遠距離恋愛/ep12

Last-modified: 2013-12-14 (土) 10:47:37
ep12
「こないだの話の続き」
 

レスキューロボット・コンテストには出たものの、一回戦で敗退。あまりにも情けない結果なので、ここに書くのはやめておく。

 

## 2071年 2月下旬。気温は4度。みぞれまじりの雨。
## 教室。
男C「うー、今日はめちゃくちゃ寒いな!」
俺「ほんとだな! 雪が混じってた。」
男C「暖めてくれるカノジョがほしいぜ!」
俺「知らねーよ。」
男C「もうね、テニス部はビッチばっかりでダメだわ。美術部の女子をあたってみる。」
俺「あー、そーいやオマエ、サブで美術部だっけ。」
男C「例えばさ、ときどき3Dプリンタで何か作りに来る女子、ロボット部もやってる…女2さんってさ、彼氏いるんかね? 男1、知ってるか?」
俺「さ、さて…わからんね。」

 

## 部室。
女2さんは生徒会室に、女Dさんはおやつを買いに出かけていた。
## 男1、男E、男F の3人がいる。
俺「友達がね、女2さんって彼氏いるのか、知りたがってたんですよ。」
男E「ぅおっ!?」
俺「でも、女2さん、彼氏とかそういう話、したくないみたいで。」
嘘は言っていない。ただ順番が前後しただけで。
俺「なんか事情があるんですかね。」
男F「そうか、女2さんって、今でもアパッチざたは苦手なんだな。」
男E「イロコイざた、な。つーかお前、口軽いぜ。」
男F「いいじゃん、女2さんだって、別に隠さなくてていいって言ってたろ。」
俺「すんません、すっかり置いてけぼりなんですが俺。何の話?」
男F「ああ、アパッチもイロコイも、昔のヘリの…」
男E「ばーか、そっちじゃねーよ。女2が色恋沙汰ダメな理由を聞きたいんだろ?」
俺「はい、そうです。俺の友達が…(女2さんに彼氏がいるかどうか)…知りたがってて。」
嘘は言っていない。ただ文の途中を省略しただけで。
男E「別にたいしたことじゃないさ。去年…いや、おととし…」

 

男Eさんは、俺が入学する前、2069年のことを話した。
当時、女2さんと同学年の部員が ほかに2人いた…男Qと女Q。
男Qは女2さんを好きになった。2069年の秋、男Qは女2さんに告った。
女2さんは…受理した。
それ以来、ロボット部の雰囲気が悪くなった。部室で、男Qが女2さんとイチャつこうとする。それを女2さんが冷たくあしらう。その2人を見て、女Qがなんか不機嫌になる。
そんな険悪な状態がしばらく続いたあと、結局、女2さんは男Qと別れた。
それで気まずくなって、男Qはロボット部に来なくなった。やがて女Qも来なくなった。

 

それ以来、女2さんは恋愛話が苦手なのだという。

 

男E「な? 陳腐な話だろ?」
俺「いえ…」
男E「あいつ、部員が減ったのは自分の責任とか思ってんだ。」
男F「そうそう、ちなみにその後…男Qは女Qと付き合いましたとさ、めでたしめでたし。」
男E「めでたくねーよ。ったく…」
視線が交わる。一瞬、3人の意識がシンクロした。
俺・男E・男F「爆発しろー!!」

 

女Dさんが買い物から帰ってきた。飲み物・食べ物が入った袋を持っている。うまそうなにおいがする。
男F「何買ったの?」
女D「…肉…棒…大きくて…熱いの…欲しくて…」
そう言って女Dさんは、ジャンボフランクを喰いちぎった。
男F「キミは…僕の後継者になろうというのか? お笑い担当的な意味で?」
女D「…?…どっちでもいいです。」

 

## 2071年 3月上旬。晴れ時々曇り。気温は18度。暖かさのあまり、上着を脱いで袖をまくっている生徒もいる。
## 卒業式が行われた。

 

## 部室。
## 部員が勢ぞろいした。3年の男E・男F・男G、2年の女2、1年の女D・男D・男1。

 

卒業式のあと、3年生が部室でくつろいでいる。
男G「やーれやれ、終わった終わった。明日からは遅刻におびえる必要がない! めでたい!」
男E「でも男Gの大学、春休みとかもないんだろ?」
男G「んだ、特に決まってない、動画はいつでも見られるからな。でも、そんなこたぁ小せぇ問題だ、早起きの苦労に比べたら、な。3月中から動画を見始めて、授業を進めてやるぜ。」
男F「僕の大学もけっこう動画授業あるから、大学まで足で行くのは週2~3日だね。」
男E「俺はもう少し多いな、大学行く日。まあ実習や実験は避けられない。」

