KtKs◆SEED―BIZARRE_第28話

Last-modified: 2011-11-15 (火) 23:10:28

今まで出てきたジョジョキャラ一覧

 

1部・スピードワゴン、ダイアー、切り裂きジャック
2部・シュトロハイム、ストレイツォ
3部・ポルナレフ、アヴドゥル、イギー、グレーフライ、ンドゥール、デーボ
4部・虹村形兆、吉良吉影、重ちー、辻彩
5部・ブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ、リゾット、プロシュート、メローネ、ホルマジオ、ギアッチョ、チョコラータ、セッコ
6部・ウェザー、フー・ファイターズ、ヴェルサス、ケンゾー
7部・フェルディナンド博士、リンゴォ・ロードアゲイン

 
 

 『PHASE 28:SEED』

 
 

 ブチャラティたちが、ミネルバの潜入に成功した後も、海上では戦争が続いていた。
 時間を稼ぐために、守りを重点においた戦い方をする連合軍を相手に、シンたちは攻めあぐねていた。
 量産機は何体か落とせたが、主力であるガンダムや指揮官機のウィンダムは健在である。

 

「くそっ、タイミングがつかめない!」

 

 水中から攻撃を続けるアビスに対し、シンは苛立ちのままに吐き捨てた。
 インパルスの装備では水中の敵を効率的に攻撃することはできない。
 できるチャンスとすれば、攻撃のために一瞬水面に現れるときだけだが、その一瞬を捉えるのは想像以上に難しい。
 避けるので精一杯だ。
 どちらも攻撃を与えられない。しかし相手をしなければ、アビスはミネルバを落としに向かうし、インパルスは別の主力MSや空母を攻撃に向かうだろう。
 決着がつかないとわかっていても、相手をするしかない情勢。

 

(教官たちの支援はあてにできないしな……)

 

 ポルナレフは嘘のように元気だが、一応ンドゥールと戦ってからほとんど時間がたっておらず、怪我も治りきっていない。こちらにまで気を回す余裕はさすがになかろう。量産型MSの大群を相手にしている、ウェザーとFFも同様だ。

 

「やってみるか……」

 

 そこでシンは、いちかばちかの賭けに出ることに決めた。
 インパルスが空中で動きを止める。シンは敵の攻撃を誘い、かつ、その攻撃をギリギリまで避けないつもりなのだ。
 それによる生命の危機が、彼のSEEDを発動させるだろう。

 

(あの力なら、たとえ水中の敵をも感じ取れると確信できる。しかし避けきれなければ……)

 

 酷い博打だ。だがこれからの戦いのためにも、ここでSEEDの感覚を掴みきっておかねばならない。
 今でもSEEDの解放まで、あと一息というところまできている感触がある。それでもSEED覚醒とは雲泥の差だ。
 この実戦で覚醒させれば、完全にこの力をものにできるだろう。

 

(………来る!)

 

 海面に波とは異なる揺らぎが一瞬生まれ、アビスの砲口が覗く。だが、その口からビームが発射されることはなかった。

 

 爆発が起き、アビスのビーム砲が破壊された。
 それから更に、ビーム砲だけでなく、強力な武器のほぼすべてが破壊された。
 だがそれはシンの放ったものでも、他の味方からのものでもなかった。
 インパルスにもビームが放たれていたが、神経を研ぎ澄ませていたシンはそれを間一髪でさける。
 しかし、SEEDの発動は感じられない。今のシンにとって、SEEDは命の危機を引き金とする力。今のビームは命の危機をもたらすものではないと、シンは悟っていたのだ。

 

「あれは……っ!」

 

 シンはビーム発射の犯人を視界に捕らえた。彼方の空から、陽光を浴びて飛来した乱入者。
 連合軍のウィンダム部隊の武装を次々と破壊し、戦闘不能にしていく、その存在は、

 

「フリーダムッ!!」

 

 シンは堪えきれない忌々しさを込めて、その名を口にした。

 

『両軍、即時戦闘を中断してほしい!』

 

 キラ・ヤマトの言葉が、その場の全通信機に送られる。

 

『そして、ザフトはカガリ・ユラ・アスハ、アスラン・ザラ、ミリアリア・ハウを解放し、こちらに帰してくれ!』

 

 その通信を聞き、シンは失笑してしまった。

 

