Last-modified: 2020-04-17 (金) 00:22:45
107 名前: シィキャビク(I377/ICE) 投稿日: 2003/03/31(月) 00:56 [ 6mpHwhF2 ]



                       「母」



 薄汚れた街の片隅に、ボロボロのダンボール。
 その中では、一組のしぃ親子が寄り添って、師走と虐殺ブームの風をしのいでい
た。

 「チ…チィィ…」

 これまで母しぃの腕の中にうずくまっていたベビが、擦れた泣き声を紡ぐ。
 流石、母の端くれというべきか、母しぃはその声を敏感に聞き取り、うつろな瞼を
こじ開けた。

 「ドウシタノ…オナカガスイテルノ?」

 母しぃはベビを腕に抱いたまま、ダンボールの隅々を一瞥した。
 びりびりに破れたビニールが、腐った食物と共にこびりついている。もちろん、
中身は空っぽ。
 ベビが食べられそうなものは、ちょうど切れてしまっていたのだ。

 「しぃちゃんを守る会」(守る会)からの配給も、しぃ対の圧力のせいで滞っている
し、「ゴハン サガシテクルカラ マッテテネ」と綱渡りをする元気はない。
 母しぃがあれこれと思考をめぐらせる間にも、ベビの食べ物をねだる泣き声はエ
スカレートしてゆく。

 「チィ…チィィ…ハナ~~~~ン!!」
 「アッ、ゴメンネ ベビチャン…」

 母しぃは自分の食料(乾パン)を取り出すと、口に含んだ。食べ物を口にする瞬間
だというのに、彼女の表情は険しいままだ。
 しばらく租借を繰り返してから、口移しでベビに与えた。

 「チィ…ピチャピチャ…」
 「ベビチャン、オイシィ?」 
 「チィ~♪」

108 名前: シィキャビク(I377/ICE) 投稿日: 2003/03/31(月) 00:57 [ 6mpHwhF2 ]
 箱から身を乗り出して、ブンブンと鳴る黒い粒に目を輝かせるベビ。
 ある晴れた日、悪臭の漂うこの『オウチ』に集まってきたハエたちだった。

 「チィ~チィ~チィ~♪」

 手を出すたびに、ぶわっ、と散って、しばらくするとまたやってくる。また手を
出すとまた散っていく。延々とその繰り返し。
 どういうわけかベビは、そんなハエたちが気に入って、ずっと一緒に遊んでい
る。愚考にも汚濁にも慣れきったしぃ親子だから、母しぃはいい子守りだと思
い、放置しているようだ。

 母しぃは、どこまでも無邪気なベビに頬を緩ませながら、内心で眉をしかめる。

 「ゴハン、モウ コレダケシカ ノコッテナイヨ…」

 薄っぺらな乾パンを、憂鬱そうに手に乗せる。少しのエネルギーも無駄にす
まいとばかりにため息を呑みこむと、彼女はある決意を固めた。
 その内容とは…。

 「ベビチャン、ゴハンノ ジカンヨ」

 母しぃの呼びかけに、ベビはその小さな体で出せるフルの力を使って振り向
いた。
 ろくに言葉も解せぬベビだが、『ゴハン』だけは覚えたのだろう。

 「チィ~チィ~チィ~♪」

 早く、早く、とせかすようなベビの声を聞いていれば、何も恐れることはない。
 母しぃは躊躇せず、自分の手を頭の上へやった。

 「チィ~」
 「マッテテネ、スグ タベサセテ アゲルカラ」

ぎぃぃっ…ぶちん

 しぃの耳が、しぃの手によって、もがれる。

 深紅の生命の証が流れ出て、白く滑らかな毛並みを下品な染料のごとく染
め上げてゆく。
 それでも、母しぃはうれしそうに口元をゆがめ、右手に持った耳だったもの―
肉片を爪で引き裂き始めた。

ぐちゅ ぐちゅ ぐちゅ…

 「アニャー…」
 「ハイ、ベビチャン。キョウノ ゴハンダヨ」

109 名前: シィキャビク(I377/ICE) 投稿日: 2003/03/31(月) 00:57 [ 6mpHwhF2 ]
 「ベビチャン、アシタハ ドコヲ タベル…?」

