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Last-modified: 2022-04-27 (水) 12:17:44

「みんなぁーーーーー!! メリィィィーーークリスマァァーーースッ!!!」
『ォォオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

開幕を思わせる壮絶な高い声がマイクによってさらに大きくなる。
そして、それに呼応するがごとくの集団絶叫。控えめな人は耳を塞ぎ苦笑していた。
アスランもその一人だ。

 

「クリスマスか…久しぶりだな…」

 

普段はもっと静かな隊舎の食堂を見渡しながら、一人呟いた。
壁には手作りのポスター、窓にも取り外し可能な星やらハートやらのシールがたくさん貼ってある。
天井の所々には色とりどりのモールが垂れ下がっていてキラキラと輝いていた。
そして一番注目するのが、中央にある巨大クリスマスツリー。
天然のもみの木をどっからか拵えてきて、そのまま使ったらしいがその大きさが結構なもので
星がさしてある天辺の1メートル上が天井だ。それぐらいギリギリの大きさなのだ。
ぶら下がっている電球や様々な装飾品も一際大きい。
これは明らかに外に飾るものだと思うが、部隊長の命令でそのまま中に入れてしまったらしい。
……どうやってかはツッコまないように。
その命令した張本人は先程ツリーの真下の演台でパーティの開催をぶっ放し、ワイワイとしている。
どうやら、クリスマスの説明をしているらしい。
それもそのはず、この世界では『クリスマス』の概念はない。此処の人達にとってはただの年末でしかないのだ。
だが、地球出身の部隊長たちは知っている。知っているから、毎年欠かさずにやっていた行事はやらずにはいられない。
ミッドチルダに来てからの地球組は知っている者同士でしかクリスマスを祝ったことはない。
世間がしらないクリスマス……それはそれは寂しいパーティだったそうな…。
しかし今年は違う。自分達には今、大勢の部下がいる。だからこれチャンスとばかりに六課を全部巻き込むことにしたのだった。

 

(でも、いいんだろうか?……こんなことして)

 

『ゆりかご』事件以来、ヒマを持て余してるとはいえこんな大仰なことをやって
もし任務がはいったら対応できるのか心配になる。
――まあ、この1年でみんながみんな成長したから多分問題ないだろう。
それに日頃の業務のうっ憤もたまってるだろうから、こういうのも必要なのかもしれない。
アスランはそう考え直し、自分も楽しむことにした。

 

しかし、その後はとにかく大変だった。酒に酔ったシャマルの猛烈アタック(もちろんスルー)の相手をして
シグナムが訳もわからず「模擬戦しよう」とか言ってきたり(恐らく酔っていた)。シャリオが
「大暴露大会ーー!!」などと言って自分が元いた世界の女性関係を教えろなど
好きな人はいないかと訊かれたり(その時の女性陣は異様な反応を示した)。仕舞いには
部隊長(酔い気味)が一発芸を見せろなど、アスランにとっては絶望的な命令をしてきたりした。

 

(だれだっ! 酒なんて用意したやつは!)

 

そして一つのトラウマが彼に刻まれたことはいうまでもない。
――パーティは終盤にさしかかる。

 

「え~~ひっく、みなはん、きょうは大いにもりあがってもらいまひた。ありがと~ござーます」

 

大分酔っ払ったはやてがマイクで締めくくりの言葉を発する。

 

「こんな、うぃ、調子じゃ明日もつらいとおもいますんで~~明日は各自、らく~~に仕事してくらはい」

 

一部隊をしきる者があるまじき発言をしたが、全員賛成なのか喜びの声を挙げる。

 

「それじゃあ、えっく、最後に今年一番頑張ったフォワード陣とロングアーチに私から
 クリスマスプレゼントがありまーっす」

 

えっ?と驚く一同、それを無視してはやてがスバル、ティアナ、エリオ、キャロ
シャリオ、アルト、ルキノ、そしてヴィヴィオへと『ある物』を配る。
配られなかったアスランは少し疑問に思ったが、別にいいかと改めた。
一同、それを見るが

 

「紙…?」

 

