遠距離恋愛/ep05

Last-modified: 2013-09-07 (土) 15:12:09
ep05
「一人でも欠けたらダメだね」
 

## 2070年 4月 30日。
ロボット部の新入生歓迎会。
その店は雑居ビルの間にあって、金曜日の夜になると会社員で混み合うそうだ。
今日は水曜日で、時間もまだ夕方だったから、すぐに店内に入れた。
店内は薄暗く、刺激的な空気に満ちていた。
女2「それじゃあ、とりあえず「生(ナマ)」のひとー?」
3年男子1「はい」
3年男子2「オレも」
3年男子3「僕は生の大」
俺「ええと…生」
1年男子「じゃあ僕は…生…の大」
女D「私はこの、おすすめってやつにします」
女2「そうだなー、たまには私も、生以外にするかな。」
女2は店員のばーちゃんに声をかけた。
女2「すいませーん! えーと、生みっつ、生の大ふたつ、おすすめがふたつ、以上です。」

 

ほとんど待ち時間なく、注文の品が運ばれて来て、テーブルに並ぶ。
女2「それじゃ、男Eさん、部長から一言。」
男E (=3年男子1)「あ、えっと、それじゃあ、1年生のみんな、ロボット部に入ってくれてありがとう。君たちの活躍に期待する。目標は打倒キタ高! 県大会突破!」
他の部員が囃し立てる。
男E「それではナカ高ロボット部の発展と、新入部員の活躍を祈念して…」
全員「いただきます!」

 

この店では「生」と言うと、生卵と豚肉をのせたスタミナカレーが出てくる。そして「焼き」と言うと、卵焼きと豚肉のスタミナカレーになる。
おすすめ、というのは週替わりで、今週はキノコカレーだ。
カレー。カレー。右も左もカレー。

 

女2「それじゃ、改めてキャラ紹介しようか。部長!」
男E「おう、部長の男Eです。サブで陸上部に入ってて、競歩をやってる。競歩ってマイナーだし変な目で見られるけど、究極の二足歩行ロボットを作ろうと思ったら、究極の歩き方を知らないとな。こんなとこか。次は男F?」
男F「ども、3年、男Fです。僕はサブで軽音楽部をやってて、「めいわく電気」ってバンドでパーカッションと楽器製作を担当してます。キミたち見たことあったっけ? 指の動きを加速度センサで読んで、動きに合わせてハイハットをソレノイドで開閉とか。あとボーカル用には、テルミンとボーカライザを組み合わせた一人コーラスとか。そんなのを作ってます。以上。」
女2「次、男Gさん。」
男Gは外国系だ。暗褐色の肌にカレーが似合う。
男G「うす。3年、男Gだ。メインがパソコン部なんで、あんまりロボット部には顔を出さないけど、ソフト全般まかせてくれ。何でも教えるよ。…っと、この順番で行くと、次は2年生で、女2かね?」
女2「はい、2年、女2です。サブは美術部。3Dプリンタで部品を調達する役割だね。あと機体のデザインね。」

 

女2「それじゃ次は1年生。入部順でいこっか。はい、女Dさん!」
女D「女Dです…よろしく。」
男F「そんだけかーい! 他になんかないの?」
女2「それじゃあ私から質問。女Dさんは…女子って扱いでいいんだよね? トランスとかF2Mとかじゃなくていい?」
## トランスジェンダー。F2M (Female to Male)。性同一性障害。
男F「いきなり聞きにくいこと行ったー!」
それは俺も確認したかった。女Dは、あまりにも男子っぽい。
女D「いえ、女子です、一応。」
女2「あは、ごめんね、へんなこと聞いて。じゃあボーイ系にコデればいいわけね。」
女D「別に…どっちでもいいです。」

 

女2「次はどっちだっけ?」
男G「男1だね。」
俺は姿勢を改め、全員を眺めて言う。
俺「男1です、よろしくお願いします。えーと…」
俺が言葉に詰まると、女2さんが言う。
女2「どうしてロボット部に入ろうと思ったの?」
俺「ああ、小学生のとき、工作で競走してたんですよ、模型自動車の。だからロボカーのレース見て、なんか燃えてきて。」
男F「なるほど、ついカッとなって入部したと。」

 

女2「じゃあ男Dくん。」
男D「男Dです。よろしく。そう、男Gさんと一緒でね、メインはパソコン部で、こっちのロボット部はサブです、すみません。でもプログラムが実世界の物体を動かすのって面白いですね。」
男G「だろう? オレたちゃバーチャルとリアルの狭間にいるわけさ。」

