KtKs◆SEED―BIZARRE_第27話

Last-modified: 2009-06-07 (日) 20:55:15

 『PHASE 27:両軍戦闘中・救出進行中』

 
 

 その日、ザフト戦艦・ミネルバはポートタルキウスを出港した。
 強化人間育成施設の調査のために、施設付近に移動したミネルバは、ガイアのパイロットであるステラ・ルーシェを捕虜として艦に乗せたまま、ポートタルキウスに戻り、司令部からの命令を待っていたが、ついに行動の時が来たのである。

 

「それにしても大丈夫でしょうか……。あの娘も乗せていくなんて」
「仕方ないでしょう。そういう命令なんだから」
 アーサーが心配そうに呟き、タリアが疲れたように言い返す。
 ミネルバはこのままステラを、ジブラルタル基地まで連れて行くこととなった。タリアたちは多少戸惑ったが、まったく予想外のことではなかった。
 もともとミネルバはジブラルタルへ行くはずだったのだ。ついでに研究所のデータや捕虜を運ぶ任務を上乗せさせられても、不思議ではない。ステラもシンに懐いているようだし、もう暴れることもなさそうだ。そう大きな問題はあるまい。
 むしろ予想外だったのは、もう一つの命令の方だった。

 

「しかしですね……アスランも艦を離れてしまっているわけですし」

 

『アスラン・ザラは、カガリ・ユラ・アスハとミリアリア・ハウを、セイバーに乗せてオーブまで送り届けることを命ずる』

 

 それが、ザフトとオーブ政府の相談の結果である、もう一つの命令だった。主戦力の一人であるアスランとセイバーを外すとは、驚きではあるが、考えてみれば納得できる判断である。
 まずアスランの実力ならば、カガリたちを安心して任せることができる。更に、狙われているミネルバや目立つ戦艦よりも、安全かつ早く、オーブへ行くことができる。

 

「けどやはり、こちらの戦力的には不安ですよ。今までMSパイロットたちのリーダーをしていた人間が、急にいなくなっては」
「けどオーブからの援軍が、二人も入っているんだから戦力的には問題ないでしょう。カガリ代表らを送り届けたら、またミネルバに戻ってくることになっているし。今は、ジブラルタル基地に無事到着することだけを考えなさい」
 状況によっては簡単に戻ってはこれないかもしれないが、くよくよ考えても仕方ない。タリアはアーサーとの会話を終わらせ、艦長の椅子に、深く座りなおすのだった。何時来るかもしれない、危機に備えて。

 
 

「ふうん……そのダイアーって人が、ステラの体を治してくれたんだ」
 シンは、暇ができるとステラのいる医務室に通うようになっていた。ヨウランやヴィーノたちに冷やかされもしたが、彼女と話していると心が躍るのは否定しようもない事実だった。

 

「うん、ダイアー、いい人だから好き。ブチャラティも、ナランチャも、みんな好き!」
 明るい笑顔を見せて、ステラは自分の身近にいる者たちの紹介をする。それを聞くシンは、ステラに関する知識が増えることを嬉しく思う反面、自分よりステラに近しい立場にいる人間がいることに、嫉妬の念を抱いてしまう。
 ともあれ、ステラがエクステンデッドであったとはいえ、現状は不幸でもなさそうなことに安心する。捕虜になったわりに、不安そうでないのは持って生まれた性格ゆえか。
(それとも俺がいるからか?)
 ちらりとそう考え、自意識過剰だと、その思考を振り払う。そこにステラが、

 

「シンのことも大好き!」
 不意打ちで言われ、シンは顔を真っ赤にすることを避けられなかった。
「あ、う、え、お、おおお、俺も、ス、ス、ステラの、こと」
「今度はシンのこと、教えて。前に言ってた……ケサラン……あれ? パサラン……だっけ」
 シンが勇気を出して言葉を搾り出す前に、ステラは幸運を呼ぶ謎の毛玉のような名前を口にする。
「あ、あー、ひょっとしてアスラン?」
「それ! シンの友達!」
 ポルナレフやレイ、ルナマリアらのことは既に紹介しているが、アスランのことはまだ途中だった。
「あの人のことは……俺も詳しくは知らないんだ。付き合いも浅いし」
「そうなの?」
「うん、でも……凄い人だ。力も、意志も、俺よりもずっと強い」
 シンにとってアスランは、ポルナレフよりも身近な乗り越えるべき壁だった。ポルナレフはたとえ能力的に上回れたとしても、どこかで敵わないものを感じる。それに対してアスランは、大きな差をつけられているが、超えられないとまでは思えない相手だった。
 隔絶した雰囲気を持ち、他者を寄せ付けないものを感じるレイや、異性であるルナマリア、ほとんど親しい交流のなかった訓練生時代の同僚とは違う。シンにとって、おそらく最初の好敵手(ライバル)が、アスランなのだ。

 

(あっちがどう思ってるかは知らないけどな……)
 アスランがシンにとる態度は、まだまだ熟練の達人がひよっこを相手にするものだ。競い合う同等の相手という位置には、まだ達せていない。
(まだまだだって……認めざるを得ないか。むかつくけど、あれを見せられちゃあな)
 シンが思い起こすのは、ついこの前、アスランがミネルバを出立する前に、最後に行った戦闘練習用シミュレーションマシンでの、模擬戦のことだった。

 

   ――――――――――――――――――――

 

「俺はこの後すぐに、この艦を離れねばならない。いつ戻れるかもわからない。だからこの一戦が、お前に『SEED』を教えられる最後の機会だ。そう考えて、取り組め」
 アスランは模擬戦の前にそう言った。シンは、言われるまでもないと思った。真剣にやらないと考えられているのなら、不本意かつ不愉快だと感じた。そして模擬戦が始まった直後、シンは自分が甚だ甘かったということを悟った。

 

 偽りの宇宙空間の中で、光の刃がインパルスへと吸い込まれるように振るわれる。その速度とパワーは機体の動きを最大限に引き上げたものであり、その上、まったく無駄な動きというものが無く、シンは反撃の手さえ出せず、防戦一方であった。
(しかも、これでアスランは『SEED』とやらを使ってもいないんだ!)
 今までは味方として傍から見ていただけだった技量。それが、敵対する事で初めて、どれほどのものであるのか、理解できた。
『シン、俺とお前の技量は、今、お前が感じているであろうほどの差はない』
 鳥肌さえたてるシンに、アスランの通信が送られてくる。
『それが圧倒的な差に感じられるとすれば』
 距離を取ろうと、セイバーから離れるインパルス。しかし、その距離感はまったく変わらず、セイバーの大きさはそのままだ。離れるインパルスと、完璧に同じ速度でセイバーが近寄ってきているのだ。
(こっちの動きを完全に見切っているからできる芸当か!)

