朽ち果てた戦艦、残骸と化したMA――圧倒的な戦力差に味方は困窮を喫していた。
戦略的意味が見い出せないような地域での大隊投入。
それは援護に来るであろうとザフトが推測したアークエンジェルの評価に直結していた。
「嫌だねぇ……いつ見てもこんなもんは……」
光が瞬く度に多くの命が抹消されて行く姿を駆け抜けてきたムウでさえ、それに慣れることは無かった。
「おっと!」
ガンバレルを前面に集中させ、目の前に踊り出たジンを灰塵と帰さしめた。
下部シートに座るトールは歯を鳴らしながらその光景を見つめていた。
恐怖で体が動かないのか、ジン・シュートは足を止めてしまった。
「的になりたいのか!?」
ムウの喝も耳に入らず、怯え竦んで硬直したままのトールは、股間に生暖かいものを感じた。
異臭がコックピットに立ち込め、それに気付いたムウは鼻を鳴らして。
「大尉……俺は……」
トールは振り返って、助けを求める小動物のような瞳をムウに向けた。
その瞳を情けないと、ムウはつゆほど思わなかった。
「パイロットなんてぇのはなぁ、漏らすのが仕事みてぇなもんさ!
なぁに、目の前の奴らだってきっとだらしなく漏らしてるぜ!」
マシンガンを狂ったように巻き散らし、敵を牽制するムウ。
トールの恐れは些か小さくなっていた。
冷静になってモニターを見据えると、悠然と戦場を駆けるシャア専用デュエルとストライクが目に入った。
先程まで支配していた負の感情を押し流すような激情が沸々と沸き上がり、トールの背中を押した。
自分はなんと情けないのか、キラに負けてなるものかとその激情は語り掛けてくる。
「俺だって……俺だって!」
大きくペダルを踏み込み、敵に向かって行くトール。
運命共同体のムウが優しく微笑んだ。
「よし、ちゃっちゃと戦争、終らせるとするか!」
「了解!」
既にトールの目は小動物から、獲物を刈る鷹の目へと変貌していた。
鷹の嘴が、鷹の翼を生んだ瞬間だった。
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戦闘が始まって既に小一時間が過ぎ去ろうとしていた。
「こう敵が多いと……!」
キラは歯噛みしながらサーベルをジンに突き刺した。
汗は滴り、精神は次第に削られていった。
「うわっ!」
衝撃が背後から遅いかかり、シートベルトが肩に食い込んだ。
いくら倒しても敵は減らないのだ。
「少佐!きりがありません!」
苛立ちも相まって、シャアに弱音を吐いてしまうのだった。
『こちらも辟易している』
モニターが映し出すシャアの表情にも、疲労が見え隠れしていた。
汗が粒と成してシャアの額に浮かび、普段の涼しげな表情は崩してはいなかったが、息も僅かに荒くなっていた。
『持久戦をしていては持たん。母艦を落としてくる。トール君達とアークエンジェルを守ってくれ』
「了解です!お気を付けて!」
『ああ、そちらもな』
デュエルはこちらを一瞥すると、相変わらずの速度で飛び去っていった。
「……そういえば……」
ふとよぎる疑念――クルーゼ隊の捕獲MSが見当たらないことにキラは気付いた。
確かにクルーゼ隊が参戦しているとの報告を受けたのだが、自分たちが戦闘に介入した時からその姿は無かった。
「……でも、少佐なら大丈夫かな」
払拭できぬ不安が徐々に増大して行ったが、次の瞬間には思考をアークエンジェルの防衛に切り替え、不安は彼方へと去っていった。
赤い彗星は墜ちず、燃え付きもしない――
それはアークエンジェルのクルー達にとって、キラにとって絶対的確信であった。
――それが狂信であるなどと、終ぞ思いもしなかったのだ。