 既に小さな寝息を立てるベビに、そっと語りかけてみる。

 食料を失っても、体の一部を失っても、それでもしぃは幸せだった。ベビがひ
もじい思いをせずにすむだけで。ベビの安らいだ寝顔を見ていられるだけで―――。

 耳のあった場所の痛みが鈍くなるに連れて、母しぃもまた眠りの淵へ傾いて
いった。
 ところがその安らぎは、すぐに破られた。

 「へっへっへ、やっぱ虐殺てのはこうじゃないとな!」
 「虐殺の真の魅力は悲壮感だモナ」

 いきなり空から、二人の声が降ってきたかと思うと、首をむんずと掴まれ、箱
から引きずり出された。

 「ハ、ハニャ!?」

 その拍子に、膝の上のベビが転げ落ち、目を覚ましてしまう。

 「チッ…チィィ~~~ッ!?」

 声の主は、モナー、モララーの二人組みだった。

 「ギャ、ギャクサツチュウ…!!」

 母しぃのその言葉に、満足げに笑う二人。

 「そのとおりモナ」
 「漏れたちは冷酷な虐殺厨だYO」

 「オ、オナガイ…シィニハ ナニヲ シテモ イイカラ、コノコ ダケハ タスケテ…」

 懇願する母しぃ。

 「よーし! それじゃ、今夜はコイシを殴って殴って殴りまくるモナー!」

 その言葉を聞いて、母しぃは安堵した。少なくとも、ベビに危害は加えられな
い。当然、それは早計であったのだが。

 二人はおおっぴらに、殴り、蹴り、投げた。刃物の類を持っているが、それは
使わずに、ただダメージを与え続ける。

 「久しぶりのでぃ化だけど…上手く逝くかな?」
 「さぁ…とりあえず殺さずに殴り続けてりゃいいモナ」

 「…ディ…!? ウソデショッ、ヤメデッ、ヤベデェェェェェェェ――――」

ドカッ ドスッ ……

110 名前: シィキャビク(I377/ICE) 投稿日: 2003/03/31(月) 00:58 [ 6mpHwhF2 ]
 「チィィ…」

 いきなり叩き起こされたベビは、不機嫌な涙を流しながら起き上がり、あたり
をきょろきょろを見回す。
 母しぃがいないことに気づいて、泣き叫び始めた。

 「アニャーン! アニャーン! ウニ゙ャーーーー!!」

 その甲高い声は、当然、外の3者にも届いていた。

 モナーとモララーは、しぃを痛めつける手を止め、でぃ化しつつある母しぃを
見下ろした。

 「あれ? ベビちゃんがママを呼んで泣いてるYO?」
 「可哀想モナ。あんなボロダンボールの中で一人きり…。早く会わせてageな
きゃ」

 このままでは、ベビはでぃ化した自分自身が殺してしまう。
 薄れゆく自我に必死でしがみついて、母しぃは叫んだ。

 「ヤッ、ヤメテ!! シィニ ベビチャンヲ チカヅケナイデ!!」

 「ひどいなぁ、ベビちゃんを近付けないで、なんて」
 「そんな母親はシカークモナ。親子の大切さを分かってないモナよ。感動のご対
面で、再認識させてageなきゃ(・∀・)イクナイ!」

 「………」

 ぼやけてゆく視界。
 それは涙のせいなのか、それともしぃとでぃの境界へ向けて急進しているせ
いなのか。

 ごとん、と芯のない音を立てて、箱が地面に倒れる。

 「チィ、チィ」

 箱の中から、いつもと変わらぬベビの泣き声が近付いてくる。

 「チィ♪ チィ♪」

 その声は、母の姿を見つけた喜びに満ち溢れていた。

 「ベ…ビ…タン…」

 「チィチィチ(ざくっ)―――「アゥゥゥ…」

 しかしその声は、もはや彼女にとって天使の声ではなくなっていた。

 「ベチャベチャクチャ…」

 「キターーー…」
 「喰っちゃったモナ…」



    もう ベビちゃんのこと よく見えないよ
     ごめんね ベビちゃん


ごめんね…










               終