(まだそんなことを言っているなんて、もう怒るを通り越してお笑い種だ)

 

 インパルスが翻り、フリーダムに向けて動く。

 

「いいかげんに、しやがれっ!」

 

 滑らかにビームサーベルを抜き放ち、そして斬り付ける。

 

『っ! なぜ話を聞いてくれないんだ!』

 

 キラは攻撃をかわすと、自分もサーベルを構える。

 

『アスランも、カガリまで、なんでこんな戦争を続けようとするんだっ! 前の戦いで、わかったはずなのにっ!』

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 時間を少しさかのぼり、アークエンジェル側で起こったことについて記す。
 キラはカガリに蹴り倒され、意識を失った後、様子を見に来たバルトフェルドによって介抱された。
 カガリたちが逃げたことは期待通りだったものの、キラが大事な部分に手酷い仕打ちを受けるのは予想外だったバルトフェルドは、慌てて医務室に運び込んだのだった。
 その後、ヴェルサスとンドゥールが帰還。連合軍のデータを手に入れたものの、同様に調査に来たザフト兵に見つかり、戦闘の結果、傷を負ったと報告された。
 同時にヴェルサスはカガリの逃走やキラの負傷を聞かされたが、さすがに慣れたのかそれほどは驚かなかった。
 ただ、キラの負傷が肉体的欠損にまで至るほどではないことに、内心とても残念ではあったが。

 

「それにしても、これからどうしたものかしら」

 

 マリューがため息と共に漏らす。

 

「どうもこうも、カガリは自由意志でここを離れたんだ。どうすることもできないさ。俺たちはまあ、ほとぼり冷めるまでどこかに隠れているのが妥当だろう」

 

 バルトフェルドが意見を述べる。
 カガリという重大な『人質』がいない以上、オーブもザフトも遠慮なくこちらを攻撃できるようになったが、そのかわり、アークエンジェルの優先順位も下がった。大人しくしていれば、しばらくは積極的に探してはこないだろう。

 

「ですが、その戦争を放っておくわけにはいきません」

 

 ラクスが責めるような声を出す。

 

「逃げるわけじゃない。今は情報収集に徹するんだ。デュランダル議長の目的とやらも、まるでわかっていないんだからな」

 

 完全に手を引くわけでないことを示し、ラクスを納得させようとするバルトフェルド。ヴェルサスも、クライン派の情報網はこれからも使えるので反対する理由はない。バルトフェルドに賛同する。
 マリュー以下、アークエンジェルのクルーも、反対はしなかった。

 

「……わかりました。では、私はキラのお見舞いに行ってきます」

 

 ラクスは、やや肩を落としながらブリッジを出て行った。

 

「キラ。お加減はいかが?」
「ラクス……うん、心配ないよ」

 

 キラは弱々しい微笑みを浮かべる。アスランが自分と道を違え、カガリが自らの意思でアークエンジェルを離れたことが、精神的痛手となっているのだろう。

 

「もう体には何の問題もないってさ」
「ですが……目に見えないところの傷は、体の傷より治しにくいものです」

 

 ラクスは神妙に言う。

 

「アスランやカガリさんがわかってくれなかったのは悲しいことです。けれど、彼らはデュランダル議長に惑わされているだけ。きっと、本道に立ち返ってくれるはずですわ」
「うん……ありがとうラクス」

 

 何の根拠があるわけでもないことだが、ラクスの自信に満ちたよく通る声で言われると、すんなり心に差し込まれ、本当にそうだと思えてしまう。

 

「みんなはこれから、どうしようと言ってるの?」
「……今は身を隠すことにしようとしています。慎重になるべきだと」
「そう……」

 

 ただ戦争を見ているだけになるのかと思い、キラは俯いてつらそうな声を出す。

 

「ですが、それは間違っています」
「え?」

 

 キラが顔を上げると、決然としたラクスの表情が目に入った。

 

「今は動かなくてはなりません。まず決めて、そしてやり通す。それが物事を達成するためのただ一つの道。ここでその道を曲げてしまっては、いけません」
「だけど……」
「慎重に時間をかけるべきだという、バルトフェルドさんの意見もわかります。しかし、今は時間をかけることのプラス面より、マイナス面の方が大きいのです。すぐにでも動かねばなりません。けれど、皆さんを説得する時間さえありません」

 