 

## 2070年 5月上旬

 

部員勧誘のときロボット部がレースをやっていた教室は「活動場所」であって、それとは別に「部室」がある。
ロボット部の部室は狭い。しかし正確な広さはよくわからない。というのも、あらゆるガラクタが所狭しと積み上げられていて、把握できないからだ。この小部屋はもともと物理準備室だったという。
とにかく、今日のように 3年3人・2年1人・1年3人が部室に勢ぞろいすると、座る場所に苦労するくらい狭い。
女2「もう5月だよ。文化祭のこと話さなきゃね。」
ナカ高の文化祭は6月中旬に行われる。早めに文化祭を済ませて、3年生がすっきりと勉強に集中できるように、ということらしい。
女2「1年生のみんなは、クラスの出し物って決まったの? どう、女Dさん?」
女D「うちは…迷路だかお化け屋敷だか、やるらしいです。」
女2「へえ。まあ当番とか決まったら教えてね。それで、ロボット部なんだけど…」
女2さんは部長に目くばせした。
男E「あ、オレ? えーとね、上級生が勝手に決めたみたいで悪いんだけどさ、これがいいんじゃないかってアイデアは、4月よりも前に出てたんだ。」
女2「でもね、他に何かやりたい企画があれば、どんどん提案してね。」
男E「じゃあオレたちが考えたアイデアなんだけど…」

 

男E「タイトルは『ロボット牧羊犬は電気羊を追う夢を見るか?』という。まあロボカーを使ったゲームで…」
ルール。教室の床に、直径3mの円形の枠を作る。その中にさらに、直径1mの円が2つ、向かい合うように描かれている。最初、片方の小円の中にロボカーが集められている。ロボカーには棒から逃げるようなプログラムを書き込んでおく。参加者は大円の外側から棒を突き出し、ロボカーを追い回す。制限時間内にすべてのロボカーを他方の小円に追い込んだら参加者の勝利。
男E「っていうゲーム、どうかな。」
男D「面白い…のかな? 教科書の背景ソフトでありますよね、魚が泳いでて、指でつつくと魚が逃げたり寄ってきたりするやつ。」
男G「ふむ、確かにソフトのみで実現すると、何の面白みもないな。しかしこれをハード込みで実装すると、なかなか味があるんだよ。ソフトは組んだ通りに動くけど、ロボットは予想外の動きをしたりする。」
男F「そう、床のデコボコや日光の影響、機械要素の調子なんかでね。」
男D「そうですか? まあ、もう少し詳しく考えてみましょう。」
男Dは腕を組み、天井を見て何か考え始めた。
そこで女Dさんが口を開いた。
女D「ロボカーに書き込むプログラムは全部一緒ですか? それとも個体ごとに変えるんですか?」
男E「うん、何種類かプログラムを用意して、参加者はそのアルゴリズムを推測しながらロボカーを追い立てる、というのを考えてる。問題は、何種類のプログラムを用意して、それを何台のロボカーに書き込むかってことだ。」
女D「はい?」
女2「えーとね、うちには6台のロボカーがあるでしょ。1年生には1台ずつ組んでほしいのね、練習として。それで残りの3台をどう使うかなんだけど。ひとつの案は、1年生に2台ずつ与える。もうひとつの案は、1年生に1台ずつ、残り3台を2~3年生で使う。どう思う?」
女D「私は別に…どっちでもいいです。」
そこで俺は口を挟んだ。
俺「それだったら俺は、1年生に1台ずつの案がいいです。先輩たちの動かし方を見てみたいっす。」
女2「かわいいこと言うねえ。じゃあ2~3年の4人で、どう3台を使うか…」
男F「なら今回は、僕は降りるよ。」
男G「え、そうなん?」
男F「今回は軽音の練習を多めにしたいから。でも当日、展示の当番はやるよ。」
男E「ってことで、1年生に1台ずつで3台、女2・オレ・男G の3台、でいいのかな。」

 

女2「話が戻るけど、1年生のみんなは、この企画でいいの? 他のアイデアは?」
男D「ふむ、そうですね、まあいいと思いますよ。プログラミングの練習問題としては丁度いいレベルかと。」
俺「俺は賛成です。」
女D「私も…いいと思います。」
女2「じゃあこれで決まり?」
男E「よし、ロボット部の出展は『ロボット牧羊犬は電気羊を追う夢を見るか?』に決定。ロボカーの割り当ては、男F以外にそれぞれ1台ずつ、と。」
男Eは部のノートに決定事項を書き込んだ。
男E「で、男Fは、楽器の材料は足りる?」
男F「ああ、大丈夫。基本的に、部室のガラクタを集めれば作れるように設計してるから。」
男E「ステージの時間 決まったら教えろよ?」