ティアナが不思議そうに呟く。――そう『紙』だ。
裏返してみても何も書いてない、真っ白な紙だった。
どういうことだろうか、と全員はやての方を見る。
むふふと待ってましたという感じで微笑む部隊長。

 

「え~その紙に、『自分の欲しいもの』を書いて枕元に置いといてくださーい」

 

その発言にああ、と理解した。他の隊長達とアスラン。
“それ”を知らない、紙を貰った人達は?マークを浮かべるだけだった。
ヴィヴィオはなのはに疑問に満ちた表情を向けるが、なのはは笑って誤魔化す。

 

「ヴィヴィオ、よかったね~~」
「ママ、欲しいものってなんでもいいの…?」
「そうだよ、ヴィヴィオが一番ほしいもの。頼んでいいんだよ」
「ほしいもの……」

 

そう言って、少女は期待の眼差しで紙を見つめる。

 

『プレゼント、プレゼント!!』

 

黄色のハロが元気良く飛び跳ね、ヴィヴィオの手に乗る。

 

「えへへ、なにがいいかな~~。ねえ、ハロ?」
『ナンデモエエネン』
「う~~ん…」

 

ハロからはいいヒントは得られずに頭をひねるヴィヴィオ。
それを微笑ましく眺めるアスラン。

 

(なにを頼むんだろう)

 

子供なんだから遠慮するなよ、と心の中で願う。
そして、凸凹コンビの方を見るとこっちも迷っているようだ。

 

「あたしの欲しいもの…」
「ティア、決まった?」
「うんにゃ、まだよ。いきなり言われたってそんなの思いつかないわ」
「あたしはもう、決まったよ~~♪」
「あんたの欲しいものなんて、予想しやすくて面白くもないわね」
「ひどっ…」

 

確かにそうだな、と同情したくなるアスラン。
まあ個人個人だから別にいいかと再びはやてを見る。

 

「さあ、みんな決まったかな~~? まあ、決まってない人も寝るまで決めといてや。
 それじゃあ、これにてかいさーーん!!」

 

こうして騒がしい夜が終わろうとしていた。
――のだが

 

「ああ、アスラン君とヴァイス君、それとザフィーラは後で部隊長室にくるように」
「「「は…?」」」

 

これからが本当の始まりだった…。

 

【部隊長室】

 

「あの…隊長、これは何の冗談で…?」

 

現場復帰し、今はもうピンピンのヴァイスが恐る恐る自分の体を見て言う。

 

「いやぁ♪ にあっとるで、三人とも」

 

くふふと笑いながら、目の前で眺めるはやて。
酔いはだいぶ覚めてるようだ。

「こういうことだったのか…」

あの時、自分に紙が配られなかったのはこの役柄に回されたからだ。
青い顔のアスランだがそんなちっぽけな色はすでにこの体の色に負けている。
赤い帽子、赤い服、太いベルト、黒いブーツ。そう、どっからどう見ても

「サンタクロース…」
「なんだそれ?」

頭を抱えるアスランに対し質問を投げかけるヴァイス。
クリスマスを知らないなら当然、サンタも知らないはずである。

「簡単にいえばクリスマスの夜に子供達にプレゼントを配る人だ」

ザフィーラ(もちろんトナカイ姿)が簡潔に述べる。

「なんでそんな事するんすか?」
「知らぬ」
「下手すりゃ不審者になると思うんですけど…」

どうやら実際に居ると思い込んでいるらしいのでアスランが付け足す。

「色々な信仰が混ざってサンタクロースは生まれたんだ」
「ああ、なるほど」

 

――ようは空想上の人物というわけか。
だがちょっと待て。それはつまり…

 

「私たちがプレゼントを配ってこい、というわけですね。部隊長…」
「そゆこと♪」
「げっ!?」

 

呆れるアスランに対し、明らかに不満げなヴァイス。

 

「なんやヴァイス君? げっ!?って」
「部隊長、今夜は勘弁してくださいよ~~。俺これから同僚達と…」
「同僚達と?」
「えっと…そのぉ…」
「どうせ二次会だろ?」

 

横からアスランが水を差すとうっと気まずい顔になる。図星だ。

 