 ラクスは、つらそうに表情を歪めた。

 

「すでに、連合軍は新たな布陣をクレタにしいて、ザフト戦艦を待ち構えています。再戦が行われるに違いありません。もう時間は残されていないのです」

 

 その情報にキラは顔色を変える。キラが何かを言う前に、ラクスは要求を伝えた。

 

「キラ。またフリーダムで出てください。そして、カガリさんとアスランを助けて、連れ戻してきて欲しいのです」

 

 ラクスの表情は、愛する人を戦場へ送り出すことを求める苦しみの表れであった。
 カガリやアスランを、無理矢理さらってくることへの後ろめたさはまったくなかった。
 元々、さらうのではなく、騙されている人間を救出するのだと考えているのだから当然だが。

 

「そんな! 勝手にフリーダムを動かすなんて!」
「非常の時には非常の手段を。正しいことが、多数の意思によって行えないなら、多数の意思に反して行われるまでです!」

 

 キラは、息を呑んで沈黙した。しばし、ラクスの気迫に押されたように呆然としていたが、やがて覚悟を決めたように頷いた。

 

「わかったよラクス……」

 

 キラは両手でラクスの手を取り、痛みを与えない程度に強く、握り締める。

 

「行ってくる」

 

 見た目美しい男女が手を取り合い、誓いを立てる。その様は、映画の1シーンのように綺麗だった。
 しかし別の言い方をすれば、映画の1シーンのように作り物めいていた。
 彼らには彼らなりの正義があり、理屈があり、善意があり、信念があった。
 しかし、それらは現実的な熱さも痛みも伴ってはいなかった。知ってはいても理解していない。
 教科書を読んで憶えたように、空虚なものを感じさせた。
 彼らとて、かつての戦いで現実をその心身に刻んだであろうに、なぜこうなのだろうと、バルトフェルドなどは頭を悩ませているだろう。
 あるいは、あまりに現実を見すぎたがゆえに、今は無意識に現実から目をそむけるようになってしまったのかもしれないが。
 どうあれ確かなのは、この二人の行動がほとんどの人間において、歓迎できないものとなることであった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 その後、キラは無断でフリーダムを発進させ、今に至る。

 

「あいにくだったなっ! 隊長もアスハももう一人も、三人とももうここにはいないっ! 別行動でオーブに戻った!」
『なっ!』

 

 キラはシンの告げた事実に声をあげる。

 

「あんた……いい加減迷惑だよっ!!」

 

 迫り来る剣を、動揺しながらもキラは鮮やかに避ける。同時に放たれたビームが、インパルスの右手を撃ち抜く。

 

「さすがにっ、腕はいいなっ!」

 

 だがシンは残った左手でもう一本のビームサーベルを抜くと、速やかに戦闘を続行する。

 

(アスラン隊長との模擬戦と比べりゃ、全然怖くはない!)

 

 キラの操縦能力は確かに上手い。シンはおろか、アスランよりも上だ。だが、それでもなお、シンの心に恐怖は無い。

 

『それならせめて、この戦いだけでもやめさせるっ!』

 

 当初の目的を達成不可能と悟ったキラは、まずインパルスの動きを止めようと行動する。

 

『こんなふうに、敵味方で物事を分けていちゃ駄目なんだ! そんなふうに自分の立場を決めて、向かい合った相手を自分たちとは違うものだと断じてしまうから、分かり合うことができなくなってしまうんだ!!』
「あんただって分かり合おうとしてないだろ! 敵味方で分けないって言いながら、要するに、敵味方関係無く無差別攻撃してるだけじゃないか!!」

 

 フリーダムは現れてから、既にアビス、FFのムラサメ、ネオのウィンダム、他無数の連合MSの武装を破壊していた。

 

『君たちが、殺し合いをやめないからだっ!』

 

 フリーダムは加速し、インパルスの頭上から押し潰すように斬撃を繰り出す。
 インパルスは海面スレスレまで下がり、攻撃を避ける。一歩間違えれば海に水没するところを、見事にこなしきる。

 

『君らの言うこともわかるけど、わかるけどっ!』

 

 キラは言葉を続けながら、インパルスを追う。

 

『連合が間違っていると、僕も思う。けれど、だからってプラントは正しいというの!?』

 

