遠距離恋愛/ep03

Last-modified: 2013-08-09 (金) 19:24:44
ep03
「でも私、引っ越すんだよ?」
 

二人で一緒に下校したのは、一度だけだ。

 

## 2069年 6月下旬。雨。あじさいの花。
## 男1はレインコートを着ている。視認性を高めるため、レインコートの背中には電子回路が縫い込まれていて、照明が点滅している。また使用者の振り返り動作を検知して、フードに埋め込まれた紐を引っ張り、後方確認時にフードが邪魔にならないようにする。
## 自転車のハンドルに巻かれた画面で、オレンジ色の文字が点滅し、部品の不調を訴えている。
雨続きのせいで、自転車の調子が悪くなった。だから俺は自転車を押して、歩いて帰ることにした。

 

学校を出てすぐ、前を歩く女1に気づいたので、近づいて声をかけた。
俺「よ。参ったよ、ブレーキがすり減ってダメになった。」
女1「あれあれ、追いつかれちゃった。」
女1は傘をさして歩いていた。俺はその横に並んで歩く。
女1に合わせて、俺はゆっくり歩く。
## 女1の傘の柄は、手元にモータを内蔵している。この傘は、風力と加速度をセンサで検出し、最も楽に傘をさせるように姿勢を制御する。
俺「そのバランス傘ってさ、握力の弱った老人向けかと思ったら、そんなオシャレなやつもあるんだな。」
女1「でしょでしょ、可愛いよねコレ。最初は傘が勝手に動くなんて気持ち悪いと思ったけど、慣れると良いもんだね。」
女1は歩きながらくるくる回った。
俺「俺んちは小学校の向こう側、うおハチのほうなんだけど、女1のうちは?」
女1「小学校と中学の間だね。西公園の近く。」
俺「じゃあ途中まで一緒だな。よ…」
よかった、という言葉を飲み込んだ。

 

俺「女1はどこの高校行くの? もしかして私立?」
女1「男1は?」
俺「ナカ高かな。本当はキタ高のSS科とか言いたいけど、そこまでの学力はねーわ。」
## 高校の統廃合が進んだ。中央高校 (ナカ高)、北高校 (キタ高)、南高校、東高校、西高校。このうち、北高校にだけは SS(Super Science)科がある。
女1「そっかそっかー、男1はナカ高かー、意外と頭いいもんね。」
俺「トータルでは女1も同じくらいだろ。数学は俺と互角だし、英語は俺より上じゃん。だからさ、女1も…」
一緒にナカ高に行こうぜ。とは言えなかった。

 

## 空き家の前を通る。この家はかつて小ぎれいな一軒家だった。しかし現在は無秩序な蔓草に被われ、雨の中でカビのにおいを放っている。

 

小さい雨粒が俺のレインコートに当たって連続的な音を立てている。
女1「話は変わるんだけどさ、男Xくんの話って、なんかない? いつだったか、指を切った話は聞いたけど。」
また男Xか。
俺「それなら、俺じゃなくて男Xに直接聞けば?」
女1「いやいや、無理だって。中心に男Xくんと男Yくんがいるでしょ、そのまわりを女子の壁が囲んでるでしょ、とても近づけないよ。」
なんだよ、お前もあのバカっぽい女子たちと同じなのかよ、と思ったことは隠しておく。
俺「しょーがねーな…えーと…なんだっけ…ドッジボールをやってたんだ。誰かの投げたボールが、男Xの顔に当たった。」
女1「そうそう! すぐ男Yくんが駆け寄って、ふたりで保健室に行ったんだよね?」
俺「え? そこまで詳しいことは憶えてないな。ただ、参加してた女子も見てた女子も、全員キャーキャー大騒ぎだったな。」
女1「へー、やっぱり昔から女子の注目を集めてたんだね。」
だから男Xの話はもういいだろ。それより…

 