 

『それは、精神の差だ』
 苦し紛れに繰り出したインパルスのビームを、セイバーは軽やかにかわす。
『リンゴォ・ロードアゲインは言った。お前には『漆黒の殺意』が備わっているが、俺にそれは無いと。だが、俺はそれを手に入れた。自覚的にだ。だから、無自覚に『漆黒の殺意』を得ているお前よりも、しっかりとした覚悟を持ちえることができている』
 セイバーの斬撃がインパルスの右腕を刎ね飛ばした。
「くっ!」

 

『お前には自覚が足りない。お前は……はっきり言おう。天才だ。しかも努力のできる天才だ。だがその才能も、キラには及ばない』
「なっ、あのフリーダムのパイロットに、俺が勝てないっていうんですか!?」
 あまりの台詞にシンは反発するが、アスランは冷静に説明する。
『あいつは最高の遺伝子改良の結果に生まれた、スーパー・コーディネイター。天才の中の天才だ。何年も訓練を受けた俺やイザークたちを相手に、戦いの中で成長し、ついには短い時間で完全に上回ってしまった。これから、あいつの力を超えるのは難しい。
 あいつに勝てる部分があるとすれば……それはあいつには無い、『漆黒の殺意』と……その先に見える、『自分だけの道』だ』
「『自分だけの……道』?」
「お前が得るべきは『SEED』以上に……お前自身が歩むべき、『光の道』だ!」

 

『ボウウウッ!』

 

 シンは、ここからでは見えないアスランの瞳に、漆黒の炎が燃え上がったのを感じた。そして同時に、アスランの『SEED』が発動したことも。

 

「ッ!!」

 

『プッツーーーーン!!』

 

 その時、シンの頭の奥で『SEED』が弾けた。シンが意識した結果ではなく、アスランの凄まじい殺気に押し出されるように、反射的に発動したようだった。

 

「う、うおおおおおおおお!!」
「それがまず『SEED』だ。それが学説どおりに進化の産物であるとすれば、生存のための能力ということになる。死の危険に反応して発動するのは、自然な反応だ。その感覚を憶えておけ。それがコントロールへの道だ」
 殺気への恐怖を振り払うために吼えるシンに、アスランは教える。

 

「生きる為の本能が、『SEED』を発動させ!」

 

 戦闘能力の上昇したインパルスの攻撃を、しかしセイバーは軽々と受け流し、

 

「いかに生きるかという意志が、『光の道』を示す!!」

 

 その時、アスランは見る。リンゴォとの戦いで一瞬垣間見た『道』。キラたちの幻想を振り払い、見出した『自分だけの道』! それが今、アスランにははっきりと見えていた。
 ただ生きる為の力を超えて、自らの命さえ捨ててでも成し遂げるべきことを貫く、『厳しい道』が。

 

『光の中』で、破壊の音が響いた。

 

「――――――――!!!」

 

 シンは言葉も出なかった。悲鳴をあげる暇もなく、インパルスの全身は斬り砕かれていた。

 

(殺された! 今、俺は、完全に殺された!!)

 

 シンは、仮想戦闘の中でなければ、確実に自分が死に至っていたことを自覚する。『SEED』を覚醒してなお、絶対的なアスランとの差。

 

『これが、俺がリンゴォに教えられた『男の世界』……『俺の世界』だ。お前も、『お前の世界』を知れ』
(俺の……世界)

 

 頭では理解できない。だが、アスランのみなぎる意志の力を、シンの魂が理解していた。そして、今の自分ではまだ、アスランの域に達することはできないことも。あまりの気迫の衝撃を受け、シンは傷一つ無いままに、その意識を失わせていった。

 

『……もしも、まみえたなら……キラを頼む』

 

 それがアスランが最後に残した言葉。どうしろとは言わなかった。ただシンを信じ、シンに任せるという、信任であった。

 

   ――――――――――――――――――――

 

(けれど……今の俺ではあんな覚悟なんて……)
 ステラを見つめながら、シンは自分の不甲斐なさに落ち込む。今、自分には迷いがある。

 

「シン?」
 言葉をなくし、うつむいたシンを、ステラが心配そうに見る。シンはその心配を晴らしてやるために、努めて元気な声を出そうとしたが、

 

『地球軍空母発見! 前回と同様の艦です! 全クルー、ただちに持ち場についてください!』

 

 放送が流れた。その内容にステラが震える。前回と同様、すなわち、ステラのいた艦ということだ。

 

「ステラ……」
 シンは何か言おうとするが、何を言えばいいかなどわからない。彼女と、彼女の仲間は、シンにとっての敵であり、シンは彼らと戦い、倒し、そして殺さなければならないのだから。
「……大丈夫」
 それは、哀しそうな無理の有る微笑みと共に、口にされた。ステラも、シンと自分たちが敵同士であることを理解している。だから何も言わないのだ。言ってもどうしようもないことだから、ただ、我慢する。シンの心を楽にするために。
「くっ……」
 シンは唇をつぐみ、逃げるように医務室を後にした。自分の弱さに、反吐が出そうだった。
 たとえ相手が悪人でなかったとしても、撃たなければならないのが戦争であること。たとえ敵であったとしても、相手は命を持った人間に変わりないこと。そんなことは、最初からわかっていたはずではなかったのか。

 

(敵を殺し、その罪を背負う覚悟……今の俺にそんな『漆黒の殺意』を、持つことができるのか!?)

 

 自分が、いかなる『道』を歩むべきか、それを定めることのできないまま、シンは自らの機体へと乗り込み、戦場へと出陣するのだった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 MS格納庫に入ったシンは、先に来ていたポルナレフに声をかけられた。

「遅かったな。いつもはもっと勢い込んで来る奴が」
「………」

 無言のシンに、何事かを察したポルナレフは、

「行くぜ。今、お前さんが胸に抱えてるやつは、前に進まなきゃどうにもならないものだろうからな。少なくとも、目をそむけるのだけは絶対に……」

 そう言ってシンにヘルメットを放り渡す。シンはそれを受け取りながら、内心、ポルナレフに感謝していた。止めないでくれたことに。
 もしポルナレフが、『ステラのこともあって、戦いづらいんだったら無理にしなくていいんだぜ』というようなことを言ったなら、シンは深く傷ついてしまっただろう。だが、ポルナレフはシンを、迷いを乗り越えられるだけの男と認め、背中を押してくれたのだ。

(そうだ。俺は必ず、『光の道』を見つけてみせる。ポルナレフ教官と、アスラン隊長の期待に答えてみせる!)

 理不尽なる運命。今まで戦い続けてきた、最強最悪の敵。
 今更、奴に背を向けてなどなるものか!