 シンはその瞬間、キラの内面で何かが弾けたのを感じた。おそらくはそれがキラのSEED。
 シンは自分の奥底で弾けるSEEDを視覚的に表現するなら、熱く滾る血のように『赤』い、小さな種のような自分の意識が、閃光のごとく弾け広がるようなものと感じていた。
 アスランのSEEDは喩えるなら、落ち着いたイメージの『緑』の種。だがそこから弾けるのは光ではなく、シンより遥かに激しく爆発し、漆黒に燃え盛る炎。絶望的な暗黒ではなく、アスランの生命と精神を結集させ、絞り込んだような強い黒だ。
 そして今、キラから感じたのはシン自身同様、弾ける光。しかしその種の色は、赤とも青ともはっきりしない、不安定な『紫』だった。それが、シンが感じるキラの印象の表れなのだ。

 

『正しい戦争なんてあるものか! 片方が間違っているから、もう一方は正しいなんて、そんなことがあるものか!』
「……ミネルバ、チェストフライヤーとソードシルエットを」

 

 シンはキラの言葉を聞きながらも、冷静にミネルバへ要求を発する。
 直後、メイリンの了解が聞こえ、戦艦の中央カタパルトより『チェストフライヤー』――インパルスの上半身構成機――と、『ソードシルエット』――インパルスの近距離専用装備――が射出される。

 

『戦争は戦争だ! どちらも間違ってる!』
「じゃああんたは正しいっていうのか? 同じ戦場に立ち、同じように戦って、同じように殺したあんたが!?」

 

 シンはシルエット交換の時間を得るために、フリーダムとの距離をとろうとする。

 

『僕にも本当に正しい行動が何か、なんてわからない! ただ……ただ僕は、世界が間違っていくのを、黙って見てなんていられない!! だから僕は、僕に出来ることを貫くんだ!!』
「こんな大それたこと、そんなあやふやな態度でやってんのかよ! あんたって人は!!」

 
 

 通信を傍受していたポルナレフがため息をつく。

 

「……こりゃ、アスランが頭を抱えるわけだ」

 

 迷いは誰でも抱えているだろう。間違っているかもしれないと考えているだろう。
 だが、間違っていたとしても、それは自分で責任を背負う覚悟がある。
 だが、キラからはどうもそんな覚悟が感じられない。
 間違っているかもしれないとポーズをとり、それで他者の意見を受け入れる気があると見せているのではないか。
 それでいて、実際は自分に賛成しない意見を聞く気などないのではないか。
 もっとも、キラ自身の意見というのも、はっきりしないことこの上ない。
 これだけ、『こんな戦争は間違っている』と叫んでおきながら、結局どうやって戦争を納めるかの具体的方法は出してはいない。まったく無知な子供の我侭そのものだ。

 

(自分の中身もない相手に、いい加減シンも限界というとこか)

 

 ポルナレフはシンがシルエットを交換する時間を稼ぐために、ビームライフルの引き金を引いた。
 フリーダムがネオのウィンダムを戦闘不能にした分、行動に余裕ができたのだ。
 キラの行動が、キラ自身の邪魔をすることとなった。
 ほんの数秒、ビームに気を取られたキラが行動を止める。その間に、シンは装備の交換を行った。
 右腕を失った上半身が交換され、中距離戦用のシンプルなフォースシルエットから、巨大な斬艦刀を二本装備した紅いソードシルエットへと変貌する。

 

「そんなにわからないのなら……あんたのやってる偽善ごっこじゃない、『戦闘』ってやつを味あわせてやる!! ブチのめして、その機体から引きずり出してから、またブチのめしてやる!!」

 

 シンがそう言い放ったとき、

 

 プッツ~~~~~ン!!

 

 彼の脳裏で『SEED』が赤い戦意を伴って弾けた。
 命の危機であると、シンは感じていなかった。ただ、この馬鹿を相手にするために、SEEDの力が欲しいと、自然に求めたとき、SEEDもそれに答えるように弾けたのだ。

 

(そうか。アビスとの戦いは、ステラの友と戦うという迷いがあった。だが、今は心から力を望んだ。だからか)

 