 

しばらく話してから、男Gさんが立ち上がった。
男G「さて、と。じゃあな、オレはパソコン部のほうに出るわ。」
男E「そっか。じゃあ、また、な。」
男F「達者で暮らせよ~!」
3年生男子が手を振り合う。
部室のドアに向かう男Gさんを、途中で女2さんが捕まえた。
女2さんは男Gさんをぎゅっと抱きしめた。
男Gさんは拳で女2さんの背中を叩いた。
男G「頑張れよ!」
女2「うん、じゃあ、ね。」
男Gさんは女2さんから離れ、部室を出て行った。
男Dも立ち上がった。
男D「じゃ、僕もパソコン部に行きますね。そう、男Eさん、男Fさん、卒業、お疲れ様でした。」
男E「おう、またな!」
男F「行ってら~!」
男Dは男Gさんを追いかけて部室を出て行った。

 

## 部室には 男E・男F、女2、女D・男1。
みんな言葉少なくなった。
男Eさんは、女2さんが作った AIをシミュレータ上で動かし、電子教科書で動きを眺めている。
男Fさんは、ブレッドボードにいろいろ電子部品を挿して、何か即興で作っている。
その二人は、最後の瞬間まで、ロボット部員であり続けようとしているように見えた。

 

女2「あの…あのさ…卒業してか」
バンと大きな音をたてて、部室のドアが開いた。
男H「イェア! 卒業おめっとー! だぜ!」
ダメなOBが部室に飛び込んで来た。男Hさんの服のセンスはいまいちだ。
男Hさんは部室の奥にずかずかと進んで、男Eさん・男Fさんと拳を打ち合わせた。
男E「うーっす!」
男F「ども!」
男Hさんはバッグを置いて、その中からウーロン茶のボトルを取り出した。
男H「うむ! めでたい!」
男Hさんはボトルから一口飲んだ。
男E「今日は他の生徒もいるんだから、あんまりハイにならないでくださいよ?」
男H「だーいじょうぶ、これはただのウーロン茶だ、ということにする!」
男F「今日は何を持って来たんです?」
そう聞かれて男Hさんは、バッグから他の荷物を取り出した。

 

まずは…バイオプラの容器に入ったカレー、4人前。
男H「おっと、4つじゃ ちょいと微妙な量だったか。まあいい、適当に取り分けて食うべ。」
男Hさんは容器のフタを皿として使い、カレーを小分けにした。
バッグからスプーンが10個くらい出てきた。カレー屋のスプーンが4個、あとはナカ高の学食のスプーンだった。
男H「ほら、女2さんも、1年生も、こっちきて食いねぇ。」
呼ばれたので集まる。
4つのカレーは、それぞれ異なるトッピングだった。「ナマ」生卵のせ、「ヤキ」卵焼きのせ、チーズのせ、ハンバーグのせ。
男E「お、すげー、ハンバーグのせって初めて見た。いただきます!」
男Eさんがカレーを口に入れた。
5秒後、男Eさんは口元をおさえて苦しみだした。
男E「 ! ! ! ! 」
男H「あ、辛口20倍な、それ。」
男F「大丈夫か! しっかりしろ! ほら、ウーロン茶でも飲んで!」
男Fさんは男Hさんのボトルを男Eさんに差し出す。
女2「だめー!! まだ未成年!!」
女2さんが慌てて止める。
男Hさんはバッグから別の飲み物を取り出す。
男H「だらしねぇな。ほらよ。」
牛乳だ。女2さんがそれを疑いの目で見る。
男H「なんだよ、ちゃんと未開封品、賞味期限も大丈夫。」
男Eさんは紙パックを受け取り、手荒く開封し、牛乳を口に流し込んだ。
男E「このカレー、もはや劇薬だろ! いってー、口ん中 痛ぇー!」

 

ほとんどの人は、激辛カレーを少量ずつ他のカレーに混ぜて、どうにか食べる。
女Dさんだけは例外で、激辛を激辛のまま食べている。
女D「…うわ、辛い…(もぐ)…すごく辛い…(もぐもぐ)…すっごい辛い…」
男H「1年生にこんな逸材が入ったとはな! うむ、めでたい!」
俺「どんな基準っすか…」

 