 シンは己の初心を思い出し、恐怖を押さえ込みながら、戦場へと向かう。迷いの答えを求めて。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ミネルバを待ち構える『J.P.ジョーンズ』を初めとする地球軍艦隊も、作戦のための行動を進めていた。
「いいか、スティング、アウル。今回、お前たちにやってもらうことは敵MSの相手だけだ。相手の目をこちらに引き付けておいて、その隙にブチャラティたちがステラを助ける。ミネルバを攻撃するのは、ステラを助けてから。いいな」
 専用のウィンダムに乗り込んだネオが再三に渡る説明の通信を、二人の乗るMSに送る。

「わあってるよ。まったく、何度も何度も。耳にたこができちゃうぜ」
 期待通り、戦意を取り戻してこの場にいるアウルが、いらついたように言った。
「それより、俺はいい加減にあの几帳面野郎との決着をつけたいところだな」
 スティングがMS戦で最初に、悔しい思いをさせられた相手。手合わせの数はそれほど多くないにもかかわらず、どうしてもこの手で倒しておきたいと、執念を燃やす宿敵に想いを馳せる。

 

「さあ時間だ。せいぜい派手に行こう」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ミネルバから出撃したMSは、シンのインパルス、ポルナレフのグフチャリオッツ、そして新参のウェザー及びFFのムラサメの四機であった。
 アスランがいない今、暫定的にポルナレフがMS隊の指揮を執る。

 

「シン、お前はアビスを。俺はあの赤紫の指揮官機をやる。オーブの二人は、カオスとそれ以外だ。基本それで、後は臨機応変にやってくれ!」
「了解!」
「何だ。私らは雑魚相手か。ところで臨機応変ってどういう意味だ?」
「油断するなFF。臨機応変というのは、行き当たりばったり……もとい、アドリブをかましていけ、という意味だ。行くぞ」

 

 口火を切ったのは、ウェザーのムラサメが撃ち放ったビームライフルであった。
 スタンド『ウェザー・リポート』の発生させる雷によって、エネルギーを充電させる装置『ミチザネ』を備えているがゆえに、エネルギー消費を気にせず、遠慮なく何発も放たれたビームは、連合軍のウィンダムを一機、撃墜した。
 それを合図としたかのように、両軍は盛大に激突した。

 

 アウルの乗るアビスは、海中からインパルスを攻撃した。水中に潜み、時折、他のウィンダム部隊の相手をするシンの不意をついて、姿を現しては攻撃を仕掛ける。水中の敵を攻撃するような装備は、インパルスには無い。見つけることすらままならない。
(これじゃ、倒す覚悟以前に、こっちがやられてしまう!)
 シンはアビスの攻撃をしのぎながら、アスランとの訓練で経験した『SEED』発動の感触を、懸命に思い起こそうとしていた。

 

「こっちはちゃんと押さえられてるぜ。そっちはどうだ?」
 アウルが仲間に通信する。本音を言えば押さえるなんて半端なことはせず、撃ち落してしまいたいのだが、実力は伯仲しており、そこまではできない。アウルはプライドにかけて、自分から倒せないとは言わないが。
『ちっ、あの野郎は出てないのか。温存してやがる。仕方ねえ。あの新顔にあたるか!』
 スティングが、ウィンダム部隊と戦う二機のムラサメに目をつける。
『まあ、どうにかやってるよ。おっと! 動きは荒いが、いい反応をしてくるねえ!』
 ネオのウィンダムがグフチャリオッツのビームサーベルを紙一重で避ける。厳しい相手であることを認めながら、余裕の態度と自分のペースを崩さず、相手を続けていた。
 前回の戦いでも姿を見せたザムザザーは、シールドを展開してタンホイザーから艦隊を守ることに専念している。

 

「こっちは予定通りってわけ……。あとは、あんた達次第だぜぇ。ブチャラティ、ナランチャ、ダイアー……!」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「向こうはうまくやっている。こちらも行かねばな。準備はいいか?」
「もちろんだぜ!」
「右に同じく」
 ブチャラティに、ナランチャとダイアーが答える。

 

「ただまあ、もうちっと広ければいいんだけどな。ここ」
「……右に同じく」
 ナランチャのぼやきに、ダイアーが無駄に重々しく同意する。彼ら三人がいるのは、地球連合軍の大気圏内用VTOL機『FX-550 スカイグラスパー』である。前大戦から使われ続けている高性能の戦闘機だ。

 

 前後の座席に二人が座る、タンデム複座式であり、本来三人が入れるスペースは無いのだが、ブチャラティの『スティッキー・フィンガーズ』の能力で後部座席にジッパーを貼り付け、空間を作ってナランチャとダイアーを押し込み、無理矢理入っているのだ。
「贅沢は言うな。それにすぐ乗り心地など関係なくなるんだしな」
 そしてブチャラティは、操縦桿を動かした。それによって、ウィンダム部隊に紛れ、敵MSから距離を置いて飛んでいたスカイグラスパーは、強烈な加速を起こす。一気に速度を上げ、両軍のMSの隙間を縫って、ミネルバへと一直線に発進した。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

SIDE:ザフト

 

「! 何だ!?」
 ウェザーが、そのスカイグラスパーの姿を視界に捉える。たった一機の戦闘機。ミネルバとの戦力差は蟻と巨象だ。本来なら放っておいてもいいような敵。しかしウェザーの勘が、『何かヤバイ』と訴える。

 

「FF!」
「任せな!」
 ウィンダムに加えてカオスまで相手をする彼に、手を出す余裕はない。シンやポルナレフも同様だ。そこで、ウェザーはFFにスカイグラスパーの相手を頼んだ。
 FFの操るムラサメは、邪魔をするウィンダムにビームを浴びせて爆破し、ブチャラティたちを乗せた戦闘機を追った。

 

「くらえ!」

 

 FFは容赦なくビームライフルを発射する。しかし、スカイグラスパーは微かに右に寄るだけで、そのビームをかわした。反転して攻撃することも無く、FFのムラサメなどに興味は無いというように、ミネルバを目指して飛び続ける。

 

「へえ、やるじゃないか。私の『体』の記憶が、相当な技量だと認めているよ」
 だがFFは並みのパイロットではなかった。正確に言えば、FFの『体』は。

 

 FFことフー・ファイターズ。その本質は、スタンド能力を得た水生プランクトンが知性を持ち、集合して人型の姿をとるようになった新生物である。
 人間のように見えるのは、水分保持のために、死んだ人間の体を被っているからで、本来は変幻自在の、異なる星の生物の如き姿をしている。そしてこれが重要なのだが、FFは借りている人間の生前の記憶を読み取り、使うことができる。
 例えば、彼女の現在の姿。短い髪をした、身長165センチの若い女性。彼女の本名は『エートロ』。普段使うトイレットペーパーの長さはミシン目4つ。好きな俳優はジョニー・デップ。そうした記憶を、ちゃんと引き出すことができる。

 