 ステラの友を殺したくはないと思っていた。それでもシンは、戦う覚悟をしていた。
 共に戦う友のためにも、負けるわけにはいかなかった。
 だが迷いは捨てきれない。その迷いがSEEDの発動を邪魔していたのだ。
 今、ようやくシンは、『SEED』を己のものとした。
 今ならたとえ、アビスやカオスと戦っていてもSEEDを発動できる。
 けれど、アスランにはまだ及ばないのが実感できる。いまだ迷いを越えきれない自分は、『光の道』には遠い。

 

「それでも、あんた相手には充分だっ!!」

 

 そして、インパルスは巨大なレーザー対艦刀『エクスカリバー』を振りかざす。
 この時代においても最高位の技量を持ちながら、まったく畏怖にも尊敬にも値しない敵へと、今までになく速く力強い動きを見せて、繰り出した。

 
 
 

 数を減らしたウィンダム部隊の相手をしながらも、FFはシンとキラの戦いを気にかけていた。

 

「あれがキラか……今までに会ったことねえタイプだな」

 

 人の話を聞かない人間や、思考が理解できない人間には、免疫があると思っていた。
 そんな中でトップに立つ理解不能人間は、ロクに話したこともない女性と、一方的に結婚するから、祝福しろと言ってくる男だったのだが、若干、修正の必要があるようだ。

 

「何をやりたいのか、自分でもよくわかってないみたいだな。これじゃこっちも、何をしてやったらいいのかわかんねえじゃねえか。安請け合いしたのは失敗だったかな」

 

 だが、ミリアリアの期待をふいにするわけにもいかない。

 

「なんにしても今は様子見かな」

 

 FFは戦局を見守る。彼女の見たところ、この戦いにシンの勝ち目は……ほとんど無かった。

 
 

 エクスカリバーが凶暴な速度で振るわれる。長大な剣が、視認するのがやっとという速さだ。
 しかし、その攻撃を、フリーダムは緩やかとさえ思える動きでかわす。
 最小限の動きにより、紙一重の差でインパルスの攻撃をさばき続ける。

 

(なんて……強さだ!)

 

 SEEDを発動させたシンは、キラに勝てる気がまったくしなかった。
 むしろ覚醒したことで相手との力の差が、より鮮明に読み取れた。

 

『もうやめるんだ。君では僕には勝てない!』

 

 キラからの通信どおり、技術力、判断力、瞬発力、すべてにおいて勝ち目が無い。
 アスランの言った通り、キラの強さは別格だった。勝てる部分は本当に精神力くらいしかない。
 酷く不確かな、そのような力くらいしか。

 

「それでも……勝ち目が見えるなら、くいついてやる!」

 

 本来、精神力をあてにして、戦おうなどというのは愚の骨頂だ。戦いは理論的に、現実的に行わなくてはならない。
 考えに入れるべきは、物量、性能、地の利、時間、心理といった、計算や推測の成り立つシロモノである。
 精神力で、物理法則や生体機能は変えられない。心の強い方が勝つなど、物語の中でだけの話だ。
 普通は、そう考えられる。
 だがシンは知っている。
 精神力は物理法則を超えられるし、生体機能も変化させられる。
 手も触れ知れずして物質を破壊できるし、人間を恐竜に変えることもできる。
 そして精神的に諦めれば、1%ある勝ち目もゼロになる。
 現実的に見れば、やはり勝ち目は薄いことも理解している。それでもなお、諦めはしない。

 

「いくぜオラオラ!!」

 

 インパルスのビームブーメランが投げ放たれる。だがフリーダムは回転するそれをいとも容易く掴み、投げ返す。
 インパルスはブーメランをかわし、更にエクスカリバーをもう一本抜き、両手に一本ずつ斬艦刀を構えた、二刀流で攻めかかる。

 

『まだわからないのか!』

 

 今までただ攻撃を避けていたキラが、攻撃に転じ、インパルスとの距離を詰める。

 

『それなら僕は……君を撃つ!』

 

 フリーダムのビームサーベルが輝く。

 

「おおおおおおお!!」

 

 右手のエクスカリバーがフリーダムの頭上から振り下ろされる。キラは向かって左へと攻撃をかわす。
 シンは左手のエクスカリバーを横薙ぎに振るう。
 その斬撃がフリーダムの胴にたどり着く前に、インパルスの左腕が斬り飛ばされる。

 

「くっ!」
『はあああああああっ!!』

 

 キラは更に加速しながら剣を振るう。インパルスの四肢を斬り砕き、コクピットを残して、機体を再起不能になるまでバラバラにするために。
 その鬼神の如き攻撃にさらされながら、

