遠距離恋愛/ep07

Last-modified: 2013-10-03 (木) 21:17:24
ep07
「やっほー! ひっさしぶりー!」
 

本当にこの日まで、俺の頭の中は女2さんでいっぱいで、女1のことなんて思い出すこともなかったんだ。

 

## 2070年 8月31日、夕方。

 

大会が終わり、パシフィコを出る。
男E「おや、男Hさんからメッセージだ。なになに。今日はカレーには寄らず、教室に行くべし。だとさ。」
女2「どっちにしても荷物多いから、学校に置いてこないとね。」
バスに乗る。

 

ナカ高に帰って部室に荷物を置き、教室に集まった。夕方だが、まだ明るい。
7人の部員はそれぞれ適当に椅子や机に座っている。
男E「お、男Hさんからだ。「あと数分で届く」だって。」
男F「いやー、終わったねえ…外部のサーバでシミュレーションとはね…」
男G「通信回路を誰かが作ってくれれば、サーバ側はオレができると思うがな…来年は。」
男E「ねーよ。オレらはこれで引退。これからは大学に向けて勉強だ。」
ガタッと音を立てて女2さんが椅子から立ち上がった。
女2さんは3年生を次々に抱きしめた。効果音つきで。
女2「男Eさん、ぎゅーっ! 男Fさん、ぎゅーっ! 男Gさん、ぎゅーっ!」
うらやましい、と俺は思った。
女2さんは3年生から体を離して、
女2「おつかれさま。ありがとう。楽しかった。来年は私たちが、もっと…か、勝つぞっ?」
男F「まあ、これからも部室で勉強するんだけどね。」

 

廊下からモータの音、そのあとコンビニのサウンドロゴが聞こえた。
女2さんが教室のドアを開けると、そこにコンビニロボットが居た。
## コンビニの宅配ロボット。小型冷蔵庫にタイヤをつけたような外見。
女2「支払済、だってさ。届け先はこの教室、ロボット部。」
女2さんがコンビニロボのドアを開けた。中にはジュースのボトル、紙コップ、菓子類が入っていた。俺たち1年がそれらを教室に運ぶ。
もう一台、宅配ロボが来た。寿司だった。これも教室に運ぶ。

 

教室の机をくっつけて、その上に寿司・ジュース・菓子が並んでいる。
男E「奮発したねぇ。「うひゃっほう寿司だー! ゴチっす男Hさん」送信。」
女2さんが電子教科書を教壇の上に立て、自動カメラアプリを起動した。
寿司のふたを開け、醤油とわさびを小皿に出す。コップを配りジュースを注ぐ。
男F「はらへったー! 食べようぜ! 甘エビうめー!」
男E「おま、フライング!」
その他全員「いただきます!」
みんなで寿司を食べる。自動カメラがシャッターチャンスを判別し、この様子を写真に残す。
俺「そーいやウナギって昔、絶滅危惧種だったらしいっすね。」
女2「え、本当?」
男E「それ聞いたことある。マグロもだっけ。今は養殖できるけど。」
俺「中学のとき遠足で、海洋シミュレータってのを見学したんですよ。海の生態系を計算して、漁獲量を調整してるとか。」
男G「あのスパコンか!」
女2「へー、中学の遠足、うちは鎌倉だったな。女Dさんは?」
女D「もぐ…まぐろ口…三崎丼…です。」
女2「男Dくんは?」
男D「うちは箱根でしたね。霧でなーんも見えなかった。」

 

手首の電話が振動した。

 
 

女1からのメッセージだった。

 
 

混乱した。いったい何だって言うんだ。今さら。
内容が気になるが、今は見ないことにした。

 

俺の顔が変だったのだろうか。女2さんが怪訝に
女2「どうしたの? おなかいっぱい? 苦手なネタ?」
俺「いえ…よくあるでしょ。昔の友達から久々に連絡があったと思ったら、新興宗教やソーシャルビジネスの勧誘だったっていう。」
女2「でも、そういうのってお金が目当てでしょ? 大学生や社会人ならともかく、高校生でそれはないよね、バイト代なんてたかが知れてるから。」
俺「ま、ね…」

 

育ち盛り 7人の胃袋に、寿司が吸収された。

 

菓子とジュースを囲み、いろいろ話す。先生の授業の良し悪し。学食のメニュー。
ふと男Eさんが教室から出て行き、一分ほどで戻ってきた。段ボール箱を抱えている。箱をどさっと机に置き、
男E「さて、ここに男Hさんが置いてったプレゼントがあるわけだが。」
男F「まったく、部室は粗大ゴミ置き場じゃないっての。」
そう言いながら嬉々として箱を開けている。
中からは…