 そして現在、彼女が使っているのはエートロの肉体だけではない。外見上は変わらないが、実はこちらの世界に来たとき、てっとり早く知識を得るため、墓を一つ暴いて、この世界の死体を取り込んだのだ。
 それがたまたま、高度なMS操縦技術を持った人間だったのである。その技術を思い出しながら使えるため、FFの操縦技術は並みよりも優れたものであった(もちろん知識だけでは体がついていかないため、練習の必要はあったが)。
 けれど最低限の知識以外の、プライバシーに関する部分……性格や趣味、仕事、人間関係などまでは思い出そうとはしなかった。
 死人の墓を暴いたり、死体を取り込むことに関して感傷を持つことはない。『死体』はあくまでモノでしかないから。だが、それ以上の記憶を覗き見することは、『かつて生きていた者』の思い出に土足で踏み入る行為だと思えたのである。

 

「中々やるけど……」
 FFは再度狙いをつける。かつての世界での戦闘で、己の体を分裂させて弾丸にし、発射させていたときのように。
 スカイグラスパーは既に、ミネルバまで五秒とかけずに辿り着ける距離に迫っていた。ミネルバもミサイルやビームを発射しているが、それらはことごとく避けられている。

 

「逃げてばっかりじゃな!」

 

 ミネルバからのミサイルを避けたところを狙って、放たれたビームは見事にスカイグラスパーを貫き、一瞬の間を置いて、爆発四散させた。
 ミネルバとスカイグラスパーとの距離は、そのとき100メートルも無く、FFが放ったビームは下手をすればミネルバに当たっていたかもしれない。

 

「よしッ! けど何を狙っていたんだろうな。射程距離に入っても攻撃しようとはしなかったし……特攻ってわけでもなかろうに」
 まあ片付いたから別にいいか。そう思考を切り替え、FFはMS同士の戦闘に、舞い戻ることにした。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 炎に巻かれて海に落ち、飛沫を上げるスカイグラスパーの残骸。そこに生きる者の気配は無く、ただ完全無比な破壊のみが見受けられる。それを見ながら、ネオは満足げに呟いた。

 

「作戦通り……!」

 

 ただその一言を。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

SIDE:スリーピング・スレイヴ

 

「一機、囲みを抜けてきたぜ!」
 ナランチャがレーダー反応を見て叫ぶ。その時には既に、ムラサメはライフルの照準を、スカイグラスパーに合わせていた。
「わかっている!」
 ブチャラティは、スティッキー・フィンガーズに操縦桿を握らせる。人間の速度と反射を超越したスタンドによる操縦は、並みのパイロットなど足元にも及ばない。微かに右に寄るだけで、スカイグラスパーはビームをかわした。

 

「もう少し、もう少し近づいたら仕掛けるッ!」
「了解!」
「了解だ!」
 ミネルバから飛んでくる数々の攻撃をかわしながら、ブチャラティはタイミングを計る。

 

 攻撃を『くらう』タイミングを。

 

「後ろの奴が、仕掛けてくるな……」
 ブチャラティは背後を映すカメラから、ムラサメのライフルの狙いを読む。そして、
「今だ!」
 ブチャラティの手が、ミサイルをかわすための操縦を行う。同時に、今まで操縦をしていた彼のスタンドは、両の拳をコクピットの壁へと打ち込んだ!

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリ!!」

 

 拳の一撃ごとに、コクピットの壁にジッパーが貼り付けられ、それが開くごとに壁は裂け、

 

「アリーヴェデルチ(さよならだ)!」

 

 彼ら三人が乗るコクピット、スカイグラスパーの前方部分は、全体から切り離された。重力に引かれながらも、さっきまでの飛行の勢いもあり、斜め下に落ちていく。
 一瞬後、彼らの耳に爆音が届く。彼らが別れを告げたスカイグラスパーの後方部分が、ムラサメの攻撃によって爆破されたのだ。コクピットを分離させずに、普通に操縦していたら、かわすことはできなかっただろう見事なタイミングの攻撃だった。
 だからこそ、撃墜されたと思ってもらうのに都合がいいのだ。

 

 しかし、まだ問題は残っていた。生き残った三人のいるコクピット部分は、風を切り、凄まじい速さで落下していく。このままの速度ではミネルバに激突して、三人はミンチのように潰れてしまうだろう。
 死ぬ時間に数秒の差が出るだけで、死という結果は変わらずじまいになってしまう。
 もちろん、それくらいのことは対策をたててあった。

 

 三人は、前もって準備していた荷物を取り出し、中身を空中にばら撒いた。そして、

 

「生命磁気への波紋疾走(オーバードライブ)!!」

 

 ダイアーが雄叫びをあげて、ばら撒かれた中身に、『波紋エネルギー』を流し込んだ。その中身とは、無数の『木の葉』であった。木の葉は一つ一つが生き物のように蠢き、一つに寄り集まって、巨大なグライダーのようになった。

 

『生命磁気への波紋疾走』。人間の肉体は、微弱ながら磁気を帯びている。それを波紋の力によってパワーアップ! 木の葉にそれを流し込み、葉っぱ自体を生命磁石としてくっつけ、形を作ってパラシュートにしたのだ!

 

 しかし、木の葉のパラシュートは空気をその翼で受け止め、落下速度にブレーキをかけると、すぐにただの木の葉となって散って行く。長い時間使うと、彼ら三人が生きていることがばれてしまうからだ。だがその短時間で、木の葉は充分に役割を果たした。
 最低限、速度を落としたコクピットは、ついにミネルバの外壁へと辿りついた。速度が落ちているとはいえ、衝突の衝撃はかなりのものであった。金属が砕け、ひしゃげる音が唸り、意識がぶっ飛びそうなほどの揺れが響く。
「グヌウッ!」
 ブチャラティは呻きながらも、役割を忘れることは無かった。

 

「『スティッキー・フィンガーズ』!!」

 

 再度、彼のスタンドの逞しい両腕が強烈なラッシュを壁にくらわす。一瞬にしてコクピットはばらばらにされて飛び散る。彼ら三人はついに外の空気に触れることとなった。
 だが、スティッキー・フィンガーズのラッシュはまだ終わらない。

 

「アリアリアリアリアリアリアリ!!」

 

 ミネルバの壁へとその突きはくらわされ、ジッパーが貼り付けられた。スティッキー・フィンガーズは右手でその開いたジッパーの金具を、左手でダイアーの右手首を掴んだ。そしてダイアーの首には、ナランチャがしがみついている。

 

「アリィィィィ!!」

 

 スティッキー・フィンガーズの右腕に力が込められ、彼ら三人はまとめて開かれたジッパーの穴の中へと飛び込んでいった。

 

 バン!!

 

 飛び込んだと同時に、ジッパーが解除され、ミネルバの外壁に開いた穴は跡形も無く消滅する。そして、

 

「アリーヴェデルチ(さよならだ)。ご苦労だった、スカイグラスパー。そして、ブォン・ジョルノ(おはよう)……ミネルバ!」

 

 三人は、人通りの無いどこかの通路に入り込んでいた。ブチャラティは周囲を観察し、問題が無いことを確認すると、

 

「行くぞ。ナランチャ。二酸化炭素レーダーを使え。人間の位置を探るんだ。戦闘中、捕虜にそう人員を裂くこともないだろうから、人の少ないところ、一人しかいないところに、ステラがいるだろう……。急いで救出する!」

 

 スリーピング・スレイヴ……ミネルバ潜入、成功!!