男Hさんのバッグにはさらに、模型飛行機が入っていた。
飛行機は手のひらに乗るくらいのサイズ。複葉機だ。しかしプロペラがない。胴体の前方と後方に穴が開いていて、それぞれ吸気口・排気口として機能する。
俺「ジェット複葉機…?」
男H「いや、内部的にはプロペラなんだ。ただ、安全性のために、プロペラを胴体で囲ってる。それから、複葉機なのは、あえてスピードを落としたかったから、さ。」
胴体が太めだ。胴体・主翼・尾翼は丸みを帯びている。軽くて柔らかい材料で作られている。
女2「へー、飛行機なのに、わりと可愛いですね。」
男H「だろ? さて…男E、男F の卒業記念に、学校を遊覧飛行と行くかね。」
男E「お! それ、やりたい。」
男F「じゃあ教科書持って行こう。」
飛行機と電子教科書を持って、みんなで部室から校庭に出た。

 

## 校庭。ときおり暖かい春風が吹き、黄砂や花粉を運んでくる。
女2「昔は、花粉症って言って、スギ花粉のアレルギーで何千万人もの人が苦しんでたんだってさ。」
俺「何千万って大げさじゃない? 日本の人口の何割っすか。」
女2「日本の人口が一億を超えてた時代の話だからね。」
俺「ああ、それなら納得。」
男Hさんが模型飛行機を取り出した。飛行機を手に持ち、10秒ほど頭上に掲げる。手をおろし、手首の電話で何かの数値を確認する。
男H「フム、これくらいの風なら大丈夫だろ。じゃ、どっちが先だ?」
ジャンケンの結果、男Eさんが先になった。
男Eさんは電子教科書で飛行機にログインした。教科書の画面には、飛行機のカメラが写した男Hさんの手のひらと、その上に何かメニューが表示されている。
男H「飛行機を操縦した経験は? ないよな…ゲームなら?…じゃ操縦アシストは 7でいいだろ。それじゃあ行くぜ? 3年間通った学校を、空から見てこい! グッドラック!」
男Hさんが飛行機を投げる。甲高いモーター音を残して飛行機が上昇する。

 

男Eさんが飛行機を操縦する。教科書には、校庭や校舎を空から見下ろした映像が表示されている。男Eさんは画面の隅に表示された操縦桿をタッチして、旋回や上昇・下降を行う。
男E「うっひょー、気持ちいいな! 空から学校を見ると、こうなのか! ヘリとは違うな!」
その隣では、男Fさんも教科書を持って、男Eさんと同じ風景を見ている。
男F「う、これは…酔うね。他人の操縦は。」
男Fさんは画面から目をそらした。

 

やがて男Eさんが満足した。
男Hさんが電話から着陸信号を送ると、飛行機は男Hさんに向かって降下してきた。甲高いモーター音が近づく。高度2mまで来ると、飛行機は機首を垂直に持ち上げた。飛行機が垂直に立ったまま、ゆっくりと近づいてくる。それを男Hさんの手が掴まえた。
俺「それ、飛行機なのに、ホバリングできるんですか?」
男H「んだ、こんなナリだけど、スラスト・ウェイト・レイショ は 1 を超えてるんだぜ。」

 

次に男Fさんが操縦する。
男Fさんは操縦に慣れてから、アシストのレベルを下げて、大胆な機動がとれるようにした。
男F「うりゃ、エルロンロール! バレルロール! うひょー、こりゃ楽しいわ。そーれ、インメルマン・ターン!」
機体がくるくると横転する。頭上に見えるのが、空・地面・空、と目まぐるしく入れ替わる。
校庭の運動部員たちがゴマ粒のように小さく見える。校舎の屋上では天文部らしきグループが弁当を広げている。

 

男Fさんが長々と飛んでいるので、俺は女1に通話した。
女1「なになに?」
手首の電話に女1の顔が現れた。
俺「や。卒業記念に、3年生が飛行機を操縦してるんだ。見えるか?」
女1「うーん、見えない。男1のメガネで見せて?」
5秒後、俺のメガネに女1のアイコンが表示された。メガネの画像が女1に送信される。
俺と女1は視点を共有して、男Fさんの飛行を眺めた。

 

数分後、ようやく男Fさんの気が済んで、飛行機は男Hさんの手に戻ってきた。
男Hさんは女2さんに声をかけた。
男H「どうだね? 他に、リプレイを重ね録りして編隊飛行するモードもある。」
女2さんは教科書をタッチしてメニューを操作した。
女2「じゃあ、このバーティカルなんとかってやつ、3人でやってみようか。」
女2さんは俺と女Dさんに向けてそう言った。
女D「…私は…無理です…高いの…怖い…」
女2「じゃ、私と、男1くん・女1さん、ね。」

