Baldios-Destiny_05

Last-modified: 2009-01-23 (金) 22:19:48
 

第5話『チャ-ジアップ・アンド・ソード Part1』

 
 

 C.E.77。
 平和な時代である。
 しかし、それまでの『平和ではない時代』に慣れてしまった人々もいる。

 

 メサイア戦役後、軍に関わった人間全てが社会復帰できたわけではない。
 そしてそれらを放置しておけば、重犯罪や下手をすると内乱の火種となってしまう。
 プラントはその対策として、退役軍人のうち、動けるが社会復帰困難な者については自国で受け入れた。
 いや、「抱え込んだ」と言ったほうが正しいだろう。
 受け入れる過程で連合とプラントの間にどんな力関係が作用したのかは謎とされるが、ともかく復帰困難な元兵士を抱え込んだのはプラントだけである。
 そのような手合いの成れの果て、武装解除によって多量にこの世界にあふれた兵器を玩具にしている連中が『監察官』。
 そのような平和の守護者が、この戦後という時代の現実である。

 
 

 ―――エクステンデッド。つまり、連合製の強化兵士の特徴は、ある程度までは普通の人間と変わらない情緒と、ある種宇宙人か子供のような一風変わった感性―――

 

 シン達の外形的なエクステンデッドに対する知識はこうである。
 空から落ちてきた3人の特徴は、この特徴とかなり合致していた。
 そしてエクステンデッド用に作られたマシーンと、空から落ちてきたマシーンの共通点も合わさってしまうと……

 

 

~PM7:00 春島基地・食堂~

 

 どこの伝統を引き継いだのかまでは彼女たちは知らないが、この組織では、決まった曜日にカレーライスが出る。
 出来合いの大きな缶詰を鍋で温めて米飯と一緒に盛って食べる、戦時中の戦闘食よりはるかに人間らしい食べ物であった。
 トレイにコーヒーにカレー、そしてサラダを乗せてテーブルにつく赤い髪の2人。

 

「キャップは?」
「陸(おか)の工場で自分のザクを直してるわよ。一旦始めると聞かないんだから」
「やっぱり、あの連中がまた来ると思ってるんだ。」
「あたしだってそう思う。プラントの人たちが実験で作って、間違って地球に落しちゃった。確かに、こう考えると全部の辻褄は合っちゃうものねー。……で、本来条約違反のそいつを力づくで取り戻しに来てる」
「あの3人、どうなっちゃうのかなぁ……」
「さあ、機械もばらしちゃうんでしょ、どうなるんだろ……メイリン見た?空から落ちてきた3人さん」
「あのガッシリした人だけ」
「一度見物してきなさいよ。青いロングのハンサムさん。情が移っても知らないけどね~」
「お姉ちゃん!」

 

 姉にからかわれたメイリンは顔を膨らまし、何もすくっていないスプーンを裏返して少し唇にくわえた。

 

 

~翌朝・AM5:30 独房~

 

 金属の皿3枚に、スプーンが独房の入り口に3つ。
 『空から落ちてきた3人』は冷たいコンクリートの床に大の字になってこそこそと会議中であった。
 会議というより逃げ出す算段を話し合っていると言う方が、雰囲気としてはふさわしい。

 

「雷太も目が覚めたか?」
「おいマリン、このまま此処にいてはマズイんじゃねえか?」
「そもそも、ここはどこなんだよ?」
「地球のどこか広い海の上の小さな島だ。俺たちの世界じゃ、すでに海に沈んだはずのこんな小島がまだ残っていた。それどころかここには世界連盟がなくて別の政府がある。アルデバロンもいない」
「じゃあ俺たちは、『あの後』何かの弾みで飛ばされて……」
「何か別世界の地球に飛んできちまったのか……」
「わからん、だが状況証拠だけ見ると、そうとしか考えられない」

 

 ガチャリ……と鍵を開ける音がした。

 

「誰だ?」
「ん?おまえさんは……」

 

 薄暗い中に見えるのは特徴的なツインテール。

 

「静かに……黙って付いてきてください」

 

 

 4人が歩いて行き着いた先は、建物の出口の外。
 滑走路が広く視界に広がり、その右、遥か先には静かに波音を立てる水平線。
 そこで少女――メイリン・ホーク――は再び口を開く。

 

「ここから先に行って滑走路の端の倉庫に入れば、そこが第1ドックです、あなたがたのマシーンもそこに……」
「キミは?」
「何も聞かなくていいんです。このまま此処にいても、誰も皆さんを受け入れようとはしません。それどころか……数日中に、あのマシーンも分解して使えなくするって……キャップが」
「……そうか」
「壊しちまうのか」
「あれがないと、元の世界に帰れないぜ……行くか?」
「君。雷太も、オリバーも……すまんが、俺は逃げない」
「えっ!? でも……」
「スパイの烙印を押されたままで逃げて何になる? 例え今は信じてもらえなくても、俺は此処に残る」

 

 雷太とオリバーも驚きの表情を見せたが、メイリンもまた、予想外の答えが返ってきて言葉に詰まる。
 しかしマリンと長いこと連れ添ってきた仲間だけはあっさりしていた。

 