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「戦闘機が突っ込んできた?」

 

 ルナマリアがややキョトンとした表情で声を出した。
 場所はMSの格納庫。彼女ら、MSパイロットたちは現在、それぞれの機体に乗り込んだままで待機中である。
 出番を待っている中、報告が届いた。敵軍の戦闘機が戦陣を突っ切り、ミネルバへと向かってきたが、相当間近まで迫ったものの、FFのムラサメが放ったビームによって撃墜されたとのことだ。

 

『破片が少し外壁にぶつかった程度ですんだらしいけど』
 オペレーターのメイリンが、姉に対して言う。
「ふーん、もしもFFがいなければ、やばかったかもしれないってことか」
 ミネルバのクルーたちは、敵の戦術は、こちらのMSの動きを封じておいて、身軽な戦闘機によってミネルバを直接攻撃するというものだと考えていた。しかしそれも未然に防ぐことができたと、そう思っていた。
 一人の男以外は。

 

「……まだ、終わっていないかもしれん」
 自分専用のMS内で待機していたその男は、口を開いた。
『え?』
「艦内のカメラをチェックしろ。その他、何かさっきまでと違うところが無いか、洗い出せ……。いや、データさえ送ってくれれば俺が見る」
 虹村形兆は、その怜悧な眼光を研ぎ澄ませながら言い放った。

「作戦が失敗したにしては、敵MSの動きに動揺が見られない……。退避もしないし、戦法を変えもしない。冷静に状況を続けている。これから見るにおそらく……作戦は失敗していない!」

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ミネルバの片隅にあるトイレの便座に座り、スティクスは一人、ウイスキーをチビチビ舐めるように飲んでいた。痩せた30代前半の男性だ。
 彼はこの区画を担当する二人の応急工作員(ダメージコントロール)の一人で、ミネルバが攻撃を受けた際、そのダメージや被害を必要最小限に留める事後の処置を行うことを、役目としている。

 

 しかし、酒の回った体でどの程度の役目を果たせるかは甚だ疑問である。いかにナチュラルより優れていると唄うコーディネイターといえど、当然不真面目な落ちこぼれはいるものであり、スティクスは命に関わる戦闘中であってもサボるような人間であった。
 あるいは、いつ死ぬかわからないからこそ、現実逃避のために酒を飲んで、仕事から目を背けているのかもしれない。

 

「ヒック、へっ、やってられるかよセンソーなんて、ヒック、罰当たりなこと、ハハッ」
 とうとうチビチビ飲むのをやめ、酒瓶に直接口をつけ、ラッパ呑みに移行する。
「レンゴーグンでも、エクステなんとかでも、何でも来やがれってんだぁ!!」

 

「ほう、わざわざ呼んでくれるとは」
 スティクスが自分以外の誰かの声が耳に届いたことに気付くまで、三秒ほどの時間を必要とした。濁った眼をこらし、自分の目の前に、自分以外の誰かの姿を認めるまでには、更に五秒ほど必要だった。

 

「ノックもせずに失礼するよ」
 ドアを開けてもいないのにその男は現れていた。一見、おかっぱに見える黒髪は、実際は頭頂で編み込まれ、複雑な髪形になっている。
「え……あれ?」
 酔っ払ったザフト兵士は、いきなりの異常事態に、異常を異常と認識できない。
「いいところで出会った。ああ……もし多忙でなければ……酒を飲んでいるくらいだから暇だとは思うが……ひとつ、ちょっとした質問に答えてくれるとありがたいんだが」
 彼は腕組みをして、壁に背中をつけた体勢で、右人差し指を立てて言う。
「この間、この艦に連合軍の兵士が捕虜として、連れ込まれなかったかな? 彼女を連れ戻しに来たんだが」
「え、ええっと……」
 何が起きているのか、酒の入った脳みそで懸命に考えているスティクスから、男はヒョイと酒瓶を取り上げる。
「あっ、ちょっ、なにしやがっ」
 スティクスが慌てて立ち上がり、酒瓶を取り戻そうとする。
「ああ、そう焦るな。こいつを奪おうなんて思っちゃいない」
 男はそう言い、スティクスに向けて酒瓶を投げ渡す。スティクスは酒瓶を両手でキャッチした。
「あ……あれ?」
 しかし、スティクスは手のひらに、丸みを帯びた冷たいガラスの感触を感じることはなかった。
「な、なんか、変じゃないかコレ?」
 スティクスの目には、太い酒瓶に自分の両手がめり込んで、突き抜けているように見えた。まるで酒瓶が手錠のように、自分の手首と手首を繋げている。酒瓶の中に入り込んだ手首に、中の酒がかかって濡れた。
「いや何も変じゃない。それで、知らないかな? 捕虜は女の子なんだ。ちょいと風変わりだが可愛い子でね」
 男がスティクスの肩に手をかける。するといつの間にか、体の前方に向けられていたスティクスの手は、どうやってか酒瓶で繋げられたまま、腰の後ろ側へまわっていた。もはや腕を振り回すことさえままならない。
「心配しているんだが、どこに収容されているか、知らないか?」
 男は穏やかな声をかけながら、スティクスの軍服のポケットから、護身用の拳銃を取り上げる。抵抗も忘れ(後ろ手に縛られたと同様の状態で、ろくな抵抗ができるかどうかは別として)、スティクスが混乱の極みにいると、トイレのドアをノックする音がした。

 

「どうしたナランチャ」
 男がドアを開けると、黒髪の活発そうな少年が顔を見せた。
「ブチャラティ。もう一人の方から、居場所は聞き出せたぜ。ダイアーが波紋で催眠術をかけたんだ」
 もう一人というのは、スティクスと並ぶもう一人の応急工作員である、アダムスのことだろう。
「そうか。そっちの方が早かったな。ああ、もう君の方はいい……ゆっくり眠っていてくれ」
 男がそう言った途端、スティクスは強い衝撃を受けた。当身をくらわされたようだった。酔った意識は、その衝撃に抵抗する術を持たない。
「ディ・モールト・グラッツェ(どうもありがとう)」
 最後に男が言ったのを聞きながら、スティクスの意識は眠りへと落ちていった。

 

