遠距離恋愛/ep04

Last-modified: 2013-12-07 (土) 23:28:03
ep04
「入っといでー!」
 

## 2070年 4月上旬。桜が七分咲き。
## 神奈川県立横浜中央高等学校。横浜駅から徒歩12分。
## 男1は電車通学になった。
## 入学式。体育館に真新しい制服を着た新入生が並んでいる。男1は不安そうに周囲の顔ぶれを確認している。

 

## 教室。
男Cに話しかけられたのは、入学式の翌日かそこらだったと思う。
ダイナミックな奴、という印象だった。声がはっきりしていて、身振り手振りの動作も大きい。
男C「やあ、男1、同じ中学の出身だな。」
俺「そう…だっけ? 悪い、人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだ。」
男C「本当だな。中1のとき同じクラスだったんだぜ? 男Cだよ、思い出した?」
俺「ああ…思い出した。」
自信が持てない。
男C「で、男1はどっち? 文系? 理系?」
## 高校入学と同時に理系・文系に分かれる。しかし一部の授業が別になるだけで、学級としては一緒。つまり同じクラスの中に理系文系両方の生徒がいる。
俺「理系。」
男C「そか、少数派は大変だな。俺は多数派の文系。」
俺「理系ってそんなに少なかったっけ?」
男C「そうだな、6:4 くらい?」
俺「ふむ、1.5倍…まあそんなところか。」
男C「でも、ナカ高だから 6:4で済んでるけど、たとえばミナミ高だと 9:1 くらいらしいぜ。」
俺「まさか、そんなに極端なわけ」
男C「あるんだな。考えてみよう。理系ってどんな奴だ?」
俺「英語・数学、あとたぶん理科や技術が得意な奴だ。」
男C「じゃあ文系はどんな奴?」
俺「国語・社会が得意な奴。あと英語は得意だけど数学がダメな奴。」
男C「じゃ、体育だけが得意な奴、音楽や美術だけが得意な奴、さらには得意科目がひとつもない奴は、文系・理系どっちかな?」
俺「…文系…そうか。文系は理系の complement (補集合) なんだ。必ずしも文系科目が得意ってわけじゃないんだ。」
男C「そういうわけ。だから、レベルの低い学校になるほど、文系が多くなる。」
俺「君も文系だろ、言ってて悲しくないのか。」
男C「別に。俺は、ちゃんと得意科目のある文系だから。」

 

## 2070年 4月 11日 (金)。
3時限めの途中、放送が入った。理科教師の声だ。
放送「えー、今日は日食です。太平洋上では皆既日食ですが、このあたりでは 0.9分食です。すでに始まっています。少し薄暗くなっています。このあたりでは 11時50分ごろに最大食になります。ですので、先生各位は打ち合わせどおり、4時限めの前半は生徒が教室を出たり、実況中継を見たりすることを許可するよう、ご協力ねがいます。生徒諸君は、外に出て観察してもいいですが、あまりハメを外しすぎないように。」
教室のあちこちから、喜びのざわめきが起きる。大っぴらに授業から抜け出せるイベントは歓迎される。
全員の電子教科書に、理科教師からのメッセージが届く。日食の観察方法と注意だ。

 