 

「………ニヤリ」

 

 シンは笑みを浮かべた。
 フリーダムの刃がインパルスの頭部に迫ったとき、シンはインパルス飛行のための機能をストップさせた。
 スラスター等が停止し、重量63.54トンのインパルスは、重力のはたらきによって落下する。
 その回避行動により、ビームサーベルはわずかにインパルスの右側の角を2本、切り落としただけであった。
 そして、落下したインパルスの向こう側から、さっきフリーダムが投げ返したビームブーメランが反転し、すぐそこまで返って来ていた。

 

「っ!!」

 

 キラは敵パイロットの狙いを悟った。自分はまんまとここまで引きつけられたのだ。

 

 その間にシンは、海に落ちる前にエクスカリバーを納め、スラスターを吹かし、飛行を再開する。
 フリーダムの股下をくぐり、背中を狙って下方から、残された右手でビームライフルを構える。
 今ならフリーダムは目前に迫ったブーメランに対応するために、インパルスのビームにまで手が回らないと、シンは考えた。だが、撃つ直前にライフルに何かが激突し、ライフルが右手から弾き飛ばされた。

 

「なっ! サーベルを!」

 

 キラが行ったのはビームサーベルの投擲だった。高速で回転し、前後を反転させ、その勢いでサーベルを投げつけて、ライフル発射を阻止。
 そのまま動きの勢いを止めることなく一回転し、直撃まで0.1秒ほどまでに迫ったブーメランを難なくキャッチした。
 思考する間もない奇襲に対する、完全なる対応。
 そして、新しいビームサーベルを抜き、インパルスへと飛来する。今度こそ敵機を完全破壊するために。

 

「野郎!!」

 

 それでもシンは吠えて、フリーダムを睨みつけ、納めていたエクスカリバーを抜き直す。
 その瞳に絶望は無いが、はっきり言って、勝算は無かった。

 

(このパイロット、予想以上に油断ならない!)

 

 キラは歯を食いしばる。今のは危うかった。頭で考えるより先に体が勝手に反応し、危機を回避することはできた。
 むしろ策にまったく気がつかなかったから、出来た芸当であろう。
 気付くのがもう少し早く、考えて回避行動を取ろうとしていたら、間に合わずにやられていただろう。
 今の策を考え付いたのは、キラがブーメランを投げ返した瞬間か、はたまた投げ返すことも予想済みだったのか。
 何にせよ、戦況に応じて臨機応変に行動できる柔軟さ、この位置にキラを移動させる駆け引きの妙……戦士としての力。

 

(操縦技術では僕が上だけど……戦闘技術はあるいは僕よりも……!)

 

 キラ・ヤマトは多くの欠点を抱えてはいるが、無能ではない。特にMS戦においては。シンの実力を見抜き、シンを倒すために適切な手段を取る。

 

(長く戦い続けていると、思わぬ隙を突かれるかもしれない。全力で素早く片をつける!!)

 

 片腕のインパルスに、本気のキラが迫る。そして二つの機体が交差し、光の刃がMSの装甲を切り刻んだ。

 
 

 キラは愕然として、その光景を見ていた。
 突如フリーダムとインパルスの間に、MSが割り込んだ。
 いきなりのことで、キラは攻撃を止められず、そのMSに斬りつけた。MSの左腕、両足が薙ぎ払われる。
 斬撃がコクピットを破壊しなかったのは、単に運の問題であった。
 もしも運が悪ければ、一人の命が失われ、キラが最も恐れる罪がかぶさっていたことだろう。
 だがそのMSのパイロットは、九死に一生を得たことを気にもせず、残った右腕にサーベルを持ち、フリーダムに斬りかかった。
 フリーダムは動いたが、かわしきれずに右肩に刃が食い込む。
 右腕が切断され、そのまま突き抜けて、右足も切り落とした。
 この戦争で、フリーダムが受けた最初の損傷であった。

 

 あっけなく海へと落ちていくフリーダムの右腕と右足。
 短い期間の間に、多くの無意味な破壊を繰り広げた右腕に、逆襲をなしたMSは、しかしフリーダムから受けたダメージが限界に達し、その機能をダウンさせつつあった。

 

「ちぇっ、これで精一杯か」

 