 それからは人の息を探知できる『エアロスミス』の二酸化炭素レーダーの能力と、誰にも見つからず隠れることができる『スティッキー・フィンガーズ』のジッパーにより、ブチャラティたちは無事にステラのいる医務室に到着することができた。
 あとはステラを連れ出し、MS格納庫から適当なMSを奪って脱走すればいい。格納庫の位置もさきほど聞き出してある。
「けど、ここにも人がいるみたいだぜ?」
 ナランチャがレーダーのモニターを見ながら警告する。
「うむ。ステラは大事に治療を受けているようだ。それは良かったが……どうするかな」
 既に二人の人間と接触してしまっている。二人とも意識を失わせてトイレに押し込んでおいたが、いつ見つかってもおかしくない。侵入がばれれば、さすがに逃げるのが難しくなる。
「これ以上、時間はかけられん……ダイアー、頼む」
「了解した」
 ダイアーは頷くと、巨体を軽やかに動かし、足音一つたてずに医務室に入った。それから時間にして三十秒ほどした後、医務室から顔を覗かせた。その間、物音をは一切たてられなかった。
「済んだぞ」
 ダイアーの言葉を聞き、ブチャラティとナランチャが医務室に入ると、中には軍医と看護士が、目を閉じて床に座り、壁にもたれていた。
「さすがの手際だな」
 ブチャラティは、まったく静寂のままに、僅かな時間で人間二人を気絶させるダイアーの技量に感心する。純粋な肉体能力で、ダイアーを上回る人間を、ブチャラティは知らなかった。
 しかもダイアーの操る波紋は、肉体強化、治癒、液体の固定、接着と反発、催眠、生物の意識を奪うなどなど、幾つもの効果を持ち、実に汎用性に富んでいる。スタンドにもまったく引けをとらない。彼とこの世界で味方として出会えた幸運に、感謝するブチャラティだった。

 

 彼ら三人の姿を見たステラは、ベッドから跳ね起き、胸のうちの喜びを笑顔で表した。
「ブチャラティ! ナランチャ! ダイアー!」
 声でも表した。
「静かに。落ち着けステラ」
 ブチャラティが人差し指を立てて唇につけ、沈黙を要求する。ステラは素直に黙った。
「よし。急いで脱出する。怪我があるようだな。一応ダイアーにおぶってもらおう。格納庫の方角はこちらだ」
 端的に指示を飛ばしながら、格納庫方向に立ち塞がる壁に、ジッパーをつけようとするブチャラティ。
「……待ってブチャラティ」
 しかしステラはそれを止めた。
「どうしたよステラ?」
 ナランチャが首を捻る。
「あ……あのね」
 ステラは、自分でもブチャラティを引き止めたことに驚いている様子で、戸惑いながらもおずおずと言葉を紡いだ。

 

「ここには……シンがいるの」
 短く、大切な理由を紡いだ。

 

「シン……?」
 ブチャラティは聞き覚えのある単語、おそらくは人の名前であろう言葉を、脳内の引き出しから捜してみる。
 やがて、それは見つかった。
「確か……ディオキアの海でステラを見つけたのが、シン……シン・アスカだったか」
「そう……守って、くれたの」
 あの日、遅くまで帰ってこなかったステラを、ブチャラティたちも探していた。無事に帰ってきたステラは、そのあとずっと、シンのことばかり話していた。ネオが、娘に彼氏ができた父親を思わせる、複雑な表情を口元に浮かべていたのを憶えている。
(スティングの話では、シンという少年はザフトの赤服だとのことだったが……この艦に乗っていたのか)
 ミネルバに乗艦していて、赤の軍服を着ているとすると、シンはMSパイロットの可能性が高い。つまり、今戦闘中のどれかに乗っているのだ。
(今までずっと戦ってきた相手が、ステラのボーイフレンドとはな。運命というのはまったく複雑怪奇だ)
 しかしこれは実際問題どうすればいいのか。ステラにしてみれば、大切な人間同士が戦っているのだ。たまらない状況だろう。いやそれどころか、このまま戻れば自分もまた、シンと戦うことになる。
(かといってミネルバを見逃すわけにもいかない。それはもちろん、ステラもわかっているのだろうが……)
 理性ではわかっていても、感情では納得いくはずがない。だから思わず、ブチャラティを止めてしまったのだ。シンと争いあう場所に、戻りたくないがために。
(どうすればいい?)
 連れ帰らないのは論外であるが、納得しないまま連れ帰るのはステラの心にしこりを残す。ステラにとってシンは、既に大きな存在となっているらしいだけに、そのしこりは致命的なものとなるかもしれない。
 しかし幸か不幸か、ブチャラティはどうやってステラを説得するか、頭を悩ませる必要はなくなった。

 

 それどころではなくなったからだ。

 

 雨粒が窓ガラスを叩くような細かい音がした。それは、ブチャラティの左側頭部に向けて放たれた、無数の攻撃の音だった。

 

「『エアロスミス』ッ!!」

 

 中空に一機のプロペラ戦闘機が出現した。大きさは成人男性の頭よりもやや大きいくらいだ。両翼には機銃、胴体下部には小型爆弾が装備されている。
 ナランチャ・ギルガのスタンド、『エアロスミス』だ。それはブチャラティを守る盾となり、謎の攻撃を自らくらった。

 

「うわああっ!!」

 

 エアロスミスの右翼に、細かい無数の穴がポツポツと開いた。同時に、ナランチャの右
 腕にも針を深く突き刺したような傷が生まれる。穴の一つ一つから血が流れた。
「ナランチャっ! 敵か!」
 ダイアーが気配を探るが、近くに人の気配はない。

 

「『スティッキー・フィンガーズ』!!」
 ブチャラティは迅速に対応し、攻撃が発射されたと思われる方向に、パンチを打ち込む。金属製の薬棚がひしゃげ、ガラスが割れ散る。中に並べられた薬品が散乱し、床に落ちて水溜りをつくった。
 その中に、ブチャラティとナランチャだけは、別のものを見た。
「こいつは……!!」
 スティッキー・フィンガーズの拳に押し潰された、小さな小さな人の姿があった。もちろん、十分の一サイズの人間なんているものではない。
 スタンドだ。向こう側の世界の、アメリカ軍のものに似た戦闘服をまとっている。顔はロボットのようで表情が無い。手にはM16カービン・ライフルと呼ばれる銃を装備しており、それで攻撃したらしい。
 そいつはもはや動けないようだったが、敵はそいつ一体だけではなかった。
「こいつら、たくさんいるぞっ!!」
 気がつけば小人の歩兵部隊は、出入り口を塞ぐ格好で、彼ら四人の周囲を半円状の陣形に囲んでいた。半円の内側に四人はおり、出入り口は半円の向こう側、背には壁。普通なら逃れようもない。

 

「レーダーにも、近くに二酸化炭素の反応はねえ……。どうやら、遠距離操作型のスタンドのようだぜ!」
「そして集団型……ミスタのセックス・ピストルズのようなものか。数はこいつらの方がずっと多そうだが……ざっと二十数体はいるな」
「俺には何も見えんが……どうする?」
「決まっている……」
 ダイアーの問いに、ブチャラティはスタンドで背後の壁を殴り、ジッパーを張り付け、開く。それによって壁に穴が開き、逃げ道が生まれた。

