第9話『憎しみの砂漠<1>』
~春島基地 工場~
夕方になってもせわしなく工作機械やクレーンが走り回っていた。
鉄材を吊り上げて動こうとするクレーンの傍らには、分解されたザクの足。
そこへ入ってきたのは焦った様子のシン。
周りを見回し何かを探している。
「マリンはどこだ!」
溶接機を使って鋼板を貼り付けていた男にシンが尋ねる。
「はぁ?なんだって?」
けたたましい機械音に遮られたか、溶接面で顔を隠した男は聞き返す。
「マリンはどこだ、って聞いてんです!」
溶接機が止まり、男が溶接面を顔から外す。
「俺に何か用か?」
特徴のある青いロングヘアが顔をのぞかせて、シンは驚いた。
同時に不機嫌な顔になる。
「困るんだよ、勝手に工場の仕事をやられては」
「そんな事言ったってお前、人手が足りてないんだろ。見ろ、あの白いメカだって、もう一息だ」
先の出動で2台の白いザクは酷使を極めた。
そこで2台とも分解し、使える部品で1台を組んでしまおうというのである。
いまマリンが指差す先には、左足だけがフレームむき出しになったザクが直立している。工程は残り1割ほどか。
「あんたらは、保護観察という扱いになってるんだから・・・」
「なら、大人しく部屋に戻るか。あいつらも連れ戻してくる」
「あの2人も?」
「タダ飯食わせてもらうわけにはいかない、ってな。3人で取り掛かったから、バルディオスの調整はもう終わってるぞ」
「終わった、って・・・」
滑走路のバルディオスは、先の出動でビームを受けた傷もまだそのままに、仰向けに寝かされている。
畑違いの技術の塊とおぼしきこの巨大な物体をどういじればいいのか、とシンは考えをめぐらせていた所であったものを。
「反動エンジンの調整手順は、じきにここの連中に教えておくさ」
言ったそばから後ろを振り返らず“バイバイ”のそぶりで手を振りつつ工場を出ようとするマリン。
それを慌てて呼び止めようとするシン。
「じゃあ、もうあいつは動くのかよ!」
「今度は最大出力で動けるぞ、じゃあな」
「おい、だから待てって!」
~滑走路~
バルディオスの右脇腹に当たる箇所。この部分にのみ溶接機のスパークが輝いている。
溶接面を取り去った雷太とオリバーが呼び声に気づいて振り向いた。
「2人とも、引き上げよう」
マリンからの意外な提案は雷太とオリバーを不満げな顔にする。
「なんでぇ、もうちょっとでおしまいだってのに」
「内部がむき出しになってるのはここだけだ。あり合わせの鉄板を貼り付けてるだけだがな」
シンが続いてお小言。
基地と船の管理者になって以来、こういう小言を言うのがシンの日課になりつつある。
「何かをやりたいってのはわかるんだが、少し大人しくしてくれ」
「どういうこったぃ」
「素性のわからない人の扱いが、そんな簡単に変わるはずないだろ、あくまで建前上は」
シンの小言に、マリンが皮肉めいた言葉で返す。
「シン、ハッキリ言ったな。本音はこんなもんか」
「すまん」
「まあ、気にするな。だがこいつの完全修理も考えたほうがいいぞ。
こないだのヤツがまた来るんじゃないか?」
「そんな事は、あいつらは全員・・・!」
シンが言葉を途中まで発して思いとどまった。
それ以降は喉の奥に引っかかったまま封じ込めてしまう。
「すまん、何でもない」
この時彼が思い出したのは、最初にミネルバ2世と交信してきた、横柄な態度の士官である。
~春島基地 第2ドック~
「ちょうどよかった!ちょっと手伝ってもらえませんか?」
メイリンに呼び止められて、3人がドック入り口の前で立ち止まった。
雷太とオリバーがマリンの背中をいきなり押し出した。2人ともニヤッとした表情で。
「へへッ、行ってこいよ“ハンサムさん”」
「俺たちゃ先に帰って着替えてるぜ」
「お前らなぁ・・・すまん、行こう」
一瞬口をへの字に曲げたマリンが、メイリンに付いて倉庫へと向かった。
照明がまだ生きている第2ドック、ここは実質上はただの倉庫として使われている。
ドック内に入ったマリンは倉庫の中身に目を奪われた。
そこには整然と並べられた機械。
「組み立て途中のメカ・・・」
「戦時中に放棄されたモビルスーツとか、そんなんです。ここは『忘れられた島』なんで」
「忘れられた島?」
「戦争からも復興からも取り残されて、ここはもぬけの殻になったんですよ。基地だけが残されて」
「それじゃあ、この島のスタッフは?」
「戦争が終わって、仕事がない人たちが集まったんですよ。あとはココにあるものを使えるようにして・・・」
「なるほど。それが巡視船の正体か」
「ここを通る船の面倒を見て、船主から報酬をもらうのが仕事なんです。
この辺は政府もあまり機能してないから・・・コレなんですけど」
メイリンが取り出したのは何かの小さな部品。
「無線装置の基盤か」
「これを、こっちから、取り外したかったんですけど・・・」
身振り手振りで、予備の部品が付いている機材を指差していく。
「取り付けピンが硬くって・・・!!」
手袋越しに右手同士が触れたのを感じてメイリンの手が止まる。
「どいてみろ、こいつは・・・・よしッ」
右手に残る感触を左手で確かめているメイリンに、取り外された部品が手渡される。
「こんなのもよくいじってたんですか?」
「ブルー・フィクサーに入る前は研究生だったよ。じゃ、俺はもう帰る」
そっけない態度に面食らったメイリンを残して、マリンは勝手に歩き去っていく。
「ま、待ってくださいよ!」
「俺とつるんでるとシンに何か言われるぞ、じゃあな」
すっかり遠くなってしまったマリンに呼びかける。
「今度聞かせてください!学生のときの話!」
立ち止まって振り返るマリンがメイリン同様の大きな声で聞き返す。
「どうせ聞いても信じないだろ!おとぎ話みたいに聞こえるぞ!」
「いいですよー!」