第1話『遭遇』
上空から見れば波ひとつ見えない、そんな海の上を行く2つの白い航跡。
白く塗装された丸い頭の人型マシーンが2つ。
ザクと呼ばれるそのマシーンの一方が、もう一方の肩にさながら話しかけるように右手を乗せた。
「キャップ、もう少しで巡視行動の境界線です」
明るい女の声。
「OK、そろそろ引き返そう。救難信号、それから漂流物の見落としはないな」
それに応える男の声。
「ありませんっ、いつもそうだけど新人みたいなミスチェックしなくても結構よ」
「こないだ燃料切れの漁船をあやうく見過ごしそうになったのはどこのどなたでしたっけ?」
職務中ということを忘れたかのような砕けた口調に変わる。
一言二言話した後は、この2人はいつもこうらしい。
そうしたやりとりの最中に、女の口調の雰囲気が変わった。
「あれ?シン、今何か光らなかった?」
しかし男の方はそっけない。
「よくある勘違いじゃないのか? 海で何か反射したとか」
「違う、雲の近くよ。海じゃないわよ」
ふくれっつらをしたような口調だとわかる話しぶりに、いつものことだと思うしかなかった。
しかし、男も上空に一瞬光るものを発見した。
「なんだあれは? 大きいぞ」
見る見るうちに影のようなものが視界に入り、それが大きくなってくる。
「離れろ!」
気づくのが遅れたと判断した男は咄嗟にそう叫んだ。
もう1機のザクの右肩を押しのけて急速に離れる。
その間を割るように大きな影が一瞬で通り過ぎた。
風圧に飛ばされよろめいたザクを立て直しながら、男はシマッタ、と一瞬悔やんだ。
こちらに近づいてくる速度を読み違えたためである。
仲間のザクを気遣いながら、その男――シン・アスカ――は海に吹き上がった巨大な水柱を見ていた。
「ルナ、大丈夫か!」
「なんとか。それよりあの大きな落下物よ」
2機が揃って落下した物体に近づいていく。
肩から上を水の上に出して浮かぶ『それ』は、この世界の人型機械・モビルスーツのように見えた。
しかし……
「大きすぎる……」
モニターに映る女――ルナマリア・ホーク――はその物体を驚いたように凝視する。
シンの目から見た、モニターに映るルナマリアの表情が、こちらを向いて驚いたように見えた。
「何を怒ってるの?」
「なんだよ、そんな風に見えるのか?」
「落下物に近づいてから、見る見る顔が変わってるわよ」
聞き流すようにシンの白いザクは巨大な物体の手前30メートルに近づいた。
この物体が起こしうる危険がわからないため、これ以上は近づけない。
「……まるで、ガンダムタイプだ」
嫌な記憶が一瞬頭をよぎる。
それをすぐかき消してシンは外部スピーカーで呼びかけた。
『おい聞こえるか。お前たちはどこの者だ? 怪我はしていないか?』
巨大な物体の返事は意外なほど速やかだった。
『お前は、誰だ?』
オウム返しのように聞き返される。
続けて物体から言葉が飛んでくる。
『パイロットのひとりが怪我をしている。頼む、手当てをしてやってくれ』
その返事に対してシンのザクは過敏な反応を見せた。
唯一武器として使える装甲ナイフをザクの手に持たせて前に突き出す。
『動くんじゃない!』
物体から聞こえる返事は、今度は懇願に変わった。
『頼む、早くしなければライタが死んでしまうんだ!』
それは以前の戦争で町を焼き払った、巨大なガンダムタイプに見えた。
その外見が彼が唾を吐きたいほどの苛立ちを生む。
~数時間後 海上~
白色の船が空を行く。
周囲には1機のVTOL機がプロペラを回して飛び、上部甲板へ降りようとしていた。
船の船底につながれた20数本のケーブルが先刻海上に落ちた巨大な物体を吊り上げ、一路西へ向かって移動していく。
その格納庫、ヘルメットを脱いで歩くシンに部下が駆け寄った。
急ぎの用事のためか、敬礼もなく話しかける。
「キャプテン、あれは見たところモビルスーツではなさそうです。該当する機種が存在しません」
「該当ナシ?」
「とにかく、陸に揚げましょう。それからでないと調べられそうにありません。何しろモノが大きすぎますから」
「ありがとう、あとは頼みます」
年上のベテランメカニックマンだったせいか、最後だけ丁寧な受け答えをして見せる。
反対側を見やると、担架で運び出される者がいた。
怪我をしたパイロット、どうやら大柄な男のようである。
2人のパイロットがその担架に駆け寄った。
言葉をかける間もなく警備兵に取り押さえられる。
ルナマリアはうなづいて警備兵に指示した。
「手順どおりよ、連行して」
殺風景な独房に放り込まれた2人は、アフロヘアーの男に、青い長髪の男。
長髪の男は、扉の鉄格子につかみかかるように叫び続けていた。
「なぜこんなことをする!」
「教えてくれ!ライタは無事なのか!」
「俺たちが何をした! 俺たちは、敵ではない!」
「なぜだ!」
C.E.77年。
2度にわたる忌まわしい戦乱を終えたこの世界。
3年にわたって微小な紛争すらないという空前の平和を、人類は謳歌していた。