第五十七話 残る命
「あん?セイランの糞坊主からの通信?今更なんだって?」
「は、はぁ……それが」
なんとかJ・P・ジョーンズへと着艦したネオは、ブリッジに戻ると通信士から電文の打ち出された紙を渡された。
「なになに……『我、賊軍ニ占拠サレシ旗艦、奪還セリ。然ルモ既ニ艦に戦闘力ハ無シ。
我、敵軍ニ向ケ旗艦・タケミカヅチヲ特攻セシム。ツイテハ後退ト後方カラノ援護ヲ要請スル』……ってなんじゃ、こりゃ!?」
「なんだ、と言われましても……。こちらは送ってきた通信を受けただけですから……」
「あの若狸……『これ』で全て通す気か……!?」
ネオの睨んだ、タケミカヅチ付近に漂う救命ボート群の一艘に、救命具を身に着け立ち上がり、煙を上げて前進するタケミカヅチを見つめる青年の姿があった。
「ユウナ様。揺れます、お座りください」
「いや、いい」
アマギの言葉に、ユウナは頭を振った。
ゆっくりと座ってなど、いられない。
「連合の艦隊には電文、送ったね?」
「はい。あとはユウナ様にイザナギのほうへと移っていただければよろしいかと」
「わかってる。……アマギ」
「は?」
「僕には、タケミカヅチを見届ける義務がある。他の連中を先に回収させて」
「……承知、いたしました」
あの艦には、まだトダカが残っている。
全ては自分の失策が招いたことであるというのに、その責任を彼一人が背負って。
ユウナの心には政治の世界で感じたことのない、無力感と歯痒さがあった。
戦場は、政治家たる彼の力の及ぶところではなかったのだろうか、やはり。
「アマギ、君は僕を笑うかい?」
「……」
「政治家がのこのこ前線に出てきて、艦を沈め。挙句部下に責任をすべて押し付ける。滑稽だろう?」
「……いえ」
タケミカヅチが遠ざかっていく。
アマギが救命ボートに積まれた無線機を、ユウナへと差し出してきた。
「アマギ?」
「そう思うのでしたら、あなたはあなたの戦場に戻るべきです。そして、一佐にどうか餞を」
周波数は既に、オーブ軍のみで通用するものにあわせられていた。連合に聞かれる心配はない。
アマギの言わんとしていることを理解したユウナは、わずかに目を見開いた後、頷く。
「……そうだ、ね。よし」
無線機をとり、口元へ。空いた右手は、こめかみに向かい、敬礼の形をとる。
「全軍に通達する。タケミカヅチ、並びにトダカ一佐に、敬礼!!」
海に散らばる救命ボートの兵たちも、残った艦艇の乗組員たちも。
ユウナの命に背筋を正しびしりと姿勢を合わせる。
彼らに見送られ、タケミカヅチが徐々に遠ざかっていく。
『ジェナス!!セラ!!ニルギース!!誰でもいいから聞こえてたら返事しな!!』
「!?」
自分が騎乗している以外の全てのバイザーバグを撃破され、ディグラーズが後退していく。
追撃をすべきかそれともタケミカヅチを警戒すべきか躊躇したジェナスは、耳に飛び込んできた声を聞き、上空を見上げた。
周波数はこの世界では使われていないもの。ということは、この声は──……。
「パフ!?」
『──繋がった!!こっちからは三人とも確認できてる!!オレンジ色のムラサメ!!ジュリとジュネも無事だ!!』
「パフたちもこっちに来てたのか!!」
上空を探すと程なくして、オレンジに塗装された三機のMSが確認できた。
『パフ!!MSに!?』
『セラ、あんたも元気そうでよかった!!丁度ジェナスと入れ替わりでオーブに着いてね!!話は後だよ!!』
『時間が』
『ないんだよー!!』
続くのは、似通った声の双子の発した言葉。
ジュリ・ブルームとジュネ・ブルームのものだとすぐにわかる。
三人の声のトーンは一瞬安堵したようになり、すぐさま緊張の色を戻していった。
『いいかい!!よく聞くんだ。今からタケミカヅチはアークエンジェルに向けて特攻する!!』
「なんだって!?」
『でも、特攻っていってもただつっこんでくるだけ』