「ほほぉ。ヴァイス君はカワイイ後輩達より、飲み会の方が大事やと?」
「あの、そういうわけではなくてですね……」
「じゃあどういう訳かはっきり述べや。300字以上400字以内で! はい、あと5秒な~」
「えっ!? ちょ、まっ…」
「5、4、3、2、1、0。はい、終了~~」

 

無理難題な上に早口。意外とえげつないはやてであった。

 

「これで拒否権はなくなったで。ええな?」
「りょおかいしやした……」
「アスラン君も文句ないな?」
「はあ…まあ、いいですけど…」
「さすがアスラン君は物分りがいいなぁ♪」
(断ったらあとが恐くなりそうだからな……)

 

ぽんぽんと肩を叩く彼女にアスランは不満を堪える。
そして少しだけ気になることがあったので尋ねてみた。

 

「あの…なぜ、私達なのですか?」
「男の人で年上やから」
「それだけ…」

 

一問一答で返され、特に理由もないことがわかった。
―――もういいや。

 

「はい、これがプレゼントの入った袋な」

 

大きめな二つの白い袋が渡される。意外と重いがどうってことはない。
でも、あれっ?と二人は疑問に思った。

 

「あれ、もうプレゼント買われたんですか?」
「さっきは白い紙に書けっていってたじゃないすか」

 

みんなの欲しいものがわかる前に買っては意味がない。
それとも事前に訊いておいたのだろうか?

 

「みんなの欲しいものなんてわかっとるよ。なんたって私は部隊長やし!」

 

その言葉に顔を見合わせる二人。
――まさかこの人は…
代表でアスランが恐る恐る訊く。

 

「ひょっとして、全部“勘”で買われたんですか?」
「そや♪」

 

――だめだこの狸。
項垂れる男二人。もし紙に書いてあるものと合わなかったらどうすればいいのだろう。
その人だけ変わりのものを渡せってか。それは可哀そすぎる。
そんなことは露知らずなのか、はやては胸を張って述べる。

 

「大丈夫、大丈夫。長い付き合いやし。それにこれは私の……あの子達への最後のプレゼント…やから」

 

あっと表情が曇る3人。そうだ、この起動六課の試験運用期間はもう半年もない。
年が明けて4ヶ月もすれば解散し全員が違う道をゆく。
此処を護り続けた彼女にはもちろん重荷もあったが、それを支えたのは多くの部下達のお蔭でもある。
その誇りに思う部下のためにちょっとした恩返しをしたかったのだ。
そしてこの数ヶ月で仲良くなった人達のことをどれだけ知れたのかも試したかった。
少し危険な賭けだが、これははやてにとって最後の試練ともいえるもの。
乗り切ればそれはいいことだと思う。なので挑戦してみることにしたのだ。

 

「だからお願い! このとーりや!」

 

ぱんっと拝むように手を合わせて懇願するはやて。
ここまでしんみりさせれば断る道理なんてない。二人と一匹は頷く。

 

「「了解しました。部隊長!!!」」

 

敬礼をして返事をするサンタ2人。頭を垂れるトナカイ。はやてはそれを見て涙ぐむ。

 

「ありがとうな…」

 

3人は微笑みあう。
――だが

 

「じゃ! そういうことで後、頼むな」
「「「は…?」」」

 

シュタと手をあげ帰り支度をするはやて。さっきまでの空気が一変した。というか元に戻った。

 

「残っていかれないんすか?」
「私が残ったってしゃーないやん。プレゼントは買ったのは私やし、あとはサンタの仕事やろ?」
「そうですが…」
「それに夜更かしは美容の天敵やしな~。この頃、ツヤが落ちてきてる気がするし……これはアカンな」

 

うんうんと頷く彼女を固まったまま、見つめる二人と一匹。
それをお構いなしに続けるはやて。

 

「あと、隊長はアスラン君な。二人はそれに従ってや」
「私が…!?」
「うん。ヴァイス君やと何か怪しい雰囲気がするし」
「どういう意味っすか!?」

 

何気に酷いことを言って、臨時のザラ隊が結成された。

 

「ああもう、こんな時間! じゃあ、ほんまに頼んだよ!」

 