 

## 2070年 5月中旬。教室にて。

 

男Cは真新しいテニスラケットを俺に見せびらかしている。
男C「ここにカメラが付いてて、最大3000FPSで動画を取れる。このへんにセンサが入ってて、電話の画面でフォームを解析できる。スピンとかの条件を設定して、その条件をクリアする球を打てたら、スピーカーから音が鳴るって機能もある。」
俺「しかし男Cが運動部に入るとは意外だったな。」
男C「いやあ、テニス部の女子はレベル高いね。」
俺「強いのか?」
男C「違うって。かわいいって意味だよ。」
俺「何を基準に部活を選んでんだか…」
男C「で、男1はロボット部だっけ? あの飴くれた人、そんなにかわいかったかねぇ? まあ悪くないとは思うけど。」
俺「俺は純粋に活動内容で部活を選んでんだよ。」
男C「ま、人それぞれだな。なんか他にサブの部活やるの? 俺は美術部もやってみようと思ってるけど。」
俺「おまえが美術部? そんなに女子部員多かったか?」
男C「俺は純粋に活動内容で部活を選んでんだよ。いやウソ。ほら、アイドルの水着とかヌードとかを堂々と見られるだろ、人体デッサンの資料ですって言って。」
俺「おまえらしい理由だ。」
男C「で、男1のサブは?」
俺「んー、まだ決めてないけど、自転車部かねぇ。高校で電車通学になって以来、自転車に乗る機会がかなり減ったからな。たまには自転車で学校に来るのもいいかと。」
男C「え、あのへんから自転車で!? 10キロ以上あるんじゃね?」
俺「せいぜい10キロちょっとだよ。」

 

## 2070年 5月中旬。ロボット部 部室。

 

美術部に行っていた女2さんが、部室に戻ってきた。
女2「できたよー、犬のマーカ。」
女2さんが手に持っているのは、犬のぬいぐるみ。美術部の3Dプリンタで出力したものだ。糸を使って体毛まで再現されている。背中には穴が開いている。
この穴に木の棒を挿入して、参加者が持つ柄にする、つもりだったが…
女D「きつくて…入りません。」
男D「3Dプリンタじたいは高精度だけど、木の棒のほうは寸法がいーかげんだからなー。」
俺はすでに紙ヤスリを取り出していた。
俺「大丈夫、まかせて。」
紙ヤスリで棒の先を少し削ると、ほどよい手応えで棒が穴にはまるようになった。
女2「いい感じ。手先が器用な子って頼りになるね。」
俺「どうも。」
嬉しくて、照れて、目を伏せた。

 

俺たちは並んで座っている。机には人数分の電子教科書と無線キーボードがある。
机の上にはロボカーも並べられている。女2さんは棒を持って、犬のぬいぐるみを動かす。教科書には、ロボカーのカメラからの映像が転送されている。カメラの前を犬が行ったり来たりする。
女2「どうかな、みんな、ちゃんと認識できた?」
男D「OKです。」
女D「大丈夫…みたいです。」
俺「あれ? …ダメぽいです。」
女2さんは身を乗り出し、俺の画面を覗き込んだ。つやのある髪がふわりと垂れて、そのとき花のような香りがした。
女2「うーん…どう思う? 男Dくん。」
男D「ライブラリの初期化でも失敗してんじゃないっすか?」
男Dも俺の画面を覗き込んだ。狭い。画面端に表示された数値を見て、男Dは何か思いついたようで、
男D「ちょっと女2さん、ロボカーの前に立ってもらえますか。顔が写るくらいに。」
女2さんが俺から離れて、向こうに歩いて行った。画面に女2さんの姿が出ると、画像認識ライブラリは、正確に彼女の顔を枠で囲んだ。
男D「なんだよ、デフォルト動作になっちゃってるじゃん。ちょいと初期化のコード見せてみ?」
俺「えーと、このへんかな。」
俺は教科書の画面に指を触れて、ソースコードを表示させた。
男D「長い関数だねぇ、まったく…ふむ…これだ!」
俺「なに?」
男D「そう、この初期化パラメータだよ。ここ CUSTOM にしないとダメだろ。」
俺「おっと、そうなのか。サンプルコードをコピペして、そのままになってた。」
男D「ま、イージーミスだな。よくあることだ。」
ソースを修正してロボカーに書き込む。ロボカーをソフトリセット。
ちゃんと犬のマーカを認識するようになった。