 

「逃げる。予定通りにな」
 今度はステラも止めなかった。迷う余裕は残されていないと判断してくれたようだ。しかしブチャラティはこの敵スタンド使いが、この程度で切り抜けられる相手とは思わなかった。この場をしのげても、まだ何か仕掛けてくるだろうと、確信していた。
(だが、今はこうするしかない……)
 ブチャラティたちは、壁の中へと姿を消し、格納庫を目指した。

 
 

「……逃げられたか」

 

 形兆は、慌てることなく呟いた。
「だが、奴らが行く先はわかっている」
 彼らはここに来るしかない。ブリッジの占拠や、エンジン部の破壊を行うなどの可能性も無いではないが、自分という予想外の敵がいることを見せ付けた今、彼らがそんな無茶な行動をするとは思えない。
 彼らならば敵兵に囲まれた敵地であっても、艦を支配、または行動不能にすることも可能かもしれない。だが自分たちに対抗できる敵スタンド使いの存在を知った以上、それは難しくなる。
 まして、第一目標はどうやら捕虜の奪還だったらしい。それが達成された以上、余計な欲はかかず、博打も避け、逃げるのが妥当な判断だ。

 

「そして逃げるためには、足が必要だ。まさかいきなり艦の外には出られまい」
 外は戦闘状態の続く大海原。いくらスタンド使いとはいえ危険すぎる。だから彼らは、機体を奪うためにここに来る。

 

「ならばルートは予測できる」
 形兆は脳裏にミネルバの構造図を描き、ブチャラティたちの通るであろう道のりを計算した。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ミネルバの壁に、突如としてジッパーが浮き出し、金具が下がる。開かれたジッパーの中から、四人の姿が現れる。彼らは、パイプや配線が通った、通路としては使われない空間に出た。
「ナランチャ」
 ブチャラティが確認をとる。
「OK、この方向に人はいない。見つかることはないぜ」
「うむ……しかし、まるで対策を採っていないはずもないないだろう。ここから格納庫の様子は探れるか?」
「ここからなら……当たり前かもしれないけど、人は多いぜ。それに、なんだか規則的に並んでるみたいだ。動きもきびきびしてる」
「こちらの行動は読まれているようだな。待ち構えていると見ていい。壁際にいる者は?」
 いたら、そいつを壁から出ると同時に捕まえて人質にするつもりだったが、
「いや……少なくとも全員、壁から3メートルは離れてるぜ」
「逃げるとき、俺の能力を見られたな。とすると連中、壁に目を光らせている。様子を探るために、少しジッパーから目を覗かせただけで見つかるだろう……」
 ブチャラティは眉をしかめ、考え込む。
「壁から出たらすぐ見つかって狙い撃ちだろう。ここは少々気分は悪いが、あの泥化のスタンド使いを真似て床から行く。ナランチャ、誰かの真下に着いたら、俺の肩を叩いて教えてくれ。そいつを人質にする」
「わかった」
 ナランチャの答えを受け取ると、ブチャラティは格納庫への道をつくるために、スタンドで壁を殴ろうとした。ここからならもう、格納庫までは三十秒とかからずにつけるはずだ。
 そのとき、彼の耳にごく小さな物音が届いた。

 

 パタ、パタパタパタパタパタ

 

「「!!」」

 

 その音を感知できたのは、ブチャラティとナランチャだけだった。ステラとダイアーに聴こえなかったのは、この二人がスタンド使いでないためだ。

 

「『エアロスミス』ッ!」
 ナランチャのスタンド戦闘機の機銃が火を吹いた。音のした、天井から吊り下がった配管の辺りを狙って弾丸を撒き散らす。炸裂する轟音と共に、配管が砕き散らされる。そこにいた『足音の主』は、着弾より一瞬早く、配管から飛び下りていた。
 ナランチャの目に、予想通りの姿が見えた。さっきと同じ、小人の兵士だ。小人は背中のパラシュートを広げ、ふわふわと降りてくる。その手にはライフルを構えている。

 

 小人が引き金を引くと、パラパラと微細な銃声をたて、ブチャラティの右手の甲に幾つもの穴が開いた。
「つっ!」
 ブチャラティは顔をしかめ、同時に撃った小人をスタンドで殴り潰す。

 

「ブチャラティィィ!!」
 ナランチャが叫んでブチャラティの背を強く押す。ブチャラティは突き飛ばされ、彼がさっきまでいた空間を、白い砲撃が通っていった。砲撃は壁に届き、爆音をあげる。
「こいつはっ!」
 ブチャラティの足元には、小さいながらも立派な『戦車』が忍び寄っていた。

 

「それだけじゃ、ねえみてえだぜ」
 ぞっとした声が、ナランチャの喉から流れる。ナランチャの目には、自分のスタンドを取り囲む、戦闘ヘリ『アパッチ』4機の姿が映っていた。
 エアロスミスほどの攻撃力や機動力は無さそうだが、連携と精密動作性はエアロスミスをしのぎ、四方からナランチャのスタンドの動きを制圧していた。

 

「なるほど……『軍隊』というわけか」
 苦々しい言葉が思わず漏れる。ブチャラティはようやく敵の能力を理解した。
 敵は単なる小人の戦士の『集団』ではない。降下兵で上に注意を引きつけ、その隙に下から戦車で攻撃するという連携をとることができる、『組織』なのだ。
 気がつけば、ブチャラティたちは完全に囲い込まれていた。下には戦車、上には戦闘ヘリ、そして床にも壁にも天井にも、無数の歩兵がこちらに銃を向けている。医務室での生半可な包囲網とはわけが違う。
「一体一体の威力は大したことないが……これだけの数となると、一度の一斉射撃でこちらは確実に、粉々の肉片にされるな。敵はこちらをうかがっているが……少しでも動けばそこを撃ってくるだろう」
 状況の把握できないダイアーとステラにもわかるよう、現状を口にしながら、どうにかこの場を切り抜けようと考えをめぐらす。スティッキー・フィンガーズならジッパーで床の下に潜ることもできるが、その動作をしている間に撃たれてしまう。
 一瞬の間が必要だ。

 

「……ダイアー、ステラ、身構えていろ。多少の怪我は覚悟してくれ」
 ダイアーとステラはその言葉に驚きの色を見せるが、すぐに覚悟を決めて頷いてくれた。
「ナランチャ! 爆撃だ!」

 

 爆撃。
 その命令に、ナランチャは迅速に従う。何故それをするのかはわからなかったが、ブチャラティの言葉を信頼して、ナランチャはそれを行った。四人の真上を飛ぶエアロスミスが、胴体部にくっつけた物体を切り離し、落とした。

 