時間を確認し、そそくさと出て行くはやて。後に残されたのは沈黙するサンタ二人とトナカイ一匹。

 

「……やっぱあの人、狸だよ…」
「ああ…」
「うぬ……」

 

肯定する一同だった。

 

【午前1時―隊員寮(女性領域)】

 

「まもなく作戦開始時間だ。2人とも準備はいいか?」
「なんだよその『俺達死ににいきますよ』みたいな言葉はよぉ」
「堅苦しいぞ、ザラ」

 

夜中の廊下で座って円陣を組んでいる男三人。一同の後ろには女性達が住まう領域がある。
ここから先は常に男子禁制で許可がないと通れない場所となっている。
そのため部屋はもちろんのこと、廊下までさまざまなセキュリティが張ってあり
進入しようとするならばそれの餌食となる。

 

「どうすんだよ…ガードを通れなきゃ部屋にも入れねぇし」
「そのことなら心配するな、部隊長が今日だけは解除してくれた」
「ほっ…ならよかった」

 

それならこんなに気を張り詰めることもない。
気持ちが楽になった瞬間、先程はやてが言っていた怪しい雰囲気がヴァイスに漂う。

 

(くけけけ、よくよく考えればこんなチャンスは滅多にねぇからな)

 

女性の部屋に侵入する。これほど危け…いや、興奮する任務があるだろうか。
此処にいる女性は全員、文句なしの美女ぞろいだ。
少女とはいえもう充分に大人の貫禄(主に体)をそなえている人もいる。
――それを、こんな……こんなことしちゃっていいのぉぉおおおおお!?

 

「ふへへ…」
「…ヴァイス、急にどうした?」
「はっ!? いや、なんでもねえよ!?」

 

――いけないいけない。つい興奮しすぎたみたいだぜ。
だが、興奮しないほうが無理ってもんだ。一部とはいえ普段、見えない女性の寝顔が見れるなんて。
大穴はなのはさんとフェイトさん。あわよくば衣服が乱れていることを願う。
さよなら、同じ整備員の皆さん。俺はひとつ大人になるよ。
ああ、本当によかった。あんなむさ苦しい集まりにいかなくて♪
だが安心しろ、お前達にはちゃんと『土産』はもっていくさ。

 

「よし、早くいこうぜ!!」
「ああ……ん、ちょっとまてヴァイス!」
「なんだよっ!!」
「その懐に隠してあるものはなんだ?」

 

げっとまたもや気まずい顔をする男。
アスランが目で「だせ」と促す。観念して取り出すとそれは

 

「カメラ…」
「べ、別にいいじゃねぇかよ! これくらい…ギブ&テイクってことで」
「何に使う?」
「あいつらの寝顔をカメラに移して、隊員達へのお土産に」

 

素直だった。とっても素直だった。ここでノリのいい男なら「それ、いいね。やろう!」とか
言いそうなのだが、彼は間違えた。今目の前にいるのは真面目を絵に描いた男、アスラン・ザラだ。
そんな不埒なことを許すはずもない。なので…
――ばきゃ
折った。真っ二つに。

 

「あぁーーーー!! なにしてんのぉ!? お前ぇぇ!!」
「うるさい、叫ぶな。お前の人生の下落を救ってやったんだ」
「ざけんなぁ!! 人生なんて常に落ちつづけてんだよ! 這い上がるための刺激が俺には必要なんだよ!!」
「永遠に上がれなくなるぞ。社会的に」

 

五月蝿い口論をしているように見える2人ですが、実はとても小さい声量です。
こう見えてここだけは意気が合っているんです。

 

「ちくしょぉ…せっかくの暗視レンズつき高画質カメラを…これ高かったんだぞ!!」
「ちゃんとあとで直してやるから、今はやめろ」
「ちっ…! 嘘ついたらお前の脳天、撃ち抜くからな…」

 

涙目で訴えるヴァイスを適当にあしらうアスラン。
これ以上話してたら余計に時間をくうだけだ。
リーダー、アスランははやてに貰った指示書を見る。

 

