アスランは強奪機について報告するために本国へ帰還していた。
議員達はその性能に舌を巻き、戦線の変化を危惧したのだった。
「流石、私の息子だ。演説、堂に入っていたぞ。
これから厳しい戦いが待っているだろうが、無理だけはするな」
国防委員長である父、パトリックはオードブルを平らげ、アスランに称賛を与えた。
その言葉に、珍しいこともあるものだとアスランは少しばかり照れ臭くなった。
父親との夕食は何ヶ月ぶりであろうか、アスランは記憶を辿ったが、明確には分からなかった。
「いえ、プラントのためには、これからも奮迅致します」
「まあ、そう他人行儀になるな。今は父と子だ」
そう言うと、パトリックはにこりと笑って優しげな瞳を向けた。
アスランもそれに応えた。
「ところで、これからのことだが」
「はい」
「もう、この戦争は終まいだ」
「……!」
唐突に投げられた発言は、アスランの中で波紋を広げていった。
好戦的、強行派の旗頭であるパトリック・ザラには似つかわしくないものであったからだ。
「今まではMSの優位性でここまで戦ってきたが、もうそれも過去と化した。
私達は十分に戦ったし、独立ももう勝ち取ったも同然だ」
アスランは黙って聞いている。
「後は引き際だけだ。まだ公には出来んがな。
息子には言っても構わんだろう」
「本当……ですか?」
にわかには信じがたいこと故、アスランは念を押して尋ねた。
しかし、パトリックは揺るがない。
「無論だ。だから、無理はするな。若者は次なる戦いをせねばならん。
独立維持という戦をな」
パトリックは立ち上がり、アスランの頭を荒っぽく撫でた。
子供の時分から変わらぬ愛情表現――
しかし、パトリックの手は些か細くなっていた。
国防委員長の激務がそうさせたのだろうかと想像すると、アスランはもの悲しく、堪らない思いになった。
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一時の平穏を味わい、アスランは戦線へと舞い戻った。
そこでまず耳にしたことは、婚約者であるラクスが行方不明になったことであった。
ユニウスセブンの慰霊団に加わっていた彼女――ラクスを乗せた戦艦はもうこの世に無いことが発覚していた。
「無事でいてくれ……」
ただ願うばかりであった。親同士が勝手に決めた縁談であったが、アスランは悪い気がしなかった。
ラクスは底抜けに明るく、そして何処か陰を持っていた。
何かで割りきれる人間は取るに足らないと哲学者は語る。
ラクスは、明るさで割りきれない、余りというべき陰を持っていたのだ。
アスランはそれに堪らなく惹き付けられたのである。
「よぉ、英雄」
皮肉混じりの声。
怪我から復帰したイザークである。
赤い彗星を撃退して以来、アスランは英雄ともてはやされていた。
「止めろ。俺はそんな仰々しいものじゃない」
「謙遜だな。本国に召集されたくせに」
「それより名誉の負傷を負ったお前の方が英雄だよ」
イザークの顔面には、縦に一条の傷痕が残ってしまっていた。
消せない痕ではないが、箔が着くからとイザークはそのままにしていた。
「皮肉か?」
「……お互い様だ」
過剰な負けず嫌いであるイザークの物腰は何処か変わっていた。
以前ならば皮肉を漏らせば食って掛ってくるのが目に見えていた。
痛い思いをして、一皮剥けたのだろうとアスランは感じた。
「次の出撃は汚名挽回だな」
何処からともなく現れたディアッカが会話に加わって来たのだ。
「挽回してどうする」
「それもそうだ」
「「「はっはっは!」」」
一同が笑いの渦に巻き込まれた。
少し経ってから、アスランはそれが皮肉であることに気が付いた。
ディアッカは暗に次の出撃の危機を示唆していたのだ。
赤い彗星を殺す戦い――その時は迫っていた。
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アークエンジェルは近隣で交戦している友軍の援護へと向かっていた。
報告によるとクルーゼ隊が強襲をかけたらしく、こちらを釣り上げるための戦闘であるとナタルは判断していた。
しかし、困窮している味方を見過ごせるはずもなく、罠にかかるのを承知しての援護であった。
『進路良好!』
ミリアリアの快活な声がデュエルのコックピットに響いた。
『愛してますよ、少佐!』
困惑したのか、ぎょっとシャアの顔が強ばった
「唐突にどうしたね?」
『奮起して貰いたいだけですよ。今回の作戦、大変そうだし』
ミリアリアの天衣無縫さにシャアは笑みを溢した。
「ともあれ、愛情を貰ってしまったら、トール君に叱られてしまうよ」
『少佐にはちょ~っとだけ分けただけですから。
それに、女の愛は無限です。男にはそれが分からんのです』
軍人を気取った声色に、再び微笑むシャア。
「期待を裏切らんように心がけよう。
シャア・アズナブル、出るぞ!」
そう言い残し、デュエルはカタパルトに撃ち出されて行った。
『続いてストライク!進路良好!
キラ……』
「や、止めてよね……恥ずかしいよ」
シャアとは対照的に、ミリアリアを制すキラ。
『そう?
……じゃあ、頑張ってね』
「うん。キラ・ヤマト、行きます!」
エール装備のストライクが、代名詞であるスラスターを吹かして飛び去って行く。
『最後にジン・シュート!進路良好!
トール……愛してるから……』
今までとは重みの違う言葉――トールは照れ臭げに頭を掻いた。
ヘルメットがそれを邪魔していた。
「なぁ……」
ムウが不満気に息を漏らした。
『何です?』
「俺には?」
『発進どうぞ!』
ブリッジにいるクルー達の失笑がコックピットに流れ込み、ムウは肩を落とした。
「無視かよ!
……ジン・シュート、ムウ・ラ・フラガッ!」
投遣りにムウは合図を出す。
「トール・ケーニッヒ!発進します!」
初陣の固さもなくトールは戦場に飛込んでいき、ミリアリアの意図は功を壮したのであった。
「さぁ、おふざけはここまでだ。
戦闘に入るぞ。気持ちを入れ換えろ」
ナタルの言葉で、堰を切ったように真剣な面持ちになるクルー達。
ナタルは直感を信じるタイプでは無かったが、激戦の予感がしてならなかったのだ。