男Cが俺の席まで来て、俺にちょっと声をかけたあと、大胆にも、俺の隣の女子に声をかけた。
男C「やあ。あのさ…ごめん、その前に、名前おしえて。まだ覚えきれてないんだ。」
その女子は、こぎれいな感じだが目立った特徴がなく、休み時間は本 (紙の本も!) を読んでいることが多い。答えは、
女C「女Cです…女C。」
男C「そうだ、女Cさんだ。思い出した。自己紹介で「得意なスポーツは影踏み」って言ってたね。」
女Cの顔が赤くなった。
俺も思い出した。女Cの自己紹介のあと、他の女子の声で「影が薄いからな!」と聞こえたのだった。あれは誰が言ったのだろう。
## 女Cの手の甲を埋め尽くすように、シール状のフレキシブル電子回路で作られた電話が貼られている。その表面のディスプレイにはハートマークや花柄が表示されている。
男C「おっ! その手の甲は、「貼る電話」じゃないか。進んでるね。どうなの、その電話の使い勝手は。」
女C「うん…入力方式をカスタマイズできるのは便利だけど…ちょっと汗かくと、はがれちゃうし…こまめに掃除しないとね。掃除。」
そう言いながら女Cは、反対側の手で手の甲の画面を忙しく操作していた。
教室のどこかから女子の声が聞こえて、「どうせガジェットオタクとかキモいとか思ってんだろ、おまえのほうがキモいんだよチンカス野郎」と言っていた。
男C「でね、女Cさん、鏡 持ってない? この観察方法ができないかと思って。」
男Cは、電子教科書に配布された、日食の観察方法のひとつを指して言った。鏡を使って太陽光を反射し、壁に投影して見る方法だ。
女C「あ、ごめんね、今日は鏡 持ってないんだ。今日は。」
話しながら女Cはまた電話を操作した。今度もどこかから「鏡を持ってない女なんて、外見を気にしない毒女だと思ってんだろ。潰すぞゴキブリども。」と聞こえた。誰だろう、こんなひどい言葉を使う女子は。
男C「そっか。まあ持ってきてないこともあるよね。じゃあ、一緒に行こうよ。さて…おーい、女Nさん、鏡って持ってない?」
男Cは少し離れた女Nに声をかけた。
俺・男C・女C、女N・女Nの友達、このグループで教室を抜け出して、校舎の壁に太陽の形を投影して観察した。

 

## 教室。歴史の授業中。
歴史の先生は、教卓の上の段ボール箱から、1枚のミレモリを取り上げた。
先生「みなさんのほとんどは、電話の充電器にミレモリを差してあると思います。ミレニアム・メモリー、超長期不揮発メモリですね。」
## ミレモリの大きさは親指の爪くらい、黒い樹脂の板。表面にはメーカーのロゴや製品仕様が印刷されている。
先生「中学の技術で習ったかもしれませんが、このミレモリの保存期間はどれくらいでしょう? どうです、男Cさん?」
男C「はい? あー、ミレニアムってくらいだから、千年くらいは保つんですよね。」
先生「そうですね、裁判所や警察、それから気象や天文のデータを保存する場合、千年スペックの製品を使います。みなさんが家庭で使っている製品でも、300年くらい持ちます。」
俺は詳しく言い直したいと思った。ミレモリが300年もつというのは、300年後に少なくとも90%のビットが維持されていて、かつ、どの記憶領域が壊れているかを判定することができる、ということだ。とはいえ、本当に300年も耐久試験を行うことはできないから、熱や放射線で300年分のダメージを与えて情報残存率を推定する。また、ビット情報だけが残っていても、そのフォーマットがわからないと意味がない。だからファイルシステムの仕様は国際標準として公開され、「紙の仕様書」でも保存されている。…と習った。
しかし俺は黙っていた。今は歴史の授業だ。技術ではなく。
先生「このミレモリってものが作られる前は、ちょっとした騒動があったようです。昔の電子メモリは、あまり長期保存のことを考えてなかったんですね。記憶寿命が20年くらいしかなかった。しかも、次々と新製品が出るので、以前のメディアを読む方法が失われていった。」
先生は次に、段ボールから別の記憶メディアを取り出した。人差し指くらいの大きさで、片方の端には金属の端子が付いている。
先生「例えばこれは、50年ほど前に一般的だった記憶装置です。USBメモリといいます。おじいさん・おばあさんの家で見たことがあるかもしれません。」
先生は顔の前にUSBメモリを持ち上げて、いろいろな角度で眺めた。先生がかけた電子メガネのカメラがUSBメモリを撮影して、全員の電子教科書にその映像が配布される。
先生「数年前に亡くなった私の祖母も、若い頃の写真や日記、私や私の母が生まれたときのデータを、こういうUSBメモリに保存していました。そして、お葬式のとき、おばあちゃんを偲ぶために、これを読もうとしたのですが…」
先生はため息をつき、肩をすくめて首を横に振った。
先生「いまどきUSB端子のあるパソコンなんて、誰も持ってない。町の電気屋さんのツテで、古いデータを読み出す業者さんに頼んだのですが、残念ながら古いデータはほとんど壊れていました。だから結局、祖母の若いころを知るすべは…」
先生は電子メガネの前で指を動かした。俺たちの電子教科書に写真が送られてきた。その写真には、紙の本が写っていた。表紙は茶色に変色している。手作り感ただよう絵が描かれている。痩せた男2人が仲良さそうにしている絵だ。
先生「こういう紙しかなかったんです。祖母は若い頃、こういう紙の本を自分で作るのが趣味だったんですね。薄い本ですが。」
俺の隣の席から、かすかに声が聞こえてきた。
女C「やめて…やめてあげて…」
別の場所からは別の女子の声で「そんなことしたら…呪ってやる!」と聞こえた。