 

ラジコンヘリ…ロータが4つだからクアッドコプターだ。手のひらサイズの十字型。中央は電池や電子機器を内蔵した筐体。そこから90度間隔で4本の橋が伸びて、その先にプロペラがついている。プロペラは安全のために枠で囲まれている。
男F「懐かしいね。小学生のとき、よく飛ばしたな。」
次の品物は、戦車のオモチャだった。しかし砲塔は取り外されていて、かわりに何か基板が接続されている。
男E「どーしろってんだ…」
続いて出てきたのは、5軸のロボットアームだった。
男F「じーちゃんの孫の手?…違うか、教材のキットを組んだのか。」
さらに、プラ袋に入った数十個の電子部品。
男E「こっちは…2~3世代前のマイコンやメモリだな。」
男F「くれるなら使うけどね。」
最後に、1枚の紙が出てきた。いくつかのアドレスが印刷されている。
男E「ふむ、中身は確認したことだし、続きは明日だな。」
引退しないのか、あんたら。

 

## その日の夜。男1の部屋。
## 男1は寝転がり、手首から電話を外し、硬化ボタンを押した。電話はカード型に変形した。男1が電話を睨みつける。

 

そこには女1からのメッセージがある。
女1【今日って誕生日だったよね? おめでとう!】
まったく日付が違う。わけがわからない。誤送信じゃないか?
そういえば女Cが言っていた。いろんな女子と仲良くできるとモテるって。
俺は女2さんにモテたい。そのために女1を利用する。これだ。
俺【誰か他の人と間違えてないか?】
送信。
数分待っても返事が来ないので、風呂に入ってきた。
着替えて部屋に戻ると、返事が来ていた。
女1【ごめんごめん、他の友達と日付間違えて憶えてた。まあいいや、ちょっと話聞いてよ。】
俺【用件を聞こう…報酬はスイス銀行の(以下略)】
送信。
女1【部活の先輩から「彼氏いる?」って聞かれたんだけど、どう思う?】
どう思う、と言われても。
返事を考えているうちに急激な眠気に襲われ、抵抗できなかった。

 

## 2070年 9月 1日 (月)。
## 教室。

 

男Cは夏休みですっかり日焼けしていた。
男C「聞いて驚け、俺は夏休みの間、5人の女子に告った。」
俺「絶望した! おまえの気楽さに絶望した!」
男C「そして4人に断られた。」
俺「何だと…あと1人は!?」
男C「無視された。」
ははは、と2人で乾いた笑い。
隣で女Cが電子書籍を閉じ、額をこすった。男Cの視線に気づいて、
女C「…なに?」
男C「いや、また恋愛小説読んでるのかなって。どんな話?」
女C「うん…いちど別れた男と女がね…女はもう他の男と付き合ってて、元の男にしつこく付きまとわれて…その悩みを別の男に相談したらそっちを好きになって。」
女C'「付きまとう男に逆襲して、精神的・社会的に抹殺するサマはサイコーだぜ!」
男C「へー、よりを戻そうとする男ってダメなのかな。」
女C「…よく…女はさっさと別の相手に切り替えるけど…男はいつまでも昔の相手に未練をもつって。」
女C'「まったく ぶざまだな、かみ捨てたガムの山に見える!」
そうか。俺も気をつけよう。

 

## 昼休み。男1はひとり、学食に来た。
## 薄汚れたタッチパネルの食券販売機。無人厨房。

 

俺はそばを飲み込みながら、メガネの片隅でログを眺めていた。
ずっと非表示にしていた女1のログだ。今年の3月から追っているので、かなりの量だ。
女1は福島に引越し、新しい家族と生活を始めた。新しい父親は野菜工場で働いている。弟は小学生。違いに戸惑うこともあったが、今ではうまくいってる。学校で新しい友達ができた。部活はマイコン部 (要するにパソコン部) に入った。
そんな内容だった。
俺は女1にメッセージを返信する。
俺【先輩ってマイコン部の? どんな人?】
食べ終わって教室に戻ると、返事が来た。
女1【いい人だよ。恰好はちょっと派手めだけど。】
俺【恰好が派手?】
女1【耳にピアス。髪は染めてる。】
俺【性格は?】
女1【話してて面白いよ。技術知識もなかなか。】
俺【他の部員からの評判は?】
女1【女子に人気あるね。良い先輩だよ。】
なぜかイライラしてきた。
チャイムが鳴り、昼休みが終わった。