 

女2さんが水平飛行や緩旋回で練習するあいだ、男Hさんが説明した。
編隊飛行モードでは、空中にいくつかの多角形でガイドが表示される。これをタイミングよく通過していけばいい。多角形の形によって通過タイミングが指示される。8角形なら8秒後、4角形なら4秒後、2本の平行線なら2秒後、十字なら1秒後、を意味する。ガイドの横に煙アイコンがあったら、操縦桿近くのスモークボタンを押すこと。

 

女2さんは苦労しながら、ガイドに従って水平飛行した。
飛行が終わったあと、女2さんは大きくため息をついて、
女2「ふ~、緊張した。まっすぐ飛んでるつもりなのに、風で流されるね。」
男H「おっと、操縦アシストが下げっぱなしだった。」

 

次に俺が飛んだ。
水平飛行で速度を上げる。ガイドに従って機首を持ち上げ、一気に垂直上昇する。かなり高度が上がったところでスモークON。さらに操縦桿を引く。宙返りになる。頭上に地面が見える。目眩をこらえながら慎重に操作して、ガイドのトンネルを通っていく。宙返りから垂直降下。校庭を目がけて頭から落ちていく。少しずつ機首を上げていく。やがて宙返りが終わり、水平飛行に戻る。スモークOFF。

 

最後に女1が飛んだ。ちょうど俺の動きを逆向きにして向かい合わせた軌跡だ。
水平飛行、垂直上昇。俺の飛行データと機体の腹を向け合う格好になる。スモークON、宙返り、垂直降下、機首上げ、水平飛行、スモークOFF。
一瞬、幻覚が見えた。女1が人間の姿のまま空を飛んでいる。女1の服装は、上半身がセーラー服、下半身はスクール水着…?

 

全員の飛行が終わった。
男H「お、なかなか良いんじゃない? リプレイ再生してみるぜ。」
3機の軌跡が合成された。
俺は電子メガネで空を見上げた。さっき3人が記録したとおりに、3機の飛行機が飛んでいる。他のロボット部員も、電子教科書を空に向けて、合成された編隊飛行を見ている。
純白のスモークがAR画像で表示され、青空に曲線を描く。ご丁寧に風力センサのデータを使って、煙の粒子が風で渦を巻く様子までシミュレートしている。
男F「んー? …バーティカル・キューピッド…なのか? 速度が揃ってないね…」
俺と女1の機体は、青空に、いびつな形の、大きなハート型を描いた。
その中央を女2さんの機体が矢のように貫いた。

 

## 2071年 3月 14日 (土)。晴れた午後。
## 男1の部屋。

 

女1【お菓子、いま届いたよ。ありがとう。】
ホワイトデーの贈り物は、無事に女1に配達されたようだ。
俺【口に合うかな。女1からいろいろ聞いた情報をもとに選んだけど。】
女1【おいしいよー! 私からのお菓子は、今日中の配達は無理っぽい。】
俺【気にするな。うまいもんはいつでも歓迎だ。】
女1【遅くなって、ごめんね。】

 

女1【それでさ…ヘリで、西公園をまた見たいんだけど、今からいい?】
俺【おけ。なんなら俺ん家からヘリで「歩いて」行くか?】
女1【あ、いいね、それ。】
俺はヘリと予備電池を持ち、玄関を出た。
家の前の歩道でヘリの電源を入れた。甲高いロータの音。
俺の電子メガネに、ヘリを上書きして、私服姿の女1が表示された。
女1「おはよ、メリー・ホワイトデー。へえ、男1の家ってここなんだ。」
俺「西公園まで、歩きだと10分ちょい。自転車にする?」
女1「ううん、歩く。」
俺は女1と並んで、家から西公園までの道を歩き始めた。

 

## 2071年 3月中旬。横浜市。丘陵地の住宅地。桜が三分咲き。気温は14度、まだ肌寒い。
## 男1が歩く。その横を小型のロボットヘリが並進する。
女1「へー、こっちはもう桜が咲いてるんだ。」
俺「やっぱ福島は桜まだなの?」
女1「全然だね。昼はあったかいけど最低気温はマイナスだったり、まだ雪が降る日もあるね。」
俺「そりゃ寒そうだな。」
しかし女1の私服は、春を先取りしていた。良いセンスだ。
俺「今日はそっち、暖かいのか? その服からすると…。」
女1「いやいや、私は部屋の中だから。」
俺「あ、そうだった。…でも、部屋の中なのに、そんなに か…可愛い…服を着てるのか?」
女1「えへ、まあ…たまには、ね。」
女1は何だか嬉しそうな顔をした。