『!!』
 四人を包囲するバッド・カンパニーは、四人に向かって落ちていく物体を鋭く発見し、素早く銃口を集中させ、発見から0.5秒もかけることなく、その物体への一斉射撃を開始した。
 数千発の銃弾、砲弾、ミサイルが、落下するそれに集中する。その集中点における威力ときたら、鋼鉄の盾でも豆腐のように粉砕できるほどだろう。
 しかし、それは鉄の盾でも、ダイヤモンドの壁でもなかった。

 

 集中砲火がなされた後、その周囲の空間を火と風が舐めた。激しい衝撃が空気を震わし、比較的近くにいた歩兵を押し倒す。
 たった今、この極悪中隊が攻撃したそれは、エアロスミスの『小型爆弾』であった。本来なら、自動車一つ破壊する程度の力もない。自動車の鉄のドアをひしゃげさせたり、人間をある程度黒こげにしたりするのが関の山。
 しかし、バッド・カンパニーの集中砲火の威力との相乗効果は、本来を遥かに上回る爆発を引き起こした。そして爆発が収まった頃、その爆発の真下にいた四人の姿は、煙のように掻き消えていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「調子はどうだ? ダイアー、ステラ」
「平気。ダイアーがかばってくれた」
「この程度、波紋の修行のきつさに比べれば、屁でもないわ」
 軽いながらも体のあちこちに火傷を負い、煤を被った姿のダイアーは笑い飛ばした。
「ベネ(よし)。では出るぞ」
 ブチャラティは格納庫に出るため、最後の拳を振るう。この床の上が格納庫のはずだ。
 しかし、彼は気付いていなかった。彼のズボンのすそに、一体の小人がしがみついていることに。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「そこだ。奴らはその床から出てくる」
 形兆は一人のザフト兵の足元を指差して言う。
「奴らはお前を人質に取ると考えているらしいが、現れた瞬間、弾丸をぶち込んでやるんだ」
 ザフト兵は頷く。
(逃げられはしたが、奴らの側にグリーン・ベレーを一体くっつけて、場所を知ることができるようにした。奴らは気付いていない。危機を切り抜けた後こそが、最も油断する時だ)

 

 グリーン・ベレー。特殊作戦群。通常の歩兵とは一線を画す、隠密行動の取れる特殊兵士である。あの戦闘の隙に、取り付いていたのだ。
 そして形兆の言葉どおり、床からいきなり人間の手が伸ばされた。その手がザフト兵に掴みかかる前に、ザフト兵は手にした銃を向ける。そのまま行けば形兆の思惑通り、スリーピング・スレイヴの隊長は、志半ばであえなく最期を迎えたであろう。
しかし、そのザフト兵は、彼の顔を見てしまった。

 

「ブ……ブチャラティさん……?」

 

 そのザフト兵、ルナマリア・ホークは、恋する男性の前で、すべての動きを硬直させたのだった。

 

 ブチャラティもまた、知人の姿に絶句したが、経験の差で思考を切り替え、床から格納庫の空間に全身を抜け出させると、ルナマリアの後方に回り込んで押さえ込む。彼女の手を捻ると、その手の中の銃はあっけなく床に落ちて、音を立てた。
「そん、な、なんで……」
 なぜかつて自分を支えてくれた手が、今、自分を拘束しているのだろう? 悲痛に震える声を耳にし、ブチャラティは視線を落としたが、やがて瞳に力を宿らせ、ルナマリアに当身を加える。軽い衝撃を受け、彼女は意識を失った。
「……すまない」
 意識の消え行く彼女の耳に、本当にすまなそうな声が届いたことだけが、彼女の心のかすかな慰めであった。

 

「全員動くなッ!!」

 

 聞き違えようのない命令を下すと、ブチャラティはスタンドの腕力を利用し、ルナマリアを抱えながら走り出す。それに続いて、残りの3人も床から飛び出した。
 周囲のザフト兵の多くは困惑し、次の行動を取れなかったが、中には彼らに銃を向ける者もいた。しかし、

 

「『エアロスミス』ッ!」
 ナランチャのスタンド戦闘機の機銃が火を吹いた。何人かのザフト兵の手足に銃弾が当たり、彼らを行動不能にする。
「波紋カッターーッ!!」
 ダイアーはボトルに入った水を口に含み、波紋を流して歯の隙間から押し出す。凄まじい圧力のかかった水は、薄い円形の刃物と化して、敵兵の肌を裂き、金属製の銃を切り裂いた。
 ステラを中心に置き、ルナマリアを盾としたブチャラティが前、ナランチャが右後方、ダイアーが左後方に配置され、ステラを守るという陣形だ。

 

 ブチャラティたちがザフト兵を突破して、狙ったMSにたどり着くまでに、大して時間はかからなかった。彼らが選んだMSは、偶然にもルナマリアの紅いザクだった。
 だがその前に、一人の影が立ちふさがる。しかし、たった一人でどうしようというのか。見れば銃の一つも構えていない。

 

「っ!」
 そのとき、ブチャラティの腕が強い痛みを覚え、力が緩む。その隙をついて、前にいた男が、緩んだ腕の中からルナマリアを奪い取った。
「なに!」
 ルナマリアを取り戻した男。彼の名は、レイ・ザ・バレルといった。その右肩には、さきほどブチャラティの腕をナイフで刺した、グリーン・ベレーが回収されていた。
「ブチャラティ!?」
「構うな! 乗れ!」
 血を流すブチャラティを気にするナランチャたちに、命令する。彼らがザクのコクピットに乗り込んでいる間、ブチャラティは気絶したルナマリアを保護するレイと、睨み合っていた。

 

「あなた……ブローノ・ブチャラティですね。ルナマリアがあなたのことを話していましたよ。嬉しそうに」
「………そうか」
「裏切ったのですか?」
 レイの視線が強くなる。今のレイには、不思議なほどの怒りが胸のうちに燃えていた。戦友を騙していたかもしれない、目の前の男に対して。
「いや、彼女がザフトとは知らなかった。彼女との付き合いに、含みはない。それだけは信じて欲しい」
 それだけ言うと、彼もまたザクに乗り込み、発進していった。すんなり行かせたのは、下手に行かせまいとした方が、被害が大きくなるだろうという判断だ。こうして、捕虜としたエクステンデッドは見事に奪還されたのだった。

 

「大失態だな。捕虜を取り戻された挙句、MSを持ってかれちまった」
 形兆がため息をつく。
「しかしルナマリアは助けられました」
 レイが気絶したルナマリアを、運ばれてきた担架に乗せながら言う。
「それはお前の手柄だ。俺はバッド・カンパニーを手元に戻すことができず、グリーン・ベレーで支援するのが精一杯だった」
「その支援がなければ、取り戻せなかったでしょう」

 

 がっくりしてはいられない。まだミネルバは戦闘の真っ最中なのだから。レイと形兆は、彼らにしては珍しいお喋りを中断し、するべき仕事をするために動き出すのだった。

 
 

 TO BE CONTINUED