第一話:『早乙女、そしてゲッターロボ』
「なんなんだよ、あれはっ!?」
そう叫んだ直後、四体のうち二体のロボットが鬼へ仕掛けた。巨大なマシンガンの集中砲火で鬼の動きが止まり、その隙を狙って蛇腹状の腕が伸びて全身を締め上げる。
完璧な連携、だった。
しかしそう思ったのも束の間、巻きついた腕は無理やり引きちぎられ、鬼の角が輝きを発する。
バチチチチチチチチチチッ!!
角から放たれた稲妻が二体のロボットを貫いていた。驚くほど呆気なく機体は爆散し、無残な骸に成り果てる。よく周りを見渡すと他にもロボットであっただろう残骸が転がっていた。対してあの鬼のものと思われるようなものは、ない。
……あまりにも圧倒的だった。数で勝っていたはずの白いロボットがうろたえるように後退り、鬼はさしたるダメージすら感じさせない足取りで残った獲物へと近づいていく。
――やられる。
そう感じた瞬間、背後に響いた轟音に反応して振り向いていた。
「なんだ!?」
かろうじて視界に捉えた物体が瞬く間にシンの頭上を通過し、鬼と白いロボットのもとへと向かっていく。
赤、白、黄というカラーリングの連隊は直列の陣形を保ちつつ鬼に接近し、先頭の赤い戦闘機がミサイルを放った。不意打ちだったためか鬼は反応も出来ず爆煙に包まれる。
直後に三機は機首を上げ、雲を貫かんばかりの凄まじい勢いで飛んでいく。
「え?」
目を疑った。一番下に位置をとった黄色の戦闘機が速度を上げたのだ。このままでは前を往く白い戦闘機にぶつかる!
最悪の展開は、しかしあまりにも現実離れした方向へと裏切られた。
二機の戦闘機は激突してそのまま一つになり、どこにそんなスペースがあったのか疑いたくなるような太い腕と足が飛び出す。さらに赤い戦闘機が不気味な人型のオブジェとなった物体の先端――白い戦闘機の機首に被さるように合体し、グニャリと歪みながら二本の角を掲げた頭部へと変形する。
「……………………冗談だろ?」
三つの戦闘機が、一体のロボットに。
それだけならインパルスとなんら変わりはないが、アレはそんな生易しいものではない。
背中からマントのような羽が伸び、空に浮かぶ赤き巨人。
――あまりにも非常識な、あまりにも理不尽な、そしてあまりにも荒唐無稽な存在がそこにあった。
鬼の角が再び輝きを発する。だが赤いロボットは重力をまるで感じさせない軽やかな動きで空を駆けた。雷撃を避けると同時に肩から飛び出した片手斧を掴み取り、鬼へと投げつける。
ガキィィィィンッ!
刃が爪に弾かれ宙に舞う。だが自ら投擲した斧の後を追うように突撃したロボットは両腕に生えたカッターでがら空きになった鬼の身体を十字に刻んだ。
「グォォォァァァァァァァァァァッ!?」
耳をつんざく絶叫。堅い皮膚の切れ目から鮮血が噴き出すのを目の当たりにしてようやくあれが生物なのだと認識できた。
鬼が苦し紛れに爪を振るう。だがその腕は落下してきたたトマホークを掴んだロボットによって両断された。鮮やかな切り口から間欠泉のように血が溢れ出る。堪えられず悲鳴をあげた鬼が背を向けて逃げ出す。
バシュッ!