「ふふっ、これが最後のチャンスだったかもしれねえのに……マリン、後悔すんなよ?」
「しょうがねえ。やめだやめだ」

 

 雷太とオリバーは口々に「やれやれ」を言いつつ寝そべってしまう。
 マリンは少し表情を柔らかくした。

 

「君に頼みがあるんだ。ここで少しだけ海を見たい。そうしたら部屋に戻ろう」

 

 

~基地建物の外 芝生~

 

 マリン達は芝生に座りこみ、海を見ていた。
 風はないが雲はいくつか空にかかっていた。
 間もなく日も昇るだろう。
 メイリンはなぜ彼らを連れ出したのかと今頃になって考えていた。
 ただの好奇心のためだとは思いたくなくなり、考え込む。
 マリンは相変わらず黙って海を見ているのみ。
 雷太とオリバーは芝生に転がって寝てしまった。

 

「あの……何を考えていたんです? 故郷の事?……それとも、大事な人?」
「……そんなところかな」
「お姉ちゃんから聞きました……亡くなられたんですって?」
「こんな海を見ながら、夕焼けの海を見ながら、俺の腕の中で死んでいった。キミの大事な人は?」
「あの人は……どこかへ行っちゃいました」
「……そうか」
「今どこにいるのか……でも、でも、この星空の、どこかにいるんじゃないかって。 あたしが、キャップとお姉ちゃんを巻き込んでこの隊に志願したのは、星空の向こうにその人を探しているからかもしれない。だから、だから……あたしは、こんな綺麗な星空や海を乱す人たちが、許せないんです!」

 

 マリンはかすかに涙ぐんだメイリンの両肩を両の手でつかんでいた。

 

「そうだ!そんな奴ら、この前のような奴らは、放っておいちゃいけないんだ!」

 
 

~AM6:00 工場~

 

 白いザク2機が並んで立つ。
 どちらも表面の傷はまったく修理されていなかった。
 1機は、色が違うありあわせの右腕を取り付けて、これもまたありあわせの盾を持たせている。
 もう1機は内部機構の調整を終え、各所のハッチが開いたままだった。
 その足元でシンが毛布をかぶり寝息を立てている。

 

「………ン、シン、 シン!シンってば!」

 

 身体を揺さぶられるような感覚に、ひどく不機嫌そうな顔で顔を上げると、見慣れた赤い髪。

 

「なんだよしゅういはおわったろ……あんだ、まだ朝の6時か」
「大変よ!あの3人がいないの!メイリンも!」
「なに!」

 
 

~基地建物の外 芝生~

 

「ここじゃない!」
「シン!こっちにもいないわ!」

 

 息を切らしながらシンとルナマリアが走る。
 警報を鳴らすだの警備員を集めるだのすることが普通なのだが、2人揃って気が動転してしまったためかどちらもそのことを言わず、ただほうぼう走り回って探すのみである。
 施設を探し始めて20分ほど、芝生にいる4人をシンが発見した。

 

「あ、メイリンとあの3人!」
「メイリン離れろ!あの野郎!」

 

 驚いて立ち上がるマリンに、貴様、の一言と共にシンが右の拳を左頬に見舞った。
 まともに拳を受けてはそのまま倒れる以外にない。

 

「メイリンをたぶらかして逃げる気か!」
「違う!」

 

 問答無用のもう一撃がもう一度、立ち上がりざまに「逃げたりしない」と弁明するマリンの左頬を打つと、マリンの表情が憤怒をあらわにした。

 

「分からず屋!」

 

 一言浴びせてマリンが反撃の拳を打つと、そのまま双方避けようともしない殴りあいにもつれこむ。

 

「やめて!」
「2人とももうやめて!」

 

 必死に叫ぶ2人の乙女とは対照的に、申し合わせたようにシンの背後とマリンの背後に回る2人の男。

 

「やめとけ。もう何言っても無駄だぜ」
「これは、男の戦いさ」

 
 

「必ず信じさせる!」

 

 マリンが口にしたところにシンの拳が直撃する。
 倒れかかったマリンを抱えて、雷太がそのまま押し戻す。

 

「おらよっ、まだ早いぜ?」

 

「そんな出まかせを言いやがったところで!」

 

 シンが口にしたところに今度はマリンの拳。
 こちらも倒れかかったところにオリバーが、やはりそのままシンを輪の中に押し戻す。

 

「お前さんも気が済んでねえだろ? そら、もう一息だ」

 

 シンとマリンの右拳が交差すると、互いの頬を打ち抜いて終わった。
 映し鏡のように両者が芝生に崩れ落ちる。
 ゴングは鳴らないが、代わりに警報のサイレンが鳴り始めた、招かれざる来客。

 

「くそっ監察官か! 見てろ、勝負はお預けだ! ルナ、行くぞ! メイリンはこいつらを連れ戻せ、拳銃を使ってでもな!」

 

 シンは少しよろめいたが、そのままザクの待つ工場へルナマリアを連れて走っていく。
 マリンも少しよろめきながら芝生の上に立ち上がった。

 

「じゃあ、お嬢さんの引率で戻るとするか」
「今回はいいのか?俺たちはいちばんいい手札らしいぜ」
「誰があいつなんか……!」

 

 マリンはギリッと口元を噛み締めた。

 
 

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