 

俺のミレモリには、女1の記録はない。
写真 1枚、メッセージ 1通すら、残っていない。

 

先生は段ボールから色々なものを取り出して紹介した。いくつかは博物館で見た記憶がある。
先生「これはブルーレイ、昔は映像や音楽をこれに書き込んで売っていました。こっちはDVD、これはCD、見分けがつきませんね、容量がちょっと小さいそうです。これはMDです、音楽を書き込むのに使われました。」
さらに続く。
先生「磁石を使って記録するものもありました。これはハードディスク、コンピュータの記憶装置でした。これはビデオテープです、このように…中にはテープが巻かれていて、そこに磁力で情報を書き込みました。これはカセットテープ、さっきのビデオテープと同様ですが、容量が小さいので音声だけの記録です。ああ、これはフロッピーディスクですね、コンピュータの情報を記録するために使われました。それからこっちは、パンチカードで…」
そうして記憶媒体の紹介が終わってから、
先生「近代史の研究には、こういったものを読む必要があります。データを取り出すには理系の知識が必要で、データに意味づけして解釈するには文系の知識が必要です。逆に、地球科学の研究では、大昔の天文現象や地震などを知るために、古文書を解読することがあったりするそうで…」

 

そのあとの休み時間、俺は男Cと話した。
俺「歴史の研究に理系科目が必要で、地球科学の研究に古文を読む必要があって。それじゃどうしてコースを理系・文系に分ける必要があるんだ?」
男C「それは昔から言われてたらしいね。にもかかわらず今なお文系・理系に分けている。その理由をオレなりに考えてみたんだ。ちょっと教科書かして。」
男Cは俺の電子教科書を操作した。数学 → Tools (ツール) → Combinatorics & Probability (組み合わせ・確率) → Playing Cards (トランプ) を起動。
男C「カードそれぞれが人間を表していると思ってくれ。数字はその人間の能力だと思いねえ。」
画面にはカードが A~K の順に並んでいる。
俺「エースが最低の 1、キングが最強の 13 ってことでいいんだよな?」
男C「そう。そして、マークを得意科目と考えようか。ハートとダイヤは文系、スペードとクラブは理系を表す。」
俺「OK、赤が文系、黒が理系だな。」
男C「さてここで、この人間たちが学校を卒業して社会人になったとしようじゃないか。彼らは、会社社長とか政治家といった地位を求めて、互いに争っている。求める地位につけるかどうかは、能力、つまりカードの数字によって決まると考えよう。」
俺「会社の王様になるには、キングのカードでなきゃダメってところか。」
男C「そう。じゃあ、ある会社の社長のポストをめぐって、この4枚のカードが争っているとしよう。」
男Cは画面に指を滑らせ、ハートのK、ダイヤのK、スペードのK、クラブのK の4枚を抜き出した。
俺「うん、この4人のキングが互いにライバルである、と。」
男C「このままだと、自分が社長になれる確率は四分の一だ。だがもし、2枚の黒いカードに「理系」とラベルづけをして、彼らを社長のポスト争いから遠ざけることができるとしたら? 例えば研究所に隔離して好きなだけ研究をさせて、社内の政治には関われないようにしておく。」
俺「なに?」
男C「こういうことさ。」
男Cは、スペードのK、クラブのK を画面外に弾き飛ばした。
男C「社長争いに残ったのは、ハートのKとダイヤのKだけだ。理系を隔離することで、自分が社長になれる確率が二分の一まで跳ね上がった。これはなにも会社社長に限った話じゃない。官僚や政治家のポストだって同じだ。手強い競争相手を「理系」の職業に閉じ込めれば、文系の自分は有利になる。」
俺「やれやれ…嫌だねえ。」

