第8話『チャージアップ・アンド・ソード Part4』
~春島東海上 上空~
「シールドが!」
前大戦で戦闘経験豊富なパイロットだとしても、いかに優秀な能力を持っていたとしても、20対1で一方的にビームライフルを撃たれるのであれば、回避し続けるのにも限度がある。
シンが初めて避け損なった。
シールドを装備していたザクの右手に受けたビーム。
幸運にも右手の破壊を免れたが、シールドは吹き飛んでいる。
後ろから熱源接近を告げるアラームが鳴るのを耳にして、シンは我が身を疑った。
まったく想定していない後ろからの反応。
「後ろから!ミサイル?」
反応が視界に入る。
見たことのない不恰好なロケットが1本。
それが自分のザクから離れた左横を素通りして、ウィンダムの戦闘集団に向かって飛んでいくのを見届ける。
近接爆発によって飛び散った破片と黒煙は、通常用の対空ミサイルよりはるかに大きなもの。
爆発を回避して後ろに下がった戦闘集団も、ザクのシンも、ミサイルを撃ったものの正体を見た。
春島の方角から飛んでくる3つの飛行メカ。
そのうちの1つ、重機のような風貌のキャタレンジャーが発射したミサイルが、戦闘集団をビームライフルの射程距離の外に追いやったのだ。
不可解な事態だったことの輪郭を飲み込んで、シンはミサイルの主に腹を立てる。
「あんたら!何のつもりだ!」
『お前たちに加勢するぞ、共同戦線であいつらを片付ける!』
「信用できるか!あんたらは!」
『そちらが嫌でも俺たちは勝手にやらせてもらう。ツインテールのコの頼みだからな!』
「メイリンが!?」
シンとマリンの噛み合わないやりとりが続いていたが、オリバーと雷太、彼らは腹を決めた分対応が早い。
『マリン、9時の方向に飛んで高度を上げろ!』
『合体だ!思い切りやったれ!』
「了解だ!お前も死にたくなかったらついてこい!」
真南に向かって飛んだ3機、あわててついて行くザクも合せて4機、
ちょうど太陽を背にする格好となった。
高度な電子兵装が増えてきた時代では忘れられがちなことだが、太陽を背に、逆光にまぎれる位置を取ることは空戦では有利となる。
合体時間を稼ぐ余裕ができたことを確認するオリバー、そしてマリン。
『これなら数秒は邪魔は入らねえ!』
「雷太、キャタレンジャーの自動装置は動かない。合図に合せてドッキングレバーを!」
『おうよ、合図はいつも通りだ!』
シンは彼らが何を始めるかまったく想像がつかない。
「何をするつもりだ?」
『行くぞ!バルディオス!』
マリンの声に合わせて3人が一斉に合図を出す。
『『『チャージ・アップ!』』』
パルサバーンの機首が折れ曲がると各メカが忙しく機構の変形を始める。
3機編隊の後ろに隠れるような格好でザクがあっけにとられて観察する。
「ガッシャンガッシャンと、何をやっているんだ?」
左足、右足、胴体になった3台が合体を完了すると、頭部がせり出してくる。
「あいつら、単独でドッキングしたぞ!?」
完成したメカ・バルディオスは右腕を突き上げて、そのままウィンダムの戦闘集団へ突っ込んだ。
驚いてビームライフルを乱射するウィンダム、そのうち3発をボディに受けたバルディオス。
一瞬たじろいだような挙動をしたが、すぐに向き直る。
反撃を指示する雷太とオリバー。
「マリン!撃て!」
「ショルダー・キャノンだ!」
バルディオスの両肩のシャッターが開くと、大砲がリフトアップして現れる。
いきなりそれが2門同時にビームを撃った。
照準精度こそ大雑把だが、大口径のビームは回避し損なったウィンダム2機を吹き飛ばしてしまう。
もう一度バルディオスは加速し、編隊の中へ突っ込む。
正面の進路に入ったウィンダム3機を跳ね飛ばし、その奥の1機には両拳を合わせたスレッジ・ハンマーを叩きつけ、両隣のウィンダムに向かっては、両手を勢いよく広げて振り込んだ。
右の1機はかわすが、左のもう1機は頭と右腕、さらに飛行ユニットを破壊され、海に叩き落とされる。
果敢にビームサーベルを振るって接近戦を挑んだウィンダムには、
「このおっ!」
マリンの怒声とともに振るわれたバルディオスの右手刀が、縦一文字にボディを引き裂いてしまった。
海に墜落したルナマリアのザクは、胸部からフロートを出し、海上に顔を出して浮かんでいる。
シートのルナマリアが見上げる全周モニターが、一気に様変わりした戦況を捉えていた。
「あっという間に4~5機は撃ち落しちゃった……何よ、あいつ」
一気に戦力を減らしたウィンダムはザムザ・ザーを中心に編隊を組みなおした。
火力を集めて一矢報いようという判断か。
ザムザ・ザーのコクピットに座る『監察官』パイロットは驚愕を隠せない。
それまでの絶対的優位が1分少々で逆転されようとしているのだから、無理もない。
「こんな……こんな『Gタイプ』がいてたまるかあっ!」
バルディオスは先手必勝とばかりに再びショルダーキャノンを撃つが、今度はザムザザーを中心に形成されたバリアーらしきものが弾いて、ダメージを許さない。