「えっと、『サンタは二人で分かれてプレゼントを配ること。アスラン君はキャロ、ティアナ、スバル、ヴィヴィオに。
ヴァイス君はシャーリー、アルト、ルキノ、エリオを』か…」
「まて、私は何をすればいいのだ…?」

 

丸い赤い鼻をぴくぴくと動かし、自分の役目を訊くザフィーラ。

 

「『ザフィーラはヴァイス君が暴走せんように見張ってること』――だそうだ…」
「嫌な役割だな…」
「なんで俺、そんなに信用されてないんすかっ!?」

 

念には念をというわけで、さすがは部隊長だった。
恐らくこの差は普段の行いで決まっているのだろう。
しっかりしろよ、ヴァイス陸曹。

 

「赤いリボンがしてあるのが俺で、青いのがヴァイスだ」
「へいへい…」
「どうした…? 不満そうな顔して?」
「いや…な~んか、俺の配るメンツが地味っていうか…なんつーか…」
((最低だ…コイツ))

 

世の中の男達が訊いたら、ぶん殴られそうな発言をするパイロットが一人。
贅沢いってんじゃねーよ。

 

「なあなあ、ヴィヴィオちゃんだけは一緒に配らせてくれよ」
「はあ…?」
「いいじゃねーかよ。――あの子は色々と苦労しちまったからな…」

 

いきなりしんみりした口調に変わる。

 

「あの時だって俺がもっとしっかりしとけば、あの子は恐い思いをせずにすんだかもしれないんだ…!」
「ヴァイス…」
「だからな、俺はそれのお侘びっていうのをしたいんだよ。――ダメか…?」
「……わかった。そういうことならいいさ。ヴィヴィオも喜んでくれるよ」
「おお! ありがとう、アスラン…!」

 

ううっと感涙にふれるヴァイス。それを見て
――ちゃんと優しいところもあるんだな。
とアスランは改めては彼を見直した。……だが

 

(よっし!! これでなのはさんとフェイトさんの寝顔を………ふへへへへへ)

 

裏ではやはり、うす汚れた願望をもった彼がいた。
ヴァイス・グランセニック24歳。狙った獲物は逃がさない、負の精神を宿す男。

 

そして一旦三人は別れて、いよいよ任務に入った。
その際にちゃんとサンタらしく白い髭を装着する。いよいよ不審者だ。見つかったらただではすまない。
そう自覚してアスランが最初に向かったのはキャロの部屋。

 

「……お邪魔します」

 

サンタとはいえやはり勝手に部屋に入るのは失礼なので
静かに断りながら入るアスラン。
ベットの上には小さな膨らみ。こそーっとそれを覗き込む。
小さい明かりが点いているので、表情はうっすらだが見れる。

 

「すぅ……すぅ…」
「クゥ…ぴィ…クゥ…」

 

桃色の髪の少女と一匹の飛竜が安らかな寝息をたてていた。
フリードはキャロに抱きしめられるような形で寝ている。まるで子犬のようだ。
そしてその様子はやはり、可愛らしい。
子供の寝顔というのは本当に人をホッとさせる力がある。そう実感するアスラン。
いつまでも見ているわけにもいかないので、さっそく仕事に取り掛かることにした。
枕のすぐ横にちゃんと例の紙があったので、それをとる。
一体なにを頼んだのだろうか。最初は乗り気ではなかったのだがこういのはちょっとドキドキして面白みがあった。
――この子のことだから、きっと遠慮してるな。
と予想してペンライトを照らして内容を見る。

 

キャロ・ル・ルシエの欲しいもの
――『機動六課での日々……それとフェイトさんに何かあげたいです』

 

(えぇぇ……)

 

――初っ端からこれですか!? 後半の方がまだマシだっ!!
頭を抱え、この少女の性格を思い出す。
キャロはこの六課が大好きだ。まるで全員を家族のようにしたっている。
そして彼女の諸事情はもちろん知っている。――だからこそなのだ。
初めてふれた家族の温かみが来年になればなくなってしまう。それが辛いのだろう。
わかっていたとしてもやはり、中身は子供。なかなか割り切れないのかもしれない。

 

少女を再度見て、アスランは感慨深い表情になる。
そして、そっと髪に手を乗せて優しく撫でる。

 

