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Last-modified: 2013-12-27 (金) 01:20:47

エルフのはなし

  • 死を恐れていなかった
  • 決して叶わない願いがある
  • 5つ以上の地方に行ったことがある

 とあるエルフの集落に、25年前、産まれたばかりのエルフの赤子を抱えてたどり着いた男がいた。
 ナイトメアであったその男は、赤子の出自を口にする前に息絶える。が、赤子をくるんでいたのは、百年以上前にこの集落から失踪した“姫”と呼ばれたエルフの女性のドレスだった。
 集落では赤子を養育することにしたが、同時に、忌み子として里の外れに追いやった。
 やがて成長した少年は、里では唯一同じ年頃の少年とよく遊ぶようになる。相手は里の中でも祭祀を司る家系の若君であり、他人をかしずかせる立場にあった。大人たちは大事な若君を少年から遠ざけようとする。
「あの子供と遊んではならないと言ったでしょう。大事なお身体に穢れが伝染ります」
 しかし若君も大人相手では物足りない年頃、二人は大人たちの目を盗んであるときは秘密基地を作り、あるときはどこまで潜っていられるか競争し、あるときは子供たちなりの宝物を互いに自慢し合ったりもした。
 そのひとつが若君が飼っていた綺麗な鳥だ。
 が、エルフの感覚に対して、鳥の寿命は儚く短い。
 二人は秘密基地のそばに鳥のための墓を作ると、綺麗な羽根を一本ずつ手元に残した。
……若君が少年の遊びの誘いに乗らなくなったのは、それからすぐ後のことである。呼びに行っても顔を見せるだけで「また今度」とはぐらかされ、使用人達にも追い返される。やがて少年は、一足先に大人になってしまったかのような友人を、誰かに自分のことを考えてもらうことを、諦めた。
 
 数年が経ち、少年が成人と見なされる歳が近づいてきた。独りで暮らす集落の外れの家のドアを叩いたのは、誰あろう若君であった。
「これが、命からがらお前をこの里まで連れてきた男の持ち物だ。神殿にずっとしまってあった」
 ドアを開けて迎え入れようとした少年に、若君は荷物を差し出してそう言った。
「僕は鳥が自由に飛ぶ方が好きだったのに、死ぬまでこの手で籠に閉じ込めていた」
 あのきれいな羽根は少年も大切にしまってあり、時折取り出しては眺めていた。
「だからお前はこの籠から出るんだ。ここじゃお前は自由に飛べない」
 何が「だから」なんだ。しかし少年は荷物を受け取った。
「……僕がこれを持ってきた事はないしょだ。籠の鍵を開けたのがばれたら、またじいやにしかられる」
 若君の笑ったのを見たのは、とても久しぶりのことで、そしてそれが最後になった。
 次の朝には、少年は集落を発っていたので。
 
 荷物は薄い革鎧と片手剣、そして銃だった。使い方はよくわからない。だが調べるうちに、フェイダン地方にそれらを同時に扱う流派があることを知った。
 男の消息を、と訪れた彼を、道場の者たちは未熟な入門希望者と勘違いし、けんもほろろに扱った。
 悔しかった。つまはじきにされるのは慣れているが、この道場では自分の出自、つまりどうしようもないことを理由にされたわけではない。それに、この道場は名を挙げたものなら丁重に扱うという。いつか腕を上げて認めさせてやる。目標ができた。
 そして、最低限の剣の振るい方を学ぶと、商隊の護衛などをして世間を回った。森の中の小さな集落、その中でも共同体から外れていた彼は、井の中の蛙もいいところ。見て回るものすべてが新鮮で、刺激的だった。若さに任せた無茶も何度かした。周囲に大人ぶってたしなめられるたびに、反感がわいた。俺が死んだって、誰が泣いてくれると言うんだろう。
 気がつけば回った地方は片手の指では数えられないくらいになっていた。
 その集落に立ち寄ったのは単なる巡り合わせだった。
 
 肌の色が暗く額に第三の眼を持つ種族。それまではほとんど出会ったことはなかった、異形の種族である。しかし心根は陽気で、あまり社交的とは言えない旅人の彼にも親切で、義侠心に溢れた集団でもあった。
 このような集落が地上に存在していたことに驚いた。
 中でも最初に仲良くなったのは狙撃手の若者だった。お互い魔動機術を修めていたことから、話が合ったのだ。気がつくと、道場にけんもほろろにあしらわれたことまで話していた。
 そしてその許婚たる女性と、その妹ともよく話すようになった。姉のほうにはしょっちゅう惚気を聞かされ、妹には誘われて一緒に集落の占い婆から手ほどきを受けるようになった。
 いつしか、彼の心には一つの渇望が根付いていた。
「俺もシャドウだったなら。
 この人たちと一緒に笑い合って、戦場に行って、いつか同じように眠りにつくことができたなら」
 決して、叶うはずのない願い。
 
……そうして、ある戦いの後。
 無茶をするたびに、周囲の大人たちが目を吊り上げて怒っていたことの本当の意味を知った。
 綺麗な遺体だった。
 もう惚気は聞けなくなった。それどころか、自分が他のシャドウたちを差し置いて悲しんでいいのかもわからなかった。
 許婚であった友人のことを、兄と呼び続ける妹にも何も言えなかった。
 占術。
 剣術。
 銃。
 どれでもいいから、力が欲しい。
 嘆き悲しむ以外に、今できることが。
 
 それは彼にとって何度目の旅立ちだったろう。
 でも、逃げ出すのでも、後悔に囚われるのでもない。きっと彼の憧れた彼らは、どんなことも踏み越えていける強さを持っているから。
 だから、明るく、陽気にやる。まずは、あの道場に自分を認めさせてやりに行こう。
 彼が今や恐れるものは、死だ。何もできない自分のままでは、消えて行きたくないから。
 幼馴染み以外にも自分に笑い掛けてくれる人がいると、知ってしまったから。