殺人鬼オシリス

Last-modified: 2015-06-23 (火) 00:25:02
199 名前: ナヒャ (yWVxXezQ) 投稿日: 2003/12/19(金) 16:00 [ wXrwQlUg ]
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AA達が暮らしている町があった。
町の名は暗闇横町。
その町には一人のオシリスがいた。

そして彼は連続殺人犯だった。

オシリスは障害者のAAばかりを狙って殺していた。
精神病院や障害者のいる家に忍び込み、罪の無い彼らを殺すのだ。
それでも、今まで、一度たりともオシリスは罪の意識にとらわれなかった。
そう、一度たりとも。
今日のオシリスの獲物は、自宅で介護を受けている老人モナーだった。
痴呆が進み、介護している家族も疲れ果てていた。
家の者が留守の隙をつき、オシリスは老人モナーの家に忍び込んだ。
老人の部屋。老いた者独特の臭い。窓から差し込む明るい光が、宙に舞う埃を照らし出す。
そして白いシーツの上に寝かされた老人モナーは、子供のように無垢な笑みを浮かべていた。
オシリスに気付くと、ニコニコ笑いながら手招きをした。
「良い子だねぇ。お菓子をあげようね」
布団をまくり、綿くずが付着した茶色いリンゴを取り出した。
リンゴは柔らかい品種の物で、小さく切られた物だった。おそらく、老人のオヤツだろう。
「お食べ……」
オシリスを自分の孫だと思っているようだ。自分を殺しに来た者を最愛の孫と間違えている。
老人の笑顔がオシリスの目に飛び込み、血管を通り、心臓に突き刺さった。
連続殺人鬼、オシリスがほんの一瞬だけ、罪悪感に襲われた。
が、一瞬は一瞬だ。
オシリスは老人のシワクチャの手に握られたゴミの付いたリンゴを口に当てた。
心から嬉しそうな、老人の笑い顔。
オシリスはリンゴを飲み込んだ。
そして、それと同時に老人の息の根を止めた。
ハルペーと言うエジプト式の三日月型ナイフが老人の首を掻き斬ったのだ。
ゴロンと音を立てて首が床に落ちた。手持ち花火のように傷口から血が吹き出ている。
老人の部屋。老いた者独特の臭い。窓から差し込む明るい光が、宙に舞う埃を照らし出す。
そして、畳に染み込んだ血も太陽に照らされていた。

200 名前: ナヒャ (yWVxXezQ) 投稿日: 2003/12/19(金) 16:00 [ wXrwQlUg ]
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心の奥底にチクリとした痛みを感じつつも、数日後オシリスは次の標的を見つけた。
暗闇横町から少し離れた精神病院の、目の見えないしぃ。
オシリスは以前、この病院に忍び込んで殺人を働いたことがある。
ずさんな管理体制。忍び込むのは簡単だった。

夜。闇の世界。精神病院の、見つめるだけで正気の者も発狂しそうな原色の緑の壁。
鬱。躁。ボダ。依存。強迫観念。様々な狂気を内包する建物。
その建物の一室に、目の見えないしぃがいた。
目の病気ではない。彼女は自ら自分の目をえぐり出したのだ。
しぃは悪夢にうなされ、眠ることを恐れているのだ。
もっとも、目があるから眠るわけでもないのだが。
その日の晩も、悪夢を恐れてしぃは起きていた。
そして、夜の来訪者に気付いた。
「アナタハ 誰?」
目の見えないしぃは侵入者の気配に向かって尋ねた。
所詮あいては盲目の少女。と、オシリスは高をくくった。
冥土の土産に、質問に答えるくらいは構わないだろう。
「連続殺人鬼。お前を殺しに来た」
意外にも、しぃは驚かなかった。単調な声でまた問いかけてきた。
「何故?」
「赤い手帳……」
押し殺した声でオシリスは言った。赤い手帳、彼が連続殺人鬼になった原因。
「赤? ……アァ、私ハ 直接見タコトナイケド、アレネ。赤い手帳ッテ」
障害者手帳。オシリスは障害者ばかりを殺している。
しぃはちょっと怒っている。自分が殺されるかもしれないのに、強気だ。
「チョット、チョット! 何ヨ ソレ。差別ニ シテハ 行キ過ギジャナイ?
 何デ 私ガ ソンナ差別デ 命ヲ 取ラレナキャ イケナイノヨ?」
「単なる差別じゃないさ」
オシリスはハルペーを持つ手を下げた。
「聞かせてやるよ、私の過去を」
オシリスは静かに回想に入った。
しぃも、殺されるかもしれないと言う自分の立場を忘れ、いささか憤慨しながら話を聞くことにした。

201 名前: ナヒャ (yWVxXezQ) 投稿日: 2003/12/19(金) 16:01 [ wXrwQlUg ]
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数年前、暗闇横町を歩く幼いオシリスと、その妹の大耳。
本屋で幼児向け雑誌の付録を吟味している大耳がいた。
オシリスはちょっと離れたところで、『エジプトの歴史』を立ち読みしていた。
その時だった。
大耳とアヒャが狭い店内でぶつかってしまったのは。
店内で客同士がぶつかるのはよくあることだった。ただ、相手が悪かった。
アヒャ。精神障害を抱える者。
大耳はアヒャに突き飛ばされ、崩れた雑誌が大耳の上に降り注いだ。
アヒャは大耳に近付き、しゃがみ込むと、その拳を幼気な大耳の顔面に叩き付けた。
店主や大人の客達が何とかアヒャを大耳から引き離した頃には、大耳の顔は赤紫に腫れ上がっていた。
オシリスは恐怖のあまり動けなかった。
そして、アヒャは店主達を振り切ると、あの手帳を突き出した。
あの赤い色をオシリスは一生忘れないだろう。
障害者手帳の赤い色。
皆、どうすることも出来なかった。

妹はその後顔の腫れが引かず、中学時代に化け物と罵られ、イジメを苦に自殺未遂をした。
今でも精神的に安定せず、過食に陥ってしまった。

しぃは、溜め息を吐いた。
「ソレハ……。大変ダッタノネ」
オシリスはハルペーを握り直した。
「私の妹をあんなにしてしまったアヒャが憎い。
 あの手帳を持つ者には手出しできない。私は、許せない」
「ダカラ 精神ニ 障害ヲ 持ツAAバカリヲ 殺スノ?
 馬鹿ミタイネ」
オシリスはしぃに詰め寄った。怒りで刃物を持つ手が震えている。
「お前らが、私の妹にどれだけ深い傷を与えたことかっ……!」
しぃのマブタが開いた。空っぽの眼窩がオシリスを飲みこむように、見据えている。
「オ前ラ……カ。ソウヤッテ 一ククリニ シナイデ。
 妹サンニ 暴力ヲ 振ルッタノハ、確カニ 精神ニ 異常ヲ キタシタAAヨ。
 ダカラト言ッテ、全テノ 精神障害者ニ アナタガ 暴力ヲ 振ッテ 良イコトニハ ナラナイデショ」
小さな子供に言い聞かせるような口調だった。
オシリスは、黙って精神病院を抜け出した。
殺すはずだったしぃを殺さずに。

精神障害があるからと言って、何をしても許されるのだろうか。
妹の復讐のためなら、精神障害者を殺しても良いのだろうか。
オシリスとしぃは、今でもこのことについて、深く、静かに考えることがある。

 暗闇横町・殺人鬼オシリス 完