偸桃/桃を盗む少年(聊斎志異)

Last-modified: 2024-05-13 (月) 23:14:34

登録日:2020-05-13 (曜日) 01:19:36
更新日:2024-05-13 (月) 23:14:34
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Tag: 聊斎志異 偸桃 桃を盗む少年 蒲松齢 中国文学 西王母 白蓮教 幻術 アニヲタ昔ばなし




「偸桃/桃を盗む少年」とは、蒲松齢による短編小説集『聊斎志異』のエピソードである。
タイトルは訳によって差異があり、「偸桃」は明徳出版社版、「桃を盗む少年」は平凡社版の書籍における題となっている。
田中貢太郎氏による明徳出版社版の訳は青空文庫にて無料でWEB公開されているため、読むことは容易だろう。

概要

中国清代に作家・蒲松齢の手によって編纂・執筆された短編小説集『聊斎志異』の説話の一つ。
原文での章節では全12巻中の第1巻収録分に相当する。

あらすじは概ね後述する通りの内容で、話自体もそんな長いものではなく取り分け目立った要素がある訳ではないが、
昔の中国の世相などをかじってないと多少取っつきづらい『聊斎志異』の収録話の中では、比較的起承転結が分かり易い内容という事もあってか、
いわゆる「世界の民話集」的な書籍に収録されているケースもあるため、『聊斎志異』を知らずともこの話をどこかで目にした読者もいるのではないだろうか。

物語紹介

語り部(蒲松齢)が子供の時、府の試験を受けるために正月の街に繰り出した折、彼は友達に連れられて「演春」と呼ばれる出し物(日本で言うところの獅子舞に近いか)を見物しにいった。
その日は夥しい見物人で街はごった返しており、一段高い省役所の広間には赤い衣服に身を包んだ役人達が座っていた。
子供だった語り部には役人の役職など分かるはずもなかったが、人々の喧騒と楽器の演奏が耳を騒がせていた事だけは強く印象に残っていた。

その内、髪の長い子供を連れ、何やら荷物を担いだ一人の手品使いの男が現れる。
手品使いは何事か喧伝を始めるも、喧騒に耳を遮られた語り部には何を言ってるのかさっぱり聞こえなかった。
その直後、青い服の使丁が現れ、大声で手品使いに何かしら手品をするよう言い付ける。
手品使いはそれに応え、どんな手品をすればいいか使丁に返したところ、使丁からの言伝を聞いた役人たちは相談の末、手品使いにどんな技が得意なのか問う。
曰く、手品使いは「時ならぬ物」……早いが話、時節に沿わない品物を取り出すことができるというのだ。
使丁はそれを役人たちに伝えると、その上で役人たちのリクエストとして「桃を取ってくること」を手品使いに命ずる。

手品使いは一旦承知し、持ち込んだ竹籠に自身の着物を被せると、わざと大げさに困った風の口調で、

お役人さまは、ご無理なことをおっしゃいますものだ。
いま氷がはりつめているとき、桃を取ってまいれというおおいつけだ。
でも取って来なければ、えらいお方から怒られる。どうしたらいいものだろうかなア。

すると、手品使いの連れていた子供は父親に対し、一度承諾した以上は今更出来ないとは言えないでしょうと言う。
手品使いはしばらく考え迷っている風であったが、やがて、

いろいろ考えてみたけれど、いまは春の初めでまだ雪が積もっている。この世ではどことて捜すことはできない。
ただ西王母のお庭には、四季いつでも桃が実っているというから、あすこならあるかも知れない。
だからどうしても天に上って盗んでくるより仕方ない。

と言った。
子供は天に上る手立てがあるのかと父親に問うと、手品使いはちゃんと手立てはあると返答。
そして先程の竹籠を開け、数十丈はあろうかという一塊の縄を取り出すと、その縄の端っこを空中に投げ上げる。
するとそのまま縄は、天空に存在する何かに引っかかったかのごとく、まっすぐ空中に立ってしまった。
やがてぐんぐん投げ上げて、だんだん高い所まで縄は上がり、縄が尽きた頃には既に空の雲の中にまで届いてしまっていた。