話題を探しているうちに、マンションの前に着いてしまった。
女1「私、ここ。」
俺「へー、女1のうちってここなんだ。」
女1「うん。でも…」
俺「ん?」
女1「上がっていく? なんて言わないからね。男1は寄り道しないですみやかに下校しなさい。」
どきっとした。家に上がったら、たぶん俺は、とんでもないことをしてしまうだろう。妄想の中のようなことを。
俺「じゃ、女1も、転ばずに帰れよ?」
女1「あは、転ばないよー! じゃ、また明日ね。」
手を振る。女1が背を向けて立ち去る。一瞬、女1が足を滑らせ、よろめいた ! しかし、なんとか踏ん張って立ち直る。女1が振り返る。俺がまだ見ていることに気づき、気まずそうな顔をする。
女1「だ! 大丈夫だから!」
俺は未練があったが、手を振ってから自転車を反転し、歩き去った。

 

これが、最初で最後の、一緒に下校した記憶。

 

梅雨が開け、夏休みに入った。

 

## 2069年 7月下旬。曇り。外気温33度。
俺はエアコンの効いた自室で勉強していた。
## 電子教科書で無線ネットワークに接続する。仮想的な学習室にログインする。他生徒の宿題の進捗を見たり、誰かに質問をしたり教えたりできる。

 

仮想自習室に女1がログインした。
女1「おーおー、みんな早いね。」
女A「なに? まさか今起きたの?」
女1「いいじゃん別に。さてと…おーい! 誰か #教えて# アメリカで「愛国者法」が作られた原因って? そのあとアメリカがイラクに侵攻した理由ってなに?」
その質問は俺の苦手科目だったので、俺は黙っていた。他の男子が答える「一言でいえば9.11テロ事件が原因。あとイラクの前にアフガニスタンな。で、一連の流れを説明すると…」。俺はそれを眺めているしかなかった。
俺は、女1に話しかけたい、と思った。でも仮想自習室で話しかけると、他の奴に聞かれてしまう。どうしよう。

 

たっぷり30分間は迷った。
決意した。
俺は電話を拾い上げ、女1にメッセージを書いた。
## 男1は電話に向かって、声を出さずに口を動かす。電話のカメラが男1の唇の動きを認識し、文字に変換していく。変換ミスをすることもあるので、首や目の動きで他候補を選択する。
俺「神社の祭りとか、花火大会とか、一緒に行かね?」
メッセージを送信。電話を手のひらに挟み、祈るような格好で返事を待った。しかし5秒後、俺は緊張に耐えきれず、
俺「みんなで。男子からは男A・男Bも。」
と付け加えてしまった。
20秒後、返事が来た。
女1「お祭りの日は旅行。花火のときは、弟を連れてく約束してるんだ、残念。」
落胆した。
違和感があった。女1は何かを隠しているような気がする。

 

女1が気になって、勉強どころではなかった。
明日からは仮想自習室には入らず、独学で勉強しよう。

 

中学最後の夏休みも、やっぱり男友達とバカばっかりやって過ごした。
男A「モルスァ! (ドスっ)」
俺「げっ…何しやがる!」
男A「なー、結局おまえ、女1とはどこまで進んだんだよ。」
俺「進んだって何だよ、進みも戻りもしねーよ。」
男B「けっ、もう老夫婦の境地かよ、死ね。いいか、コンドームが必要になりそうなら、買ってくるからな、男Aが。死ね。」
男A「やだよお前が行けよ。つか男1、まだ告ってないのかよ?」
俺「うるせーよ呪うぞコラァ!」

 

告るだって? 冗談じゃない。
思い出さないようにしていたのに。
胃壁に釘が刺さるような感じがする。

 

小学6年生のとき、俺は女Bを好きになった。
俺は女Bを、紙の手紙で呼び出して、告白した。
俺「す、好きだ…カノジョになってください」
女B「え、あんたが?…なら…とりあえず友達から。」
俺「わかった! また明日な!」
翌日から、女Bはあからさまに俺を避けるようになった。俺は幼く、バカだった。断られたことに気づかなかった。どうにかして女Bに接近しようとした。

 

女Bは不登校になった。
そのまま卒業式を迎えた。
二度と女Bを見ることはなかった。

 

ダメだ。
女1との思い出を、そんな結末で凍結するなんて。
中学時代、仲の良い女子がいた。楽しかった。もしかしたら…と思っていた。
それで十分じゃないか。

 