 

## 部室。
## 男E・男Fは部室の奥の机で電子教科書を開き、勉強している。
## 女2・女D・男1は入り口付近で電子教科書を開き、ロボットコンテストのパンフレットを見ている。

 

女2「うん、これなら男Hさんのプレゼントを活用できそう。よく見つけてくれたね、女Dさん。男Dくんにも送信した?」
女D「はい…。」
女Dさんが見つけたこのコンテストは、レスキューロボットの大会だ。野外で行われる。要救助者を表す人形が会場に配置される。その人形を回収する競技だ。いくつかの人形は瓦礫の中に設置されるので、回収にはロボットアームが必須だ。
俺「戦車にアームを搭載…それだけじゃ倒れそうだな。アウトリガーをつけないと。」
女2「アウトなに?」
俺「え、見たことない? アウトリガー。クレーン車とかが作業するとき、横から張り出して踏ん張る足っすよ。」
女2「へー! 知らなかった、そんなの付いてるんだ。」
女2さんの隣から女Dが、
女D「…ロボカーは どう使う?」
俺「荷台を引かせる。2台一組でパワーを補う。荷台はベルトコンベアにして、回収が簡単そうな人形を取り込む。」
女D「…会場、かなり草が生えてる。」
俺「車高を上げて、ホイルベースも広げたほうがいいな。」
女2「あと異物を巻き込まないようなボディを考えなきゃね。」
そこで電子教科書の画面に男Dが出現した。
男D「スタート直後にラジコンヘリで偵察?」
俺「それいいな!」
いつの間にか男Fさんが近くに来ていた。
男F「ちくしょー、面白そうだなー。」
俺「さっさと勉強に戻ってくださいよ。」

 

今日も俺は男Eさん・女2さんと一緒の電車で帰る。男Eさんもレスキューロボコンに興味津々で、パンフを見ていろいろ話した。
駅で男Eさんが降りる。席が空く。
俺と女2さんの二人で、並んで座る。肩が触れる。柔らかい。
決心した。心拍数が上がる。
俺「女2さんは…か…かれ…」
女2「ん?」
脈打つ心臓がせり上がって、食道に詰まったような感覚。
俺「かれっ、…カレー好き? 牛丼やラーメンは?」
決心撤回。臆病な自分が嫌になる。
女2「カレーは好きだよ。牛丼や、こってりしたラーメンは、そんなに好きじゃない、かな。」
俺「ああ、うん、俺も…同じ。」
電車が駅につく。女2さんは立ち上がり、制服のスカートのしわを直して、
女2「じゃ、また明日ね。」
と手を振り、立ち去った。

 

## 夜。男1の部屋。
## 電子教科書が忘却曲線に従って復習問題を出す。男1は問題に答えながら、たまに電話をいじる。

 

俺【うーん…格好が派手で、女子に人気か…俺だったら、あんまり近づきたくない男だな。】
女1【え? 女だよ?】
俺【は!? LGBTとか百合ってやつ?】
女1【え? なんで?】
俺【そりゃ、彼氏いるの、なんて聞くってことは…】
女1【いや普通に、女子どうしの世間話だし。まあいいや。おやすみ。】

 

## 2070年 9月中旬。部室。
## だいぶ気温が下がった。台風の接近で、窓の外は大雨。
## ロボット部員の1~2年生が、電子教科書を見ながら相談している。雨音に負けないよう、大きめの声で話している。

 

女D「…このルール。」
女2「なになに? 競技開始時に幅・高さ30cmのゲートをくぐってフィールドに入ること。」
男D「げげっ、なんだよそれ。」
女2「トンネルを通って被災地に行くことを想定だって。」
女D「…ロボットアーム、どうする?」
俺「スタート時点では寝かせておいて、ゲートを通ってから立てる、という機構が必要だな。」
男D「バランスはどうだ? その状態でゲートを走り抜けるんだから、アウトリガーは出せないぞ。」
俺「後続のロボカーが頭の上で支えるってのは?」
男D「そうだな、スタート地点は舗装路だから、ゲートを通るまでは自動追尾の精度が足りるだろう。あと戦車のうしろに目立つマーカをつけたほうがいいな。」
そんな話をしていたら、俺の教科書から呼び出し音が鳴り、画面の隅に通話アイコンが点滅した。

 

女1からの通話要求だ。

 

