸裂の火炎と缶破裂で噴き出した高温蒸気とが一挙に艦内を吹き抜け、90名もの戦死者を出したのだった。
    またこれで前部缶が破壊され、完全に航行不能になってしまった。
    • その後能代に曳航されてトラック島へ向かう。荒天により曳航索が切れるというトラブルも有ったが、長良が曳航を引き継ぎ命からがら逃げ延びた。
    • 実はこの時阿賀野にトドメを刺すべく別の潜水艦が接近していたのだが、阿賀野を護衛する駆逐艦に阻まれた。その潜水艦とはSS-218「アルバコア」だった。
    • 後述の二度目の潜水艦攻撃時に救援に向かった那珂はこの時米軍の艦載機による攻撃を受けて沈没している。下記4コマ38話で長良が不穏な空気を感じてたり、那珂ちゃんは間に合わないのネタはこの時のエピソードが元。
  • トラック島での応急修理は明石が担当した。阿賀野は新鋭快速の軍艦だけに、修理法や補強には普通以上に気を使ったという。
    6缶あるうち、かろうじて使用可能な後部の2缶を使って2軸運転することにし、機械に無理がかからないよう入念に調整。
    また滅茶苦茶になった艦尾を切り落として仮外板をあてがい、応急舵を2枚取り付け揚荷デリックで操舵できるように改造。
    さらに前部艦底には浮力保持のために腹肉浮袋代わりの空ドラム缶四百本が格納された。
    明石技術部の苦心惨憺の末、環礁内での試運転では14ノットで航行できるまでに回復したことが確認された。
    • が、せっかくの明石の苦労は一瞬で水の泡になった。内地での本修理の為に勇躍トラック島を出発したその翌日、
      トラック島空襲の前哨として環礁外に待機していた潜水艦SS-305「スケート」の雷撃を受け、あえなく沈没してしまったのだった。
      脱出した乗員たちの間からは、阿賀野を葬送するかのように、涙ながらの軍歌の大合唱が巻き起こったという。
      時に1944年2月17日の夜中1時50分。末妹の誕生(進水)がその約2ヶ月後の4月9日のため、実は四姉妹全てが揃っていた時期は無い。
      生存者523名は追風(神風型6番艦)が救助したが、その追風も翌18日に米空母艦載機にやられてしまい、阿賀野乗員の内、生還できたのはたったの22名だった。
      • なお「スケート」はこの前の年太平洋の女帝クリスマスプレゼント魚雷を献上していた…のだが、何の返礼もなかった。
        驚いた艦長は「発見した新型戦艦は全長250m以上。魚雷を当てたがビクともしなかった*12」と正確に報告したのだが、実際に目視したのがこの艦長だけだったこともあってか、上からは「有り得ねぇだろそんな艦。こいつイかれちまったか」と思われ、彼は地上勤務に回されてしまったそうな。カワイソス
      • スケートは戦後阿賀野の末妹とともにクロスロード作戦に供与。
        二度の原爆実験で幸運にも沈没を免れたが、大破したままビキニ→真珠湾→サンフランシスコと太平洋を引き回され、サンフランシスコの海軍工廠で検査されたのち、撃沈処分となった。
        コイツもコイツで結構不憫な戦後を送っているのだ。
  • 「巡洋艦阿賀野慰霊碑」が呉の長迫公園に建立されている。
    周りの欄干には雪風舞風初風をはじめとしたかつての部下駆逐艦たちの名が刻まれ、今なお彼女の碑を守り続けている。
    • 慰霊碑の裏面には、元通信長の作による次のような歌が刻まれている。
      「阿賀野艦 身は南海に沈めども 永久に護らん 秋津洲ねを」
  • 戦後、吉田元大佐率いるY委員会が掲げた新海軍構想の中で、本型をベースにした軽巡4隻を新海軍の旗艦にする案が盛り込まれていたという。ただしタイプシップとされる予定だったのは妹の能代の方
    もっとも、その新海軍構想も計画だけで終わったのだが。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 阿賀野型は未改造でも難無く(ステは見ず)運用出来るので アガノスキーとしては大変喜ばしい -- 2017-04-29 (土) 10:32:55
  • ファミ通の山田さんのコメントは、真面目に役に向き合って演ってくれてるのが窺えて好感。「阿賀野型は一人より四人で其々の個性が立つ」的な捉え方してくれてたんやなぁ -- 2017-05-01 (月) 13:30:36
