アム種_134_065話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:55:15

第六十五話 バイザーバグ・ファクトリー



「いくぞ」



 ちらと後方の戦闘へと目をやって、バルドフェルドは拳銃を片手に言った。

 施設内部の汚染状態、衛生状態は確認済み。

 踏み出した彼にレイが続く。



『ジェナスとニルギース、発進しました』

「了解した。先に突入する」



 敵の隊長と思しきパイロットは、既に内部へと消えている。

 爆破などされてはことだ。急がねばなるまい。



 銃撃に警戒しつつ、バルドフェルドとレイは、その身を躍りこませる。



 エントランスのようになっている天井の高いそこは薄暗く、これといって見るべきものもなさそうだった。



「しかし……一体こりゃ、なんの施設だ?……ん?」



 予想以上に、広い。

 壁に見つけた見取り図を見る限りだと、多少危険でも分かれたほうがよさそうだ。



「レイ、お前さんはどう思う?」



 彼は振り返り、レイに問いかける。

 だが、そこに無表情に立っているはずの姿はなく。



「レイ!?」



 一人の少年が、苦しげに身体を抱えて蹲っていた。



「おい、レイどうした!!どこか……」

「ここは……この場所は……いやだ……それに、やつは……」

「レイ!!」



 がくがくと震える彼の顔は、蒼白だった。

 普段の落ち着きようなど、見る影もない。



「バルドフェルドさ……レイ!?」

「ジェナス、ニルギース!!」



 遅れて到着したジェナス達が、駆けつける。



「お前達のセンサーに、何か異常はあるか!?空気の成分や、ガスの類の!!」

「え!?」

「……いや、ないな。いたってこの周辺の空気状態は正常だ」



 うろたえるジェナスと対照的に、ニルギース冷静にが答える。

 つまりは、レイのこの状態は、彼だけのものだということだ。

 ジェナスやニルギースのアムジャケットに搭載されたセンサーの類は、こちらの世界のヘタな調査機器よりよほど性能がいい。

 自分達が見落とした異変も、彼らならばわかるはずだ。



 その彼らが言うのだから、間違いはない。

 バルドフェルドはそう判断した。



「ニルギースは、レイを頼む。ジェナスは俺とこの施設の調査に当たれ」



 震え続けるレイを支えるジェナスに、ついてこいと命じる。

 ジェナスは少し躊躇してから、ニルギースのほうに目をやって頷いた。



「まずは地下。そのあと、上を捜索。敵のパイロットが潜んでいるかもしれん、気をつけろ」







 フリーダムの腰のレールガンが、火を吹く。

 敵がレールガンを起動しだした時点で、キラは行動を起こしていた。



 左腕に携えたアグニを撃ち放しつつ、横に薙ぐ。

 こちらのほうが下方に位置しているから、施設に当てる心配はない。

 ビームの帯が、レールガンに撃ち出された砲弾を焼き払った。



「ふうっ!!」



 今度は、こっちが。

 翼のレールガンとアグニを、一斉に放射する。

 ハイマットモードに変形したフリーダムは鮮やかにそれをかわすとサーベルを引き抜き、電光石火のごとくこちらに向かってくる。



 かわしきれる距離ではないことをキラは悟っていたから、

 逆にアグニの砲身を差し出す。エネルギーの充填を、続けたままの状態で、あえて。



 同時に、脳内に種が弾ける。



 斬られた砲が起こした派手な爆発の中へと、視界もないまま対艦刀を手につっこむ。

 もっとも隙の少ない刺突であったが、手ごたえはない。

 フリーダムはその異常なまでの回避能力で爆風を抜け、背後からストライクを切り捨てんと狙う。



「まだっ!!」



 ビームブーメランを引き抜き、サーベルを受け止める。本来は投擲用の武器だが、こういう使い方もある。

 振り向きざまバルカンと肩のガンランチャーを乱射し、牽制。

 アグニを失った左手を、対艦刀へと添える。



「っく!!」



 まさか、「この状態」でも攻めきれないなんて。

 自分の力を過信していたわけでも、敵を過小評価していたわけでもないが、フリーダムの動きにキラは舌を巻く。



『でええぇぇいっ!!』



 ジャスティスとは、アスランのセイバーが激しく剣と剣をぶつけあっていた。

 あちらも一進一退、互角といっていい。



「でもっ!!」



 気は抜けない。だが、負けるわけにもいかない。



 長期戦は禁物だ。

 こちらはバッテリー、あちらは核。

 いずれ、エネルギーが先に尽きるのはこちらなのだから。







 レイたちを残し足を踏み入れた地下のその場所は、スクラップと化した機械の山に埋もれていた。



「これは……」



 その一角に座する、見知った形の「それ」に、ジェナスは気付く。



「バイザーバグ……こんなところで」



 幾度となく戦ってきた、もの言わぬ機械の兵士たち。

 それが、このような場所で実験、製作されていたなんて。

 悟り、ジェナスは複雑な思いを抱く。



「ジェナス、こいつは」

「……ええ、バイザーバグです」

「調べられるか?少しでも情報が欲しい」

「やってみます」



 だだっ広いドックと思しき部屋の一角に、言いながらバルドフェルドは生きているコンピューターの光を見つけ、歩いていった。



「……どうやら、ここは『エクステンデッド』の研究施設だったらしいな」

「『エクステンデッド』?」



 共に手を動かしながら、二人は会話する。



「簡単に言えば、薬漬けにして身体の機能を大幅に高めた兵士だ。ドーピングの極まったもんだと思えばいい」

「……」

「ここでは孤児を集めて、そういう兵士にするよう仕向けていたようだ」



 子どもを、兵士に?

 その単語に、ジェナスのゆびがぴたりと止まる。



 子どもなど、まず真っ先に護られるべき存在ではないか。

 彼は、自身の年齢も忘れ憤る。



「まあ、子どもの身体は発展途上だからねェ。戦闘技術を教え込むにも、薬漬けにするにもうってつけだったんだろうよ」

「ひどい……」

「まあ、な」



 相槌を打つバルドフェルドの目は、何故かジェナスへと向けられていた。

 申し訳なさそうな、憐れむような目だった。



「目的と手段が、入れ替わっちまったんだろうよ。でなけりゃ、こんな無茶な研究はせんだろ」



 コーディネーターの優位性を否定するために肉体を強化し、戦争に勝利する。

 戦争に勝利するために、肉体を強化する。



 吐き捨てて、彼は肩を竦めた。



「しかし、妙だな?」

「え?」

「その機体……バイザーバグ、か?生化学中心のこの施設で一体何故、機械兵器が……」



 防衛用、というならもっと数があるはずだろう。

 ということは研究、開発用のものであるはず。

 このような場所に、一体何故?本来ならば工廠で開発されるべきものであるはずなのに。



「さあ───……っ!?」

「どうした?」

「中枢部分が、開けそうです」

「本当か?」



 緊急排出用と思しきスイッチが、見つかった。

 これもまた、あちらの世界のバイザーバグにはなかったものだ。

 そもそも自分で考え、動く機械に不用なものだ。

 不審に思いつつ、操作する。



「開けます」



 さして問題もなく、スイッチは作動した。

 軽い音を立てて、機体胸元のハッチが開く。



 そして、無色の液体が噴出し。



「「!?」」



 同時に、赤黒い肉色をした物体が、転がり落ちた。



 それは紛れもなく───……人間の、脳であった。


 
 

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