手品使いは自身の子供に対し、年寄りの自分では縄を上ることはできない、お前が行ってくれと命令する。
子供は躊躇いの表情を見せ、一本の縄で恐ろしく高い雲の上に上れという無茶ぶりに対し、
途中で縄でも切れたら骨さえ拾えないではないかと抗議するも、手品使いは聞く耳持たず、
約束した以上はやるしかない、上手く桃を盗んでさえくれば、きっと褒美のお金は貰えるし、お前に綺麗な嫁さんも貰えるだろうと彼を諭す。
とうとう、子供は観念したか縄を持ち、ゆらりゆらりと揺れながらも天高くまで延びる縄を上っていった。
まるで蜘蛛が糸を這うかのごとくするすると上っていき、やがて雲の中にまで入ってゆき、とうとう姿が見えなくなってしまった。

しばらく待つと、空から椀くらいの大きさの桃が落ちてきた
手品使いは喜んで桃を役人に渡すも、役人たちは桃が本物かどうか検分しており半信半疑のようだ。

すると突然、天まで届いていた縄が、まるで途中で断ち切られたかのように力を失い、下に落ちる。
手品使いは驚いた様子で、子供の命綱が何者かに断ち切られてしまったと狼狽してしまう。

その直後、天から降ってきたのは、先ほど天に上ったはずの子供の生首であった。
その首を両手で抱えた手品使いは嘆きながら言葉を漏らす。

きっと桃を盗んだのを番人に見つかったのだ。息子はやられた!

さらに空から、片脚、手足、胴体……と、子供の身体のパーツが地面に降り注ぐ
手品使いは大層嘆き悲しみ、拾い集めた子供の身体の残骸を、竹籠の中にしまい、そして言った。

わしにはたった一人の息子だった。
毎日わしといっしょに、南へ北へと旅をつづけて暮らしたのに、今日の厳命を承知したばっかりに、こんな悲惨な目にあうことになった。
この死屍を負うて帰って葬いをしてやらねばならぬ。

そして、役人たちのいる広間へ上がると、手品使いは跪いて懇願した。

桃のためにわが息子を殺してしまいました。
もしも憐れと思し召し下されて、葬式のご援助をいただけますなら、伜めも草葉の蔭からご恩に報いるでござりましょう。

この言葉に胸を打たれて同情したか、座っていた役人たちも手品使いにめいめい金を渡した。
それを受け取り懐にしまった手品使い、息子の死体を収納した竹籠を叩くと、

八公や、早く出て来てお礼を申しな。何をぐずぐずしているのだ。

というと同時に、竹籠の中から五体満足で元気な姿の息子が現れ、役人たちに対してお辞儀をしたのであった

後年、これら一連の出来事を見物していた語り部は、あまりに不思議な手品であったが故にこの一件をずっと憶えており、
彼ら親子は術使いで知られる白蓮教の子孫の者だったのではないだろうか、と後々述懐するのであった。

登場人物

  • 語り部(蒲松齢)
    語り部である子供時代の作者自身。
    本エピソードは終始、正月に街に繰り出した彼がたまたま見物した一連の出来事という形式で語られる。
  • 手品使いとその息子
    役人たちからの無茶ぶりに応えるため、不思議な術で西王母の庭から桃を盗んでくるが、それ故に息子の命を失ってしまう。
    ……と、ここまが全て仕込みで、役人たちから褒美をせしめたところで息子の復活劇を演出し、「手品」の幕引きを飾った。
  • 役人
    手品使いに対し、正月の真っ只中に桃を取って来いという無茶ぶりをするも、結局そのせいでお金を払う羽目になってしまった。
    とはいえ、手品使いの一連の芸当の正当な見物量としての代価として考えれば、結果丸く収まった……と言えるか?
  • 西王母
    中国で古くから信仰されている女仙。物語中に直接は登場しない。
    別に何も悪い事を全くしてないのに、自分の庭から桃を盗まれて手品使いの日銭稼ぎに利用されてしまったある意味最大の被害者

追記・修正は、西王母の庭園から桃を一つ盗んでからお願いします。


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