中3の後半は、女1と席が離れた。
本当は毎日でも声をかけたかったが、しつこくすると破局が待っている。
だから俺は、女1に話しかけるのは1~2日おきに自粛した。話題も軽く。

 

俺「テストどうだった?」
女1「うん? まあまあ、かな。」
俺「じゃあ…数学! 俺は92点だッ!」
女1「うわっ、私90点! くっ…!」
俺「よっしゃ今回は俺の勝ち! んで…英語は?」
女1「98点! これは抜けないでしょ!」
俺「うお! すごいな毎回。でも満点じゃないんだ?」
女1「うん、単数形で for each child って書くところを、文章を考えながら書いてたら、うっかり for each children って複数形にしちゃった。あと the をよけいな場所につけちゃった。」
とか。

 

俺「お。今日は髪を結んでるんだ?」
女1「そうだよー。どうかな、これ。」
俺「いいね、その、その結ぶやつ…リボン…じゃないな…」
女1「シュシュ?」
俺「っていうんだ? それ可愛いね」
とか。

 

俺「昨日は急に寒くなったね。」
女1「ほんとほんと、いきなりだよねー。」
俺「おかげで風邪ぎみだよ。女1は大丈夫?」
女1「今んとこ平気。そうだね、3年だし、気をつけなきゃね。」
とか。

 

## 2069年 10月下旬。
合唱コンクールが終わり、間もなく文化祭という時期。
道具の準備をしていると、クラスの女子が話しているのが耳に入った。
女A「だからさー、女1が引っ越す前に、いちど集まって…」
胃をラジオペンチで挟まれたような感じがした。

 

女1が引っ越す?
俺は混乱した。
いつ? 中学卒業とともに? それとも冬休み明けとか? どうして? でも他人の家庭の事情だから。それとも特別な学校に行くためか? なんで俺に教えてくれないんだでも俺は女1の何だっていうんだたいして仲良くもないクラスメートだどうしよう引き止められな無理だ同じ高校に行けなくても家が近ければ会うこともどこに引っ越すんだ俺が何か悪いことを言っどうしてこうなった!
落ち着け。
クラスの女子が話していただけだ。まだ確定ではない。

 

文化祭が終わった。
テストが終わった。
もうすぐ11月が終わる。
俺は相変わらず、1~2日おきに女1と話していた。

 

俺「お。あったかそうな手袋だね。」
女1「うん、いいよこれ、発熱繊維。」
俺「ここの模様は? 何か縫い込まれてるの?」
女1「これは温度計で、こっちが湿度計。」
とか。

 

俺「この動画、見た?」
女1「なになに? 自動車のレース? これってフォーミュラ Eってやつ?」
俺「そう、電気自動車のレース。ドイツのニャル…とかって場所。」
女1「へー、こういうの好きなんだ、男の子だねー。」
とか。

 

しかし、肝心なことは聞けなかった。
引っ越すって本当? と。

 

このところずっと、頭の中で考えている。

 

脳内シミュレーション1
俺「引っ越すって本当?」
女1「ちがうよ」
俺「よかった、うれしい。」
女1「何それキモい。あんた私の何。」
GAME OVER

 

脳内シミュレーション2
俺「引っ越すって本当?」
女1「そうだよ、引っ越すよ」
俺「そうか…なんで教えてくれなかったんだよ。」
女1「なんでって、別に。男1はただのクラスメートだし、聞かれなかったから。」
俺「その程度の関係だったのかよ。」
女1「そりゃそうでしょ、どんな関係だと思ってたの? キモい。」
GAME OVER

 

何がキモいって、こうやってウジウジ悩んでる俺が一番キモい。

 

## 2069年 12月上旬。木々は葉を落とし、殺風景な枝を晒している。天気は快晴だが、気温は低く、空気は乾燥している。
個別面談があった。俺は予定どおり、ナカ高に決めた。
面談で進路のことを話したので、卒業が迫っていることを実感する。
もし女1が引っ越すのが本当なら、残り時間はどんどん減っていく。
聞くなら今だ。

 