今度はバルディオスの3人が驚いた顔を見せる。
「跳ね返されたぞ!」
「接近戦で片付けろ!」
「逃がすんじゃねーぞ!」
バルディオスの背中のランドセルから、ロケット光が勢いよく輝く。
格闘戦を挑もうとして目と鼻の先に接近したバルディオスに、ザムザザーとウィンダムのビームが襲い掛かる。
恐怖にかられたパイロットらによる弾幕射撃は生やさしいものではない。
あらん限りの武装のビームを近距離で撃ってくれば、的が大きいだけに回避もかなわず、全弾命中。
「うあっ!」
マリンの悲鳴にコントロール系がリンクしているわけではないのだが、上半身を傷だらけにしてバルディオスがよろめいた。
ヘマをやったマリンに、オリバーと雷太の檄。
「さっさと勝負を決めろ!」
「どうしたぁマリィィンっ!!」
遥か後方で高みの見物になってしまっていたシンも見かねたのか、電波障害もなく明瞭に聞こえる遠距離通信で呼びかけてきた。
『それ見ろ!うかつに近づくから!』
「お前の意見など聞いてない!」
『なんだとぉ!』
「外装ぐらいは剥ぎ取ってやる! サンダー!!」
マリンの絶叫に呼応して、ザムザ・ザーに組み付いたバルディオスの胸部エンブレムが、遠くのシンが直視しても目が眩みそうな発光を始める。
「光ったぞ!」
海面のルナマリアからは、太陽がもう1個生まれたように見える光球。
「何よあれ!」
その光は拡大したストロボの光のように極大化して……
「フラーッシュ!」
マリンの最後の絶叫。
ストロボ光の塊をその場に発射して、バルディオスは反動で後ろへ飛ぶ。
ザムザ・ザーの防御装置・陽電子リフレクターはこの光をも防いでみせた。
……機体上部に関しては……
機体下部はおろか編隊全体をカバーしてしまうプラズマビームを受けてしまっては、防御する術がない。
残りのウィンダムは全て逃げ切れず、燃えながら分解してゆく。
ザムザ・ザーも下部を抉り取られ、辛うじて残った上部構造物は継ぎはぎのような状態にまで痛めつけられた。
「『タンホイザー』を接近戦で撃ったのか?」
『ぼさっとするな!そっちへ向かったぞ!』
「……ッ!あいつかよ!」
半壊状態になったザムザザーは獲物をザクに求めた。
バルディオスからいち早く逃げ去るかと思うと距離を置いてから反転、
残りの武器で、ザクだけでも仕留めようと向かってくる。
「コーディネイターのこいつだけでも、手土産に!」
生き残った右腕の爪がザクのボディをとらえようとするが、シンの判断は冷静だった。
左腕をザムザザーの爪にわざとくれてやる。
腕が引きちぎられて機体の自由が利く瞬間、右手に持ち換えさせた装甲ブレードを真上から突き立てる。これで勝負ありだ。
ザムザザーはエンジン部分に爆発を起こす。
その瞬間にザクも破片とともに飛ばされる。
突き立てて折れたブレードの柄を握ったまま、片腕のみになったザクが海へ落ちていく。
落下速度を速める前にガクン、と落下が止まったことに驚くシン。
リニアシートの後ろを振り向くと、全周モニターが、自分を両手で抱えるバルディオスの姿を捉えている。
「なぜ俺を助ける?」
呼びかけにこたえるマリン。
『あの娘と約束したからな。お前らを助ける、と』
「俺だったら、あんたらを助けようとはしない!」
今度はオリバーが答える。
『俺たちは、お題目で自分の行動を縛れるようなご大層な人間じゃないんだよ』
「あんたら……」
さらに雷太も続く。
『おめぇは気にいらねえ。だが、あのお嬢さんの頼みとなると話は別さ。 本心から頼み込んできたからな。おいマリン、さっさと帰ろうぜ』
ザクを抱えてトラック諸島へ飛ぶバルディオス。
その姿を見ながら自分が置き去りにされたと気づいたルナマリアが、海面に浮かぶザクの中で癇癪を起こしていた。
「ちょっとぉ!レディファーストって言葉を知らないんじゃないでしょーね!」
これは2時間後に回収されるまで続く。
~春島基地 滑走路~
「キャップ!お姉ちゃん!」
メイリンが助け出された2人へ駆け寄る。
バルディオスチームの3人は、帰りを待つ基地スタッフが取り囲む中を進み出た。
「さぁ、始末するなり何なり、もったいぶらずに好きにしろ」
マリンの一言にいちはやく噛み付こうとしたのはルナマリア。
「あんたらねえ、一体どこのだれ……シン!?」
片手を顔の前に出され制されるルナマリアに代わって、シンが進み出た。
ぎこちない格好で海軍式の敬礼をして見せるシン。
「基地や船の被害もなく、部下の命も救われた。この基地のキャプテンとして、全クルーに代わって、感謝する」
ニヤリとするオリバーに雷太。
それを見てシンがムッとした態度を見せる。
「カタいな」
「まったくだな」
「なんだっ、あんたらは……」
マリンが黙ってシンの目の前に右手を差し出す。
「お堅いのは性に合わないのが俺たちさ。ブルーフィクサーの挨拶はいつもこうだ」
ああそうか、といわんばかりに目を丸くしたシンだったが、すぐに表情を柔らかくした。すぐさま握手を交わす。
「俺はシン・アスカ。巡視船《ミネルバⅡ世》のキャプテンだ」