第6話『チャージアップ・アンド・ソード Part2』
~格納庫~
「すいません!……遅くなった。このサイレンは?」
「管制塔から所属不明機が数機接近との連絡を受けました」
「所属不明ってことは……」
「所属識別信号を出さないで無事に飛べるのは監察官ぐらいでしょう。こちらの無線にまったく答えません」
格納庫にたどり着いたシンはメカマンから事の詳細を耳にして、不満げな顔を浮かべる。
すでにルナマリアは20mリフトに自分の体を乗せ、2番機のザクに乗り込もうとしていた。
「くそっ、目的も分からないし耳も貸さないんじゃどうしようもない。なんとか直談判だ。おーい!白旗だ!モビルスーツ用のを出して!」
格納庫の壁にかかっているモビルスーツ用の停戦白旗は、基地の小道具の一つ。
海上保安隊と何らかの船舶が銃撃戦になった場合などを想定して仲裁用に用意されたもので、こんな事態に果たして使えるかどうかは未知数だ。
ロックを外された白旗をルナマリアのザク2号機の右手がつかむと、左手に持たせていた40ミリ機関砲を左太腿横のアタッチメントに固定した。
小型の単装機関砲で、形は人間が使う短機関銃に相当する。
シンの1号機も白旗を壁から取り外すと、左手の対装甲ブレードを腰のラックに回して固定した。
こちらは、前回の出動まで使っていた対装甲ナイフを長尺にしただけのものにすぎない。
彼らのザクの装備が、海賊風情の持つ武装船舶やガラクタ同然のモビルスーツを相手にするならまだしも、軍に相当する装備に張り合えると思う整備士はまずいないだろう。
取りうる選択肢は……
前回ちょっかいをかけてきたウィンダムを海に叩き落としておいて話が通じるのか、そんなことを考える余裕はない。
空から落ちてきた連中を問答無用で引き渡してでも、監察官との衝突を避ける。
それが、シン達が死なずに済む唯一の方法。
シンにせよ、ルナマリアにせよ、ヘルメットはおろかパイロット服を着る余裕もない。
シートと体を固定させるようにベルトを巻きつけて左手元のボタンをいくつか押す、無線の周波数を合わせる。
管制塔にはメイリンが入っているはずだ。
「全速力、できるだけここから遠い場所で接触を試みる。ルナは続け!」
『了解!』
『東南東より接近中、機数約10、どうぞ!』
2機のザクは背中のジェットを思い切り吹かして飛び上がる。
30秒もすれば、その姿は管制塔からは2つの点のように映る。
いっぽう上空のザクは、今にもボディが折れんばかりの急加速を続けていた。
全開で燃焼させる時間のさじ加減を間違えればジェットを生み出している機関部が焼きついて墜落する。
シンの秒読みが続く。
コンソールパネルの燃焼時間限界を示すカウンターはあくまで目安でしかなく、何割り増しで早めるかは、その機体を使い慣れたパイロットのみが勘でつかむ。
「3…2…1、止めろ!」
『了解!』
勢いよく噴き出していた青白いロケット光がおとなしくなる。
コックピットの全周モニターは、それまで流れるように動いていた周囲の雲も落ち着いて見え、その遠くにいくつかの影。
2機のザクは右手に持たせた白旗を軽く振り、なびかせて高く掲げながら飛び続ける。
「聞こえるか、こちらに戦闘の意思はない!」
シンのザクは可能な限り無線の出力を上げて、前方のモビルスーツ群に呼びかけていた。
左腕は武器などを何も持たない状態で真横に広げ、機体を左右に揺すっている。
「即刻基地の落下物を引き渡す。こちらは抵抗の意思はない。……待て!何をする!」
シンの優れた視力がとらえたのは、ウィンダムのミサイルが発射される瞬間の光。
切り離されてロケットノズルを噴射した一瞬の光を見逃さず、回避行動に入る。
整備状態のよくないザクで最初の挙動が遅れたら、一斉に飛んでくるミサイルをかわしきれない。
この数日で酷使されたザクは、以前シンが乗り組んだ優秀なモビルスーツには程遠い。
直線的にミサイルから逃げるしかないシンと、それに動きをあわせるしかないルナマリア。
2つのロケット光が、ミサイルの近接爆発の閃光を寸前で交わしながら飛ぶ。
聞き入れられそうにもない訴えを叫び続けながら、緩いカーブを描いて飛ぶ。
「なぜ聞き入れてくれない!こちらの話を聞いてくれ!」
~春島基地 陸上管制塔~
「ミサイルらしき反応が複数!ザク1番2番、共に追われている模様!」
「監察官側は、ウィンダムらしきタイプが9!」
低高度レーダーと高高度レーダー、2人の観測手が画面に映った映像を見て即座に状況を読み上げている。
メイリンは通信手席に座ってはいたが、心なしか席を立ちたいような落ち着かない調子で画面、室内右手、室内左手と視線を動かしている。
そのメイリンの様子がさらに落ち着かなくなったのは、状況の変化を知らせるレーダー手の声の調子が変わった時だ。
「高度4000、後方より新しい反応が現れました!」
「おそらくモビルスーツらしきものが9、さらにモビルアーマーらしき大型の反応が1!」
回線を開くのを忘れてメイリンの動きが凍りつく。
「どうして? どうしてそんなものが?……」
「副長!……副長!」
レーダー手に呼ばれて、メイリンが画面から目線を上げる。
「あ、はい!反応は……」
「後ろから増援多数です、回線を開いて連絡を取ってくださいよ?」
「ちょっと、ここを頼みます!」
「え?どこへ行くんです!」
慌てるレーダー手の声を背にして、メイリンが駆け出していた。
管制塔の下、建物の地下へ向かって。
~独房~
「あーあ、あのお嬢さん、律儀に鍵かけていきやがった」
「てめえのせいだぞ。マリン」
マリンは雷太に耳を貸さず、ただ目の前に、自らの腕の前に、なくしたものの影をぼんやり見る。
それは3人がこの島の海に放り込まれる前の出来事。
《私が、死んでも……私の、してきたことは、消えない……》
《何を言う!しっかりしろ!しっかりするんだ!》
《いいのだ……これで私は、休める…… お前の手、とても、あたたかい……》
《アフロディア! 俺たちは、帰ってきたんだ、俺たちの星へ! 死ぬんじゃないぞ! アフロディア! アフロディア!!》
「おい、マリン!おい!こら!」
手を目の前でさかんに振られていることに気づくのに何秒か。
ようやく我に返る。
「?……どうした?」
マリンの視線がマリン自身の手元をさまよっていたのを変に思った雷太だった。
なにか、空気かさもなくば幻を抱えているような手つきでいる。
「おめえはな、こりゃ具合がおかしい、と自分で思う瞬間ってないのかい」
「お前は疲れてんだよ。このところ、状況がバタバタ動きすぎだったからな」
冗談交じりでも、気遣いの言葉だった。
これが彼らの仲間内の流儀。
ここへ飛ばされてくる前に、マリンに悲しい出来事があった。
そのことを知らない2人ではない。
ゴンゴン、という鉄の扉を叩く音。
とうとう引き出されるのか、と考えると振り返って扉を見る気になどなれない。
扉に背を向けてあぐらをかいたままだ。
しかし予想に反して背中に弱々しい声が飛んでくる。
「……あの……3人さんに……頼みたいことがあります……」