翌日、女1に話しかけた。
俺「よ。俺は昨日面談だったんだけどさ、女1は?」
女1「あ、私はまだだよ。」
俺「そか。それで…」
緊張する。心拍が体全体を揺らす。深呼吸してから言う。
俺「女1はどこの高校行くの?」
聞いた。引き下がることはできない。
女1「えーとえーと、たぶん男1は知らない学校だけど。」
俺「ん。言ってみ。」
女1「福島県立白…」
フクシマ…
俺「じゃあ引っ越すの? いつごろ?」
女1「卒業式のすぐあとだね。」
本当に…
俺「そか。福島ってよく知らないけど、遠いのかな。」
女1「ここからだと、まず東京駅まで出てから新幹線、そのあとも乗り換えだから、3時間くらいだね。」
どうして…何が…
俺「どんなところ?」
女1「広々としてて、遠くに雪をかぶった山が見えて、それから、お城があるね。」

 

クリスマス気分で浮かれる町に、意味もなく腹が立つ。
サンタ姿を見ると殴りたくなる。

 

女1と離れたくない。
でも、そんなこと言えるわけがない。
一日また一日と、時間が浪費されていく。

 

終業式のあとの教室で、帰り際に女1と話す。
俺「クリスマス、どうだった?」
女1「友達と集まってパーティしてたよー!」
俺「いいね。じゃあ、年末年始はどうするの?」
女1「引越しの準備かな。かなり荷物へらさないとね。」

 

冬休み。年末年始。
ほとんど家から出なかった。
たまに電話を取り出して、女1のアドレスを表示した。
しかし一通もメッセージを送ることはできなかった。

 

## 2070年 1月 7日。始業式。
女1「あけー!」
俺「おめー! 冬休みのあいだ、えーと、福島、行った?」
女1「いやいや、お母さんもそれは考えたらしいけど、あっちの父ちゃんに止められてさ。わざわざ寒いときに来なくてもいいって。」
俺「ん? お父さん?」
女1「あ、お母さんが再婚するほうのね。」
俺「ああ、それで…その相手の人が福島にいるってこと?」
女1「そうそう。でね、このへんだと気温が10度を切れば「寒ーい!」って感じでしょ。あっちだと最高気温すら5度くらいで、最低気温がゼロ以下なんて普通なんだって!」

 

## 2070年 2月 14日。
今年のバレンタインデー、女1の机には、俺が知らないような高級チョコがいくつか乗っていた。
俺「そのチョコがあれば、クレムリン宮殿でも引っ張って来れそうだな。」
女1「おっとっと、こっちのチョコはトレードできないよ、友達からのせんべつだからね。取引の材料はこっちだよ。」
女1は別の袋からふつうのチョコ菓子を取り出し、俺との取引を行う。

 

肝心なことを言えないまま、ただ、日々が過ぎていく。

 

## 2070年 3月上旬。
卒業式まで、あと一週間を切った。
そのタイムリミットが俺の背中を蹴飛ばした。
死刑囚の気分で、俺は、女1に告白する決心をした。

 

その日、朝の点呼が終わるとき、俺は女1にメッセージを書いた。
昨日の夜、何時間も考えた文章だった。さりげなく、的確に。
手で電話を隠すようにして入力する。
俺「用事がある。昼、中庭の裏門前に来てくれ。」
メッセージを送信した。
俺はもう、何も耳に入らず、何も理解できない状態だった。
休み時間が始まるたびに、女1のほうをちらっと見る。女1は怪訝そうな表情で見返してくる。
その日の休み時間は、女1と話すのを避けるために、トイレ・廊下・昇降口・図書室などを渡り歩いて過ごした。

 

昼になった。俺は教室を出て中庭に行く。
逃げ出したい気分だった。告白が成功する可能性はほぼゼロ。たぶん女1が好きなのは男Xだ。

 

裏門付近。他の生徒から距離をおいて、野菜畑の近くで待つ。3月になったばかりで、まだ寒い。もう少し暖かい場所を選ぶべきだったか。落ち着きなく、うろうろ歩き回る。
来た ! 女1が校舎から出てきた。
俺はあまり女1のことを見つめないようにして、寒さと緊張をごまかすために歩き回っていた。女1の姿を視界の端に維持して、近づくのを待つ。
立ち話の距離まで近づいたのを確認して、声をかける。
俺「よ。」
女1「なにかな、用事って。」
俺の頭の中で、今まで繰り替えした数百の脳内シミュレーションが再生される。
俺「あのさ…」
昨日いくつも考えた選択肢が脳内をよぎる。迷っちゃダメだ。
女1「うん…?」