 そのMS、ムラサメのパイロット、FFはちょっと不満そうに呟いた。
 ただ戦闘に割り込んだだけなら、一矢報いることはできなかっただろう。
 フリーダムの相手をしていたのが、アスランの薫陶を受け、SEEDに目覚めたシンであったから、キラも他からの攻撃を悟れないほどに、目の前の敵に集中せざるをえなかったのだ。
 とりあえず、右腕を修復するまでは、キラも下手な真似はしないだろう。戦場に出てこなければ、殺さずともよくなる。
 根本的な解決にはならないが、面と向かって話すこともできない今は、これが精一杯。

 

「次はこの程度じゃないけどな」

 

 FFは海に落ちていきながら、フリーダムに向けて中指を立てた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 FFのムラサメが落下を始めたのと、ミネルバから赤いザクが飛び出してきたのは、ほぼ同時であった。
「ルナマリア?」
 何の連絡も無しに出てきたルナマリアのザクに、シンはいぶかしげな声をあげる。その疑問に答えるように、メイリンからの連絡が入る。
『今、ミネルバから発進したザクウォーリアに乗っているのは、潜入した連合の部隊です! 捕虜であるステラ・ルーシェを連れ戻されました!』
 報告と共に、侵入者をカメラで写した画像や、彼らと共にあるステラの姿が送信される。
「!! ステラが!?」
 その一瞬、戦闘やフリーダムのことさえ、シンの思考から消える。素人同然の隙だらけな動きで、連合軍空母に向かって飛ぶザクに機体の向きを合わせる。
 だがそこで動きが止まる。ザクに乗っているのはステラであり、ステラを連れ戻すために命がけでやって来た仲間たちだ。自分は彼らにどのような感情を向け、どのように行動すればいいのか。
 思いふける間にも、ザクは既にシンの手が届かない空域まで行ってしまった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ザクのコクピットは非常に狭苦しい状況だった。
 元々一人用のところに、無理矢理四人が乗っているのだから無理も無い。
 スティッキー・フィンガーズのジッパーで空間をつくり、少しは広くして何とか入っているが、それでもナランチャなどはダイアーの巨体に潰され声も出せないほどだ。
 ステラも苦しそうに眉をしかめている。
 ただ、ブチャラティの重苦しい表情は、物理的な苦しさのためではなく、ザフトの少女が口にした哀しい声が胸に刺さっていたためだ。
 そこに、何者かが通信を入れてきた。通信コードはザフトのものであった。

 

『よう。久しぶりだな……ブチャラティ、ナランチャ』

 

 開口一番、その男は二人の名をあげた。

 

「えっ? 今、こいつ俺の名前呼んだ?」
「……何者だ。なぜ俺たちの名を?」

 

 ナランチャが戸惑い、ブチャラティが慎重に問いかける。
 通信と共に送られてきた、髪を逆立てた陽気そうな男の顔に、心当たりは無かった。

 

『つれないこと言うなよ。確かに短い付き合いじゃあったが、忘れがたい出会いだったと自負しているんだぜ? あのコロッセオでの対面は』

 

 ブチャラティの目つきが更に鋭くなる。

 

「どういう意味だ。貴様一体……!」

 

 コロッセオ。西暦75年から80年にかけて建造された、円形闘技場の跡地。『コロッセオが滅びる時、ローマは滅び、その時世界も滅ぶ』とまで謡われた、ローマの誇る遺跡の一つ。
 そして、ブチャラティとナランチャにとって、忘れることのできない場所。
 彼らにとって、『最後の戦い』の始まった場所であった。

 

『そんな怖い声出すなよ。まあ、あのときの俺は……【亀】だったけどな』
「……亀?」

 

 ステラがキョトンと首を傾げる。ダイアーもなんのこっちゃという顔であった。だが、ブチャラティとナランチャは納得と驚きを顔に表していた。

 

「まさか、あんたはポルナレフか? 矢の力を教えてくれた……」
「あの喋る亀かよ!?」
『ああ。これが俺の本当のハンサム顔だ』

 

 ポルナレフは得意そうに笑った後、

 

『まさかこうしてお前たちと出会うとはな……。お前たちは今、何をしているんだ』

 

 ブチャラティは、その問いに躊躇い無く答える。

 