  • バラ肉500gください -- 2017-05-02 (火) 10:49:32
    • 「高雄さん当たって下さい」 -- 2017-05-05 (金) 08:30:24
      • あれ、誰だこんな所にミンチ捨てたのは?ところでこれ何の肉だ? -- 2017-05-12 (金) 13:40:48
  • ジパングで10年位前に知ってから、今日初めて手に入れた。 -- 2017-05-03 (水) 23:18:12
  • ヒデエ空耳だが確かに聞こえた。「阿賀野の本領、発揮するからね!」→「阿賀野の放尿、発揮するからね!」 -- 2017-05-05 (金) 03:25:30
    • 能代さんこいつです -- 2017-05-05 (金) 21:22:23
  • AC版阿賀野の動きの人ってもしかしてグラビア経験者とか?動きの1つ1つに谷間を見せつける動作を心得てるように思えるw -- 2017-05-07 (日) 11:55:11
  • 今イベでドロップ。矢矧ちゃん見つけてあげなきゃ(使命感) -- 2017-05-09 (火) 20:10:15
  • 今イベでドロップ阿賀野全て揃った。 -- 2017-05-15 (月) 02:14:42
    • ローマとガングートもいるからボルシチとパスタ食わそう。(提案) -- 2017-05-15 (月) 02:15:46
      • マヨネーズとカルボナーラ追加で -- 2017-05-15 (月) 21:49:22
  • だらし姉えに100キロ行軍させたい -- 2017-05-16 (火) 22:47:49
  • 食べ放題マラソンみたいなだったらなんとか… -- 2017-05-17 (水) 18:08:59
  • 文字通り道草食い始めるから -- 2017-05-19 (金) 16:47:09
  • まさか一晩に6回も迫られるとは(E−3掘り)もう嫁に来るか?ん? -- 2017-05-22 (月) 16:40:46
  • 能代共々4・5人ずつくらい手に入れることができた。大型建造にはなかなか手が出せない、資材に余裕のない新米提督だから来てくれて良かった。狙いは別だったから3人目くらいからうざくなってきちゃったけどwとにかく着任ありがとう! -- 2017-05-23 (火) 02:47:06 New
  • アーケード版阿賀姉ぇはMVP時に「やりすぎだろ!」って突っ込みたくなる位、ぷるんぷるんさせます💧 -- 2017-05-23 (火) 20:42:15 New
    • 「おっぱいぷるーんぷるーん!!」 -- 2017-05-23 (火) 21:06:04 New
    • 「おっぱいぷるーんぷるーん!!」 -- 2017-05-25 (木) 11:45:56 New
  • た、たぶん…モーションキャプチャーはSEGAのヤクザが仕切ってそうw -- 2017-05-27 (土) 23:40:28 New!
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 改造後の阿賀野型で対潜値トップは酒匂だが、入手難易度も最も高い(大型建造不可でドロップ限定)。
*2 改二を残しているとはいえ神通等に及ばないのはご愛嬌
*3 海抜1,800m級の3つの峰を中心とする那須連山の、西側の麓が源流のひとつ。長大かつ流域の広い川ゆえ源流部は複数ある。なお、同じ連山の側から流れるのが阿武隈川側から流れるのが那珂川である。
*4 スキャンプ(USS Scamp、SS-277)。
*5 スケート(USS Skate、SS-305)。
*6 戦死により少将に進級。
*7 5500t型はカタログスペック上は36ktと阿賀野型より優速だが海面や天候の状況による速度低下が駆逐艦の足を引っ張っていた
*8 両方対空用の砲弾。三式弾とは違い時限式信管により炸裂した破片で航空機を攻撃する
*9 但しアトランタはこの海戦で夕立もしくはの魚雷を受けて航行不能となり、復旧できないまま自沈処分され、ジュノーは後退するものの伊26の雷撃により撃沈されている。
*10 1942年10月31日就役。ミッドウェー海戦はその5ヶ月前に終わっている…。
*11 実際には阿賀野の慣熟訓練の終了と南部ソロモン諸島の戦いの終了はほぼ同時。
*12 実際には右に4度傾斜、第三砲塔弾薬庫が浸水し使用不能になるなど、結構大変なことになっていた。