俺は迷った。開くべきか、拒否するべきか。
通話拒否しようか。ここに俺の好きな女2さんがいて、そこに俺を振った女1が顔を出す。それは気まずい。
しかし考え直した。前に女Cが言っていた。女たらしの男が自分だけを大事にする、という状況が女ウケするという。なら俺は、女1と仲が良いふりをして、その一方で女2さんを大事にすればいいわけだ。

 

「通話開始」を押す。
画面に女1の姿が現れた…俺の記憶よりも髪が長い。
女1は輝くような笑顔になり、広げた両手のひらを激しく振って、あいさつした。
女1「やっほー! ひっさしぶりー!」
その声で、俺の脳内を、轟音をたてて中学時代の記憶が駆け抜けた。
俺「お、おう…」
ナカ高ロボット部の部員が、わらわらと俺の教科書の前に集まってくる。
女2「なんだいなんだい、部活の最中にオンナノコと通話かい?」
俺「あ、そういうのじゃなくて、中学のときの友達です。」
画面の中で女1が軽くおじぎした。
女1「はじめましてー、ナカ高ロボット部のみなさーん。男1の中学の同級生、女1でーす。」
女2さんと女1があれこれ話す。俺の心臓に負担がかかる。
女2「へー、見たことない制服だと思ったら、福島かー。」
女1「男1はまともに使えてますか? 部員として。」
女2「よくやってるよ。手先が器用だね。」
向こうでは女1のまわりにもマイコン部の部員が集まってきた。耳にピアスをつけた金髪美女もいる…これが例の先輩か。
数分間、女たちのおしゃべりが続いて、俺は置き去りにされた。何を話していたのか、展開が早すぎて追いきれない。学校、部活、人間、地域、気候、いろいろ話していたようだ。
やがて女2さんが俺のほうを見て、
女2「ごめんね、割り込んじゃって。男1くんが話してたんだよね。」
俺「や…そうでした。なあ女1、何か俺に用だっけ?」
女1「いやいや、元気かなーって思っただけ。みなさんにあいさつできたし、今日はこれで十分。うん、じゃあね。」
通話終了。

 

冷や汗をかいた。
女2「へー、中学時代の友達かー。」
俺「そう、友達。」
頼むから「彼女じゃなくて?」なんて聞かないで。死にたくなる。
女2「マイコン部か…」
女2さんは頬に手を当てて何か考えている。

 

## 数日後。秋晴れ。部室。

 

女2さんが大胆に俺の肩に腕を回し、抱き寄せるようにして言った。
女2「男1くん、ヘリのプログラム、やってみない?」
俺「はっ…はい! がんばってみます!」
こんなに体を密着されたら、断れるわけがない。
女2「ヘリは男1くん、戦車とロボットアームは女Dさん、ロボカーは男Dくん。この配置でいこう。」
女D「…大丈夫?」
画面の中でパソコン部から、
男D「うーん、ヘリならペイロードに余裕なくて、ソフトしかいじらないから、僕向きだと思ったんだが…」
女2「男1くんのプログラミング特訓と、男Dくんのメカ特訓、この2つを同時にできると思うんだけど、どう?」
男D「僕がロボカーの改造ねえ…」
女2「男1くんは、男DくんにCADのコツとか教えてあげて。私もサポートする。男Dくんは今までどおり、男1くんにプログラミング教えてあげて。ね、お願い、この特訓がうまくいけば、全体として大幅な戦力アップだから。」
男D「むむ…わかりました、やってみましょう。」

 

## 2070年 9月下旬。残暑がうそのように、すっかり秋の空気。
## 部室。部員たちが黙々と作業している。

 

男Hさんのプレゼントに入っていた紙切れ。そこに印刷されていたアドレスは、市販のおもちゃを改造するというページだった。ヘリも戦車も、そのページをもとに男Hさんが改造したものらしい…途中まで。
ページに書かれた情報をたどり、俺はヘリのプログラムを組む。

 

## 2070年 10月上旬。雨。
## 散らかった部室の中で、4つのロータの甲高い風切り音が唸る。ロボットヘリは部室の片隅の天井近くでホバリングしている。
## その下から部員たちが見上げている。
## 男1だけは視線を下げ、電子教科書の画面を食い入るように見ている。

 