「正しいと思えることを」
『後悔の無い道か』
「ああ」
『……そうか、俺もだ』
「だろうな」
『投降する気はないか? 待遇はよくするぜ?』
「生憎、待ち人がいるんでね。そっちがこちらに来るのはどうだ?」
『残念ながら、手のかかる奴が多くてほっとけないんだよ』
「じゃあ仕方ないな」
『そうだな』

 

 すでにザクは空母に着艦しようとしており、周囲は連合のMS群に守られ、手を出せなくなっていた。

 

『じゃあ次に遭った時は、手加減はしないぜ』
「ああ、俺たちもだ」
「望むトコだぜ」

 

 ポルナレフ、ブチャラティ、ナランチャは、これから殺しあう相手に、清々しささえ感じられる言葉を交し合う。

 

『ああそれともう一つ』
「?」
『ジョルノは勝ったぜ。ミスタとトリッシュも生き延びた』
「……そうか。黄金の夢は叶えられたか」

 

 ブチャラティは心から安心したと、優しい微笑みを浮かべる。
「教えてくれてありがとう。俺もまた夢を叶えるとしよう。こんなことを言うのもおかしいが、貴方の夢も叶えられることを祈ろう。アリーヴェデルチ(さよならだ)」
「じゃあな亀のオッサン。アリーヴェデルチ(またなっ)」
『アリーヴェデルチ(あばよ)』

 

 こうして、かつて真紅の帝王と共に戦った者たちの、異世界での再会はようやく成され、遂げられたのだった。
 本当に、爽やかに。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ザクの着艦が終わると、連合軍は次第に引き始めた。彼らの目的、捕虜の奪還が遂行されたからだろう。
 一方、フリーダムもまた、戦線を離脱しようとしていた。

 

(戦闘は終わるようだ。もう、ここにいる理由もない……!)

 

 戦闘不能に追い込まれた屈辱からは思考を背け、キラはアークエンジェへの帰路についた。

 
 

「あいつっ!」

 

 シンはそれを見逃さなかった。今のこの距離なら、残ったビームブーメランを投げればフリーダムを突き刺し、撃墜できるかもしれない。瞬間、シンはブーメランを構え、振りかぶる。だが、

 

(だが……ここであいつを殺したら)

 

 キラは自分が正しいと信じたまま死ぬ。自分を悪いと思わず、シンという分からず屋の悪人により、理不尽な死を遂げると考えながら、滅ぶ。それで、いいのだろうか?

 

(理不尽な奴が、理不尽なまま、何の償いもせずに、消えていく……そんな終わり方でいいのか?)

 

 仲間たちの死、ポルナレフの怒り、アスランの悲痛、そしてカガリの涙。それらが、何も満たされないまま終わることが、本当に正しい終わり方なのか?

 

(だが、それでもここで終わらせれば、奴の理不尽な混乱は終結する……!)

 

 自分の勝手な感情で、キラを逃していいのか?

 

「俺は……!!」

 

 そのとき、シンの心に、一つの言葉が浮かび上がった。

 

『一つだけアドバイスだよ、お兄ちゃん』

 

 それはどことも知れぬ、闇の中での言葉。

 

『もしも心迷った時は……』

 

 大切な家族からの言葉。

 

『撃つべきじゃないよ』

 

 シンは、腕を下ろし、ブーメランをしまった。

 

「……そうだな。こんな半端な気持ちのまま、撃つべきじゃない。そうだろマユ」

 

 いずれ、本当に正しいことをなせる時が訪れる。そんな、理不尽ならざる運命をつかめる日を信じて、シンは刃を納めるのだった。

 

 一つの戦いが終わりを告げる。
 ザフトにとっても、連合軍にとっても、戦略的にほとんど実りの無い戦いであった。
 だがザフトは捕虜を失い、敵の目的を叶わせるという敗北を味わいながらも、一人の戦士の大きな成長を得ることができた。
 連合軍は幾多の兵士の命を失いながらも、捕虜を奪還し、目的達成による勝利を得た。
 誰もが敗者であり、誰もが勝者としてそこにあった。
 だがただ一人、キラだけはどちらでもなかった。
 最初から戦いの場に立つ資格も無い彼には、勝敗という結果を得ることもできないからだ。
 そしてキラ・ヤマトだけは、何一つ得られぬままに帰還する。帰還した先に待つものを知らぬままに。

 
 

TO BE CONTINUED