 

俺「俺は、女1のことが、好きだ。」

 

心臓の音だけが聞こえる。
数秒後、風の音が聞こえるようになった。

 

女1「でも私、引っ越すんだよ?」

 

断られた。想定の範囲内だ。
俺は、気にしてない、という振る舞いを心がけた。
俺「じゃ、向こうでも元気でな。」

 

告白して断られたら、しつこく付きまとってはダメだ。
卒業まで残り数日だが、女1が不登校になったら、最悪だ。
俺は女1に背を向けた。背中から、別になんともない、という雰囲気を出すように努力して、駐輪場までひとり歩く。

 

自転車で、どこまでも走った。
とにかく、知らない場所、知り合いのいない場所に行きたかった。
何時間も歯を食いしばって走りつづけた。

 

日が沈む頃、海に着いた。
自転車を止め、砂浜に降りてみる。
砂浜の片隅に、鉄パイプが柵のように組まれている。柵には何百本もの干からびた大根が吊り下げられている。
冬の海岸で、しかも日没後。犬の散歩が数百メートル先に見えたが、それも帰っていった。
波の音。暗がり。空に星が出てきた。通り過ぎる自動車のライト。

 

叫びたかった。
しかし、海に向かって叫ぶなんて、ありきたりすぎる。

 

王様の耳はロバの耳。俺は穴を掘って、その中で叫ぶことに決めた。
穴の深さを見積り、波打ち際からの海抜を推測し、穴を掘る地点を設定する。
道具を考える。砂浜に穴を掘るとなると、電子教科書では無理だ。
穴掘り道具を探した。暗くて周囲が見にくいので、電子メガネを暗視モードにする。砂浜に落ちている物の中で、道具になりそうなものを探す。平べったい石。大きめの貝殻。バイオプラスチックのボトル。木の板の切れ端。
道具を拾い集めて、場所に戻った。
制服が砂だらけになるが、気にしない。膝をつき、木の板を使って砂を掘る。穴が深くなってくると、穴の周囲に積み上げられた砂が崩れてくる。だから周囲の砂をブルドーザーのように遠ざける。
穴の深さが腕いっぱいくらいになった。穴を広げて階段をつくった。穴の中に足を踏み入れて作業できるようになった。
穴掘り、砂の堆積、その搬出、穴の拡張。寒さと疲労で指先の感覚が麻痺する。指先は擦り剥けているようだ。しかし、作業を淡々と続ける。

 

やがて、しゃがめば隠れられるくらいの穴ができた。
そこで気がついた。何のために穴を掘っていたんだ?
そうだった、何かを叫ぶためだった。
何を?
別に、叫ぶほどのことなんて、何もない。

 

夜。砂浜近くの駅に行き、自転車を駐輪場に停めた。電車で帰った。翌日、学校をサボって電車に乗り、自転車を取りに行った。帰り道は遠く、途中でバッテリが切れた。

 

卒業式。指の擦り傷は治った。
男友達と、互いの卒業アルバム (紙の) に落書きするのに忙しかった。女1のことなんて見なかった。男友達と一緒に帰り、菓子・ジュース・季節外れの花火、そんなバカ騒ぎをした。
そうして俺は、中学を卒業した。

 

## 2070年 3月中旬。電話に流れるログ。
女1「いよいよ今日は引越し。」
女1「業者さんが来た。搬送ロボットを連れてる。かわいい。」
女1「物凄い勢いで荷物が運び出されてます。」
女1「お母さんと一緒に電車に乗った。」
女1「さらば横浜。」
女1「向こうからもログで近況報告するよ。」

 

俺は虚ろな目で、女1のログを見ていた。
まる一日あれこれ迷ったあげく、俺は、ログリストから女1を削除し、女1のアドレスも削除した。

 

もう二度と、女1と会うことはないと思った。