 

男D「しっかし、ロボットの世界では、まだRubyなんですね。驚きました。」
女2「たしかに昔の言語だからねー。」
男E「おいおい、Rubyくらいで驚いてちゃ、マイコンのハードウェア記述言語を見たとき漏らすんじゃね?」
男D「なんです、それ。」
男E「状況に応じてマイコンの回路じたいを書き換えるんだよ。その回路を定義する言語さ、まあ、うちはロジック回路設計まで手が回らないから、フリーの設定をコンパイルして使ってるけどね。これ、C言語の派生なんだぜ。」
男D「シーっすか…歴史に消えた言語だと思ってました。リスプやフォートランみたいな。」

 

## 別の日。ロボット部 部室。

 

男D「うーん…なんで動かないんだ?」
男Dの前の机には、ブレッドボードに部品を差し込んで作った回路が置かれている。
女2「どうしたの?」
男D「軽い練習ですよ。マイコンの出力ポートを使って、モータを制御しようと思ったんです。マイコンのポートだけじゃ電流が足りないから、トランジスタで増幅してモータを駆動しようとしたんですけどね…動かない。」
女2「回路図は、このメモ用紙のとおり?」
男D「はい。」
女2「うーん…女Dさん、何かわかる?」
女D「何ですか?」
女2「この回路だけど、モータが動かないんだって。」
女D「…なんで 1815なの? これの最大ICは?」
男D「アイシー? このマイコンのこと?」
女D「違う、このトランジスタ、コレクタ電流いくつまで流せる?」
男D「えっ?」
女D「150mAしか流せない。ここはもっと大電流を流せるやつが必要。適当なパワーFETとか。モータに逆起電力が出るからダイオードも要る。ならモータドライバICを使ったほうが手っ取り早い。」
男D「え? え?」
女2「はいはい、落ち着いて、女Dさん。ゆっくりね。」

 

## 男1が小さな電気部品を持ち、つぶやいている。

 

俺「四季の色、紫シチ部…」
女D「…わざわざカラーコード読んでるの? このツールは?」
女Dさんは腕の電話を見せた。女Dさんが抵抗器をつまみ上げて電話の前にかざすと、電話のカメラが部品を撮影し、「47KΩ」と表示した。
俺「なんと! こりゃ便利だ。」
女2「…ギアの歯数やモジュールも測れるって。」
俺「さっそくメガネに入れてみよう。配布元のアドレス見せて。」
女Dさんは電話を操作してツールの About ページを表示した。俺の電子メガネがそこに表示されたアドレスを認識する。

 

俺は自転車部から、余ったネジや金具をもらってきた。ネジは油まみれだ。
俺「えーと、女2さん、洗剤とか掃除道具ってありましたっけ?」
女2「あー、たしかこの机の下に…」
女2さんは机の下に潜り込み、ガラクタをかきわけて探した。女2さんのお尻が突き出され、スカートが揺れている。
女2「あった!」
直後にゴツンと音がした。
女2「ぃだっ!」
女2さんが机に頭をぶつけたのだ。片手で頭をさすりながら、女2さんが机の下から出てきた。もう片手に掃除道具の入ったバケツを持っている。
俺「だ、大丈夫ですか? 冷やしたほうが? 保健室から保冷剤もってくる?」
女2「あは、大丈夫だよ、ありがと。ほら掃除道具。何に使うの?」
俺「このネジ、自転車用の油まみれで、プラスチックを溶かすといけないから、ロボカーに使う前に洗ったほうがいいと思って。」
女2「ネジ? 何のために?」
俺「シャーシに穴あけて、電池ボックスを縦置きにしたいんですよ。ちょっとはモーメントが減るかと思って。まあネジと金具の重さで相殺されちゃうかもしれませんけどね。」
女2「おー、いろいろ工夫してるね、いいよいいよー!」

 

夕方。学校から横浜駅まで歩く途中。
男F「1年、順調そうだね。」
男E「女2もよくやってるな。」
女2「えー? そうでもないよ。1年生のチームワークがいいんだってば。」
女2さんは俺のほうに近づいて、俺の肩に手をかけた。
女2「メカ職人の男1くんでしょ?」
女2さんは俺の肩をぽんと叩いた。女2さんはクッキーのような甘いにおいがした。
女2さんは次に男Dの肩に手をかけた。
女2「ソフトウェアの男Dくんでしょ?」
それから女2さんは、女Dさんに抱き付いて髪を撫でた。
女2「それに電気電子の女Dさん。こんなにいいチーム、めったにないよ。一人でも欠けたらダメだね。」
女D「…そろそろ離れてください。」