教科書の画面には、ヘリのカメラからの画像が表示されている。部室と部員を見下ろす視点。細かい揺れが激しい。
男E「指定地点。まあ安定してるな。」
男F「こんなのはどうかな?」
男Fさんは電子教科書であおいで、ヘリに風を送った。
俺「うおっ!? ちょ、勘弁してくださいよ!」
映像が大きく揺れた。めまいを感じた俺は、画面から目を離して、肉眼でヘリを見た。ヘリは風に対応して姿勢を制御し、同じ位置に留まっている。
女2「風にも負けず。がんばってるねー。」
俺「よし。あとは、操作方法と、画像の揺れ補正かな。」
女2「うまく補正できたら、男1くんのメガネに画像表示してみたら?」
俺「おお、それ面白そう。」
男E「やらせろー、オレにやらせろー。」
俺「ご隠居は勉強に戻ってくださいよ。」

 

## 夜。男1の部屋。

 

カード型にした電話でメッセージをやりとりする。
女1【ジェスチャ操作も揺れ補正もライブラリがあるよ。たしかRubyのインタフェースもあったと思う。】
俺【揺れ補正もか。便利だな。】
女1【メガネに表示するなら、かなり補正を強めにかけないとダメかもしれないけど、そしたらラグも強くなる。】
俺【とりあえず試してみる。】

 

## 2070年 10月中旬。秋晴れ。
## 校庭。運動部が練習している。校庭の片隅にロボット部が集まっている。

 

俺は花壇の段差に座っている。俺を中心とした半径3mの半円周上に、みんなが立っている。
俺の手にはロボットヘリが乗っている。
俺のメガネにはヘリのカメラからの画像が表示されている。
俺「シェル、BG・オペーク。」
メガネが不透明になり、周囲が見えなくなる。かわりにヘリからの画像がはっきり見えるようになる。同じ画像が男Dの教科書にも転送されているはずだ。
男D「システム、オールグリーン! 一度言ってみたかったんだ、このセリフ。」
俺は深呼吸して、
俺「男1、行きます!」
男E「よし、鳥になってこい!」

 

俺はプログラムを起動した。手のひらに風がふき、次の瞬間、ヘリの重みが消えた。
ヘリは自動的に設定高度まで上昇した。カメラが人の目の高さまで上がる。
俺は首を回す。カメラが女2さんのほうを見た。女2さんが微笑んで手を振っている。
実際にはカメラが向きを変えたわけではない。ヘリのカメラは常に全天球360度を撮影している。俺の首の向きをもとに その球面画像の一部を切り取って、その部分を平面に戻してメガネに表示しているだけだ。
俺は女2さんに向かって手を振った…つもりだったが、俺の身体の向きはカメラの画像とは関係ないから、俺はあさっての方向に手を振ったにちがいない。恥ずかしい。
ジェスチャ操縦モード起動。俺が手を動かすと、ヘリが水平を保ったまま左右に回って、ヨーイングする。
男Dが何か言ったようだが、メガネのスピーカからはモータの高周波音しか聞こえない。
俺「ちょっと待て、モータ音しか聞こえん。シェル、ポーズ。」
俺はヘリの操作を一時停止して手を空け、メガネの音量を下げた。モータの音が消えて、耳からの音が聞こえるようになった。
俺「OK、さっき何て言った?」
男D「いや、ヨーイング異常なしって、そんだけ。」
俺「そか。じゃあシェル、ポーズOFF。」
再び手を前に出し、ヘリの操縦に戻る。
左手を上に挙げる。ヘリがゆっくり上昇する。高度 3m。みんなが俺を見上げている。2階の窓から見下ろすような感じだ。怖くもあるし、爽快でもある。
右手を前に出す。ヘリが加速し、前に進む。右手を握る。ヘリが停止する。右手を引っ込める。ヘリが後退する。右手を握る。ヘリが停止する。

 

テスト飛行を一通り終えて、ヘリを地面に着陸させ、メガネを透明に戻した。その直後、激しい目眩に襲われた。俺は花壇から立ち上がったが、バランスを崩した。地面にしゃがみ込んだまま動けない。
数人が駆け寄る足音。
女2「大丈夫!?」
俺「おえ…酔った…調整が…必要…」
飛行に夢中で気付かなかったが、画像の振動や首の向きとのタイムラグのせいで、脳が混乱したようだ。

 

ぐったりと花壇の縁に座り込んだ俺を尻目に、
男E「よし、次オレな!」
男Eさんも兄から借りたという電子メガネを使って、ヘリを操縦する。
男F「その次は僕が!」
男G「オレもオレも!」
男Eさんのメガネを借りて、この2人もヘリを体験する。

 

数分後。
男E・男F・男G「…おぇ~」
3年生 3人が揃ってメガネ酔いで苦しんでいる。
何やってんすか先輩。

 

この時点では、ヘリを福島から操作するという可能性を、すっかり忘れていた。