 

## 別の日、放課後。

 

男C「よう。部活の見学、行かないか。」
俺「そうだな、行くか。」
男Cは俺の隣の女子にも声をかけた。
男C「ね、女Cさんも一緒に行かない? 部活の見学。」
女Cは手の甲の電話をいじりながら答える。
女C「ううん、私はもう決めてるから。」
別の女子「ナンパかよ、肉棒頭め!」
男C「あ、もう決めたんだ。どの部活? 聞いていい?」
女C「漫研と…手芸部かな。」
別の女子「どうせ、オタクくせーとか思ってんだろ、ウジ虫!」
男Cは周囲を見回してから言った。
男C「その、もしや…ウジ虫とか言ってるのは、女Cさんの電話の音声合成?」
そういえば女Cは、しゃべりながらずっと手の甲を操作している。
女C「えーと、それはね…」
女C'「今ごろ気づいたか、どアホ!」
つまり女Cは、おとなしそうな顔と声で話しながら、電話に文字を入力して音声合成で別のセリフをしゃべらせる、という芸当をしていたわけだ。
## 電話が周囲の地形を認識し、音波の反射を計算する。指向性スピーカーアレイを使って、任意の場所から音が聞こえるようにできる。

 

廊下を歩きながら男Cと話す。
俺「男Cってあれだよな。平成文学で言うところの…モガ、モボ、いや違う…そう、リアみつ、だ。」
男C「それは「リアじゅう」って読むんだよ。」
俺「そう、リア充。誰とでも仲良くできるし、女子にだって平気で声をかける。人の名前を覚えるのも早い。」
男C「そうかな? 男1ってそういうの苦手?」
俺「まあ得意ではないな。」
男C「むしろオレは苦手な人の気持ちがわからない。どうして、人に話しかけるのをためらうのか。」
俺「そりゃ…たぶん、拒絶された経験、じゃないか。」

 

部活の勧誘が賑やかだ。

 

「美術部でーす! 3Dプリンタでマスコット作りませんか!」
「心理学同好会です! 脳血流計で、あなたの好きなタイプを判定しませんか?」
「動画部であーる! お手元の電話で報道品質の動画を撮るコツ、まーかせて!」
「手芸同好会です! スカートに紫外線/赤外線フラッシュ警報器を縫い付けて、盗撮防止しませんかー!」
「演劇部でーす! プロジェクションマッピング体験してみませんかー!」
「漫研でーす! 絵が描けなくても大丈夫! フリーキャラの3Dモデルに、モーションキャプチャと画像編集で、誰でもマンガは描けます!」
「けいおん部でーす! 放課後にお茶」「軽音楽部だ! 学校なんてくだらねぇぜ! 俺の歌を聴け!!」「なるほどねえ、軽音部が2つあるというのは、こういうことだったのか」

 

俺「けっこう小規模な文化部が多いな。どう思う?」
男C「そうだなー。合唱部、手芸部、演劇部あたりなら、女子率が高いからハーレム状態かもな。」
俺「そういう視点かよ。」

 

とある教室の前。扉は開いている。入り口の頭上には、3つの電子教科書がぶら下げられて、それぞれの画面に「ロボ」「ット」「部」と表示している。
教室の中を覗いた。机は端に寄せてあり、広場が作ってあった。広場を囲むように椅子が並べられている。数人の生徒が椅子に座っていて、控えめに話し合っている。みな見学に来た一年生のようだ。
広場にしゃがんで何か作業していた女子が、立ち上がってからスカートの埃を払い、俺たちに声をかけた。
女子「入っといでー! もうすぐ次のレース始まるよー!」
彼女に手招きされるまま、俺と男Cは教室に入り、空いていた椅子に座った。

 