 

横浜駅は今日もどこかで工事中。
部員は帰りの路線ごとに別れる。
横浜駅の中を歩く。入学当初は動く床に戸惑ったが、今では無意識にバランスをとっている。
## 動く歩道。床に無数のローラーとモーターが埋め込まれている。人間の歩行動作をカメラで認識し、その人が行こうとしている向きにモーターを回す。
俺と一緒の路線で帰るのは、男Eさんと女2さんだった。
ホームに電車が入ってきて、ホームの柵が下がる。電車とホームの隙間が、スライドする板でふさがれる。電動椅子にまたがった老人たちに続いて、俺たち3人も電車に乗る。
女2「男1くんの家はどこの駅?」
電車が加速する。
俺は自宅の最寄り駅を答えた。
女2「なんだ、うちのひとつ先じゃん。それでね、うちのひとつ手前が男Eさんの駅なんだよ。」
男E「そう、オレと女2って、じつは中学が一緒だったらしい。」
俺「らしい?」
女2「だって学年が5クラスもある大きな中学なんだよ?」
俺「ああ、それはデカいですね。なら無理もない。」
女2「男1くんの中学は?」
俺「うちは学年2クラスですね。じーちゃんばーちゃんの時代に一気に団地を作って一気に住民を入れたせいで、今になって一気に町全体が老化してる、典型的な平成住宅地ですよ。」

 

男E「じゃな。」
電車のドアが開き、男Eさんが降りる。
俺と女2さんの2人だけになる。
何か話さなきゃ。
俺「っと…女2さんは…」
女2「ん?」
彼氏いるんですか。違う。そんなことを聞いてどうする。
俺「…どんなロボットを作りたいですか?」
女2「そうだねー、かわいい子を作りたいかな。動きを見てるだけで楽しいとか、予想外の動きをするとか。」
俺「うちの部のロボカーって、部品はだいたい標準ものだけど、ボディはオリジナルですよね。あれは女2さんのデザインですか?」
女2「そうだよ。どう思う?」
俺「なんか動物みたいですよね。丸みがあって。なんだろ、ウサギかな。」
女2「お、鋭いね。」
電車が次の駅に着いた。
女2さんが体の向きを変える。カバンにぶら下がった人形が揺れる。
女2「じゃあね、また明日。」
女2さんが電車を降りた。ケーキのような香りがふわりと残った。

 

## 2070年 6月中旬。曇りときどき雨。

 

文化祭は、あっという間だった。
マイナー文化部の出展だから閑古鳥が鳴くかと思ったが、予想に反して、たくさんの小学生が遊んでいった。
ロボカーが走る場所を囲むように、6枚のポスターを掲示してある。ポスターにはプログラムの概要説明が書かれている。男Gさんと男Dのポスターには、さすがにパソコン部だけあって、オブジェクトの相互関係がわかりやすく図示されている。女2さんのポスターは、ロボカーを擬人化したマンガを多用し、楽しそうに説明している。こう並べると、俺のポスターは地味だ。
たまに大人の客がポスターを熱心に読んでいる。
展示の運営は、なかなか忙しかった。遊んでいる子供が展示物の位置をずらすので、元に戻す。バッテリを充電して交換する。異常動作をしたロボカーを追いかけて捕まえ、リセットしたり、その場でプログラムを書き換えたりする。
男Fさんのバンドのパフォーマンスは、男Eさんが体育館に行き、電話のカメラで生中継してくれた。ロボット部の教室で、そのライブを電子教科書に表示させた。

 

2日目も慌しく過ぎて、あっという間に終了時刻になった。
男Gさんと男Dは、パソコン部の片付けに出かけている。
他の部員が集まって話す。
女2「どうする? 後夜祭 行く? それともカレー行く?」
男E「そんな決定権がオレたちにあるのか?」
男F「そうだそうだ、後夜祭なんて行ったら、カップルの摩擦熱とオーバーロードで自爆するだけだぞ!」
女2「ちょっと待って! 1年生にも聞いてから!」
女D「どっちでもいいです…じゃあ、カレー。」
俺「俺は…カレー。」
どっちに行きたいかというより、みんなと、特に女2さんと一緒の場所に行きたいと思った。
女2「それじゃ、行こうか。」
男F「おつカレー会!」

 

女2さんの素敵な存在感が、俺のカッコ悪い記憶をかき消してくれる。そんなふうに思っていたんだ。