赤い煙が漏れ出る腹部装甲が展開し、レンズ状の物体が露出する。赤い、赤い光が徐々に膨れ上がっていく。
――そして、
「あっ」
ロボットの膝が崩れ落ちた。腹部のレンズを中心に緑色の小さな放電が身体中に走り、どこか苦しそうに震えている。
その姿を尻目に鬼は逃走を続け、湖の中に飛び込んだ。
巨大な水柱が上がり、それきりこの異常な戦場から一切の音が消え去った……
「クソッ、駄目か!」
下がったままのメーターを映したモニターに苛立たしげに拳を叩きつける。
『――どうした、達人?』
通信機から異様な迫力が込められた低い声が届けられる。
「父さんか、炉心の出力が安定しない。今のままじゃビームどころかトマホークも振るうことも……」
『ふん、調整が完全ではなかったからな。炉心に傷はないか?』
つまらなそうに呟く。こちらのことを気遣うような素振りはまったく見えない。
――たとえそれが実の息子であったとしても、早乙女とはそういう男だった。
「炉心自体に異常は見当たらない。機体にも対したダメージはない」
『心臓を除けば斥候くらいはどうにかなる程度には仕上がった、というわけか。詳しいデータを見たい、早く戻って来い』
労いの言葉もなく通信が切れる。大きく息を吐き、今度は自分で通信を開く。
「大丈夫か、蛭田?」
『あ、あぁ……なんとかな』
憔悴しきった声が返ってくる。頑丈さが自慢の男がわずか5分足らずの戦闘でここまで疲弊している――その事実が相対した化物の異常さを現していた。
「すまん、機体の調整で遅くなった」
『気にするな、俺たちは助かったんだ』
達人が目線を向けると自身の乗る機体と瓜二つの白い機体がゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
「だが、大勢死んだ」
『……』
達人もその視線を辿る。散らばる破片と上がる炎、4つの機体、12人のパイロットであったものがそこにあった。かつて共に学び、過酷な訓練を乗り越えてきた仲間であったものが。
「直に回収が来る。それまでここで待機していてくれ」
『わかった……っ、達人!』
どうした? と聞き返す間もなく言葉が継ぎ足される。
『――誰かいるぞ!』
「何?」
センサーを切り替えると確かに500mほど離れた場所に生体反応があった。
『鬼か?』
「ここからでは判別は無理だな……」
何かがいる方角を見やる。鬱蒼とした森林が視界を遮り、そこにいるはずのものを阻んでいた。
「父さん、聞こえるか?」
『――どうした、まだ戻らないのか?』
「付近に何かがいる。民間人かもしれないが……」
一瞬、間が空く。だが返ってきた答えは簡潔だった。
『連れて来い。鬼であろうと人間であろうとだ』
「……わかった」
予想していた通りの指令を受け、再び炉心のメーターに目を走らせる。戦闘行動はさすがに無理だが動ける程度の出力までは回復していた。
「蛭田、俺はこれから目標の確保で離れる。何かあったらすぐに連絡をくれ」
『そっちこそ何かあったら呼べ。こんなザマだが頭数程度にはなる』
モニター越しに笑いあう。どうやらお互いの腹の内は同じようだった。
――もう誰も、死なせてたまるか。
「よし、いくぞ!」
緩慢な動きで立ち上がる。先ほどの手負いの鬼にすら勝てる気がしない。
(……厄介ごとでなければいいが)
感情の陰りを胸中に押し止め、一歩を踏み出した。
……雨が降ってきた。
呆然とした頭がかろうじて全身を叩く雫をようやく察知する。
何もかもが現実離れしすぎていた。鬼も、白いロボットたちも、そしてあの三機の戦闘機が合体したあのロボットも。すべて自分の中の常識では考えられないものばかりだった。
――ズゥンッ!
そして、その異形が、目の前に悠然と立ちふさがっていた。
無機質な、しかしどこか意志すら感じる双眸がこちらに向けられる。
バシュッという音の後にに胸の一部が開き、そこから無骨なスーツを着た人間が姿を現す。顔の半分は被ったメットに隠れて見えなかったが、体格から察するに男なのだろう。
「子供……? おい! 大丈夫か!?」
その呼びかけにすぐに答えられなかった。身体に異常はない、しかし精神はすでに再起不能の一歩手前まで追い詰められていた。
「……これはなんだ?」
無意識のうちに声が漏れる。相手がとりあえずは言葉が通じる人間だったからか疑問が感情の高ぶりとともに溢れ出る。
「アンタはなんだ?」
性質の悪い夢のようだった。しかし肌を打つ雨の冷たさも、鼻に付く草の匂いも、そして目の前の荒唐無稽な巨人も、すべて現実なのだと五感が告げていた。
「このロボットは……アンタは、いったいなんなんだっ!?」
喉が痛みを訴えるほどの声量で叫ぶと男は戸惑ったように黙り込んだ。そのまま互いの時が止まったようにただ時間が過ぎていく。
「俺は……」
男の口が開く。どこか迷ったような素振りを見せたが、メットを脱ぎ、真っ直ぐな視線をこちらに向ける。
「――俺は早乙女達人。そしてコイツは、ゲッターロボだ」
「ゲッター、ロボ……」
再びロボットの顔を見る。何故かは分からないが、こちらを値踏みするような目で見つめられているような錯覚にとらわれた。