「大丈夫だ…。六課はいつまでも消えないし、俺達はちゃんと皆つながってるよ…」

 

この子は本当に家族想いで優しい子だ。
それだけではない。無邪気なキャロがいるからこそ自分達も明るくなれる。
だから、どっちかっていえば自分達がこの子に感謝するべきなのだ。
それにキャロの明るい性格ならこれからもきっと乗り越えられるし、新しい関係も築き上げれるだろう。
心配もあるがそれ以上の信用もアスランはしている。
――きっと大丈夫。

 

――それはそうと、問題はプレゼントだ。
まさかいきなりの難題とは……あの人は予想できていたのだろうか。
それらしい物がないか袋を漁る。

 

「……ん? これは…」

 

それっぽい物があったのでアスランはああ、と納得する。
これなら喜んでくれるだろう。
『それ』にリボンを結んで枕元に置いて置く。
ここでの仕事は終わり、出て行く前にもう一度キャロの頭を撫でる。

 

「おやすみ、キャロ」

 

白髭に隠れた口が微笑む。
――そして

 

「ふぁい?」
「!!」

 

――キャロ・ル・ルシエ覚醒!!
しまった。あまりにかわいい寝顔に惹かれて、つい撫ですぎた!
どうしようどうしようどうしよう――頭の中よ、落ち着け!

 

上半身をゆっくり持ち上げ、寝惚け眼で目の前にいる人物を見るキャロ。
ショボショボとした目を擦り、ふにゃと蕩けたような表情。
その様子を見れば、まだ完全には意識を取り戻していないようだった。
――やるなら、今がチャンス!!(危険な発言じゃないよ)

 

「キャロ、君は何も見ていない。寝惚けてるだけだ」
「ふぇ…?」

 

両肩を押し、再びベットに寝かしつける。

 

「部屋にだれも来ていない。赤い人なんて幻想だ。朝になればぜ~んぶ忘れてる」
「ひゃい…」

 

催眠誘導のように囁きかけ、記憶を操作する。
さらに最終兵器。

 

「ほ~ら、フリードが1匹、フリードが2匹、フリードが3匹……」

 

声に甘い響きをいれ、眠気を誘う。
効果はあるみたいで数えていくうちにキャロの瞼は徐々に閉じられいく。

 

「ふりーどが26匹…ふりー、どが…くーー……」

 

――よし、堕ちた!!
C.Eで孤児院に寝泊りしたときに、ぐずった子供を寝かしつけた経験が役にたったようだ。
こんなところで役に立つとは思わなかった。
――だが心臓にわるい。背中が冷や汗でべっしょりだ
また、起きる前にアスランはそそくさと退散する。続いては…

 

【ティアナとスバルの部屋】

 

「失礼します…」

 

再び、断ってから入るアスラン。同じ女性の部屋ともいえども
今度は子供部屋ではなくて、年頃の少女達が寝舞う場所。
少しだが緊張するし何か悪い気がしてならない。

 

二段ベットを見れば、上がスバルで下にティアナが寝ていた。
「くか~~~」と荒々しい寝息と「スースー…」と綺麗な寝息が聞こえるが
前者がスバルで後者がティアナだろう。実に分かりやすい。
――さてと、まずはティアナからだ。
腰を下ろし、紙を確認する。その際にやっぱり寝顔に目がいってしまうのは男の性だろう。仕方ないさ。
いつもの凛々しい顔が少しだけ解れ、やさしい形になっていた。
さらに髪を降ろしたその姿は、違う女性を思わせる程だ。可愛いというよりは綺麗といえよう。
この16歳の少女は将来さらに美しさが研ぎ澄まされるような気がする。
――さて、寝顔を堪能するのはこれぐらいにして、次へいこう。

 

(どうか難しいものでありませんように…)

 

さっきのこともあるから、なかなか油断できない。
心の中で必死に願いながら紙をとる。

 

ティアナ・ランスターの欲しいもの
――『才能』

 

(………)

 