 

西公園に着いた。
広々とした園内では、多くの老人と、ほんの少しの中年と子供が、思い思いに体を動かしていた。
俺「で、着いたけど。何しに来たんだ?」
女1「あっ、えっと、それじゃあ…」
女1は何か混乱している。
俺「別に慌てるこたぁない。」
女1「じゃあ…もと私の家の前まで行ってみようかな、とか。」
俺「そうだった、この近くだったな。」
公園を出てほんの少し歩いて、以前女1が住んでいたマンションの前に来た。
俺「この歩道、雨が降ったら滑りそうだな。」
女1「えっ? …ああ、うん、そうだね。」
女1は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。取り繕うように
女1「ここに住んでたの、つい最近って気がする。ただいまって言いたい気分。」
女1はマンションを見上げている。
俺は黙って女1を見守っている。
女1「そだ、中学、行ってみない?」

 

2人で並んで、中学への道を歩く。
女1「そういえば、私と男1って、一緒に学校まで行ったこと、ないよね。」
俺「そりゃまあ、俺は自転車だったし。」
住宅地を通る道は静かだ。俺の足音と、ヘリのロータ音、鳥の鳴き声。
女1「うん…なるほど、そうか…なるほどね…こうしたかったんだ…」
女1は何か考えながら歩いている。
途中で交差点を渡る。その角に真新しい店がある。
女1「あれれ、ここって無人コンビニになったんだ?」
俺「ああ、佐藤商店か。店のばーちゃんが脳出血で倒れて、とか親が話してたな。」
女1「つい この前まで元気だったのに。」
俺「ま、年だわな。」

 

中学校に着いた。俺たちは裏門の前に立っている。校庭から運動部の声が聞こえる。
俺「どうする? 入る?」
女1「どうしようかな…」
女1はうろうろ歩き回っている。

 

中学の先生が門から出てきた。
先生「なんだ、不審者がいると思ったら、男1か。」
俺「ども…。」
先生「そのロボットヘリで、女子中学生の着替えを覗きに来たんだろ?」
俺「違います!」
先生「見つかるなよ?」
俺「だから違いますって!」
俺の隣で女1が何か言っているが、俺には聞く余裕がない。
とにかく俺は女1を連れて、逃げるように裏門から遠ざかった。

 

裏門から離れて、中学のまわりを半周だけ歩いた。柵ごしに校庭が見える。
そこで俺は立ち止まって、心拍が落ち着くのを待った。

 

女1はしばらく運動部を眺めてから、ぽつりと言った。
女1「ね、こないだの話の続き、なんだけど…」
俺「ん? いつの?」
思い当たらない。
女1「…引っ越すけど…それでもよければ、私はいいよ。付き合っても。」
俺「え?」
女1「ほらほら、男1さ、私のこと好きなんでしょ?」
側頭部を金属バットで強打された。と思うほどの衝撃を受けた。俺は衝撃でよろめいて、柵にもたれかかり、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
女1「どうしたの?」
俺「と…」
俺は混乱した。確認する。今は何年だ? 2071年。俺は何歳だ? 16歳、高校一年、もうすぐ二年。
俺が女1に告って振られたのが2070年。
俺「…いま、なんと?」

 
 

女1「だから、いいよ、私と男1、付き合おうよ。」

 
 

俺「俺、振られた…と思ってた。」
女1「え、違うよ、保留してただけ。」
俺「はは…。」
俺の顔は、泣き顔とニヤニヤ笑いと照れ隠しの平均値になった。

 

女1が俺に向かって手を差し出した。
俺はその手を握った。もちろん俺の手は、女1のAR画像を素通りした。

 

こうして、俺と女1の遠距離恋愛が始まった。

 
 
 

とりあえず、これで終わる。

 

この内容が正確かどうかは保証できない。なにしろ昔の記憶だし、ジャマーもかけたから。
人名を 女1・女2 のように変換したのも、身体的な特徴を書かなかったのも、個人を特定できないようにするためだ。
まあ今の私は、当時の倍くらいの年齢になったわけで、こんな名もないオジサン・オバサンの身元を特定したところで、面白くもないだろうけど。

 

今と違ってトランスペアレント機器もない、スマートインプラントもない、そんな時代の話だ。
でも、人間がやることなんて、昔も今も、たいして変わらない。