――静かなこの夜にあなたを待ってるの――
医務室に響く優美な歌。
ナタルの計らいで会話の相手を得たラクスは、自慢の歌を披露していた。
その相手であるシャアは、安らぎを感じると同時に、胸から沸き上がるものに身震いしていた。
「(ララァもよく歌ってくれたな……)」
――戻らぬ過去。
それは何時までも体を縛り続け、動くことを許可せず、さらに、それはもがくほど体に食い込んで行くのだ。
故に、解放される日は来ないのだろうとシャアは予測していた。
「終りです」
「ああ、聞き入ってしまったよ。良い歌だった」
ラクスに称賛の言葉を掛けると、シャアはサングラスを外して窓を覗いた。
深淵が何処までも続き、暗闇は何も語りかけて来ない。ララァに会いたい、ララァに会いたいと語り掛けているにも関わらず。
「綺麗な瞳をしているのですね」
ラクスは微笑んでいた。
「そうかね?」
「ええ、とっても。サングラスなんていらないくらいですわ」
「……そういってくれると嬉しいよ」
言いつつシャアはサングラスを掛ける。
サングラスが無いと、自己の奥底にある甘えが露呈してしまうのではないかと恐れていた。
それを理解してくれたのはララァ一人だけであり、ララァを愛する最大の要因の一つでもあった。
「でも……」
ラクスは続ける。
「同時に哀しくもある気がします」
吐き出してしまえ、自分の弱さ全てを吐き出してしまえと心の闇が囁き、
子供じみた泣き方でもすれば、あるいは慰めてくれるやもしれんという暴言すら言い散らした。
「歳を取れば誰でもそうなるものさ」
――そう、それでいい――
――二人もララァはいらない――
そう言い聞かせることで何とか理性を保っているに過ぎず、
まるで思春期の少年の考え方だと自嘲せずにはいられなかった。
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月艦隊との接触が近付く。ナタルはブリッジのシートで思慮を巡らせていた。
「(クライン嬢をどうするか……)」
このまま軍上層部に引き渡すべきかもしれないが、もしそうなってしまえば、彼女の未来は暗い。
プラントの国民的アイドル、議長の娘という重い肩書きを背負っている故、良くて軟禁、最悪、利用された挙げ句殺されるという憂き目に会うのは目に見えていた。
15、6の娘にそれは酷ではないのか――
「覚悟せねば……」
ノイマンに命じて進路を反らす。
その先にはナスカ級艦。
「捕虜の交換と銘打っておきましょう」
ノイマンが親指を立ててナタルにウインクをする。
「助かる。……私は軍人失格かもしれんな」
「軍人である前に人間ですから。そんな艦長を皆、尊敬しますよ」
「……ありがとう」
ナタルの礼を背に、ノイマンは大きく舵を切った。
憧れの艦長の感謝を受け、その頬は僅かに赤みがかっていた。
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水面下で行われた接触。
代表として現れたイージスがコックピットを開き、歌姫を向かえ入れる準備をしていた。
「さよならですわ」
ぶかぶかのノーマルスーツを着たラクスは、送迎役のキラの元から飛び去って行く。
「このご恩は忘れません」
徐々に遠ざかって行くラクス。
キラは敬礼をし、踵を返してアークエンジェルへと戻って行った。
「ラクス!!」
アスランは涙を浮かべながらラクスを力一杯抱き締めた。
生きていてよかった、帰ってこれてよかったと心から感激していた。
「アスラン……ご心配おかけしました」
「いや、いいんだ……本当に良かった……」
ラクスを抱えたまま、アスランもナスカ級戦艦へと帰投を始めた。
その間、アスランが耳にしたのは、ラクスが足つきで妥当な扱いを受けていたことだった。
「あそこには私たちと同じ歳の程の軍人さんもいらっしゃったのですよ。
本当に良くして頂きました」
「……」
アスランは複雑な心境でそれを聞いていた。
ニコルを殺した憎き敵の称賛を聞くのは正直、気分が悪かった。しかし、あの敵は紳士だったのだ。
そう思うと憎しみを素直に向けることが出来ず、行き場のなくなった怒りをどうすればいいのかと途方に暮れたのだった。