教室の黒板には「ロボット部 - 2年生も歓迎!」と大きく書かれている。
部員は作業していた女子ひとりで、他は全員 見学の一年生のようだ。
女子部員は、教室中央の広場にしゃがみ、手のひらサイズの機械をいくつか床に並べた。模型自動車のような機械…ロボカーだ。ロボカーのボディは曲面で構成されていて、小動物を思わせる。
女子部員「コンテストのコースはもっと広いんだけどね。」
彼女は立ち上がって、広場を抜け出して黒板の前に立った。
広場の片方の床にロボカーが3台、反対側に3台、並んでいる。さらに床には数ヶ所、5cm四方くらいのシールが貼られている。シールは点滅している。
女子部員「はい張った張った。あっちの赤チームと、こっちの白チーム、どっちが勝つでしょうか!」
女子部員は俺と男Cにそれぞれ紙のカードを渡した。表には「赤」、裏には「白」と書かれている。他の見学者を見ると、どっちのロボカーが勝つかを予想して、その面を見せるようにカードを持っている。
見学者のひとりが手をあげた。一見すると男子のようだが、声と制服は女子だった。
見学者「はい先輩、質問です。前のレースから、パラメータの変更なしですか?」
女子部員「鋭いね。プログラムもパラメータもそのまま。今回のプログラムは学習機能もなし。変わったのはコースのレイアウトだけね。」
女子部員は床のシールを指差した。
女子部員「おっと、もう一度説明するね。赤チームのロボカー3台・白チームのロボカー3台を同時に走らせて、2分以内にコースを何周できたか、合計を競います。コースは床に貼られたシールで表されてるのね。すべてのシールを通過したら一周と数えます。」
女子部員は俺と男Cを見ながら、そのように説明した。
女子部員「さあ、カード出して。どっちが勝つか!」
俺は白、男Cは赤と予想してカードを見せた。

 

レースが行われた。
はじめは両チームとも、見事な隊列で走行していた。しかし赤白のルートが交差するところで、赤の1台・白の1台が接触した。その2台はブザーを鳴らして停止した。
残った白のうち、1台の挙動がおかしくなった。蛇行が大きくなり、まともにコースをたどれなくなった。
結局、完走したのは赤2台・白1台だけだった。
赤の勝ち。
女子部員は、正解者に飴を配った。

 

男C「さて、他の部活も見てみるか。」
男Cは飴を口に入れ、席を立った。
俺「あ、ああ…そうだな。」
正直なところ、俺はもっと見たかった。ロボカーの構造や原理を知りたかった。6台全部、あの女子部員ひとりで作ったのか気になった。
しかし男Cに促され、教室を出た。

 

数日後、俺はロボット部に入部届けを出しに行った。
ロボット部が使っている教室に入ると、相変わらずロボカーの集団レースが展示されていた。見学者は男子ひとり。
レースを運営している部員は…あの女子部員ではなかった。男子だった。上履きの色からすると3年生。肌が暗褐色で顔の彫りが深いので、外国系だと思う。
その隣では、電子教科書をスタンドに立て、キーボードで何か操作している男子…いや、よく見ると女子だった。見覚えがある。見学のとき質問した奴だ。もう部員になったらしい。
俺は、3年の男子に声をかけた。
俺「あの、これ。よろしくお願いします。」
紙の入部届けを差し出す。
3年男子「お! おう。ようこそ。歓迎するよ。」
彼は笑顔になって、入部届けを紙のノートに挟んだ。ノートの中には色々な筆跡があった。表紙には「ロボット部 - 2070/01/20~」と書かれていて、その周囲はシールやサインペンで可愛らしく装飾されていた。
俺は周囲を見回した。
俺「そういえば…部員って、何人くらいなんですか? この前は、2年生の女子のひとが司会やってましたけど。」
3年男子「ああ、女2 か。あいつは今日、美術部のほうに出てるよ。部員は、3年がオレとあと2人で3人、2年は女2ひとり…まあ幽霊部員は何人かいるが…で、1年は今のところ、この子とキミの2人だな。」
彼は、作業に没頭していた1年女子を指した。
3年男子「おーい、女Dさん、新しい仲間だよ。男1…読み方あってる?…だってさ。」
1年女子、つまり女Dは、画面から1秒だけ目を離し、俺のほうを見て、
女D「よろしく。」
と小声で言った。
3年男子「とりあえず男1くん、このロボカーのソースコードを眺めてみることから始めようか。教科書だして。」
俺は電子教科書を出して、3年男子から言われた場所を開いた。
システム概要の説明書や制御プログラムのメインルーチンを読むことから、俺のロボット部が始まった。

 

そうやって高校生活に集中していれば、女1のことを忘れられると思った。