『オーブ軍撤退の理由を作るためだって、トダカさんたちが言ってたー!!』
『だからジェナス!!あんたは仲間に伝えな!!そっちにタケミカヅチがぶつかる前に、沈めるんだ!!』
「わかった!!」
一応、戦闘をしているように見えるよう、機体をMS形態に可変させビームライフルをジェナスの周辺の海に撒き散らしながら。
ジェナスと彼女とのやりとりは続く。
脱出できるだけの人員は既に脱出していること。
狙うべき、艦体のダメージを受けた脆い部分。
「パフ達はどうするんだ!?」
『ユウナや他の艦と、オーブに戻る。場所さえわかってれば合流できるだろう?』
「……ああっ!!」
『パフ!!気をつけてね!!』
『ありがと!!セラもね!!』
『『元気でねー!!』』
セラの射撃をビームライフルで受け、「当たらない」ミサイルを全弾撃ち尽くしてから三機のムラサメは後退する。その姿を確認し、ジェナスは今度はアークエンジェルとミネルバに通信を繋いだ。
「特攻!?そんな……タケミカヅチで!?」
『ああ。こちらに被害が出る前に……おとすぞ』
連合の部隊は、被害を恐れてか既に遥か後方へ下がっていた。
わずかに小さく艦体の周囲をフリーダムやジャスティス、無事なウインダムが飛び回っているのが見える程度である。
『ローエングリンを使います。この位置なら大陸へ汚染が到達する心配もあまりない』
『ええ、それがベストでしょうね。時間もありませんし、火力的に見ても』
「待ってくださいよ!!特攻ってことは、あの中にはまだ人がいるんでしょう!?」
いくらなんでも、完全自動操縦ということは不可能なはずだ。
とすればまだ、艦内にオーブの人間が残っている。
シンは思わず越権であることも忘れ艦長同士の会話に割って入った。
どうしてオーブの人間を自分達が殺さねばならない?
「あの人たちは……俺達を撃ってません!!」
『わかっているけれど……仕方ないでしょう?時間がないのよ』
「っ……俺が行きます!!」
『は?』
「俺がインパルスで行って艦内の人たちを助け出して!!それから沈めてきます!!」
ブラストシルエットの予備機は整備中だが、まだソードシルエットがある。
対艦刀を以ってすれば救助も撃沈もさほど難しくはないはずだ。
『本気なの?』
「お願いしますっ!!」
あの艦には、まだ人が残っている。同胞たるオーブ国民が。
そしてそれはあの恩人、トダカ一佐かもしれないのだ。
いや。あの実直な人ならばきっと残り責任を全うしようとするはず。
彼らが死ぬことを、シンは恐れる。そして懇願する。
『バート。本艦隊とオーブ旗艦の激突までの時間は?』
『十五分です』
「艦長……」
二つのモニターの片方で、タリアが問うていた。
もう一方に映るマリューには、シンに対する指揮権はない。
また艦隊の長であるタリアの決定にも逆らうことはできない。
『いいわ。五分よ。五分だけ待ちます。その間に戻ってこない場合、
ローエングリンとタンホイザーでタケミカヅチを撃沈します。……いいわね?』
「っ……はい!!ありがとうございますっ!!」
『ラミアス艦長もよろしいですね?』
『ええ』
五分。それだけあれば十分だ。
艦を動かす最低限の人員ともなれば、いる場所は自ずと限られてくる。
その間に探して、救出。しかる後エクスカリバーで叩ききる。
『ジェナスとセラも連れていきなさい。手は多いほうがいいわ』
そういって、マリューが微笑んだ。同時に、二艦の陽電子砲が起動していく。
『いくぞ、シン!!』
『急ぎましょう!!』
「ああ!!」
充填が開始された砲台を、目の端に見る。
これがタイムリミットを告げる号砲だ。それまでに、助け出さねば。
「メイリン!!デュートリオンビーム!!ソードシルエット!!」
『はいっ!!』
ミネルバから発射された充電用ビームを胸で受け、バックパックを換装し、ジェナスとセラを連れ、インパルスが海上を駆ける。