たった二文字。たったこれだけ。なのに、なぜだろう? 涙が出てきそうだ…。
アスランは目頭を押さえ堪えた。
――本当になんなんだ、これ? 『才能』? Why?
っていうか部隊長、思ったんですけど、物理的なもの限定にしましょうよ。

 

はぁっと溜め息をはき、清ました顔で寝ているティアナを見る。
この娘、まだあの事を根に持っているのか。それともジョークなのか。どっちにしてもあまり笑えないが…。
――これっぽいプレゼントって果たしてあるのだろうか。
ごそごそと探すアスラン。結果………ありました。

 

「なんだこれは……」

 

アスランそれを見てちょっとビックリ。ちなみに部隊長の勘の凄さにもビックリしています。
――まあいい、これで満足してくれるのを祈ろう。
ほとんど投げやり気味にプレゼントを置き、彼女を後にした。……次はスバルだ。
梯子に足をかけて、どんな様子か覗き見る。
品良く整った顔立ちの少女が幸せそうに寝ていた。しかし格好がなんともいえない。
だらしなく口を半開きにして、「すかーーー」と無粋な寝息をし、バーベルを持つように
手を上にあげている。掛け布団の半分が捲り上げられ上半身が丸見えになってもいる。
そして極め付けが、彼女の着ているシャツが腹の上までたくし上がって
おへそが丸見えになっていることだった。
普通の男性なら視覚的に抵抗を感じるかと思うが、アスランは違う。

 

「ああもう、こんなはしたない格好を…」

 

特に何も慌てた様子もなく、てきぱきと布団とシャツを直す。
それもそのはず、スバルのへそなんてバリアジャケットになる度に見ているのだ。
何度も見ていれば抗体もついて、どうでもよくなってしまいますよ。
彼の頭の中を占めているのが「女の子がこんな格好いけません」
「冬なんだから風邪をひいたらどうする」とか主にそのへん。
いつものスバルと寝ているスバル。二つのギャップの差はまったくと言っていい程ないことがわかった。
――さて、こんな彼女が欲しいものとは何だろう?

 

(だいたい予想がつくけど……)

 

スバル・ナカジマの欲しいもの
――『アイスがたくさん欲しいです』

 

ほらやっぱり。だが真冬にアイスってどうなのだろう。寒くない?
まあ、彼女のアイス好きは今に始まったことではないので、気にしない気にしない。
――ああ、今回は気がとても楽だ。皆ふつうにこういう物を頼めばいいのに。
そう思いながら袋からプレゼントを探すアスラン。やがてそれにベストマッチした物が見つかる。

 

「これだ」

 

袋から出し、何の気苦労もなく枕元に置こうとする。
今だけはスバルがキャロ以上の天使に見えそうだ。
……だがそんな幸せを裏切ってしまうのが彼のデスティニー。

 

プレゼントを枕元に近づけたその瞬間、ガシッと腕が何かに掴まれる。
はい? と見てみればそれはスバルの手。両手でがっちりとアスランの腕を捕獲していた。
――まずい! 起きたか!?
と動揺しながら彼女を見るが、目は開いていない。変わりに口がむにゃむにゃと動き始めた。
どうやら寝惚けているようだ。

 

「んにゃー…そのチキン、あたしの~」

 

寝言を発っしているが、内容は一瞬で理解できた。チキンとはさっきのパーティで食べていたものだろう。
つまりはパーティの続きを夢でみているのだ。
どこまでも幸せな子だなと微笑ましく思うアスラン。
――でもちょい待って…『そのチキン』ってどのチキン…?
不思議に思うが、今の状態を改めて確認してはっとなる。

 

「ま、まさか……」
「んふふ~…」

 

サンタ服の袖を器用に捲るスバル。あらわになるアスランの素の腕。
――やばいっ!!
危険を察知して腕を解こうとするが、彼女の凄まじい握力は何も動じない。
必死の形相で外そうとするがやっぱり動かない。
スバルを見る。……舌なめずりをしていた。

 

(もう無理っぽいな…)

 

アスランは覚悟して反対側の手で自分の口を覆う。
そして、来るべきときがやってきた。

 

「いっただきま~ふ…」

 

スバルの健康的な白い歯がアスランの腕を迎え入れた。